翼の折れた鳥 17




「ある町で偶然、私はギルドの元締めと知り合いました。」
「それで?」
「彼は困り果てていた私に取引を持ちかけたのです。村を救えるだけの食料と薬を与える代わりに、組織の一員になれ、と。」
「弱みに付け込まれた訳か。」
「その時の私には選ぶ余地がなかった。でなければ村が・・・・」

その時のハントの決断を、レイもも責める事は出来なかった。

「言われるままに契約を取り交わし、私は手に入れた物資を持って村に戻って来ました。そして何とか危機を脱する事が出来たのです。」
「そう・・・・。」
「安堵したのも束の間、間もなく私は組織の人間として動くようになりました。」
「その組織について聞きたい事が山程ある。まず、女達の出所は?」
「殆ど本部で集めています。売られて来た者や攫われて来た者など、元々の事情は色々でしょうが。」
「その女達がどうやって来たか、詳しくは知らんという事か?」
「はい。」
「多くはって事は、それ以外もあるって訳?」
「ええ。この教会や各地の店にふらりとやって来た者も・・・・」

それならば、先日の村で既に体験済みだ。
は、ハントの言葉の続きを口にした。

「言葉巧みに騙して誘い込むって事?」
「・・・・ええ。」

事実ながらも耳が痛いのか、ハントはの質問を心苦しそうに肯定した。

「それで、その女達の行き先はお前が決めるのか?」
「いいえ。それは全て本部からの指示通りに。」
「その中にアイリという女が居た事を覚えているか?」
「少なくとも五ヶ月以上前に、ここからあの村の酒場に売られた筈なの。」

二人の質問に、ハントは力なく首を横に振った。

「いいえ。彼女達と深く関わり合う事は努めて避けていましたから、名前も顔も・・・・」
「そう・・・・」
「酒場の店主の話では、アイリは五ヶ月程前再びお前が引き取ったという事だったが、その頃ここに居た女達は何処へ連れて行った?」
「その頃あの酒場から連れ戻した女性は、確か全員本部へ送りました。それ以降の事は私には・・・・」

集めた女達を駒のように動かしていても、所詮は彼も組織の指示に従って動く駒という所らしい。
これ以上の情報を期待出来そうにない様子に、レイとは落胆した。

「・・・・何にしても、本部に行くしかないようだな。」
「そうね。神父様、その本部の場所を教えて下さい。」
「・・・・ここから東へ3日程歩いた所に町があります。そこがギルドの本部です。」

ハントは本部の場所を小さな声で告げると、ふらふらと立ち上がった。

「神父様?」
「・・・私が知る限りの事はお教えしました。しばらく一人にして下さい。」
「レイ・・・」

礼拝堂を出ようとする彼を引き止めるべきか迷ったはレイの顔を仰いだが、レイは無言で首を横に振った。




「何ていうか・・・、複雑な気分ね。」

部屋に戻るや否や、は空虚そうに口を開いた。

「確かに悪い事に手を染めていたのは事実だけど、でも何か責められないわ。レイには悪いけど。」
「別にあの男一人を憎んでもアイリの居場所が分かる訳じゃない。気にするな。」
「村の人達、この事を知っているのかしら?」
「さあな、俺には関係のない事だ。それより早く寝ろ。明日の朝すぐに出発するぞ。」

そう言って、レイはベッドに寝そべった。
はつれない態度のレイに肩を竦めたが、すぐに自らもその隣に身体を横たえた。




それからどの位経ったであろうか。

なかなか眠りの淵へ落ちきれないは、夢と現の間を行ったり来たりしていた。
身体は昼間の作業でそれなりに疲れている筈なのに、どうもすんなり寝付けない。
それでもしばらくは騙し騙し瞳を閉じていたが、とうとう諦めて身体を起こした。

明日また新たな地へ赴く事に気が張り詰めているのか。
いや違う。
それ以上に、はハントの事が気に掛かっていた。
立ち去り際に見せた魂の抜けたような表情が、やけに気になるのだ。

隣に居るレイは、静かな寝息を立てて眠っている。
よく眠っている事を確認すると、は足音を忍ばせてそっと部屋を出た。


まず礼拝堂を覗いたが、中は暗く誰も居ない。
妙な胸騒ぎは益々強くなり、どうでもハントの姿を見つけなければ鎮まりそうにない。
は礼拝堂の扉を閉めると、彼の私室に向かって足早に歩き始めた。


「神父様?」

扉をノックしてみたが、中から返事はなかった。
眠っているのだろうか?
一瞬そう考えたが、それはすぐさま別の考えにすり替った。

― まさか・・・・

は固唾を呑むと、一息に部屋のドアを開けた。
そしてランプの灯が滲む部屋に、ハントの姿を見つけた。

「なっ・・・・!」

手に鈍く光るナイフを持つ、彼の姿を。




ドアの閉まる音を聞き届けて、レイはゆっくりと目を開けた。

め、何をする気だ・・・・」

がハントの事を気に掛けていたのは分かっている。
恐らく彼に同情でもしたのであろう。
確かにハントの身に降りかかった事は災難としか言い様がなく、元から悪の道を歩んでいた訳ではないのだろう。
だがそれでも、彼は確かに下劣な組織の一員なのだ。
それもアイリが囚われている組織の。
そんな人間を心から信頼しろという方が無理だ。
最悪、彼の告白自体が真っ赤な嘘である可能性だってある。

― 面倒な事にならねばいいが・・・・

レイはベッドから起き上がると、を追って部屋を出た。




「やめて!!レイ、レイーー!!」

部屋を出た途端、階下で自分を呼ぶの悲鳴が聞こえた。
尋常でない様子に焦ったレイは、凄まじい勢いで階段を駆け下り、ドアが大きく開かれたハントの私室へ駆けつけた。
そこでレイが目にした光景は。

!!」
「レイ!彼を止めて!!」
「離して下さい!!」

ナイフを喉に突き立てようとするハントと、それを必死で止めようとしているの姿であった。
逆の想像をしていたレイは、一瞬それが取り越し苦労で良かったと安堵した。

だがこのままでは危険だ。何はともあれこの騒ぎを鎮める事が先決であろう。

レイはハントとの間に割って入ると、いとも簡単にナイフを奪った。
何とか収拾がついた事に安心して、は胸を撫で下ろした。

「何でこんな馬鹿な事を!?」
「こうするしかもう手がないのです!!」
「組織の手に掛かる前に自分の始末をつけるつもりか?渋々加わった割には随分義理堅い事だな。」

それまで錯乱気味であったハントは、レイの冷たささえ感じる口調に一瞬押し黙った。
そして、震える手つきで机の上に置いてあった一通の手紙をレイに渡した。

「・・・・・私はどこまでも無様な男だ。」
「何だこれは?」
「遺書です。まさか生きている内に読んで貰う事になるとは・・・」

自嘲めいた笑いを浮かべるハントを尻目に、レイは封を切って中身を読んだ。

「何て書いてるの?」
「・・・読んでみろ。」

レイから手渡された遺書には、ハントの事情と胸中、そして最期の望みが切々と書かれていた。

村を救う為とはいえ、外道に堕ちた事を恥じない日はなかったと。
自分の偽の笑顔と言葉に騙された女達、未だ自分を慕ってくれる何も知らない村人達、生涯変わらぬ信仰と忠誠を誓った神。
そして何より、苦楽を共にし、この手に村の未来を託して逝った最愛の妻。
彼らへの罪の意識に、日々苛まれていたと。

掟を破ったり組織を抜けようとすれば、制裁が加えられる。
だがその制裁とはハントの命を指し示すのではなく、ハントが己の命よりも重んじているもの、
即ちこの村を略奪し、滅ぼす事らしい。
ギルドはそれによってハントを組織に縛り付けていたとの事であった。


生き地獄、そんな言葉が相応しいであろう。

「酷い・・・・・。」

はハントのむごたらしい業に顔を顰めた。

「それで俺にこの村を託して自害するつもりだったのか。」
「貴方は強い。貴方ならばきっと村を守ってくれる。勝手と知りつつも、それが私の望みなのです。」
「確かに勝手だな。迷惑だ。俺はやるべき事がある。」
「レイ、何もそんな言い方・・・・」

ハントに同情を寄せつつも、レイの事情を知るには強く咎める事は出来なかった。

「この村はお前のものだ。お前の手で守るが良い。」
「しかし私はもう・・・」
「何も知らない村人達はどうなる?心からお前を慕う彼らを見捨てるつもりか?」
「それは・・・・・・」

村人の事を持ち出され、ハントは返す言葉に詰まった。

「レイの言う通りよ。貴方が死ねばあの人達はどうなるの。」
「しかし、掟を破った事をいつ組織が嗅ぎ付けるか・・・・」
「大丈夫よ。ね、レイ?」

微かに浮かべたの笑顔からは、自分に対する信頼がはっきりと見て取れた。
複雑な気分だがあながち迷惑とも思えず、レイはそんな自分に苦笑した。

「ギルドにはどの道たっぷりと礼をくれてやるつもりだ。案ずるな。」
「ね?だから貴方は生きて。そして今度こそマリアさんとの約束を果たして。きっと彼女もそれを望んでいる筈よ。」
「・・・・マリア・・・・・」

妻の名を口にしたハントの瞳から、透明な涙が溢れた。
その涙は、まるで彼の罪を洗い流す清めの聖水のようであった。




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後書き

な、何とか纏まりました(汗)。
どうせ横道に逸れるなら裏とか何とかにしとけよ、って感じですか(笑)?
脇役キャラに随分スポットを当ててしまいましたが、
そろそろ主役二人を活躍させないと、ね(笑)。