一方その頃。
「しっかりして!お願いだから立って・・・!」
は瀕死の男を担いで四苦八苦していた。
レイのような肉体をしている訳ではないが、それでも相手は男である。
女である自分との体格差に加えて、意識も混濁している程の手負いの状態なのが更に厄介だ。
どうにか片腕をの首に絡ませてはいるものの、すぐにズルズルと崩れ落ちそうになっている。
「ほらしっかりして!私じゃあなたを抱きかかえられないのよ!」
「うぅ・・・・」
しばらく声を掛けていると、ようやく男が薄らと意識を取り戻した。
「す、済まない・・・・」
「そんな事いいから!宿屋かどこかにでも行けばゆっくり手当て出来るわ。そこまで頑張って!」
「あ、ぁ・・・・」
男は力の入らないらしい両脚を何とか踏ん張らせて、ゆっくりと歩を進め始めた。
その自発的な歩みを止めないように、は急いで男の腕と腰を支えた。
そして男の歩幅に合わせて一歩一歩踏み出す。
通りを歩く人々は、達からわざと視線を逸らしている。
関わり合いになるつもりは毛頭ないらしい。
薄情だとは思いつつも、それを責めるつもりも余裕もにはなかった。
「もう少しよ、頑張って。きっと助かるわ。」
「うっ!ぐぅッ・・・・!」
「痛む?もう少しだから・・・」
「だ、大丈・・・夫、だ・・・・」
時折苦痛に顔を歪める男を必死で励まし、は通りを見回した。
何処でも良い。
何処かこの男を横たえて治療出来るスペースが欲しい。
場所探しに夢中になっていたは、背後から近付く気配を悟る事が出来なかった。
「姉ちゃん、大変そうだなぁ。手伝ってやろうか。」
「え・・・!?」
厭らしい笑いを含んだ声に驚いたが振り返った瞬間、担いでいた男の身体がビクンと跳ねた。
何事かと男を見たは、その腹から鋭い刃が突き出ている事に気付いて悲鳴を上げた。
「いっ・・・・いやああぁ!」
男はそのまま呻き声すら上げる事無く、地面に崩れ落ちた。
うつ伏せに倒れ込んだ男の背中には、深々と長刀が突き立てられている。
は慌てて男を抱き起こしたが、その虚ろに濁った瞳は既に絶命している事を物語っていた。
「酷い・・・・、何てことを!」
「こいつは見せしめに殺した男なんだよ。生かされちゃ困るんだ。」
「何が見せしめよ!この人が何したっていうの!あんたこそ死ねばいいんだわ!」
「ほ〜う、随分威勢の良い姉ちゃんだな。」
男は愉しげに笑って死者から刀を引き抜くと、その刃をに突きつけた。
「・・・・何のつもりよ。」
「ほほう、ますます気に入ったぜ。こいつが怖くねえか。」
男は笑いながら刃の切っ先でゆっくりとの首筋をなぞった。
細く赤い線が白い肌に浮かび上がり、そこから薄らと血が滲む。
「良い女だ。殺すのは惜しいな。ボスもきっと喜ぶぜ。来い!」
「痛っ!離してよ!!」
痛む程腕を強く掴まれ捻り上げられて、は顔を顰めた。
しかしそんな事で許す筈もなく、男はそのままズルズルとを引っ張って行った。
「ちきしょう・・・!テメェ一体何モンだ!?」
むせ返る程の血の匂いの中、青ざめた表情のボスが焦りを露にした。
辺りには累々と横たわる部下の屍。
無事でいるのは自分を含めた数人のみである。
たった一人で、しかも素手で、これ程の強さを誇る男に会った事は今までなかった。
手にした弓矢を打つ事も出来ない程怯えたボスを冷たい視線で射竦めて、レイは低く呟いた。
「お前に名乗る名は持ち合わせていない。もう一度訊く。アイリは何処だ。」
「し、知らねぇ!知らねぇよ!!」
「そうか。では死ね。」
レイはそう言うと、ボス目掛けて拳を放った。
「ひっ、ひぃぃぃーー!!」
しかし切り刻まれたのは、ボスの後ろの壁であった。
ひとまず命拾いした事に安堵したボスは、情けなくもその場に膝から崩れ落ちる。
レイはその腕を掴んで強引に立たせると、冷たく燃える瞳で睨み付けた。
「たっ、助けてくれ!命だけは!何でもやる!食い物でも女でも好きなだけ!な!な!」
ボスは脂汗を流して必死の形相で命乞いをする。
しかし、レイの目的はそんな物ではない事をまだ分かっていないようだ。
或いは、分かっていても飲めないから代替案を訴えているのか。
だが、そんな憶測はレイにとってはどうでも良い事だった。
「俺の質問に答えろ。アイリは何処だ。ここに居た事は分かっているんだ。」
「いっ、今はここには居ねぇ!本当だ、信じてくれ!」
「では何処に居る?」
白状せねば今度こそ命はないぞとばかりに、レイは男の顔を鷲掴みにした。
「わ、分かった!言う!!言うから!!」
「分かったのなら早く言え。何処だ?」
「そ、それは・・・・」
ボスがごくりと喉を鳴らした。
その時。
「テメェ誰だ!?何してやがる!!?」
入口の方から男の声が聞こえ、レイは背後を振り返った。
そこにはギルドの人間らしき男が長刀を構えて立っていた。
そしてその腕の中には。
「!?」
「レイ!!」
取り敢えず危害は加えられていないようだが、が捕らえられていた。
その状況に思わず動揺したレイは、一瞬だが隙を見せてしまった。
その隙を逃す筈もなく、ボスはレイの腕から逃げ延びると、手下の方に駆け寄った。
「しまった・・・!」
「フハハハハ!形勢逆転だな!」
ボスは部下に命じて、の首筋に刃を突きつけさせた。
「お前、この女の知り合いか?へヘヘッ、俺ぁつくづく運が良いぜ。」
「その女を離せ!」
「そうはいかねえ。まずはこの礼をたっぷりさせて貰う。おい、やれ!」
人質を取ってすっかり強気になったボスは、まだ無事だった部下をけしかけてきた。
部下達は嬉々としてそれに従い、抵抗出来ないレイを取り囲んで甚振り始めた。
「ぐふッッ!」
先程の戦闘の際に獲物を壊しておいたお陰で致命傷こそ与えられないものの、無駄に体格の良い男達の拳は次第にレイの身体にダメージを与え始めていた。
「レイ!レイーー!」
レイと同じくどうする事も出来ないは、卑怯な男達の腕に閉じ込められたまま、ひたすらレイの名を呼ぶ事しか出来なかった。
「卑怯よ!さっさと私を殺せばいいじゃない!」
「やかましい、黙ってろ!ヘッヘヘヘ、お前は殺すよりももっと有効に使ってやる。」
ボスの言わんとする所を即座に理解出来たの表情が歪む。
ボスはその表情をさも愉しそうに見やると、おもむろにの首筋にこびり付いている乾いた血を舐め取った。
途端に首筋に耐え難い不快感が走る。
「ぃやっっ!」
「クククッ。」
は燃えるような瞳で、厭らしい含み笑いを浮かべるボスを睨み上げた。
一度ならず二度までも野獣共の慰み者になる気はない。
それにこのままじっとしていれば、いくらレイとて無事で居られるかどうか分からない。
― そんな事になる前に・・・・!
追い詰められたは、意を決して鈍い光を放つ刃を見つめた。