秋桜の記憶 4




その日以降、シュウは足繁くの家へ通った。
鍛錬に励む日々の合間を縫っての畑仕事は、シュウの心を温かく潤していた。

そしてとの関係も、日が経つにつれて深くなっていった。


ここへ来るようになってから、とは随分色んな話をしている。
他愛のない世間話は勿論、自分の事や家族の事も。

は早くに母を亡くし、長く父一人子一人の生活を送っているらしい。
自分もまた、一人前になる前に両親を亡くした事を話して聞かせた。
互いの年齢も近く、が二つ程若いだけという事が判明した時に至っては、は憚る事なく驚きを表した。
『もっと年上に見えた』と正直な感想を聞かされたシュウは、『そんなに老けて見えるか』と苦笑したものだった。




「ご苦労様!ちょっと休憩しない?」
「ああ。」

が飲み物を持って来た。
シュウは汗を拭うと、土の上に腰を下ろした。
その隣にも座り込む。

「シュウが来てくれるお陰でとっても助かるわ!いつもありがとう。」
「なに、私も楽しませて貰っている。」
「花や畑仕事は好き?」
「ああ。自然に触れていると心が安らぐ。」

その言葉に偽りはなかった。
もしも許されるならば、ずっとこうしていたいぐらいだ。

だが、現実は・・・・・

その一瞬の憂いの原因を、がこの上ないタイミングで指摘してきた。

「そういえば、シュウは普段何をしているの?」
「普段・・・・?」

シュウはまだ己の素性を明かしてはいなかった。

一門の中には、己が伝承者である事を大々的に吹聴して歩く者もいるが、シュウは常々そういった輩を軽蔑していた。
そういった連中は知らないが、少なくとも自分は、他者に誇り、驕り昂る為に身に付けた訳ではない。
だから、言えば少なからず己の力を誇示する事になるのではと憂慮していたのだ。
しかし、訊かれたからには何かを答えねばならないだろう。

「・・・・・拳の道を、学んでいるんだ。」
「へぇ、そうなんだ〜。じゃあ拳士さんなのね。道理で良い身体してると思った。」

伝承者である事は、何となく言い難かった。
それに、いくら伝承者であるといえども、拳の道に終わりはない。
終生精進あるのみなのだ。

一方は、その答えで十分納得したようであった。
鍛え上げた肉体は、服の上からでもはっきりと見てとれたようである。

「やっぱりね、只者じゃないとは思ってたわ。うちの畑仕事を涼しくこなしちゃうんだから。」
「ははは、そんなに大袈裟なものではないがな。」

とのこんな他愛もない会話が、いつしかシュウの一番の楽しみになっていた。
そしてその度に、がどんどん近い存在になっていった。
そしてそれが所謂『恋』だと自覚するのに、そう時間はかからなかった。





シュウがの元に通うようになって、もう随分経った。

日課と言っても過言でない程通い詰め、畑仕事を手伝ううちに、シュウはすっかりの父親と打ち解けていた。
だが、との関係はあくまでも『友人』であって、好意を打ち明ける事はまだしていなかった。
それ以上になりたくない訳ではないが、取り急ぎどうこうしようというつもりもなかったからだ。
何も男女の仲になる事だけが全てではない。

だが、周囲はそれを信じなかった。
特にエリザは。



いつものようにの家へ向かおうとしていた所を、エリザに捕まってしまった。

「シュウ様、何処へいらっしゃるの?」
「これはエリザ殿。ちょっとそこまで。」
「この頃よくお出掛けです事ね。どちらにいらしてるのかしら。」

の事は言いたくなかった。
言えば必ず勘繰られ、理不尽な非難を受ける。
だからシュウは、とことん言葉を濁す事を選んだ。

「いや、別に何処という事は・・・・」
「嘘ばっかり!私に隠れて毎日何処へいらしてるの!何をされているの!」
「エリザ殿、私は別にそんな・・・・」
「お黙りなさい!貴方は私の物なのよ!私への隠し事は許しません!私を怒らせたら父が黙っておりませんわよ!」

どうやら相当腹に据えかねているようだ。
だがエリザのこの言い草は、流石のシュウも聞き捨てならなかった。
一方的に決められた縁談なのに、もう女房気取りであるどころか所有物扱いされるのは我慢ならない。

「お言葉ですがエリザ殿。私は貴女の物になった覚えはございません。」
「なんですって・・・・」

エリザの顔が、怒りと屈辱で青ざめる。

「そんな事を言って良いとお思いですの・・・!?私との縁談が破談になっても良いと・・・」
「その時はその時です。ご縁がなかった。それだけでしょう。」
「まっ・・・・・」

もはや二の句も継げないエリザをその場に残し、シュウは躊躇う事なく歩き去った。





「どうしたの?何だか怖い顔してるわ。」

の声で、シュウは我に返った。
つい先程のエリザとのやりとりを思い出してしまっていたらしい。
シュウは慌てて笑顔を作った。

「いや、何でもないんだ。」
「そう?なら良いんだけど。何か悩みでもあるのかと思っちゃった。」
「はは、心配してくれたのか?」
「まあね。」

手についた土を払うと、はシュウにタオルを投げて寄越した。

「ちょっと休憩しましょ。今お茶淹れて来るわ。」
「ありがとう。」

家に戻っていくを見送って、シュウは受け取ったタオルで汗を拭った。

ここは居心地が良い。
澄んだ空気も、綺麗な花も緑も、全てが自然な優しさを帯びている。
そして、その中でと過ごす時間は、もうなくてはならないものになっている。

シュウは、出掛けにエリザへ言い放った台詞を後悔してはいなかった。
彼女にも彼女の父親にも、この一時を邪魔される筋合いはない。
先程の事で何か問題が起きようとも、そんな事はシュウにとってどうでも良い事だった。


そんな事を考えていると、が茶と茶菓子を持って戻って来た。
嬉しそうに微笑んでいるのが遠目にも分かる。

― そうとも、私は只、こんな生活が・・・・・

シュウは手を振りながら微笑み返した。




持って来た物を手渡しながら、は話を切り出した。

「ねえシュウ、もし良かったら・・・」
「何だ?」
「今日の夜、町のお祭りに行かない?」
「祭り?・・・・そうか、今日だったか。」

あの町で、近々収穫祭が行われるのは前から知っていた。
ただ、それが今日である事をすっかり失念していた。
ついでに言うと、まさかから誘って貰えるとは思っていなかった。

「色々お店も出るし、きっと気分も晴れるわよ。どう?」
「ははっ、何だ、そういう事か。本当に心配には及ばんぞ。別に悩みなどないから。」
「でもさっき、随分塞ぎ込んでいたから。・・・・お節介だったかしら?」
「とんでもない。是非君のご厚意に甘えてさせて貰うとしよう。」
「本当?良かった!」

申し出を受けたシュウに、は満面の笑顔を見せた。
そしてシュウもまた、先程の一件を忘れ去ってしまいそうな程、心が弾むのを感じていた。





作業を終えて一旦宿舎に戻ったシュウは、手早く支度を整えて再び出掛けた。
目指すのはあの町、最初にと話した、あの広場である。
そこでと落ち合う約束をしているのであった。


逸る気持ちに任せて歩いていると、あっという間に着いてしまった。
急いで出てきたせいか、まだは到着していない。

― こうして夜に会うのは初めてだな。

そんな些細な状況の変化が、只でさえ賑やかで楽しい祭りの雰囲気と相乗して心を踊らせる。
人込みの中を見知った顔がいつ現れるかと周囲を見渡していたその時、背後に気配を感じた。
それは正に待ち人のものであり、シュウは敢えてそのまま振り返らずに待った。

程なくして、軽く肩を叩かれた。

「お待たせ!」

後ろを振り返ったシュウは、目の前に立つに目を奪われた。

「変、かな・・・・?」
「いや・・・・、その・・・・、とても、素敵だ・・・・」

それは紛う事なき本音だった。
は、沈黙するシュウの様子から自分の格好に不安を感じたらしいが、そうではない。
今夜のは、いつも見慣れているとは全く違った雰囲気を放っていたのだ。

日頃は、パンツやゆったりとしたスカートを着用している。
畑仕事や行商の際には、それが一番適しているのだろう。
ところが今は、綺麗な若草色のワンピースに白いストールを羽織っている。
更に、いつも陽光に煌く癖のない束ね髪はふわりと下ろされ、程よい化粧まで施しているのだ。
目を、そして心を奪われない筈がない。

「一張羅なの。亡くなった母の形見。」

自分を注視するシュウに照れたは、気恥ずかしそうにそう語った。

「そうか・・・・。とても良く似合っている。」
「ふふっ、ありがと。ね、早く行きましょう!」

逸る気持ちに照れが加わっているらしいは、シュウの手を取って急かした。

「分かった分かった。行こう!」

引っ張られるように歩きながら、シュウはこの楽しい一時に顔が綻ぶのを抑え切れなかった。




back   pre   next



後書き

恋が芽生え始めるシュウ様。
青い、青いです。
こんな路線で突っ走る私を許して下さい(土下座)!