「いい子にしてろよ・・・・」
「うぅっ・・・!」
店主がの腰を引き寄せた。
大きく裂けたスカートのスリットは、着ている人間の意思とは無関係にいとも簡単に汚らわしい手の侵入を許す。
そしてその手は太腿を一撫でし、そのままショーツに伸びた。
― もう駄目・・・!
は固く瞳を閉じて、この後己の身に降りかかる惨事を覚悟した。
腹の底からせり上がるような嫌悪感に苛まれつつも、どうにもならないと諦めようとしたその時。
突如闇に轟音が轟いた。
狭い室内に耳障りな金属音がこだまする。
「なんだ!?」
「テメェは・・・!」
周囲の異変を感じて開いたの瞳に映ったものは、バラバラに切り刻まれた鉄の扉の残骸。
そして、舞い上がる粉塵の向こうに見える青い髪。
「んぅ!!」
救いが再び現れた。
は猿轡に阻まれながらも、彼の、レイの名を声の限りに叫んだ。
「!やはりここだったか!!」
レイはの尋常でない姿に焦りの表情を浮かべて、駆け寄ろうとした。
しかし。
「おっと待ちな!それ以上近付くんじゃねえぞ。」
「!」
の首筋に押し当てられたものを見て、レイの足が止まる。
それは、いつの間にか店主の手に握られていた鈍く光る鋭いナイフであった。
「いいか、妙な真似をしてみろ。この女の命はないぞ!」
「おやっさん、こいつだ!!間違いねえ!!」
「そうだ、こいつが昨日俺達の邪魔をした奴だ!!」
横にいた男二人は、レイを指差して口々に喚き立てた。
しかし当のレイは顔から表情を消し、完全なポーカーフェイスで男達の野次を聞き流している。
「そうか。おい兄ちゃん、あんたには随分してやられたぜ。どうせこの女ともグルだろう。」
「・・・・だったらどうした。」
「おいおい、そんな口利いていいと思ってんのか!?ああん?」
「テメェの女がどうなってもいいのか!?」
の命を盾に取り、男達は鬼の首を取ったかのように息巻く。
「いいか、女の命が惜しけりゃ大人しくしろ。おい。」
「へい。」
「あの男を拘束しろ。女を可愛がった後にたっぷり礼をしてやれ。」
店主は男達に顎で命令した。
命令を受けた二人は、手元にあった太い麻縄を持ってレイに近付く。
「ヘヘッ、大人しくしてろよ。冥土の土産におもしれぇショーを見せてやるぜ。」
「テメェの女が犯されるところをじっくり見てな。」
「・・・・・随分趣味が悪いな。薄汚いお前達にはぴったりだが。」
「あぁ!?なんだと・・・・と、とわらっ!!」
「てめっ・・・・め、めべぇっっ!!」
レイが低く呟いた直後、男達が短い断末魔の叫びを上げて一瞬で細切れになった。
もはや人の形など留めてはいない。
その残骸の上に、先程まで『それ』が持っていた麻縄がパサリと音を立てて落ちる。
余りの早業に、店主は声もなく呆然と立ち尽くした。
勿論その隙をレイが逃すはずはない。
音も無く目の前まで踏み込み、の首に突きつけられている物騒なものを叩き落した。
「ちぃっ!!」
「命が惜しければ大人しくしろ。」
「うっっ・・・・!!」
レイは先程の店主の台詞をそのまま本人に突き返し、その顔面を鷲掴みにした。
恐怖を感じて、店主はなす術もなくその場で直立不動になる。
レイはそのまま店主をから引き離すと、まだ拘束されたままのの様子を伺った。
するとも、まっすぐにレイの顔を見つめ返して頷いた。
どうやら『平気』という合図らしい。
無傷ではないが、幸いにも怪我は軽そうだ。
瞳に輝きもある。
取り敢えず大事ない様子である事を確認すると、レイは手に力を込めて店主に注意を向けた。
「お前には色々聞きたい事がある。素直に返事をせんと為にならんぞ。」
「わ、分かった・・・・!」
「アイリという女に心当たりはあるか?」
「し、知らねぇ!」
「嘘をつくと為にならんぞ。心当たりがあるからこそを捕らえたのだろう?」
レイは更に手に力を込めた。
「イテ、イテェェ・・・!!わ、分かった、分かったから・・・!!」
「ならとっとと吐け。」
頭蓋を砕かれそうな激痛に負けて、店主は早々と自白を始めた。
「その女ならここに居た・・・!」
「何!?いつだ!?」
「ご、五ヶ月ぐらい前まで・・・!」
「今は!?アイリをどこへやった!?」
「知らねぇ!!俺は何も知らねぇんだ!!!」
「貴様、とぼけても無駄だぞ!」
「本当に知らねえんだ!!俺は只の下っ端なんだ!!」
「何?どういう事だ、説明しろ。」
店主の妙な物言いに疑問を感じたレイは、更に詳しい事を白状させようと激しい殺気を込めた。
「お、俺は本当に何も知らねぇんだ!いつも交渉人を通じて女を売り買いするだけだ!」
「交渉人?なんだそれは?」
「組織と俺のような下っ端の仲介をする奴だ!俺はいつもそいつから女を仕入れてたんだ!!」
「組織?何の組織だ?」
「若い女を専門に売り買いする組織だ!!」
「アイリもそこから連れられてきたのか!?」
「ああ!」
「その交渉人の胸に七つの傷はあったか!?」
「知らねぇよ!!」
「ではアイリはどこへ行った!?」
怒りと焦りで感情的になったレイは、益々腕に力を込める。
「ヒテェェ・・・!そ、そいつが、他所に売るから返せって・・・!食料と引き換えに連れてった・・・!」
「そこはどこだ!?」
「だから知らねぇよ!!女を買うのも返すのも日常茶飯事なんだ!いちいち詮索してられるか!!大体聞いたところで俺みたいな下っ端に教えてくれるわけねえだろ!?手放してから以降の事は本当に何も知らねぇ!!」
店主は痛みと恐怖で半狂乱になっている。
それに、どうやらこれ以上アイリに関する情報は本当に持っていないようだ。
レイは込めていた力を緩めた。
「その組織の名は何だ?場所はどこにある?」
「名は『ギルド』だ・・・!場所は知らねぇ・・・!!」
「交渉人の居場所ぐらい分かるだろう?分からなければお前はそいつと連絡が取れん。」
「・・・・こ、ここから北に少し行ったところにある村だ。そこにハントという男がいる、そいつだ!」
「そうか。よく分かった。もはや貴様に用はない。死ね。」
「そんな・・・!話がちが・・・が、がはぁっっ!!」
店主の恨み言が言い終わらぬうちに、レイは鷲掴みにしていた手を顔面から真下に引き下ろした。
あっという間に店主の身体は縦6つに切り細裂かれる。
その肉塊が床に崩れ落ちるのを見届ける事もなく、レイは急いでの側に駆け寄った。
「しっかりしろ!」
両手を吊るし上げている縄をやすやすと切り、猿轡を外して、レイはの身体を解放した。
安心と開放感で、は深い溜息をつく。
「大丈夫か!?」
「・・・・平気、ありがとう・・・。」
「・・・・これを着ろ。」
レイは自分の服を脱いでに渡した。
それに袖を通すの腕に、痛々しい縄の跡がある。
レイにはそれがまるで己の傷のように感じられ、顔を顰めた。
「・・・・っ・・・」
「どうした、どこか痛むか!?」
「ごめ・・・・、何でもないの・・・。安心しただけ・・・・」
乱雑に零れ落ちる涙を拭う。
レイはその身体を引き寄せ、落ち着かせるように胸の中に抱き込んだ。
「済まなかった。助けに来るのが遅くなって。」
「ううん・・・・」
「とにかくここから出よう。手当てをせねば。」
レイは疲労で力を失くしているの身体を抱きかかえ、忌々しい地下室の階段を上がっていった。