翼の折れた鳥 13




翌日、たっぷり半日以上北に向かって歩いた二人は、一つの村を見つけた。
何の変哲もない何処にでもあるようなこの村に、本当にギルドの交渉人など居るのだろうか。
二人は訝しみながらも、村に足を踏み入れた。


「本当にここなのか?」
「分からないわ・・・。でも探してみるしかないじゃない?」
「うむ。とりあえず、名前を手掛かりに村人に聞いてみるか。」
「危険じゃない?うっかり聞いた相手が本人だったらどうするの?」
「それなら心配ない。今度は目的の人物が分かっているんだ。手分けの必要もないから俺がやる。」
「なら私は何をすればいいの?」
「特にない。とにかく俺の側から離れるな。」

レイはの質問に対して即答すると、『行くぞ』と顎で先を示した。
は肩を竦めると、レイの後をついていった。




「それらしい建物はないな。」
「そうね。やっぱりここじゃないのかしら?」

二人はまず、ギルドのアジトらしき建物がないかと村を探索していたが、一向にそれらしいものを見つけられずにいた。
怪しい建物どころかバーの一軒もなく、あるのは小さな食料店ぐらいである。
どう見ても先日の村より寂れた感じがする。

「これ以上捜し回っても無駄かもしれんな。やはり手っ取り早く誰か捕まえて訊いてみるか。」
「そうね。・・・・あ。」
「何だ?・・・・おい!」

何かを見つけたが、レイの呼び止める声も聞かずに何処かへ歩いて行ってしまった。
レイは慌ててその後を追う。

「離れるなと言った側からお前は・・・・。何を見つけたんだ?」
「あれ見て。」
「ん?」

が指し示した先にあるものは、小さな教会であった。
開かれた扉の前に、若い夫婦らしき男女が赤ん坊を抱いて立っている。
恐らく赤ん坊に洗礼を受けさせにでも来たのだろう。
そして、その夫婦と何事かを語らっている神父が一人。
何らおかしい所はない。

レイはあからさまに眉を顰めてみせた。

「あれがどうしたというのだ。別に妙な所はないぞ。」
「別に怪しいとは言ってないでしょ。ただ平和だな、と思って。」

しれっと言ってのけるに、レイは盛大に溜息をついてみせた。

「・・・・とっとと行くぞ。」
「あら、もう?素敵な光景じゃない。幸せそうで。もう少し見ていたいわ。」
「俺は興味ない。」
「そう?残念。そうだ、どうせだったらあの神父さんに訊いてみない?教会の神父さんなら村人の事よく知ってるんじゃないかしら?」
「・・・・好きにしろ。」

レイはすっかり諦め顔で、浮き浮きと歩いていくの後ろについて行った。




若夫婦と教会の神父は、にこやかに会話を交わしている。
聞こえてくるのは他愛もない話だ。
しかし、あと数歩で彼らの視界に入るだろうという所まで歩を進めたその時、二人の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。

「ハント神父様から洗礼を受けることが出来て、この子は幸せな子ですわ。」

レイとは、思わず足を止めて顔を見合わせた。
しかしすぐにレイはの腕をさりげなく取り、彼らに見つからないように道を曲がった。


路地に入った二人は、再び顔を見合わせた。

「ねえ、今の・・・・」
「確かにあの母親は、神父の事を『ハント』と呼んだ。」
「まさか・・・・。そんな、そんな訳ないわよ!」

慈愛に満ちた笑顔を浮かべて赤ん坊を覗き込んでいた、いかにも徳の高そうな神父が、よりにもよって売春組織の交渉人などとは容易に信じられる事ではない。
は首を振って否定した。
レイとてほぼ同じ気持ちではあるが、だからといって完全に不信感を払拭する事は出来なかった。

「きっと同じ名前の人間がいるのよ。」
「しかし万が一という事もある。」
「万に一つもないわ。彼は聖職者よ!?」
「人は見かけで判断出来ない。少なくとも探ってみる価値はある。」
「・・・・じゃあどうするって言うのよ。本人に訊いてみる気?たとえ彼がクロだったとしても笑って相手にされないわよ、きっと。」
「だろうな。」

レイは同感だとばかりに頷いた。
いかにも悪党といった風貌の男ならてっとり早く締め上げても良いが、少なくとも彼の外見は善良そうに見える。
もし人違いであれば、取り返しのつかない事になるだろう。
いくらアイリを探す為に血眼になっているとはいえ、畜生道に堕ちた覚えはない。
そこらの野盗共のように、見境なく無差別な殺戮をするつもりはない。

「しばらく尻尾を出すのを見張るしかないな。」
「潜り込むってこと?何て言って?神父とシスターなんてガラじゃないわよ、私達。」
「同感だ。俺は神など信じないし、お前のような破天荒な修道女も見たことがない。」
「言ってくれるじゃないの。まあ確かに私も信心とは無縁だけど。じゃあどうするのよ?」
「旅人を装って宿を貸して欲しいと頼んでみるか。それなら満更嘘でもあるまい。」
「そうね。オーソドックスだけどそれが一番かも。」

二人は話をまとめると、路地を出た。





再び教会へ続く道を辿る途中、先程の若夫婦とすれ違った。
仲睦まじそうな二人は、眠る赤ん坊を穏やかな表情で見つめながらの横を通り過ぎた。

「ねえ、本当にあの神父なの?やっぱり違うんじゃ・・・」
「だからそれを確かめに行くのだ。ほら、さっさとついて来い。」
「もう・・・・。違ってても知らないから。」

はブツブツ言いながらも、先を歩くレイの後を小走りで追いかけた。



間もなく二人は教会に着いたが、扉は既に閉ざされており、神父の姿も見つけられなかった。
もう中へ入ってしまったのだろう。
は意を決して扉を叩いた。

「どなたかな?」

しばらくして開いた扉から顔を出したのは、先程の神父であった。
は打ち合わせ通り、只の旅人を装って神父に挨拶をした。

「私達旅の途中なのですけど、地図を失くして道に迷ってしまって・・・。すみませんが宿をお借りできませんでしょうか?」
「おお、それはいけない。勿論構いませんよ。さあ中へ。」
「ありがとうございます。」

神父は二人の先に立って中に入っていった。
は後ろに立っているレイを振り返り、得意げに微笑んで見せた。
そして、レイにしか聞こえないぐらいの小さな声で話しかけた。

「どう?まずは成功したみたいよ。」
「よくもまあそれだけ尤もらしい話をでっちあげられるものだな。」
「あら、何か文句でも?」
「いや。大したものだ。尊敬する。」

レイはニヤリと口の端を吊り上げてみせ、を促して中に入った。
向こうの方で神父が手招きをしている。
二人は招かれるままに彼の方へと歩いていった。



神父は祭壇の前で二人を待っていた。
二人が目の前にやって来ると、一番前の席に腰を掛けるように促し、話の続きを切り出した。

「とにかく災難でしたな。何のおもてなしも出来ませんが、よろしければここにお泊りなさい。」
「ありがとうございます、・・・・ええと・・・・」

は、さも何と呼べばいいのか分からないといった風に困惑してみせた。
勿論、これは確認とうっかりボロを出さない用心の為の伏線である。
の周到さに、レイは心の中で舌を巻いていた。
一方、神父はまんまとそれに引っ掛かり、自分の名を名乗った。

「ああ、申し遅れましたな。私はこの教会の神父でハントと申します。」

― 聞き違いではなかったわね。

は一瞬ちらりとレイに目配せしてみせた。
そして自分も名を名乗った。

「私はといいます。彼はレイ。お世話になります、ハント神父様。」
「いえいえ。旅の疲れが取れるまで、何日でもゆっくりしていきなさい。」
「ありがとうございます。」
「その感謝は主に捧げて下さい。主があなた方をここへ導かれたのですから。」
「はい。」

は尤もらしく頷いてみせると、祭壇の向こうのキリスト像に向かい、跪いて十字を切った。
レイもそれにならっての隣に跪くと、同じように十字を切る。
祈りが済んで立ち上がると、神父が再び口を開いた。

「部屋の事ですが、別々で宜しいですな。」
「え?」

は予想外な展開に一瞬たじろいだ。
密な連携を図る為にも、別々の部屋では勝手が悪い。
しかし神父はそんなの様子を意に介する事もなく、淡々と理由を述べた。

「ここは教会ゆえ、結婚前の男女の相部屋を許可する事は出来ませんのでな。」

どうやら神父は、レイとの事を恋人同士か何かだと踏んだらしい。
何と取り繕えばいいのかと内心うろたえるの横から、それまで無言だったレイが突如口を開いた。

「ハント神父、それならば問題はない。」
「ほう?それはどういう事ですかな?」
「俺達は夫婦だ。妻となら相部屋を許して貰えるだろうか?」

レイのとんでもない嘘に、は一瞬大きく目を見開いた。
しかし、レイは涼しい顔での脇腹を小突いた。
どうやら調子を合わせろという事らしい。
は慌ててにっこりと微笑み、いかにもといった風にレイに寄り添ってみせた。
神父の方はそれで納得したらしく、しきりに頷いている。

「そうでしたか。いやそれは失礼。お若いのでてっきりご結婚はまだかと。」
「先日式を挙げたばかりだ。妻とは片時も離れないと主の御前で誓った。構わないだろうか。」
「ええ、それは勿論。さあ、部屋へご案内しましょう。こちらへ。」

神父は礼拝堂の外に続く扉を開けると、二人を促した。
レイとはそれに従い、中へと進んでいった。




back   pre   next



後書き

次の目的地に到着です。
そしてまたしても潜入捜査です。ワンパターンで申し訳ないです(汗)!!
それにしても、素人探偵の次は夫婦探偵ですか。
管理人の趣味(2時間サスペンス)がもろバレですな(爆)。