翼の折れた鳥 12




地下室から上がってきた二人を待っていたのは、ランをはじめとした数人の女達であった。
恐らく彼女らはなかなか戻ってこない店主を呼びに来たのであろう。
しかし彼らの姿はなく、代わりにレイとが只事でない様子で現れた為、驚きで言葉を失っている。

「お前達、そこで何をしている。」
「あ、あの・・・・、マスターは?」
「奴らは死んだ。もうお前達も自由だ。」
「え!?」
「それより何か治療道具はないか?が怪我をしているんだ。」
「あ、はい・・・、こっちに・・・・。」

何が何やら訳も分からぬまま、取り敢えず女達はレイとを大部屋に連れていった。
レイは毛布の上にの身体を横たえると、女達が差し出した薬箱から傷薬と包帯を出すと手際よく手当てを始めた。
女達はその様子を見守っていたが、待ちきれずにレイに質問を浴びせかけた。

「あの、マスターが死んだって・・・・」
「ああ。奴は俺が始末した。あの手下共と一緒にな。お前達は無理矢理ここへ連れてこられたのだろう?」

女達は言葉もなく何度も頷いた。

「もはやお前達を縛るものは何もない。自由の身だ。」
「本当に・・・?」
「ああ。この事が知れ渡らないうちに早く逃げるんだ。店に出ている女達にも伝えてやれ。」
「あ、ありがとうございます!!」

女達は初めて感情を露にした。
嬉し涙を流し、何度も何度も礼を言う。
そして早くも荷物をまとめ始めたり、店の女達に声を掛けに行ったりとそれぞれに散っていった。
しかし、ランだけはその場を動かず、の手当ての様子をじっと見守っていた。
それに気付いたが、ランにも急ぐように促した。

「どうしたの?あなたも早く・・・」
「ごめんなさい、。」
「え?」

ランはに頭を下げた。

「あなたがアイリの事を探ってるとマスターに報告したのは私なの・・・。」
「ラン・・・・」
「そうしなければ酷い目に遭わされるから。私達やこの店の事を口外すると・・・」
「ラン、もういいの。分かってる。」
「え?」

思いつめた表情で何かを告白しようとしたランは、既にそれを悟っている風なの口ぶりに驚いた。
レイは店主の話を聞いたことをランに告げた。

「そう・・・。マスターが喋ったのね。」
「ああ。一つ確認したいのだが。」
「何?」
「ここに居たアイリというのはどんな女だった?」
「長い薄紅色の髪の綺麗な子だったわ。口数の少ない大人しい感じの。」
「・・・・そうか。」

ここに居たのはやはり妹であったようだ。
人違いでないと分かった今、これ以上の長居は無用だ。
一刻も早く北へ向かわねば。

「色々手数を掛けたな。さあ、お前も早く逃げるんだ。」
「ええ。本当にありがとう。あなた達には何とお礼を言えばいいのか・・・」
「礼には及ばん。早く行け。」

レイに後押しされ、ランは自分の荷物を持つとその場を立ち去ろうとした。
だがふと足を止め、に向き直った。

、ありがとう。それから・・・、ごめんなさい。」
「何を言うの、ラン。こっちこそありがとう。元気でね。」
「あなたも。・・・・彼、いい人ね。あなたが羨ましいわ。」

ランは目を細めてレイとを見た。
は少し困惑したような、でも擽ったそうな笑顔を向けてランを促した。

「そんなんじゃないわよ。さあ、早く。」
「ええ。彼女が見つかる事を祈ってるわ。」

ランは心からの笑顔を残すと、部屋を出て行った。
入れ替わりに、店に居たらしい女達がどやどやと入って来ては荷物を掴んでまた飛び出していく。
どうやら皆自由になれた事が嬉しくて、一刻も早くここから逃げ出そうとしているらしい。
レイはの半身を抱き起こすと、自分達も早くこの場を離れようと告げた。

「どうだ、動けるか?」
「ええ、大丈夫。ちょっと待ってて。着替えるから。」

はレイの服を脱いで返すと、自分が元々着ていた服に着替えた。
レイも渡された服に急いで袖を通し、そこらのものを適当に手に取り、脱出の準備をした。

「さあ、これを纏え。行くぞ。」
「ええ。」

踊り子や店の酔客が入り乱れる混乱に乗じて、二人は夜の闇に溶け込んで行った。





「ここまで来れば取り敢えず大丈夫だろう。今日はここで夜明かしだ。」
「そうね。」

レイとは村を離れ、真夜中の荒野に腰を下ろした。

「傷を見せてみろ。もう一度薬を塗っておこう。」
「もう平気よ。」
「駄目だ。化膿すると面倒だ。」

そう言ってレイは強引にの腕を掴むと、包帯を解いて持ってきた薬を塗り始めた。
は諦めて大人しくされるがままになっていたが、ふとバツが悪そうに口を開いた。

「・・・・ありがとう。あなたにはまた助けられたわね。」
「全く、俺の言うことも聞かずに無鉄砲な真似をするからだ。」
「ごめんなさい・・・・。足を引っ張ったわよね・・・。」
「ああ。全くだ。」

しょげかえるに、レイは敢えて意地の悪い言い方をした。
少し混乱しているのかもしれない。
レイは今、心配や取り敢えず無事であった事への安堵から来る一種の余裕のようなものが入り混じった妙な気分に襲われていた。

それに、自分でも不思議な事に、レイは己自身に対して苛立っていた。

の怪我自体は、腕の擦過傷と殴られたらしく唇が少し切れている程度の軽いものであるが、何故これ程腹立たしいのだろう。
十分に間に合ったと言える状態なのに、それでも己の不甲斐無さばかりが目立つ。



難しい顔で何事かを考え込んでいるようなレイを不審に思って、はおずおずと声を掛けた。

「レイ?」
「・・・・なんだ?」

の声でようやく我に返ったレイは、止めていた手を再び動かし始めた。
手首にぐるぐると包帯を巻かれながら、は恐る恐るレイの顔色を伺った。

「怒ってるの?」
「何故?」
「私が、その・・・・、足手まといになったから・・・・」
「そうだな。確か俺は、足手まといになるようなら容赦はせんと言ったな。」
「・・・・言ったわ。どうするの、私を置いて行く?」
「ふむ・・・・」

余程不安なのか、妙にしおらしいの瞳の奥を見て、何故かレイは笑い出しそうになった。
しかしそれを堪えて、あたかもどうするか考え込んでいる風を装う。

「そうだな、約束だったからな。」
「こんな荒野に?」
「こんな荒野に、だ。」
「本気?」

の瞳が益々翳りを帯びる。
その様子にとうとう堪えきれなくなったレイは、笑いを噛み殺しながらあっさりと言い捨てた。

「冗談だ。」
「・・・・・ひっどい!!タチが悪いわよ!!」
「暴れるな。まだ包帯を巻き終わっていない。」

頬を少し染めて自分の胸をバンバンと叩いてくるをやんわりと宥めすかして、レイは抑えきれなくなった笑いを遠慮なく零した。

「なんだ、そんなに悪かったと思っているのか。」
「違うわよ!・・・・全然違う訳でもないけど・・・」
「過程はともかく、結果的には有力な手掛かりを掴むことが出来たからな。全くの役立たずでもない。案ずるな。」
「なんか引っ掛かる言い方ね・・・。私だって頑張ったのに・・・。」

憮然としているの腕に包帯を巻き終わったレイは、『終わったぞ』と告げて腕を解放してやった。
そしてそれまでの笑みを顔から消して、ふと真顔でを見つめた。

「ただ、一つ約束しろ。」
「何?」
「今後くれぐれも無鉄砲な真似はするな。いいな?」
「・・・・分かったわ。約束する。」
「よし。ならばもう寝ろ。」
「ええ。」

横になったの隣に自分も寝そべって、レイは頭上に輝く満天の星空を見つめた。
ほどなくして、隣からの安らかな寝息が聞こえてきた。
当然の事だが、余程疲れていたのだろう。
レイは視線を夜空から穏やかなの寝顔へと移して、先程の自分の言葉を思い返した。


アイリの情報を掴むのに役立ってくれたからというだけではない。
何より自分自身がを手放してしまうのが惜しかったからだ。
何故この女は俺をこんな気分にさせるのだろう。
人としての自分は、この旅を始めた時に捨て去った筈なのに。

しかし、悪くはない。



レイは微かな笑みを口元に浮かべると、にならってその瞳を閉じた。




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後書き

酒場編の締め括りの巻でした。
少しずつ変化していく二人の関係に的を絞ってみたつもりです。
それはさておき、早くも次のキーマンが現れました(笑)。
引き続いて捜査は続行です。
目指すは北、二人の旅はまだまだ続きます。(←まだ続くのか)