秋桜の記憶 5




楽しげな人々の声。
弾むような軽快な音楽。
鼻腔を擽る料理とワインの香り。

誰もが浮き足立つその雰囲気に、シュウとはすっかり酔いしれていた。
今は祭りの最大のイベントである踊りの最中である。
見るも良し加わるも良しの、気取らないその舞踏会は、既にかなりの盛り上がりを見せていた。

「うわ〜、楽しそう!ねえ、私達も行かない?」
「わ、私もか!?」
「良いから良いから!」

はシュウの腕を掴んで、輪の中に入っていった。
輪に入ったからには、じっとしていてはいけない。
もシュウも、ひとまず他の者達の見様見真似で踊り始めた。


まともに言葉を交わす暇もない。
ただ笑って隣人と手を繋ぎ、心地良い調べに身を任せる。
ちゃんとした踊りの心得など必要ない。
素朴な庶民の舞踊なのだから、楽しめばそれで良いのだ。

半ば強引に引っ張り込まれたものの、シュウはすっかり楽しんでいた。

「たまにはこういうのも悪くないな!」
「え〜!?何〜!?聞こえなーい!!」
「楽しいなと言ったんだ!!」
「うん!!楽しいね!!」

人々の歓声と音楽にかき消されそうになる声を大きく張り上げて、二人は弾けるように笑い合った。





そうしてひとしきり踊った後。
いい加減に踊り疲れた二人は今、大きなテーブルにずらりと並べられたビュッフェ形式の食事に舌鼓を打っていた。
空腹のところに楽しい雰囲気が加わって、ついつい食が進み過ぎる。

「もう駄目、お腹一杯!」
「ああ、私もだ!」
「苦しい〜!!もう何も入らないわ・・・!」
「ははは!では腹ごなしと酔い覚ましに、少し散歩といこうか。」
「そうね。」

すっかり空になった何枚もの皿を所定の返却場所に戻すと、二人は未だ絶えない人だかりを掻き分けていった。





人込みから抜け出した二人は、村の外れの静かな一角に腰を下ろした。

「は〜、楽しかった・・・・!」
「私もだ。こんなに楽しんだのは久しぶりだ。」
「来て良かったでしょ?」
「全くだ。」

シュウはそう言って笑った。

「しかし相変わらず凄い人だな。」
「一年に一度の事だから、皆楽しみにしてるのよ。シュウはこのお祭り、前にも来た事があるの?」
「ああ、道場が近いんでな。1〜2回来た事がある。」
「道場って、もしかして南斗の道場?」
「ああ。」
「へぇ〜、凄いのね!あそこはそうそう滅多に入門出来ないって聞いた事があるわ。」
「いや、そんな大したものじゃない。」

感嘆するに、シュウは擽ったそうな苦笑を浮かべた。

「そんな事より、は毎年来るのか?」
「私?そうね・・・・、子供の頃は毎年来てたわ。父と母と3人で。」
「最近は?」
「全然!毎日の仕事に追われてすっかり足が遠のいていたわ。それに父も・・・・」

その先は訊かずとも分かる。
畑仕事も思うように出来ない程弱った彼女の父が、祭りを冷やかしに来れる筈がない。

「・・・・済まない。余計な事を・・・」
「いいのよ!私がうっかり言っちゃったから。気にしないで!」

失言だったと口を噤みかけたシュウを、は慌てて制した。

「それにほら、20歳も過ぎてるのに、連れが父親っていうのも哀しいでしょ?」

そして、努めて明るい口調で軽口を叩いてみせた。
笑っては悪いと思ったのだが、その言葉に思わずシュウは吹き出してしまった。

「はははっ、確かに。しかし謙遜だろう。君を祭りに誘いたがる男は掃いて捨てる程居るだろうに。」
「とんでもない!毎日畑仕事と行商ばっかりじゃ、出逢いなんて皆無よ!」

そう言って、は屈託なく笑った。

「あ、でも一度だけあったわ。16か7ぐらいの頃だったかしら。」
「ほう。」
「その時は一応恋人が居たのよ。今思えばおままごとみたいな付き合いだったけど。」
「その彼と一緒に?」
「そう。後にも先にもそれっきり。」

懐かしそうに目を細めるを見て、シュウは『これで2度目だな』とは言えなかった。
言い交わした事などないのだから、それも当然の事ではあるのだが。

「君なら・・・、いつかまたそういう相手が現れるだろう。」
「ふふっ、だと良いんだけどね。でも今は・・・・」
「仕事が第一、か?」
「そういう事。」

はふわりと微笑んだ。

愛し愛される事を敬遠している訳ではないだろうが、今のではそれが難しい。
病身の父親の面倒と商いの両立で手一杯で、恋の事だけを考えて暮らせる状況でない事は、シュウとて良く承知している。

ふと脳裏に艶然と微笑むエリザの顔が浮かんできた。

同じ年頃でも、何不自由のない彼女は、自分の事だけを考えて贅沢に暮らしている。
だが、彼女と比較してに感じるのは、断じて憐れみなどではない。
人としての深みだ。
そしてそれこそが、人間の持つ最も美しいものなのだという事を、シュウは知っていた。


「さあ、そろそろ帰ろうか。送っていこう。」
「ありがとう。」


そう。
やはり、想いを打ち明ける事だけが全てではない。
今一番良いのは、きっとこの関係なのだ。
懸命に生きるを見守って、出来る限り助けになる事が。






それからも、二人の間には取り立てて何の変化もなかった。
相変わらず良い友人といったところだ。
しかし、着々と親密度は増してきている。
シュウが来るとは大層喜んだし、シュウも可能な限りの時間をと共に過ごす事を好んだ。
そして、以前にも増しての仕事を手伝った。
それまでは畑仕事だけだったのが、最近では時折行商も手伝うようになっている。

の父親は、それまでの分も含めて賃金を払うと言い張ったのだが、シュウはそれを頑なに拒んでいた。
『そんなつもりでやっている訳ではない。』
それがいつものシュウの断り文句だった。

人を想う気持ちは、代償を望んで芽生えるものではない。
だが、そんな考えを理解しない者が、シュウの周りには居た。



「シュウ様。貴方一体どういうおつもり?」

いつもの鍛錬の直後、シュウは厳しい表情を浮かべたエリザに捕まった。

「何ですか、やぶからぼうに。」
「貴方最近、町で花売りの真似事などをなさっているそうね。」
「ああ・・・、その事ですか。」

大方門下生の誰かに見られたのだろう。
といっても、別に何らやましいところはない。
シュウは堂々とそれを肯定した。

「それがどうかしましたか?」
「『どうかしましたか』じゃなくてよ!そんなみっともない真似、今後は二度となさならないで頂戴!」
「みっともないとはどういう意味ですか?」
「どんな事情かは存じませんけど、たかがはした金の為に人に媚び諂うなんて、南斗白鷺拳伝承者の名が泣きましてよ!」
「私の名誉を気遣って下さるのは有り難いのですが、私はそうは思いません。たとえ小額でも、労働して手に入れる賃金は決して卑しいものではありませんぞ。」

本当は賃金など一銭たりとも受け取っていないのだが、シュウは敢えてそう言った。
出来る事なら、エリザの誤った考えを正したい。
そんな理由からである。

「何を仰るの!貴方は南斗白鷺拳の伝承者、選ばれた人間なのよ!ご自分のお立場をもっと自覚なさいな!」
「しておりますよ。だからああして人助けをしているのですから。」
「人助け?」
「ええ。貴女は何か勘違いをなさっておいでのようだが、私は金など受け取っておりません。人手不足で困っている所があるので、微力ながら力添えをしているだけです。」
「ボランティアだって仰るの!?それなら尚更ですわ!!」

エリザは激昂して詰め寄ってきた。

「貴方は仮にも私の夫になる方なのよ!そんな下賎の者に顎で使われているなんて・・・・」
「私の余暇をどう使おうが、それは私の勝手でしょう。それに、エリザ殿には何もご迷惑はお掛けしていない筈ですが。」
「屁理屈は聞きたくありませんわ!」
「・・・・どうあってもご理解頂けないようですな。残念です。」

― これ以上やり合うだけ時間の無駄だ。

全く理解を示さないエリザに、シュウはとうとう根負けした。
『失礼』と軽く会釈をし、エリザの横をすり抜けようとしたのだが。

「お待ちなさい!」
「・・・・まだ何か?」
「貴方、本当に私と結婚なさる気がお有りですの?」
「・・・・そのお言葉、そっくりそのまま貴女にお返し致します。」

自分で思うのもおこがましいが、『類稀な実力の持ち主』とうんざりする程賞賛された。
エリザが欲しているのは正にそれ、この身に備わる拳の才能だろう。
もし自分に才がなければ、只の男であれば、エリザは自分になど見向きもしなかった筈。
そう断言出来る。

言い様のない虚しさに駆られながら、シュウは今度こそエリザの横を歩き去っていった。




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後書き

えー、ヒロインとの仲は今一つ進展しないのに、
エリザとはどんどん険悪な方向に流れております(笑)。
や、良いんですよ、別に(笑)。
どうせ悪役キャラですから(笑)。
そんでもって、そんなキャラの描写が実は好きだったりして(爆)。