秋桜の記憶 2




どうしてそうしたのか、自分でも良く分からない。
ただ気付いたら、少し訝しそうな彼女を町の広場まで連れて来ていた。
そして冷たい茶などを馳走し、事の次第を訊いていた。



「そうか、それは災難だったな。」

一通り話を聞き終わった後の気持ちを一言で表すと、『気の毒』であった。

彼女は父親と共に花を栽培し、それを売って生計を立てているらしい。
先程の口論の相手は顧客だったようだ。
ところが最近、羽振りが悪くなってきたらしい。

「冗談じゃないでしょう?そりゃ気の毒だとは思うけどね。」
「そうだな。だが君の所も困るという訳だろう?」
「そうなのよ!厳しいのはうちだって一緒なのに、あそこのマスターときたら、自分の言い値で取引しなきゃもう要らない、だなんて。」
「致し方ないとはいえ、酷い話だな。」

怒り心頭な彼女に、シュウは相槌を打った。
とかくこういう話はどちらも死活問題に関わる為、どちらかが一方的に悪いとは言い難いが、それでもあの店の主人のやり方には賛同出来ない。

「口論だけならまだしも、売り物を外に投げ捨てるなんて言語道断だ。」
「でしょう!?一生懸命育てた花なのに、あんな事するなんて許せないわ!」
「花には何の罪もないからな。」
「そう、そうなのよ!」

何気なく口にした言葉が、いたく彼女の心を突いたらしい。
しきりに何度も頷いている。

「でもお陰で助かったわ。」
「私は別に何もしていないぞ。生憎だが止める間も・・・」
「ううん。私の事じゃないの。花の事。あのままだったら、人に踏み潰されてもう駄目になってたわ。」
「花?」
「売れないのは仕方ないけど、駄目になるのは嫌なの。誰にも愛でられずに捨てられてしまうなんて、花が気の毒でしょう。」

自分の窮地でなく、花の命を救ってくれた事について礼を述べる彼女に、シュウは些か驚いた。

「・・・・そうだな。その通りだ。」
「さて、と。じゃあ私そろそろ。」
「ああ。引き止めて悪かった。」
「いいえ。こっちこそつまらない愚痴を聞いてくれて有難う。おまけにお茶までご馳走になっちゃって。」
「何の。これしきの事礼には及ばん。」
「じゃあ、さよなら。」

そう言って、彼女は初めてシュウに微笑みを向けた。
その一輪の花のような笑顔に、シュウは思わず見惚れた。


「・・・・ま、待ってくれ!」
「何?」
「まだ君の名前を聞いていなかった。」
「ああ、本当ね。」

彼女は可笑しそうに笑うと、自分の名を名乗った。

よ。」
か、いい名だ。私はシュウだ。」
「シュウ、いい名前ね。」

自分の言葉を鸚鵡返しに言って、はまた笑った。
それに釣られて、シュウも思わず笑ってしまう。

「色々有難う。じゃあね、シュウ。」

小さく手を振ると、は今度こそ去って行った。






それから数日経っても、シュウの頭からの事が消える事はなかった。
あの柔らかな笑顔や澄んだ声が、何故か忘れられない。
また会えるだろうか、そんな事ばかりを考えて過ごしていた。


「・・・・様、シュウ様!!」
「!」

背後から突然甲高い声が聞こえて、シュウは心底驚いた。

「エリザ殿・・・・!」
「まあ、どうなさったの、そんなに驚かれて。珍しいこと。」
「いや、面目ない・・・・」

いくら物思いに耽っていようとも、拳法に関しては何の心得もない彼女に背後を取られるようではまだまだ未熟だと、シュウは内心で己を叱責した。

「何か考え事でもなさっていたのかしら?」
「いえ、別に・・・・」
「ま、そんな事はよろしいわ。それより今日は、貴方に付き合って頂きたい所がありますのよ。」
「・・・・・何処ですか?」
「父の主催のパーティーですわ。私の未来の夫をご披露するのに良い機会だからと、父が。」

― 冗談じゃない・・・!

内心、シュウは激しく頭を振った。
そんなつもりもなければ、社交の場も苦手なのである。

「折角ですが、鍛錬がありますので。」
「あっ、ちょっと!シュウ様!!」

エリザが呼び止めるのも聞かず、シュウは足早に歩き去った。




シュウは彼女から逃げるように、道場の一角へとやって来た。
大木の木陰が心地良いので、門下生達の良い休憩場となっている。

ところが、そこには先客が居た。

「サウザーではないか。」
「随分な色男ぶりだな。大したものだ。」
「何の嫌味だ。エリザ殿の事か?覗き見などお前らしくないな。」

シュウは苦笑しながらサウザーの隣に腰を据えた。
サウザーは不敵な笑みを形作ると、事も無げに言ってのけた。

「あの女の事で貴様が浮つく筈はないだろう。」
「・・・・・何の事だか分からんな。」
「フッ、まあ良い。貴様の私生活など俺にはどうでも良い事だ。」
「だろうな。」
「しかしあの女はどうするつもりだ?」

サウザーがそう訊くのは、エリザが南斗宗家と縁続きの家柄の令嬢であるからだ。

もしシュウとエリザの婚礼が行われれば、南斗一門においてシュウの立場は格段に上がる。
北斗と違い、多くの派閥を持つ南斗において、宗家は絶対的な権力を持つ。
それを握れば、南斗百八派を制覇したも同然だ。
だからと言って欲しい訳ではないのだが、それでもシュウがそれを得るのは少々不本意であった。
シュウには元々、他の多くの伝承者より抜きん出た実力が備わっている。
その上更に宗家の権力を手に入れるとなると、いずれ大きな障害となり得る。

サウザーはそれを少なからず危惧していた。


「どうもこうも、私にはそんなつもりなどない。」
「フッ、欲のない事だな。あの女とその後ろ盾を、喉から手が出る程欲しがる者も居るだろうに。」
「私がそんな物に興味ないのは、お前も良く知っているだろう。何ならお前が彼女と結婚すれば良い。」
「下らん。俺は女などに頼らずとも、この手で天下を支配してみせるわ。」

そう言って、サウザーは獰猛な笑みを浮かべた。

サウザーという男はこういう男だ。
誰よりも誇り高い。
誰かに媚びる事など決して有り得ないし、またその必要がない程の圧倒的な強さを誇っている。
そしてそれ故に、その野望もまた強すぎるのが難であると、シュウは胸中で憂えた。






午後になり、思いがけず時間が出来たシュウは、いてもたってもいられず町に繰り出した。
何処かにの姿がある事を祈りながら、町を散策する。

しかし、彼女はこの町の住人であるのだろうか。

住まいを始めとして、の事を殆ど何も知らない事を、シュウは今更ながらに痛感していた。

「今日は会えないかもしれんな・・・」

半ば諦め始めていたその時、シュウの望みは叶った。
通りの向こうを、花籠を抱えたが歩いて行くのが見えたのだ。



「やあ。」
「あら。」

目の前に現れたシュウに、はにっこりと微笑んだ。

「このあいだはどうも。」
「何の。それより、商いの方は順調か?」
「相変わらず厳しいけど、今日は良く売れた方よ。」

は嬉しそうに殆ど空の籠を差し出した。

「それは結構な事だ。もう完売だな。」
「お陰様でね。」
「売り物がないんじゃ、今日はもう終いか?」
「まだ考え中。どっちにしても一旦家に戻ろうかと思ってたところよ。」
「もしまだ商い終いでなければ、私にも売ってくれないか?」
「本当!?」

シュウの申し出を聞いたは、顔を輝かせた。

「勿論!お客さんは大歓迎よ!ね、何がいい?」
「何があるんだ?」
「そうねえ、今の季節だと菊、竜胆、桔梗・・・・、色々あるわ。」

そう言われても、シュウは正直花の事などよく知らない。
名前を聞いただけでは、どんな物か分からない。
困ったように眉根を寄せるシュウを見て、は声を上げて笑い出した。
釣られて苦笑を漏らしながら、シュウは照れくさそうに頬を掻いた。

「参ったな、そんなに可笑しいか?」
「ごめんごめん!そんな事ないわ。そうだ、だったら家に来ない?自分の目で見て直接選んだらどうかしら?」
「構わないのか?」
「ええ!」

思いがけない嬉しい誘いを断る理由は、シュウには無かった。




back   pre   next



後書き

なーんか、シュウとサウザーがほんのり友情モードですなあ(笑)。
原作ではどちらもいい大人ですが、この話においてはまだ若さ溢れる
青年という設定にしてありますので、まっ、いいや(笑)。
それより、ヒロインの名前変換が少ねえなオイ。