ハントの渾身の一撃がレイの頭上目掛けて振り下ろされた。
しかしレイはそれを一陣の涼風の如くかわす。
「貴様、只の旅人ではないな!?」
「だったらどうした。素直に吐く気になったか?」
「何の目的かは知らぬが、知られたからには見逃す訳にはいかん!」
「ほう。だがそんな鈍ら刀では俺は殺せんぞ。死ぬのはお前だ。」
穏やかそうな外見とは裏腹に、ハントの腕はなかなかのものであった。
しかしいくら腕が立つとはいえ、所詮は常人の玄人止まりである。
そんな剣がレイの肌にかすり傷一つ負わせられる筈もなく、あっという間にその刃を真っ二つに折られ、ハントは力なくその場に崩れ落ちた。
「くっ・・・!もはやこれまで・・・!」
「随分と潔いな。流石は神父といったところか。」
「殺すなら殺すが良い!!」
「その前に俺の質問に答えろ。女達はどこから仕入れている?」
「・・・・・」
「喋らんのなら仕方がない。力ずくでも吐かせるまでだ。」
「待ってレイ!私に説得させて!」
拳を構えたレイを、は慌てて引き止めた。
「無駄だ。」
「でもこの人は根っからの悪人には見えないわ。」
「こいつはギルドの交渉人だぞ。女達を食い物にする組織の人間が善人だとでも言うのか?」
「そうじゃないけど・・・、でもお願い!」
懇願するに根負けして、レイは渋々了解した。
はハントに向き直ると、静かな口調で語りかけた。
「実は私達、ある女性を探しているの。」
「・・・・・」
「その人はレイのたった一人の妹さんなの。この世でたった一人の家族なのよ。」
「・・・・夫婦ではなかったのですか?」
ハントは視線を床に落としたまま、小さく呟いた。
「・・・・ええ。騙してごめんなさい。でも貴方しか手掛かりがなかったの。」
「手掛かりなど何もない。さあ、私を殺しなさい。」
「嘘よ。」
「?」
の鋭い口調に、ハントはようやく顔を上げた。
「この数日貴方を見ていたけど、あんな組織に組するような人間には見えなかったわ。」
「・・・・・」
「それに最初に見た時の貴方、とても優しそうだった。あの赤ん坊に向けていた笑顔こそが貴方の本当の姿なのでしょう?」
「おためごかしは止めなさい。」
「そんなのじゃないわ!私には本当にそう見えたもの!!」
「・・・・・・」
「神父の貴方なら分かる筈よ。人を思う気持ちがどれ程尊いか。」
「・・・・私は・・・・・神父などではない。私は主にお仕えする資格など、とうに失った。」
「どういう意味?」
「私は、自分の守りたいものと引き換えに良心を悪魔に売ってしまった、堕落した男です。」
「守りたいもの・・・・?」
金か、地位か、名誉か?
だが彼はそんなものに執着する人間には見えない。
― だとすると・・・・。
あくまでも推測でしかない。
だが、は半ば賭けのような気持ちでそれを口にした。
「ひょっとして、マリアさん?」
「・・・・何故それを・・・・!」
ハントの表情が明らかに変わった。
どうやら勘は当たったらしい。
「ごめんなさいね、鍵が開いていたものだから。貴方のお部屋、少し拝見させて貰ったの。」
「そうでしたか・・・・。」
「やっぱり彼女が貴方の守りたいものなのね。彼女はこの事を知っているの?」
の言葉を聞いて、ハントの表情がみるみるうちに歪んだ。
そしてとうとう彼は両手で顔を覆うと、堪えきれない嗚咽を漏らし始めた。
ハントの痛ましい姿を見守りつつも、レイはそれまで閉ざしていた口を開いた。
「、一体いつの間にそんな事を調べた?」
「さっき戻って来た時にね。その時は大した収穫じゃないと思っていたんだけど。」
「マリアとは何者だ?」
「それは・・・・」
分からない、そう言おうとした時、いつの間にか涙を拭ったハント自身が答えた。
「マリアは・・・・、私の妻でした。」
「だった?」
「もう随分昔に、主の下に召されてしまいました。」
「そうだったの・・・。」
「この村は、私とマリアの子供なのです。」
ハントはまだ涙で濡れた瞳でキリスト像を見つめ、懺悔のように語り始めた。
「私達がここに来た頃、ここは只の荒地でした。それを二人で耕し、井戸を掘り、人を集め、この村の基礎を作ったのです。」
「あの写真はその頃の?」
「村が次第に発展してきた頃、私は念願だったこの教会を建てました。あの写真はその記念です。」
「マリアさんはいつ頃?」
「その直後でした。過労が祟ってあっけなく。まだ若い身空で、私一人を残して。」
「そう、お気の毒に・・・」
「妻は死の寸前まで村の事を案じていました。自分の分までこの村を守ってくれと、最期まで・・・。」
レイとは、ただ黙って彼の話の続きを待った。
「私は妻の遺言通り、主と共にこの村を守る事に人生を捧げようと決めました。そしてひたすらに働きました。しかしあの時・・・・」
「あの時?」
「二年前、この村に熱病が流行したのです。大半の村人が病に罹り、手入れの出来なくなった畑の作物は全て枯れました。」
それはきっと、災難としか言い様のない出来事だったであろう。
しかしその当時の村の困窮は、言葉には言い表しきれない程であったに違いない。
それが容易に想像できた二人は、痛々しげに顔を顰めた。
「辛うじて伝染を免れた私は、村人達を救う為に奔走しました。持てる物を全て売り、可能な限りの食料と薬を求めましたが、それでも村を救える分には遠く及びませんでした。」
「でも今は皆・・・・」
「ええ。結果から言えば、私は彼らを救う事が出来ました。」
「どうやって?」
「・・・・ギルド、です。」
「どういう事だ?」
ようやく出てきたキーワードに、レイが素早く反応した。
ハントにはもはや抵抗する気はないらしい。
言い辛そうに口籠りながらも、事の次第を明かし始めた。