は組織の人間達に気付かれないように、そっと喉元を刃に近付けた。
その時。
「!」
鋭いレイの声が投げ掛けられて、は慌てて首を引っ込めた。
男達の隙間から、レイの視線が強くこちらを射抜いている。
その瞳は光を失っておらず、それどころか何か言いたげな感じさえ見受けられた。
― そうよ、レイはこんな奴らにどうにかされる男じゃない!何かするつもりだわ・・・!
は自分の感じた直感に賭けた。
気付かれないようにそっと周囲の様子を伺ってみる。
ボスも手下達もレイを甚振るのに夢中で、大人しくしているには注意を払っていないようだ。
これなら隙をついて抜け出る事も出来ないではない。
ただ、この丸太のような腕を振り解くには何かのきっかけが必要だ。
はそれをじっと待った。
「しぶとい野郎だぜ!」
「まだ死なねえか!!」
辛抱強く耐えたお陰で、男達の息はすっかり上がっている。
無傷とは言えないが、それでもこの程度では命に別状はない。
むしろ疲労で攻撃が大振りになってきた連中の方が、よっぽど命の危険に晒されている。
南斗水鳥拳は一瞬の隙をも逃さない、一撃必殺の暗殺拳なのだから。
レイは薄く笑みを浮かべると、連中が次に攻撃を仕掛けてくるタイミングを待った。
― 今だ!
一際大振りな拳が飛んで来た時、レイは初めて動きを見せた。
その一撃をかわし、立ち上がりざまに隣に居た男をボス目掛けて蹴り飛ばした。
「うひゃぁぁーー!!」
「ぐわっ!」
「うげっ!」
「あうっ!」
大柄な男が吹っ飛んでぶつかってきた衝撃で、ボスと手下はごと勢い良く後ろに転倒した。
「いぎゃ!」
「へぶっ!」
その隙に、レイは自分の周囲の男達をあっという間に切り刻んでいた。
連中は完全に不意を突かれていたが、心積もりしていたはいち早く行動に出た。
再び拘束されない内に、レイの元へと駆け寄ったのだ。
しかし。
「あぐっ・・・!」
「!!」
あと一歩でレイの腕に届くという時に、は膝から床に崩れ落ちた。
が逃げ出すのに気付いたボスが、苦し紛れに矢を放ったのだ。
矢は命中こそしなかったものの、の太腿を切り裂き、破れた服の隙間から白い肌と赤い血が見えていた。
「くそっ!」
レイは二度目の攻撃が来ない内にを引き摺り起こして背後に隠すと、凄まじい速さで残りの連中に踊りかかった。
「ひびゃっ!」
「はわっ!!」
反撃する暇も与えず、レイは自分が蹴り飛ばした男とに刃を突きつけていた男を、一瞬で斬り細裂いた。
その忌々しい長刀と共に。
「これで貴様を庇う者は誰も居なくなったな。」
「なっ、なんて野郎だ!化け物め!!」
「女を食い物にする獣に言われるのは心外だな。」
レイは薄ら寒ささえ覚えるような冷酷な微笑を浮かべると、指を鳴らしながらボスに近付いた。
「さあ、さっきの続きを言え。アイリは何処だ?」
「ひっ、ひぎゃあぁぁ!!!」
弓を持ったボスの腕が、本体から離れて床に転がった。
「早く言え。言わんともう片方も落とすぞ。」
「言う!言うから!言うから・・・・!!」
斬られた断面を残った腕で押さえてのた打ち回りながら、ボスは途切れ途切れに白状した。
「ここから南東に・・・、数ヶ月前に出来たばかりの町がある!」
「そこに居るのか!?」
「ああ・・・!そこを治めてるヴィンスって男が買っていった・・・!」
「嘘ではなかろうな!?」
「うう嘘じゃねぇ!嘘じゃねえよ!!」
ボスは何度も『嘘じゃない』と繰り返した。
そこまで強調せずとも、レイはその言葉を疑ってはいなかった。
片腕を切断された激痛に苛まれながら、尚も嘘をつけるような見上げた男ではないからだ。
「ついでにもう一つ訊こう。胸に七つの傷を持つ男を知っているか?」
「七つの傷・・・・、あの男か・・・!」
「知っているのか!そいつは何処に居る!!」
仇の情報までも手に入る予感に気が昂ったレイは、ボスの腕を掴んで激しく揺さぶった。
「痛てっ、痛ェよーー!!知らねぇ!!俺はそいつからアイリを買い取っただけだ!!」
「何だと?どういう事だ!」
「半年かそこらぐらい前に・・・、女を買えって言って来たんだ!良い女だったから買った!それだけだ!!」
「名前や居場所は知らんのか!?」
「知らねぇよ!そんな事は詮索しねえ主義だ!!」
脂汗を流して喚き立てるボスを、レイは冷ややかな目で一瞥した。
「・・・・そうか。良く分かった。」
「こっ、これで助けてくれるな!?な!?」
「そうだな。貴様にはたっぷりと礼をせねばな。何しろ色んな奴らから頼まれている。」
「へ・・・・?」
ぎらついた目を大きく見開いたボスに、レイの拳が音もなく襲い掛かった。
「これはあの神父の分だ。」
「あぎゃあァァ!!!」
重い音と共に残りの腕が床に転がった。
「これはお前に弄ばれて地獄を見た人間の分。」
「うぐわぁーーー!!!」
「こっちはの分・・・・」
「ひぎぃぃーーーッ!!!」
淡々と呟きながら指先を一閃させるレイ。
その度に、脚までもが一本ずつ斬り落とされていく。
「たっ、たっ、頼む!助けてくれェェ!!」
文字通り血達磨になったボスは、それでも尚助けてくれと懇願し続けた。
しかし、レイにはそんなつもりは毛頭なかった。
「最後は俺とアイリの分だ!」
「た、た、助けた・・・・わばっ!!!」
レイの指が縦横無尽に流線を描いたかと思うと、ボスの身体は数多の肉片と化した。
「これしきでは落とし前にもならんな。」
先程口にしていたのと同じ台詞を床に散らばる『本人』に吐き捨てて、レイは頬に浴びた返り血を無造作に拭った。
床に蹲っていたは、駆け寄ってきたレイに気丈にも微笑んで見せた。
「レイ・・・」
「!大丈夫か!」
「平気よ・・・・」
「傷を見せろ!」
レイはその身体を支えると、傷を押さえている白い腕を退けさせた。
幸い傷はそう深くなかったが、それでも結構な量の出血がある。
急いで止血する必要があると踏んだレイは、懐から鉄錆色に染まった薄い布を取り出して脚の付け根近くを縛った。
「よし、取り敢えずこれで出血は止まる筈だ。立てるか?」
「ええ・・・・」
弱々しい声で呟いたは、レイの腕に支えられるようにふらふらと立ち上がった。
とは言っても、その足元は覚束ない事甚だしい。
頼りなくふらふらと歩くを見かねたレイが抱きかかえてやろうとしたが、はその手を拒んだ。
仕方なく、肩を貸して腰を支えてやるだけに甘んじる。
「ここに長居は無用だ。何処かマシな場所でちゃんと手当てしてやる。そこまで頑張れ。」
「大丈夫よ・・・。早く、行きま・・・・」
言葉尻が消え入ると同時に、の身体が大きく傾いだ。
そしてそのまま、レイの腕の中でぐったりと力を失った。