ようやく夜の帳が下り、レイは急ぎ足で酒場を訪ねた。
少し早く着いたせいか、客の数は昨夜に比べて少ない。
だが踊り子達の頭数は概ね揃っていたので、レイは店内をうろつく女達の中にの姿を探した。
いない。
まだ出ていないだけか。
それともまさか・・・
― 嫌な予感がする。
レイは手近に居た女の手を引いた。
突然の事に女は小さく驚きの声を上げたが、すぐにぎこちない営業用の笑顔を浮かべてしなを作った。
「いらっしゃいませ。」
「この店にという女がいるだろう。どこだ?」
「・・・・、ああ、あの人。」
「まだ店に出ていないようだが、どこにいる?」
レイが居場所を聞き出そうとしたその時、何かに気付いたように女が一瞬視線を逸らした。
そして次の瞬間、急に女の表情が変わった。明らかに怯えの色が浮かんでいる。
「どうした?早く答えろ。」
「あ、あの、私、何も・・・何も知りません・・・!」
レイの腕を振り解き、女はそそくさと逃げてしまった。
おかしい。
やはり悪い予感が的中しているのか。
レイは先程の女の視線の先を辿ってみた。
そこには、本来なら店主の姿があるはずのカウンターがあった。
― が危ない!
レイは凄まじい勢いで店を飛び出して行った。
「おい、起きろ!」
「ん・・・・」
誰かに軽く頬を叩かれて、は薄らと目を開けた。
「!んーー!!んーーー!!」
「うるせぇ、騒ぐんじゃねえ!」
「んっ!」
店主と昼間の男達の姿を見て、は激しく身を捩った。
しかし再び頬を張られて口を噤む。
店主はの顎を掴むと、乱暴に持ち上げて自らの顔を近付けた。
「妙に物分りがいいと思ったら。お前何者だ?何をコソコソ嗅ぎ回ってる?」
「・・・・・」
「昨日の客がお前を探しに来ていたぞ。お前の連れだったのか?」
は店主を手を振り解くように激しく顔を背けた。
「フン、まあいい。どうせこの場所が分かる訳もないからな。お前の男は助けに来てはくれねえぜ。」
「うーっ!」
「残念だぜ。お前のような女を手放すのは勿体ねえが、面倒事はごめんだからな。」
「!?」
殺されるのではと怯えるを察したのか、店主はニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべての胸を指で撫で下ろした。
「ヘヘッ安心しな。殺しはしねえよ。他所へ行ってもらうだけさ。」
「?」
「ただ、その前にちょっとお楽しみといこうじゃねえか。」
「おやっさん、後で俺達にも回して下さいよ!」
「後でな。」
「へへっ、楽しみだぜ。」
男達は下衆な笑いを浮かべての身体を舐めるように見つめる。
その汚らわしい視線に耐え切れず、は顔を背けた。
しかしそんな事は何の抵抗にもならず、店主はの前に出るとおもむろにその片脚を抱え上げた。
「うーっ!んーーっ!!」
バランスを崩して倒れそうになるが、上から吊るされている為倒れ込めず、余計手首に縄が食い込む。
擦り切れた手首からは血が滲み、ひりひりと焼け付くような痛みに顔を顰める。
店主は苦痛に歪むの顔を愉しそうに見つめると、一息にの衣装を引き千切った。
「んーっ!!」
「なかなかいい身体してるじゃねえか・・・」
曝け出されたの胸を見て、店主の目がギラギラと嫌な光を帯びる。
どうすることも出来ず、の瞳から絶望の涙が流れた。
レイ、助けて・・・!
精一杯の抵抗と僅かな希望を込めて、は声にならない声でレイの名を叫んだ。
店を飛び出したレイは、昨夜を過ごした酒場の裏の家へやって来ていた。
まず昨夜と同じ部屋に飛び込んでみたが、そこはもぬけの殻であった。
「!いたら返事しろ!!」
レイはの名を呼びながらそこら中の部屋を覗いて回った。
部屋には全て鍵がかかっていたが、焦燥感に駆られているレイはノックをする暇も惜しいとばかり全てのドアを切り裂いていく。
まだ時間が早いせいか殆どの部屋は無人であったが、いくつかは客らしき男が店の女を抱いている最中であった。
しかしレイは驚きや怒りを露にする男達は気にもとめず、抱かれている女がでない事が分かると何事もなかったかのようにまた次の部屋へと移動する。
そうして全ての客室を探したが、結局の姿はどこにもなかった。
また、廊下の突き当たりにある大きめの部屋の中にも誰もいない。
衣装が何着か吊るされているところを見ると、恐らくここは女達が過ごす部屋なのだろうが、ここにもいない。
レイはもと来た道を引き返し、今度は反対側の通路を探し始めた。
「、!どこだ!!」
こちらにも似たような小部屋があり、同様に探してみたがやはり無人である。
洗面所や掃除用具などが乱雑に詰め込まれた小さな物置もあったが、そこにも誰もいない。
そして、残すところは突き当たりの扉だけとなった。
レイは躊躇なくその扉を切り裂く。
その部屋はこの建物の中で一番広く、小奇麗であった。
応接セットやデスクなどがあるところをみると、おそらくここは店主の部屋なのだろう。
棚に並べられている酒も、客室や店にあったものより上等なものが揃っている。
レイは室内を歩き回り、の痕跡がないか調べ始めた。
部屋には入口の他にドアはなく、窓も全て内側から鍵が掛かっている。
誰かがいた気配もない。
この建物は全て調べ尽くした。はもうここにはいないのか?
まさかもう・・・・
レイの胸を嫌な予感がよぎる。
しかし八方塞がりな状態で他に見当もつかず、レイは途方に暮れた。
その時、レイの耳に微かな音が聞こえた。
「なんだ?今一瞬何か聞こえたが・・・」
レイは窓の外を見た。
しかし誰もいない。
空耳かとも思ったが、確かに何かの音がした。
「どこだ、どこから聞こえた?」
レイはもう一度何かが聞こえないかと耳を澄ませた。
すると再び、微かな音が確かに聞こえた。
レイは急いでその方向へ駆け寄る。
そこは風景画が飾られているだけの壁であったが、レイはその壁を拳で軽く叩いてみた。
「妙に音が軽い。まさか・・・」
レイはその壁に向かって指先を一閃した。
あっという間に壁は崩れ去り、その向こうに一間ほどの小さな空間が姿を現す。
「こんな所に階段が!」
その空間へ踏み込んだレイは、床に下へと続く階段を見つけた。
きっとここだ!
レイは風のような速さでその階段を駆け下りていった。