秋桜の記憶 8




ひとまず家に戻っただったが、その心は、出て行く前とは打って変わって沈んでいた。

「おや、シュウさんじゃなかったのか?」
「違うわ。お客さんよ。冷やかしだったけど。」
「そうか。」
「お昼は出来てるから、一人で大丈夫?」
「ああ。だけどお前は?食べないのか?」
「うん、後で。花がね、少し元気ないの。ここの所朝晩急に冷え込むせいかしら。」
「そりゃいかんな。肥料をやって、夜になったら筵を・・・・」
「分かってる。私がちゃんとやるから。」
「・・・・済まんな、。」
「何言ってるの。じゃあ、ちょっと畑の方にいるね。」

努めて笑顔を作りながら、はまた畑に向かった。
そこぐらいしか一人になれる場所がなかった。



― まだ駄目、まだ・・・・・

足早に歩き、父の居る母屋から出来るだけ早く遠ざかる。
そしてようやく畑の土を踏みしめた途端、はその場に崩れ落ちた。

「っく・・・・、うっく・・・・、ひっ・・・・・」

皺になるのも構わずにスカートを握り締めて、は泣いた。


別にシュウとは言い交わした仲などではない。
彼と過ごしているうちに、一方的に好きになり始めていただけだ。
なのにどうして、『欺かれた』と思ってしまうのだろう。

「なんで・・・・、なんでよ・・・・・・」

どうして何も言ってくれなかったのだろう。
南斗の拳士どころか、伝承者などという高い位にある事を。
そして、その立場に見合って尚お釣りが来そうな程高貴なあのエリザの事を。

婚礼準備の合間にでも、彼女に自分の話をしていたのだろうか。
気の毒で憐れな女が居る、と。

「憐れみなんて・・・・、要らないのよ・・・・・!」

エリザの存在にショックを受けていないと言えば嘘になる。
だがそれ以上に悲しい。
自分が惹かれたあの大らかで自然な優しさは只の偽善で、シュウは本当は、遥か上の世界から自分を見下ろしていたのかと思うと、その耐え難い屈辱が悲しくて悲しくて堪らなかった。





一方シュウは、そんな出来事があった事など露程も知らず、いつものようにの家にやって来た。

「やあ、遅くなって済まなかったな。稽古が長引いてしまって。」

いつもなら、は笑って迎えてくれる。
しかし今日は違っていた。
笑顔の代わりに、驚いたような表情を見せたのだ。

「どうした?何をそんなに驚いている?」
「え?う、ううん・・・・、別に。」
「そうか?なら良いんだが。・・・・確か今日は球根を植えるのだろう?早速取り掛かろう。」

の妙な態度を訝しみつつも、シュウはそれには触れずに作業を促した。
今日は、春に咲かせるチューリップの球根を沢山植える予定になっていたからだ。
ところがは、いつまで経っても動こうとしなかった。

、一体どうしたんだ?今日は忙しくなると言ってた筈じゃ・・・」
「・・・・その事なんだけど。」
「何だ?」
「その、もう・・・・、終わっちゃったの。だからもういいのよ。」
「何だ、もう終わってしまったのか!」

シュウは、自分が遅れていた間にが一人で終わらせたのだと思った。

はきびきびとよく働く。
無駄に待ちぼうけを食うよりも、出来る限りの事をこなしてしまおうと思う性質だ。
今日もきっと、自分を待っている間に片付けてしまったのだろう。

「済まなかったな、手伝ってやれなくて・・・・。ならば他には何かないか?」
「何もないわ。折角来てくれたのに悪いけど・・・・」
「そうか・・・・、本当に申し訳なかった。また明日にでも出直すとしよう。」
「明日も・・・・?」

シュウの言葉に、は内心混乱した。
明日どころか、そもそも今日だって来るとは思っていなかったのだ。

今日の作業は終了したなどと嘘をついたのは、予想外のシュウの来訪に狼狽したからだった。
とにかく帰らせなければならないと、それだけで頭が一杯になっていたから。
その咄嗟の口実が通用したのは良いが、明日の事はどう言えばいいというのだろう。

午前中のエリザとのやり取りは、彼女の口からもうシュウの耳に入っている筈だと思っていたのに。
エリザから何も聞いていないのだろうか?
それとも、彼女から話を聞いても、行くなと止められても、尚まだ憐れんでくれているのだろうか?



「何で・・・・・来たの?」
「何でと言われても・・・・。どうしたんだ。今日は変だぞ、。」

いよいよ様子がおかしいに、シュウはとうとう不審そうな表情を見せた。

「何かあったのか?」
「何も・・・・。何もないわ。」
「だったら何故妙な事を訊く?私は君と約束していたから・・・・、いや、来たかったから来ただけだ。」

約束は『契約』ではない。
決して強制されたり、固く取り決められたものではなかったのだ。
いつだっては、シュウの都合を最優先に考えていたのだから。

それでも毎日のように通って来たのは、自発的な意思によるものだ。
つまり、シュウ自身がに会いたかったからだ。


「どうした?何故急にそんな理由などを訊きたがるんだ?」
「・・・・ごめんなさい。何でもないの。」
「本当に、何かあったのなら言ってくれ。相談にの・・・」
「本当に何でもないの。でももう助けには及ばないわ。もう十分して貰ったから。これからは私一人でも十分やっていけるわ。もう大事な時間を割いてくれなくてもいいのよ。」
「しかし・・・・!」

妙な態度に加えて更に突然の拒絶に、シュウは狼狽した。

確かにこれから冬が来る。
寒い中に咲く花は少ないだろうし、そういう点では仕事も減るかもしれない。
だからといって日がな一日暇になる訳でもない筈だ。

「いくら何でも一人では・・・・」
「平気よ。慣れてるもの。だから貴方は貴方のするべき事に専念して。うちの事はもう忘れて。」
「な・・・・・・」
「分かったらもう帰って。今まで助けてくれて有難う。」
!待ってくれ、!」

シュウが呼び止めるのも聞かずに、は畑を去って行ってしまった。
後に残されたのは、呆然と立ち尽くすシュウだけであった。





シュウの心が分からない。

彼は、『来たかったから来た』と言った。
ひょっとすると、婚約者を振り切って来てくれたのだろうか?
会いたいと思ってくれたのだろうか?

― そんな訳ないじゃない・・・・!

ふと頭をよぎった甘い考えを、は必死で否定した。

そんな筈はないのだ。
婚礼を控えた男が婚約者以外の女を、自分を、愛しているなど考えられない。
万が一そうだとしたら、シュウを軽蔑する。
好きだからこそ、はシュウを不誠実な男だとは思いたくなかった。

かと言って、憐れに思われるなどもっと嫌だ。

「もう・・・・・分からない・・・・」

何もかも分からない。
シュウの気持ちも、自分の気持ちも。
只一つ確かな事は、もうシュウの事は忘れなければならない。
それだけだった。





全てが突然すぎて、後を追う気にもなれない。
ほんの昨日まで良い関係で居たのに、何故急にこんな事になったのだろうか。

「一体何なんだ・・・・・」

いくら考えても、の気を悪くさせるような事はした覚えがない。
とすると、第三者が絡んでいるのだろうか。

「でも誰が・・・・・・」

の父親?
そんな事はあるまい。
彼は自分を歓迎しないどころか、どうか娘の力になってくれと頼みさえしたではないか。
彼が今更あんな事を言わせるとは思えない。

だとすれば・・・・・

「まさか・・・・・・」

脳裏に勝ち誇った笑みを浮かべるエリザの姿が浮かぶ。
エリザがの事を知ったのだろうか。
そして自分の知らぬ間に、何かをしたのだろうか。

思えば思う程、疑惑は強まる。

確かに彼女は傲慢な所がある。
けれど、出来る事なら、そこまで性根の悪い女だとは思いたくない。
どんな人間だって、最低限の思いやりと尊厳は持ち合わせている筈だと信じたい。

― だが・・・・、確かめねばならん・・・・

事の真相を確かめる為、シュウは風のような速さで駆け出していった。




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後書き

また有りがちな展開ですな〜(呆)。
ごめんなさいね、ストーリー構成のセンスがなくて(笑)。
っていうか、他も全部センスないよという自己突っ込みが入りまくりですが(笑)。
ちなみに、文中の花の手入れ等に関する内容は適当です。
突っ込みはご容赦してやって下さい(笑)。