翼の折れた鳥 9




翌朝、二人は今夜の約束を取り交わすと再び別れた。
昨夜の事には敢えて触れなかった。
ただ、昨夜を境に二人の間が密かに変化しつつあることだけは確かであった。



レイを送り出した後、はランの姿を探していた。
とりあえず例の大部屋を覗いてみたが、まだ誰も戻っていない。
恐らく皆まだあの部屋にいるのだろう。
一部屋一部屋回ってみる訳にもいかず、はランが戻ってくるのを待つことにした。


酒場を出たレイは、夜までの長い時間を有効利用すべく、情報収集と物資調達を兼ねて村の周辺に移動した。
昨夜の繁盛ぶりを見ると、客は村の者だけとは限らない。
外から来る者の中に何か知っている者がいるかもしれないし、野盗共に出くわせば持ち物を奪える。
それに、昨日のようにまた新たな女達が運び込まれるかもしれない。
本当はあの危険な場所にを一人にするのは心許なかったのだが、本人が大丈夫と言い張って聞かなかった。

― 俺が行くまで何事もなければいいのだが・・・

レイは苛々と夜が訪れるのを待ち始めた。




女達の帰りを待ち始めて少し経った頃、数人がちらほらと戻って来た。
その中にランの姿を見つけ、は彼女の元へ駆け寄った。

「おはよう、ラン。ねえ、ちょっと聞きたいことが・・・」
「お勤めご苦労。メシだぞ。」

早速ランから話を聞き出そうとしたところ、店主が朝食を持って部屋に入ってきた。
大鍋に入った薄いスープと固いパンが朝食らしい。
女達は皆ぞろぞろと店主の前に並び、皿によそってもらったスープとパンを受け取ると思い思いの場所に腰掛けて口をつけ始めた。
仕方なく、もその列に加わる。

「おう。どうだった、昨日の客は?えらい男前の兄ちゃんで良かったなオイ。」
店主はニヤニヤと話しかけてくる。
不愉快になったは『話が違う』と騒いでやろうかとも思ったが、そんな事をすれば計画が水の泡になるどころか、自分の身も危うくなる。
渋々そ知らぬ振りをして、平然と答えた。

「まあまあね。」
「ほーう。流石だな。あんたはホント頼もしいぜ。」

茶化した笑顔の店主が忌々しく、はそれには返答せずにさっさと朝食を受け取ると列を離れた。
店主は肩を竦めると再び朝食の配膳を続け、それが済むとさっさと帰っていった。

それからしばし無言で朝食を食べた。
食べ終わった食器はめいめい何処かへ返しに行くらしい。
朝食の済んだ女達は次々と食器を持って外へ出て行く。
ランが食べ終わるのを見計らって、は再び彼女に話しかけた。

「ねえ、この食器ってどこに返しにいくの?」
「外に洗い場があるの。そこで洗って店に返しに行くのよ。」
「じゃあ一緒に行きましょ。」
「ええ。」

はランを促して部屋の外へ出た。
周りには誰もおらず、今がチャンスと思ったは、ランに本題を切り出した。

「ねえ、この店にアイリって女の人いない?」
「・・・・いないわ。どうして?」
「ちょっとね。じゃあ胸に七つの傷がある男はどう?店の客とか用心棒とか、心当たりない?」
「知らないわ。」
「そう・・・。」

とりつくしまもなく、ランはスタスタと外へ出て行ってしまった。
仕方なく、はこれ以上追及することを諦めた。
知らないの一点張りだったが、ランの声は微かに震えていた。
どうもおかしい。
やはり何か知っているのではないか。
ここはランだけでなく、他の女も当たってみなければならない。

取り敢えず食器を洗いに行って、また別の女をつかまえて聞いてみよう。


思案に耽るには、背後に迫る気配を察知することが出来なかった。
突然目の前が暗くなる。
何者かが首筋に衝撃を加えたことだけは辛うじて分かったが、それが誰かを確かめる術はにはなかった。
意識の糸が完全に切れる瞬間頭に浮かんだのは、昨夜のレイの優しい眼差しであった。




寒い。
それに手首が妙に痛い。
ここは何処?

はゆるゆると目を開けた。
辺りは暗く、ランプの火だけがぼんやりと小さく光っている。

「ようやくお目覚めか。」
「!」

知らない男の声に驚き、は顔を跳ね上げた。
目の前にはニヤついた男が二人、並んで立っている。

「んーっ!んぅーーっ!!」
「へっへへ、何言ってるかさっぱり分かんねえぜ。」

離せと訴えるが、口に猿轡を噛まされている為全く通じない。
また、両腕を上で束ねて吊るされており、身動きも取れない。
せめてもの抵抗で出来るだけ身を捩ってみるが、男達は厭らしい笑いを浮かべて無遠慮に近付いてくる。

「いい格好だなぁ、姉ちゃんよ。」
「何コソコソ嗅ぎ回ってんだか知らねえが、こうなっちゃもうお終いだな。」

男の一人が勝ち誇ったように笑い、唐突にの胸を掴んだ。
激しい不快感を覚え、は咄嗟に拘束されていない足で男の脛を蹴りつけた。

「痛ってェ!!こんのアマぁ〜!」
「んぅ!!」

バシッと乾いた音がしたかと思うと、頬に焼けるような痛みが走る。
腹を立てた男はの頬を続けざま何度か打った後、髪を掴んで後ろに引っ張った。

「んむっ!」
「調子に乗るんじゃねえぞ、殺されたくなけりゃ大人しくしてやがれ!」
「んっ!」

乱暴に掴んでいた髪を離され、の頭が揺れる。
殴られた衝撃がまだ頭の芯に残っており、目の前がチカチカする。
身の危険を感じ、は恐怖に怯える。

「おい、そろそろ時間だぞ。」
「お、もうそんな時間か。昨日は変な野郎のせいで取り逃がしておやっさんに散々絞られたからな。」
「ああ、今日はしくじらねえようにしねえとな。クビになっちまう。」

ぐったりとするを意に介すことなく、男達は平然と会話をしている。
そしてポケットから鍵の束を取り出すと、に見せ付けるようにジャラジャラと音を鳴らしてみせた。

「おい、後でゆっくり可愛がってやるからな。」
「楽しみに待ってろよ。」
「ヒャハハハハ!」

男達は高笑いしながらを残して部屋を出て行った。
ランプを持っていかれた為、室内は完全な暗闇に閉ざされる。
それから暫くして鍵の閉まる音が聞こえた。
ここが何処かも分からず、自分の足元も見えない暗闇の中、の恐怖心は限界にまで高まる。

レイ、助けて・・・!


零れ落ちる涙を拭うことすら出来ず、は果てしない恐怖と絶望にただ怯えるしかなかった。




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後書き

またいきなり急展開にしてしまいました。
基本的に敵は雑魚なんで、すぐにレイが出てくると1秒で終わるんですよ。
そしたら私の苦労がパアになりますんでね(笑)。
そこは非力なヒロインで引っ張ってもらおうかな、と(笑)。