翼の折れた鳥 15




それから数日が何事もなく過ぎたが、未だハント神父の周辺からは何も出てきていなかった。



「ねえ、どうするの?」

は、ベッドに横になっているレイに呼びかけた。

「もう何日もこうしてるけど、何も起こらないわよ。」
「ああ。」
「特におかしい所もないし、やっぱりここは見当違いだったんじゃない?」
「うむ・・・・、そうかもしれんな。」

完全に納得出来た訳ではないが、かと言って怪しむ要素がないに等しい今の状況ではそう思わざるを得ない。

「だったら早く出ましょうよ。いつまでも厄介にはなれないわ。」
「そうだな。明日にでもそう言うとしよう。」

見当違いだとすれば、随分無駄足を食ってしまった。
レイは小さく溜息をついた。




だが翌日、事態は変化を見せた。


この数日、レイもも上げ膳据え膳を楽しんでいた訳ではない。
村人を手伝って、畑仕事や力仕事に手を貸していた。
元々気が良さそうな村人達ではあったが、これが益々印象を良くしたようで、二人はすっかり彼らから友好の情を示されていた。


「いやあ、あんたのお陰で随分作業が進んだよ!ありがとう。」
「いや、礼には及ばん。」
「旅なんかやめちまってさぁ、いっそこの村に住んじゃどうだい?」

共に作業をしている男の親切な申し出を曖昧にかわして、レイは材木の束を担いだ。

「しかし、最初あんた達を見た時は珍しいと思ったんだ。」
「何がだ?」
「神父様の所に来るのは若い女ばっかりだったからさ。夫婦二人なんて初めてだなと思ったら、旅の人だったんだな。」
「何?」

彼は何気ない世間話のつもりのようだが、レイはその言葉を聞き逃さなかった。

「あの教会には若い女がよく出入りしているのか?」
「来る時と来ない時の波はあるけどな。」
「その女達はどうしている?」
「ああ、神父様が他所の村や町で働き口を見つけて世話しているみたいだぜ。」
「働き口・・・・」



一方その頃、は畑の手入れを終えてレイより先に教会に戻っていた。

「あら?」

自室に戻ろうとしていた所、『Private Room』の扉がきちんと閉まっていないように見えたのである。
近付いてそっとノブを回してみると、小さな音がしてドアが開いた。
折に触れてこの部屋を探ろうと機会を伺っていたのだが、いつも鍵が掛かっており今までチャンスがなかった。
これは当然足を踏み入れるべきであろう。
は足音を立てないように、こっそりとその部屋へ入った。


中には誰もいない。
室内はこじんまりとしており、家具も最小限しかない。
隠し扉や階段の類も見当たらない。
どうやらやはりここはハント神父の私室らしい。

― 大した収穫はなし、か。

は心の中で一人ごちたが、折角のチャンスだ。
せめて様子だけでも出来る限り伺っておこうと、よくよく注意して観察を続けた。


引き出しや棚の中も覗いてみたが、大したものはない。
ふとデスクの上に目を向けると、古びた写真が木のフレームに入れて飾ってあった。

― 誰の写真かしら?

写真は一体何年前のものだろうか。
まだ青年のハント神父と同じ年頃ぐらいの若い女性が、共に笑顔を浮かべて並んで写っている。

妻か恋人か、はたまた姉妹か。

気になったはフレームから注意深く写真を取り出すと、裏側を見てみた。
するとそこには走り書きで『××××年×月 教会設立記念 マリアと』と書かれていた。

「マリア?誰かしら?」

これだけでは彼との関係は分からないが、恐らくハント神父の身近な女性に違いない。
しかしこれが『ギルド』に結びつく手掛かりとは思えない。

― やっぱり駄目ね。

諦めたは、再び写真をフレームに納めると急いでその場を離れた。




夕食が済んだ後、レイは早々にを連れて部屋に戻った。

「どうしたの?ここを離れる話をするんじゃなかったの?」
「それはひとまず取り止めだ。気になる情報を手に入れた。」
「何?」
「村の男が、この教会に若い女の出入りがあると言っていた。」
「本当!?」
「ああ。そしてハントがその女達の働き口を世話しているとな。」
「それって・・・・・」

― それこそが正に『ギルド』としての活動ではなかろうか。

レイとは、無言の内に互いの意思を通じ合わせた。


「どうするの?」
「しかし表面上は善良な神父だ。村人の信頼も厚い。」
「いきなり力に訴えるのは避けた方が良さそうね。」
「・・・・直接当たってみよう。やましい所があれば何らかの反応を返すだろう。」
「そうね。」
「行って来る。お前はここに居ろ。」
「嫌。」

即答したに、レイは眉を顰めて見せた。

「俺の言う事を聞け。危険だ。」
「平気よ。絶対油断しない。」
「駄目だ。」
「でも側を離れるなって言ったのはあなたよ。一人で居る方がもしもの場合危険じゃない?」
「・・・・・口の減らん奴だ。好きにしろ。」
「そうさせて貰うわ。」

苦い表情のレイをそ知らぬ顔であしらって、は早々にドアを開けた。




「神父様。」
「おや。どうなさいました?」

礼拝堂で祈りを捧げていたハントは、の声に顔を上げて振り返った。

「お聞きしたい事がありまして。」
「何でしょう?」
「この教会に若い女性が出入りしていませんか?」

のストレートな質問にハント神父は一瞬困惑の色を見せたが、すぐにいつもの穏やかな笑みと落ち着きを取り戻した。

「ええ。時々ね。それが何か?」
「その女性達に働き口を世話して差し上げているとか。」
「ええ。」
「その女性達の事、お聞かせ願えませんか?」

ハントは穏やかに微笑むと、何でもない事のようにさらりと言ってのけた。

「特に話す事など何もありませんよ。彼女達は皆行くあてもなく困っている人達でね。私は微力ながらお助けする、ただそれだけの事です。」
「それも主の思し召しという訳か。殊勝な事だな。」
「・・・何が仰りたいのです?」

レイの物言いに、ハントの笑顔が少々強張った。

「その女達、どこで仕入れているのか教えて貰おうか。」
「仕入れるとは人聞きの悪い。何の事です?」
「知らぬ振りは通じんぞ。ここを出た女達の行き先を、俺達は知っている。」
「ほう。ですが仕入れだの何だのという話は存じませんね。お答えのしようがない。」
「本当にそうでしょうか?」
「ええ。」
「この近くの村の酒場、ご存知の筈ですよね?」
「俺達はそこの店主から聞き出してここへ来た。貴様の名と『ギルド』の事をな。」

ハントの顔から微笑が次第に消えてゆく。

、離れていろ。」

危険を察知したレイは、隣に立つをハント神父から庇うように背後に隠した。
そしてハントの注意を自分に引き付けるように、じっと彼の目を見据える。

「そうか。あの男が掟に背いて口を滑らせたか。」
「貴様も素直に口を割った方が身の為だぞ。」
「あの愚か者め、組織の掟を破った者には破滅しか待っていないというのに。」
「貴様はその掟をご丁寧に守る気か?無駄な事だ。あの男なら組織が手を下す前にこの俺が葬った。素直に喋らんと貴様もあの男の二の舞だぞ。」
「やれるものならやって貰おう!」

レイの予感は的中した。
ハントは祭壇に捧げてあった細身の剣を手に取ると、必死の形相でレイ目掛けて切りかかってきた。




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後書き

長らくお待たせいたしました。
のたくたと話を進めてもダレそうになったので(笑)、
いきなりですが急展開です。
いきなりすぎという感じがしないでもないですが(笑)。

まあこの辺の話は、当初の予定になかったしな。
いいや、うん。OKという事で。(←自分で言うな)