勧められるまま食事を摂り終えたレイは、ハントに事の顛末を話して聞かせた。
「そうですか、ギルドを・・・。本当に・・・・、あなた方には重ね重ね恩を受けて・・・・」
感極まったように、ハントは言葉尻を濁した。
「別に貴様の為にやった訳ではない。恩などと言うのはよせ。」
「いえ、貴方にはそうでも私には返し難い程の大きな恩です・・・!」
「・・・・勝手にしろ。」
諦めたように呟いたレイに満足げな微笑みを見せてから、ハントは話の続きを促した。
「それで、アイリさんは見つかったのですか?」
「・・・・居場所は突き止めた。だがその矢先にこの状態だ。」
「そうですか・・・・。私で出来る事があれば何でも仰って下さい。微力ながらお力添えを。」
「・・・・そうだな。いずれ頼むやもしれん。」
小さく呟くと、レイは席を立った。
の額を冷やしている布を絞り直してやりながら、レイは取りとめのない考え事に耽っていた。
今回は何とか事なきを得たものの、こうして連れ回していればいつか取り返しのつかない事になるかもしれない。
危険な旅にを巻き込んだ事を、レイは後悔していた。
「何故もっと早くに気付かなかったんだ、俺は・・・」
心の声がそのまま言葉に出る。
もっと早くに離れるべきだった。
いや、そもそも最初から連れて来たのが間違いだったのだ。
「うぅ・・・・・」
苦しげな呻きがレイの思考を遮った。
レイはの口元に耳を寄せると、その唇が紡ぎ出す声を聞き取ろうとした。
「どうした?」
「み、ず・・・・・」
「水か?待ってろ。」
喉の渇きを訴えられたレイは、己の口に水を一口含んだ。
そしてそれをの乾いた唇に押し当てて、少しずつ中に流し込む。
白い喉が小さく鳴ったのを確認すると、レイはもう一度話しかけた。
「もっと飲むか?」
「も・・・・、い、い・・・・」
「他に何かして欲しい事はあるか?」
「さ、む・・・・・」
寒い、と言いたいのだろうか。
発熱しているせいで体温は高いが、身体は小刻みに震えている。
レイは上掛けを少しだけ捲り、の隣に身を滑り込ませた。
そして震える身体を緩く抱いて自分の体温を分け与えながら、背中や腕をゆっくりと擦ってやった。
「どうだ、少しはマシか?」
「ん・・・・・」
声は返事になっていないが、その表情が少し和らいでいる。
その様子から多少なりとも効果があると見て取ったレイは、何度もそれを繰り返した。
― もう遅い。
の熱すぎる体温を感じながら、レイは唇を噛み締めた。
を手放す事を躊躇う自分が居る。
人としての自分は捨てて来た筈なのに、気付けば人としての温もりを求めている自分が居る。
「何故もっと早くに・・・・」
悲痛なレイの呟きは、いつの間にか再び眠り込んだの耳には届かなかった。
それから数週間、レイは片時もの側を離れなかった。
適切な処置と献身的な看護の甲斐あって、の容態は日増しに良くなっていった。
「ありがとう。もうすっかり良くなったわ。」
「そうか。それは良かった。」
「レイのお陰ね。それに神父様にもすっかりお世話になっちゃったわ。」
「全く、直った途端に良く口の回る奴だ。」
レイは苦笑を漏らした。
一時はどうなる事かと思ったが、快活な瞳も明瞭な口調もすっかり元通りになっている。
その安堵あってのものだった。
「しかしまだ無理はするな。」
「平気よ。傷はすっかり塞がったし、痛くもないわ。」
「駄目だ。もう少し療養しろ。」
「何言ってるの!そんな暇ないでしょう。」
「お前は余計な事を考えるな。自分の身体の事だけ考えていろ。」
「そんな・・・・。只でさえ随分時間をロスしたのにこれ以上だなんて・・・」
は不満そうに唇を尖らせた。
「ねえ、本当に私大丈夫なのよ?」
「素人判断はするな。治りがけに無理をして、万が一取り返しのつかない事になったらどうする。」
「そんな事ないわ。自分の身体は自分が一番良く分かってるもの。」
なかなか引き下がらないに、レイは少し苛立ち始めていた。
連れて行きたい思いと、それを良しとしない思いの板挟みにされて、レイ自身どうして良いのか分からないのだ。
しかし、そんな苦悩を知ってか知らずか、は更に押してきた。
「だからすぐ出発しましょう。貴方の足手まといにならないように、もっと気を付ける。もう絶対迷惑は掛けな・・・」
「もう既に足手まといになっている。」
苛立ちが最高潮に達したレイは、ついそれに任せて冷たく言い放ったしまった。
言った後で『しまった』と後悔したが、もう遅い。
「・・・それは・・・・、そうだけど・・・・・・」
「これ以上俺の事に首を突っ込むな。恩ならもう十分返して貰った。もう貸し借りなしだ。」
「だけど・・・・」
「分かったな?」
の返事を待たずして、レイは足早に部屋を出て行った。
そんな事は言われるまでもなく、自分が一番良く分かっていた。
自分は何の役にも立てていない。
それどころか、こうして足を引っ張ってさえいる。
現にこの怪我がなければ、今頃とうにアイリの元に辿り着いている頃なのだ。
― もう既に足手まといになっている。
「そんな事分かってる・・・・」
レイの言葉が頭の中で何度も木霊して離れない。
冷たい響きだった。
「当然よね・・・。私のせいで足止めされたんだから・・・・」
ああ見えて義理堅い男だ。
いくら取るに足りない存在でも、しばらく行動を共にした自分を見捨てて先に行く事は出来なかったのだろう。
心はアイリの元に飛んでいるのに、身体はこんな所で拘束されたまま。
その苛立ち故の台詞、そしてそうさせたのは他ならぬ自分だ。
先に行けと言えば、彼の苛立ちは解消されただろう。
しかし、にはその一言がどうしても言えなかった。
そうしてしまえば、もう二度と会えない気がした。
そう、今はっきりと自覚した。
レイと離れたくない。
「くそっ!」
レイは苛立ち紛れに拳を大木に叩きつけた。
先程の台詞を後悔している。
が怪我をしたのは、自分が庇いきれなかったせいだ。
自分で離れるなと言っておきながら、僅かな時間でも一人にさせた自分が悪いのだ。
なのに、まるでが悪いかのように言ってしまった。
あの時のの寂しそうな表情が、瞼に焼き付いて離れない。
今頃自分を責めているかもしれないと思うと、余計己に腹が立った。
しかし、もう遅いのだ。
言ってしまった事は取り返しがつかない。
それに、咄嗟に口をついて出たという事は、ある意味結論が出たという事だとも言える。
「やはり、潮時か・・・・・」
レイはもう一度、旅を始めた時の事を思い出そうとしていた。
人を捨て、獣となる事を誓った時の事を。
その時の気持ちが、レイには再び必要だった。
その後数日、レイとの間に会話は殆どなかった。
は努めてレイから視線を逸らし、またレイもそうであった。
互いに何を言えばいいのか分からないのだろう。
あの日以来ろくな会話もないまま、ただその日その日を過ごしていた。