秋桜の記憶 12




一瞬とも、永遠とも思えるような時間が過ぎて。
気が付けば、窓の外はもう闇に包まれていた。




嗚咽は既に止まっている。
だがそれでも、はシュウの腕から抜け出る事が出来なかった。


泣き明かしたのは、父が旅立った夜だけだった。
あとはこの二週間、父を弔い、成すべき事を黙々とこなしてきた。
冷たく暗い部屋で一人夜を明かす孤独も、すぐに慣れると自分に言い聞かせて。

だが、今はもう無理だった。
シュウの胸に抱かれた瞬間、張り詰めていた何かがぷつりと切れてしまった。

そして自覚したのだ。

父の死だけでなく、シュウとの事も、思っていた以上に自分を苛んでいたのだ、と。
本当はずっと、こうしてシュウに縋りたいと思っていたのだ、と。

それが分かった今はもう、胸が押し潰されるような、あの孤独な夜を耐える事など出来ない。


「・・・・シュウ」
「・・・・なんだ?」
「・・・・・お願い、側に居て・・・・」

今にも消え入りそうなの声が、シュウの胸を強く締め付けた。

「お願い・・・・、今夜だけで良いから・・・・・」
・・・・」

腕の中で小さく震える肩を、突き飛ばす事など出来ようか。
孤独に苛まれている愛しき者を、どうして見捨てられようか。

そう思った瞬間、頭で考える前にまず身体が先に動いていた。

「側に居る。私がずっと、君の側に・・・・・」


頼りなげに揺れる瞳にそう誓い、冷えた身体を強く抱き締めて。
そして、唇を重ねていた。





寒々と冷えきった部屋の中で、しっかりと抱いてくれるシュウの腕だけが唯一の温もりだった。
身体にかかる重みが、言葉に尽くせぬ程の安心感を与えてくれる。
大きな身体に組み敷かれる息苦しさが、ふと遠い昔の事を思い出させた。


かつてまだ父が健在だった頃、一度だけこうして男の愛を受けた事があった。
その時はそれなりに真剣なつもりであったが、それは若さ故の好奇心、興味本位からの事だった。
何の自覚もなかったあの頃は、相手も自分も、『恋に恋する』という言葉通り、恋そのものに捉われていたのだ。

だが今は違う。

愛し愛されている事を実感出来る。
シュウはきっと、自分にとって特別な人間だ。
そしてそれは、亡き父も同じ思いだったのだろう。
だからこそ、彼に自分を託したのではないかと、そう思えてならない。


は、シュウの慈しむような口付けを、瞳を閉じて受け続けた。



「はっ・・・・ぁ・・・・」

甘い溜息が耳を擽る。
初めて聞くの甘い声、初めて触れるの柔らかな肌。
その全てが、男の本能を煽る。
だがそれ以上に、シュウはもどかしい程の愛しさに支配されていた。


「あ・・・ん・・・・・」

ほんの少し力を込めれば潰してしまいそうな程柔らかな膨らみを、出来得る限りの優しさでもって揉み、その先端を緩く吸い上げると、その行為に応えるように、が甘く鼻にかかるような声を上げた。

誰かを好きになれば、その者の声が聞きたくなる。笑顔が見たくなる。
そして、身体を重ねたいと思う。
それは理屈などでは説明出来ない、人としての自然な感情だ。

だが、こんな気持ちはかつて感じた事がない。
細い腕で頭をかき抱かれるだけで、胸が詰まりそうになる程の気持ちは。

・・・・・・」
「シュウ・・・・・・」

睦言のように名を呼べば、うっとりとした声で応えてくれる。
その声に誘われるように、シュウは密着した身体の隙間から、の下腹部に手を伸ばした。




「あぁん・・・・」

柔らかい茂みの奥は、もう既に蜜で潤っていた。
組み敷いた身体はひんやりと冷たいのに、其処だけが熱いと感じられる程の熱を帯びている。
その花弁を割り開き、シュウは泉の中へ己の指を沈めた。

「あっ・・・・!」

シュウの長い指を受け入れた途端、の声が変わった。
先程までの夢見心地なものから、性的な興奮を含んだものへと。
それをもっと聞きたくて、シュウは付け根まで沈み込ませた指をゆっくりと動かし始めた。

「あんっ、あぁん・・・!シュ・・・ウ・・・・・」

体内で蠢くシュウの指が、を快楽の淵へと押し流していく。
次第に強まる快感に耐えきれず、はシュウの肩に縋りついた。

「あんっ!やっ・・・あ、はぁんッッ・・・・!」

抜き差しを繰り返す毎に、泉からは音を立てて蜜が零れ落ちる。
それが指のみならずシュウの手までを濡らす程になった頃、は身体を震わせて高みへと到達していた。





潤んだ瞳が、自分を欲して見上げてくる。

、いいか・・・・?」
「ん・・・・、来て、シュウ・・・・」

誘われるまま、そして心の赴くまま、シュウは滑らかなの太腿を持ち上げた。
そして、開いた花弁の中心に昂りきった己を押し当て、そのままゆっくりと侵入を果たした。

「ああぅッ・・・!」
「っ・・・・・!」

は、背を仰け反らせてシュウを迎え入れた。
中は熱く蠢き、シュウを奥へ奥へと誘う。
その肉体的な快感と、己を受け入れるへの愛が、シュウの背筋を甘く痺れさせた。

・・・・、愛している・・・・・」
「私も・・・・、愛してる・・・・・」

深く繋がり、身体全体で抱き合って、二人は睦言を交し合った。
それは官能に呑まれたせいではない、心からの言葉だった。

二人はもはや、互いを心から必要としている事を自覚していた。



「はァッ!あっ、あぁッ!」
「はっ・・・、はっ・・・・」

切なげなの嬌声が、シュウを奮い立たせる。
どうにも止まらない想いを、シュウは無我夢中でに刻み付けた。
激しくなる一方の律動が、シュウ自身の呼吸をも乱していく。

「あぁん、シュウ・・・・!」

涙を滲ませて喘ぐ
シュウはその姿を、熱に浮かされたような瞳で見つめた。

掴んだ腰の、何と細い事か。
己を受け入れるこの身体は、自分に比べて何と頼りなげで華奢な事か。

守らなければならない。
この先に待ち受ける、どんな事からも。


「泣くな、・・・・。私が側に居る・・・・」
「本・・・当・・・・?」
「本当だ・・・・」

目尻に溜まった涙を拭ってくれる指が、堪らなく愛しい。
激しく、でも優しく、自分を抱くこの逞しい身体が、凍えて固まっていた心を温かく溶かしてくれる。

そう、本当はずっと分かっていた。
シュウは都合の良い嘘をつけるような人間ではないと。
いつだってシュウは、健やかな心で温かい手を差し伸べてくれていたのだから。

ただ、あの時はそれを信じられず、拒んでしまった。
だが今は違う。
心から、素直に信じられる。


「嬉・・・・し・・・・・、ぁ・・・、側に・・・居て・・・・、離さな・・・」
「離さない・・・・!」
「シュ・・・ウ・・・・!あ、あぁーーッ!」

喜びに震えたシュウの低い声が聞こえた瞬間、体内に穿たれた楔がより激しい律動を始めた。
そしてそのまま二人して絶頂の波に攫われるまで、飽く事なく互いを求め合った。





窓からは、薄らと霞のかかった月が放つ柔らかな光が入り込んでいる。
ふと横を見れば、は既に小さな寝息を立てていた。

「ふっ・・・・・」

安心しきったような、あどけない寝顔を晒すを、シュウは目を細めて見つめた。
心も身体も、こんなにも満たされていると感じたのは恐らく初めてだ。

「静かな夜だ・・・」

を起こさぬようにそっと身体を起こし、シュウはカーテンの隙間から窓の外を見つめた。
との新たな関係が始まった記念すべき夜の風景を、この目に焼き付けておきたかった。

ただ、それには絶対に片付けなければならない問題がある。
それも早急に。
今日は言えなかったが、明日にでも話さねばならないだろう。
きっと今のなら、信じてくれる筈だ。


― 明日、必ず・・・

の身体を胸に抱き入れ、その額に唇を押し当ててから、シュウは瞼を閉じた。




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後書き

12話目にして、ようやくの裏でした。
でもなーんか微妙な仕上がり(笑)。
ようやく過ぎて、どうも勢いが空回りした模様です(笑)。
とにもかくにも晴れて想いを通じ合った二人ですが・・・。
さてと、ここからどう転がしましょうかね。