「!!しっかりしろ!!」
レイは己の腕の中で意識も朦朧としているを揺さぶった。
呼吸は苦しそうに乱れ、顔からは血の気が引いている。
尋常ではない様子なのに、このままあてもなく飛び出す事は出来ないと判断したレイは、ひとまずを床に横たえた。
「出血が多かったか・・・・」
貧血を疑ってみるものの、先程の止血は効いているようで血はかなり止まっている。
傷自体もそう深くはなかったし、これ程までに衰弱する理由にはならない筈だ。
「まさか・・・・、毒か!?」
レイは床に転がっていた矢を掴み取って矢尻を凝視した。
光の差す方向に翳してよくよく調べてみると、その矢尻には血液の油分だけではない光沢があった。
それを確認したレイは、忌々しげに矢を折り捨てた。
「くそっ!!」
姑息な置き土産を遺したボスをもう一度切り刻みたくなったが、そんな事をしている暇などないのは百も承知している。
そんな事より、一刻も早くの体内から毒を吸い出さなければならない。
「、聞こえるか!」
「ん・・・・、レ・・・イ・・・」
「少々手荒になるが我慢しろ、いいな!」
半ば怒鳴るようにそう告げると、レイは止血していた布を緩く縛り直し、の衣服を破った。
傷の部分のみだった綻びは一層大きくなり、傷ついていない滑らかな肌まで露になる。
しかし白い筈のその肌は、今は毒のせいで痛々しい色を帯びて腫れ上がっている。
その様子に一瞬眉を顰めこそしたものの、レイは躊躇う事無くその傷口に指を軽く一閃させた。
「あうっっ!」
の身体が大きく跳ね上がる。
激痛によって強引に意識を取り戻させられたは、霞む瞳でレイを見つめた。
「な、何を・・・・・!?」
「毒を吸い出し易いように少し切らせて貰った。痛むだろうが我慢しろ。」
「毒・・・・?」
「矢に毒が塗ってあったんだ。放っておけば大変な事になる。だが大丈夫だ。俺に任せろ。」
を安心させるように微かに微笑んで見せると、レイは自ら大きくした傷口に吸い付いた。
「うぐっっ!」
只でさえ痛む傷口を強く吸引され、激痛を感じたが顔を歪める。
痛みにのた打ち回る姿は気の毒だが、かと言ってこのまま放置しておく訳にはいかない。
レイは吸い取った血液を吐き捨てると、もう一度傷口を吸った。
「くぅッ・・・・!」
「まだだ、我慢しろ・・・・!」
の手が、縋れるものを求めて虚しく空を握り締める。
レイはその手を自分の肩に掛けさせると、処置を再開した。
「これでひとまず安心だな・・・・」
辛い処置に耐えた後完全に意識を失ったを見つめて、レイは胸を撫で下ろした。
緊張が解けた途端、ちりちりと微かな痛みを肩に感じる。
そこにはの爪痕がくっきりと残っており、薄く血が滲んでいた。
しかしこの程度の傷など、傷の内には入らない。
さっきの毒矢ですら大した怪我にはならないだろう。
そう、もしも自分が受けていたのならば。
「済まない、・・・・」
レイは意識のないの頬をそっと撫でると、その身体を抱き上げた。
処置をしたとはいえ、ここでこのまま呆けていられる状況ではない。
を何処かでゆっくりと休ませ、更に治療する必要があった。
微量であろうが、処置する前に体内に巡った毒を消さねばならないし、処置の為とはいえ大きくしてしまった傷を縫合する必要もある。
いくら出血が止まり毒を吸い出したからと言って、まだまだ油断は出来ない。
レイは安全な場所を求めて建物を出た。
外は相変わらずの様子であった。
村人達の表情は虚ろなままで、今しがた起こった事を何も知らないようだ。
余裕があればギルドの壊滅を触れて回れただろうが、生憎今は赤の他人に親切を施している場合ではない。
この一刻を争う時に余計な仏心を出さずとも、彼らは直に連中が滅んだ事に気付くだろう。
レイは虚ろな表情の村人達を一瞥すると、身を寄せる場所を思案し始めた。
日が暮れ始めた荒野を、一台の車が猛然と駆け抜けていく。
やはり物資は殆どギルドの物らしく、村にはろくに何もなかった。
何処に何があるのかゆっくり探す暇などなかったのだが、幸い車だけはすぐに見つける事が出来た。
ギルドの連中が乗り回していた物らしいが、この際文句は言っていられないとばかりに乗り込み、村を飛び出して来たのである。
「ぅ・・・・・」
が時折小さな呻き声を漏らす。
額には玉のような汗が浮かび、呼吸も浅く荒い。
やはり毒が多少回ってしまったのだろう。
見たところ、どうやら発熱している。
「・・・・、もう少しだ・・・・!」
苦しむの様子を痛ましい思いで一瞥して、レイは更にアクセルを踏み込んだ。
― 速く、もっと速く!
レイは逸る心のままに荒野を駆け進んで行った。
ランプの灯りが柔らかく滲む室内に、熱湯の蒸気とアルコールの匂いが漂っている。
「終わりました。これでもう大丈夫です。」
窓の外を眺めていたレイは、声のした方向を振り返った。
「済まなかったな。お陰で助かった。」
「なに。これしきの事、礼には及びません。」
感謝の意を示したレイに、ハントは穏やかな微笑を見せた。
「しかし、こんなに早くあなた方と再会出来るとは思いませんでした。」
ハントがそう言うのも無理はない。
何しろ自分でも何故ここに来たのか、正直分かりかねているぐらいなのだ。
しかし、咄嗟に思いついたのはこの村しかなかった。
「突然貴方が凄い形相で飛び込んで来られた時には驚きました。しかもさんは怪我をされて。」
「急に迷惑を掛けたな。」
村に着くや否や、レイは扉を蹴破りそうな勢いで教会に転がり込んだ。
丁度礼拝堂で祈りを捧げていたハントは大層驚いていたが、の尋常でない様子を確認するとすぐに行動を起こしてくれたのだ。
必要最小限の情報だけで、的確な処置を迅速に施してくれた彼に、レイは心から感謝していた。
「とんでもない。これも受けた恩を返せとの主の思し召しでしょう。ゆっくりと過ごしていって下さい。」
「恩に着る。ところで、の具合はどうだ?」
「命に別状はありません。傷口が綺麗に切れていたお陰で縫合も上手くいきましたし、出血も完全に止まっています。神経や骨にも異常はなさそうです。ただ・・・」
「ただ、何だ?」
「熱が高いのが少々難儀ですな。解熱剤と毒消しは飲ませましたから、2〜3日もすれば引くとは思いますが。」
「そうか・・・・」
レイは少し不安げに呟くと、頬を上気させて眠るをじっと見つめた。
その表情が思い詰めたように見えたのであろう。
ハントは緊張を解すようにぽんぽんと肩を叩くと、深く通る声で穏やかに諭した。
「さんなら大丈夫ですよ。さあ、貴方もお疲れでしょう。大したもてなしは出来ませんが、食事をお摂りなさい。」
「いや、俺は・・・・」
「無理をしてはいけません。休める時は休みなさい。さあ、こちらへ。」
そう言うと、ハントは半ば強引に押し出すようにレイを部屋の外に連れ出した。