すっかり夜も暮れた頃、レイは静かに部屋に戻って来た。
このところいつもそうだ。
何処で何をしているのか知らないが、朝は早くから出てしまい、夜は真夜中近くまで戻って来ない。
もう怪我もすっかり完治して、やろうと思えば後を追う事も出来るのだが、はそうしなかった。
ただ何も知らぬ顔をして、こうしてレイが戻ってくれば寝たふりで迎えるだけであった。
ギシッ。
古いソファが軋む音がする。
レイが横たわった音だ。
再びここへ来てから、レイは殆どそこで寝起きしている。
あの日以降は毎日だ。
昨日までは知らぬ振りをしていたが、もうこれ以上こんな状態を続けるのは嫌だ。
きちんとけじめをつけたい。
は意を決して、小声で呼びかけた。
「・・・・・レイ。」
「・・・・・起こしたか。」
暫くの沈黙後、レイは背を向けたまま返事をした。
「・・・いいえ、起きていたわ。」
「そうか。」
「ねえ、こっちに来ない?」
誘惑ではない事は、その声色ですぐに分かった。
は核心に触れる話をしたがっている。
だからこそ辛く、拒みきれなかった。
レイは無言のままソファを離れると、の隣に横たわった。
はその気配だけを感じ取ると、視線を天井に向けたまま呟くように話を切り出した。
「・・・・いつ発つの?」
「・・・お前は何も気にするな。」
「私を・・・・、置いて行く?」
ぽつりと呟いたの一言が、レイの胸に突き刺さった。
そのまま返す言葉もなく、レイもまた天井を見つめて黙り込む。
「私・・・、レイの側に居たい。・・・・・最初は自分の身の安全しか考えてなかったわ。貴方は強いし、ゲインを始末してくれた恩もあるし。」
「・・・・・・」
「同じ誰かに弄ばれるなら、貴方が一番マシだと思ってただけだった。でも今は・・・」
「言うな。」
小さく、だがきっぱりと言い放たれた拒絶の言葉に驚き、は口を噤んだ。
ふと見れば、レイの瞳はまっすぐにこちらを見つめている。
冷たい口調とは裏腹な、深く優しい瞳だった。
「それ以上何も言うな。」
「レ・・・」
切なげにすら聞こえる呟きの後、の唇は塞がれた。
呼びかけた彼の名は、そのまま喉の奥へと流れ込んでいった。
― これで最後だ。
己に言い聞かせるように心の中で繰り返し呟きながら、レイは何度もに深い口付けを与えた。
柔らかい唇も、甘い舌も、全てを堪能し尽すかのように。
「ぅむ・・・・、んっ!」
が時折苦しげに呻く。
そんなごく小さな声すらも、情欲を掻き立てるエッセンスになる。
レイはの唇を貪りながら、簡素な寝衣を脱がせて現れた白い肌を弄った。
「あんっ!」
白い膨らみの先を指で捏ね回し、首筋から肩にかけてのなだらかなカーブに沿って舌を這わせた。
途端にの身体がぞくりと震える。
もうすっかり覚えてしまっている。
の肌の味、掌に吸い付くような感触。
そして性感帯の一つ一つまでも。
レイは硬く尖った先端に軽く吸い付くと、そのままゆっくりと下に下がった。
「あぁッん・・・!」
思わず高い嬌声を上げてしまい、は慌てて唇を噛み締めた。
秘所を這い回るレイの舌の感触に狂わされそうになっている。
しかし階下に人が居ると思うと、大きな声は出せない。
「んくっ、あぅッ・・・!」
レイの攻めは優しく、激しく、食い縛る口元から喘ぎ声がどうしても漏れてしまう。
ふと瞳を開いたその時、硬くそそり立ったレイの姿が目に入った。
それを愛しく感じるのは、欲しいと思えるのは、彼だからだ。
は躊躇う事なく、その熱い塊を口に含んだ。
互いの股間に顔を埋め、二人は夢中で愛撫を続けた。
泉からは既にとめどなく蜜が溢れている。
だが、紅く色付く芽を舌で何度も擦っていると、いくらでも新たな蜜が溢れてくる。
もう幾度となく味わった甘い味。
いつにもまして甘く感じられるのは、名残が惜しいからだろうか。
「んむっ!ふぅッッ!!」
が激しく身体を捩った。
感傷に浸るあまり、只でさえ敏感な芽を吸い上げる力が少々強くなってしまったらしい。
の腰が逃げないように抱え直そうとしたその時、ふと逸れた視線に白い太腿が止まった。
そしてそこにある、まだ新しい傷も。
思わず感じた自己嫌悪を隠すように、レイはそれまで以上にの花弁を執拗に攻め立て始めた。
のくぐもった嬌声もまた、激しさを増す。
与えられる快感の分だけ、不安も高まるのは気のせいだろうか。
そんな思いに揺れながら、はひたすらレイを夢中で愛撫した。
「ふ・・・ぅ・・・、んむっ・・・・」
その応酬のように、レイの愛撫が激しくなる。
だがは、その快感の波に必死で逆らって行為を続けた。
根元から先端に向かって何度も舌を這わせ、僅かに滲み出た雫を舐め取る。
更に唇を窄めて全体を吸い上げていくうちに、口内の塊は益々質量を増してきた。
「うっ・・・・!」
苦しげなレイの呻き声が、益々行為をエスカレートさせる。
『もう止めろ』と肩を軽く押されたが、身体が言う事をきかない。
そのままレイの制止を振り切って、は彼を絶頂へと押し上げてしまった。
「くっ、・・・・!」
掠れた声で名を呼ばれ、は根元まで彼を咥え込んだ。
程なくして、熱い液体が一滴残らず喉の奥へと流し込まれる。
舌に残るその苦味も青臭さも、全く気にはならなかった。
一度果てたにも関わらず、レイの勢いはまだ衰えてはいなかった。
最後の情事をこんな形で終わらせたくない。
もう一度、の白い肢体を組み敷いて喘ぎ乱れさせたい。
「まだだ、・・・・」
レイは身体を起こすと、ぐったりと肩で息をしているに覆い被さった。
そして花弁の中心に己を宛がい、一息に貫いた。
「ああぁッ!!」
一度で根元まで突き込まれ、その質量と衝撃に耐えきれず、は背を反らして喘いだ。
ぐっしょりと濡れそぼっている其処は、難なくレイを受け入れて締め付ける。
「あっ、レ・・・イ・・・・」
薔薇色に上気した頬で、うわ言のように名を呼ぶ。
その甘い声に痺れるのは、男の本能を擽られるせいだけではない。
愛している。
口に出せば楽になるのだろう。
心のままにこの腕に攫って連れていけば、この心は安らぐのだろう。
だが、それは出来ない。
アイリを無事に救い出し、幸せになるのを見届けるまで、自分の幸せは追求出来ない。
そして、そんないつ果てるとも知れぬ険しい道にを引き摺り込む事は出来ない。
だからせめて、その言葉の代わりに幾度もの口付けを。
今この時の己の全てを。
に残していこう。
「あんんッ!」
奥深くを力強く突き上げられ、は甘く鋭い声を上げた。
自分の声の大きさに驚き、慌てて唇を噛み締めようとしたが、その前にレイの舌が潜り込んで来る。
「んッ・・・・、ん、ぅ・・・・」
あられもない声は、全てレイの唇へと吸い込まれる。
噛み付くような深く激しいキスのせいで、気が遠くなりそうだ。
― このまま溶けてなくなっても構わない。
この力強い腕に抱かれていると、そんな馬鹿げた睦言すら頭をよぎってしまう。
全てを奪い去られるような荒々しさに恍惚とするのは、自分を組み敷いている男がレイだからだ。
他の誰にも、こんな風に感じた事はない。
愛している。
そう囁きたくても、唇は塞がれたまま。
だからせめて、この身体一杯に彼を受け入れたい。
初めて愛した男を、しっかりとこの身体に刻み付けたい。
「ふぅっ、うっ、うっ、・・・・んんーーーッッ!!」
「くッ・・・・!」
― 愛している・・・
絶頂の波に攫われる刹那、同じ言葉を心の中で呟いた事を、二人は知らなかった。
まだ火照りの残る身体を抱き寄せながら、レイは独り言のようにの名を呼んだ。
「。」
「何?」
「お前は・・・・、いい女だ。」
その台詞があまりに突拍子もないもので、はつい笑いを零してしまった。
「ふふっ、何?突然。」
「この身体、そこらの男に簡単にくれてやるようなものではない。大事にしろ。」
「それはどうも。」
茶化すような口調のに、レイは微かに苦笑を浮かべた。
「これからは本当に愛した男だけに抱かれろ。そして女の幸せを掴め。」
『お前なら手に入れられる』、そう続けようとした時、突然がそれを遮った。
「一つだけ約束して。」
「・・・・何だ?」
「黙って居なくならないで。その時は、ちゃんと見送らせて。」
凛と微笑むその顔は、今にも泣き出しそうにも見える。
その笑顔が、胸苦しい程愛しかった。
「約束しないなら、貴方の指図は受けないわ。」
「・・・・全く、お前という女は。」
この期に及んでまだ軽口を叩いてみせる。
その強情さの裏側には、寂しさが隠されている。
そんな事は表情を見れば一目瞭然だ。
そんな言葉や仕草の一つ一つが自分を魅了してやまない事を、は知っているのだろうか。
「・・・・フッ、分かった。約束する。」
そう言ったレイの表情は、見た事もない程柔らかいものだった。
多分これが本当のレイなのだろう。
は、その笑顔をよく目に焼き付けておきたかった。
愛した男の素顔を。
「・・・・約束ね。」
搾り出すように発した言葉が、微かに震えている。
今浮かべている表情は、巧く笑顔を形作れているだろうか。
そんな不安を気付かれまいと、は努めて明るい声を出した。
「眠くなってきたわ。そろそろ寝ましょう。」
「・・・・ああ。」
瞳を閉じてしまったと自分に上掛けを掛けると、レイは少し躊躇ってからを胸に抱いた。
は一瞬ぴくりと肩を震わせたが、抑揚のない声で『おやすみ』と呟いたまま、それっきり一言も発しなかった。
レイもまた何も言わず、そのまま黙って瞳を閉じた。
胸板に熱い雫が零れ落ちたのを感じたのは、それから間もなくだった。