ようやく目的の村に辿り着いたレイとは、まず村の中を偵察して歩いていた。
「思ったより普通な感じね。そうと知らなきゃ、ここが人身売買組織のアジトだなんて分からないわ。」
「だが油断は出来ん。気をつけろ。」
「分かってる。」
ここはギルドの本部がある村だ。
どこに組織の人間が歩いているか分からない。
しかしの言う通り、特に怪しげな感じが見受けられないのも事実だ。
それはおそらくまだ昼日中のせいだろう。
夜ともなれば打って変わって危険な場所になる筈だ。
「でもやっぱりレイの言う通りね。油断は出来ないわ。」
「何か見つけたのか?」
「よく見て。」
そう言って、は通りを歩く人々を顎で指し示した。
「女がいないわ。」
その言葉通り、行き交う人々の中に年頃の女の姿はない。
改めて指摘されると異様な光景だ。
そしてそれは、ここが若い女を専門に扱う人身売買組織が支配している村だという証拠のようなものだった。
ギルドが作った村なのか、元々あった村をギルドが乗っ取ったのかは分からないが、いずれにしろ村の女は全て組織のものなのだろう。
「、顔を隠しておけ。見つからんに越した事はない。」
「そうね。」
レイの指示通り、はボロ布を頭から被って顔を隠した。
どこを歩いても、その異様な光景は変わらなかった。
やはり女は一人も見当たらない。
「ここまであからさまだと、気味が悪いのも通り越しているわね。」
「そうだな。早いところ元締めとやらを締め上げてやらねば。」
その時、通りの向こうが何やら騒がしくなった。
「何かしら。行ってみましょう。」
「ああ。」
レイとは急ぎ足で騒ぎの方向へ向かった。
「ギャーーーッ!!!」
「ぐわぁぁッ!!!」
「うぐあぁーーー!!」
到着した途端、男達の断末魔の叫びが聞こえた。
2人は野次馬の間をかいくぐり、その様子を伺った。
「へっへへへ、他愛もねえ。」
若い男が3人、血の海で倒れている。
そして大柄で野蛮な男が、その頭を踏みつけて血糊がべったりとついた長刀を振りかざしている。
その血生臭さと残忍さに、は思いきり顔を顰めた。
「ひどい・・・・」
そう感じているのはだけではないようだ。
周囲の野次馬も、怯えたような哀れむような表情を浮かべて呆然としている。
「いいかお前達!これは見せしめだ!俺達に逆らう奴は皆こうなる!!」
「命が惜しけりゃ妙な気は起こすんじゃねえぞ!!」
刀を持った男と共に似たような風貌の男達が数人、野次馬に向かって威嚇した。
そして散々脅して気が済むと、男達は高笑いと共にその場を悠々と歩き去って行った。
途端に野次馬達もそそくさと散っていく。
殺された男達を弔おうとする者は誰もいないようだ。
2人は彼らを押しのけて、倒れている男達に駆け寄った。
レイとはうつ伏せに倒れている男達を次々と抱き起こしたが、内2人は既に事切れていた。
しかし。
「う・・・・・」
「レイ!この人生きてるわ!」
「おいお前!しっかりしろ!」
2人は瀕死の男に何度も呼びかけた。
すると男の瞼がゆっくりと開かれた。
「う・・・・あ・・・・」
「しっかりして!今手当てを!」
は男の身体をレイに預けると、ボロ布を破って背中の傷口を押さえた。
しかし傷は深く大きく、出血が止まらない。
「おい!何故こんな事になった!」
「ア・・・、アマンダ、を・・・・」
「アマンダ?誰だ?」
「俺の・・・・、婚、約・・・者、取り、戻し・・・に・・・・」
「お前達、女を取り戻しに来たのか!?」
レイの問いかけに、男は小さく頷いた。
そして荒い呼吸のまま、懸命に訴えかけた。
「攫われ・・・・たん、だ・・・!ギル、ド・・・に・・・・」
「今の奴らがそうか。」
「頼む・・・!アマン・・・ダ、助け・・・・」
男は虫の息で婚約者の救出を何度も懇願した。
レイは怒りを帯びた表情で男をに預けた。
「、この男を安全な場所に連れて行け。」
「分かったわ。」
「俺はさっきの男達を追う。一気に始末してくれるわ。」
「気をつけて。」
に見送られ、レイは風のような速さで男達を追って行った。
レイに追われているとも知らず、ギルドの連中はのうのうと村を練り歩いていた。
今は店先に並べられている果物を無造作に掴み、貪り食っている。
当然代価など支払う筈もなく、あまつさえ涙ぐむ店の老婆に面白がって因縁すらつけている始末だ。
しかし、今はそれどころではない。
こんな所で始末してしまえば、自分からトカゲの尻尾を切ってしまうようなものだ。
肝心なのはこの連中を取り纏めている元締めなのだから。
レイはひたすら辛抱強く、男達が狼藉を働くのを見守っていた。
それからも連中は村の中をウロウロと歩き回り、己の力を誇示して回っていた。
そしてようやくアジトらしき建物に入ったのは、尾行を始めてから数十分後の事だった。
しかし多分これでも短かった方だろう。
― 酒場で酒盛りでも始められていれば、こんなものでは済まなかったな。
心の中で一人ごちて、レイは建物の横へ回った。
そして曇ったガラス越しに中の様子を伺い始めた。
「ボス、始末してきやしたぜ。」
「ご苦労。全部片付いたか。」
『ボス』と呼ばれた男は、ぞんざいに部下を労った。
その風貌はさして屈強そうには見えない。
あの長刀を振り回していた男の方が、一回り大きいぐらいだ。
しかし、顔付きは悪党そのものだった。
狡猾そうな顔をしている。
「馬鹿な連中よ。たかが女一人とテメェの命を引き換えにするとはな。」
「わざわざ村の連中を集めて目の前で処刑してやりましたから、これでもう妙な気を起こす馬鹿は現れませんぜ。」
「そうか。しかし、事もあろうにこのアジトまでノコノコ乗り込んで来て大暴れしやがって。お陰でこっちの手下も少し減っちまった。そんなもんじゃ落とし前にもならねえ。」
「後で首でもぶった斬って晒してやりますかい?」
「そうだな。ククク・・・・」
冷酷な含み笑いが癇に障る。
しかし、レイはじっと聞き耳を立てた。
「女も一緒に晒してやれ。」
「女?あいつらのですかい?」
「そうだ。何て言ったっけな?サラとリアンと・・・アマンダ、だったな。」
「へい。確か。まさかボス、もう殺っちまったんで?」
「女達にも見せしめてやる必要があるからな。下らねえ希望なんざ持ってたって無駄だって事をよ。」
「へへっ、違ぇねえや。」
「助けなんざ呼んでもそいつがくたばるだけ。そんでもってテメェも殺られちまう。そうと分かりゃ妙な真似をする奴も減るだろ。」
その言葉は、単に頷く以上に残忍な肯定の仕方であった。
レイの拳が怒りに震える。
「それにしてもあの野郎共、よっぽど女に惚れてたみてぇですぜ。」
「足ィ震えてるくせに『女を返せ!』って凄みやがってよ。笑っちまうぜ!」
決死の思いで大切な女を取り戻しに来た男達を嘲笑う連中は、さながら獣のようであった。
男達の高笑いに、レイは怒りと共に一抹の不安を覚えた。
商売道具の女達をもあっさり殺すような残忍な連中だ。
アイリの身もどうなっているか分からない。
これ以上じっとしていられなくなったレイは、身を翻して窓辺を去った。
そして入口の分厚い鉄のドアを、怒りに任せて切り裂いた。
突如響いた轟音に驚いた連中の視線が、一斉にレイを突き刺す。
レイは怒りを湛えた表情で、ゆっくりと中に入って行った。
「て、テメェ一体誰だ!?」
「お前達に訊きたい事がある。」