翼の折れた鳥 7




賑やかな音楽、人の声。
鼻につく酒と葉巻の匂い。
そして男達にしな垂れかかる華やかな女達。

ここはまるで別世界のようだ。

レイは店内の様子を伺いながら、カウンター席に腰掛けた。
座ると同時に、店主らしき中年の男がカウンター越しに声を掛けてくる。

「いらっしゃい、何にする?」
「バーボンはあるか?」
「ああ、あるとも。ロックでいいかい?」
「ああ。」

程なくして酒のグラスが目の前に出された。
レイはそれにゆっくりと口をつけながら、の姿を探していた。
女達は皆顔をヴェールで覆っている為、誰が誰かパッと見ただけでは分からない。

― が自分に気付いていてくれればいいのだが。

「どうだい、誰か気に入った娘は見つかったかい?」
「何?」

店内を観察するレイに、店主がニヤニヤと笑いを浮かべて話しかけてきた。

「上玉揃いだろう。これだけの質と量を誇っているのはうちだけだぜ?」
「貴様、何の話をしている?」
「またまた。堅物ぶらなくてもいいんだぜ。どうだい、一人買わねぇか?」

なるほど、ここの実態はそういうことか。
待て、まさかはもう・・・・

不吉な想像をするレイの横に、一人の女が座った。

「ねえそこのお兄さん、私と飲まない?」
「ん?お前・・・!」

隣に座った女はであった。
は、他の女達と同様に際どいデザインの衣装を纏い、顔を隠しているヴェールの陰から意味ありげな笑みを浮かべてみせた。
その笑みに少々脱力しつつもとりあえず安心したレイは、店主に悟られぬよう客の振りを決め込んだ。

「そうだな、相手をしてもらおうか。」
「兄ちゃん、あんたツイてるねぇ。その娘今日入ったばかりの新人だぜ。どうよ?」
「うむ。そうだな。」

二人の関係を知らない店主は、レイにを買うよう耳打ちした。

推測通り裏のありそうなこの場でと話し込むことは出来ない。
二人きりになれるのは願ってもないチャンスだ。
しかしまだこの店内での探索は終了していない。
せめて女達全員の顔を確認するまでは、この場を離れる訳にはいかない。

そう考えたレイは、もっともらしい理由をつけて店主に耳打ちをし返した。

「俺は女の好みには少々うるさくてな。もう少しこの女を吟味させてもらおうか。」
「ほお〜、さすが色男は言うことが違うねぇ。まあ好きにしなよ。但し早いもん勝ちだぜ。タイミング逃して後で悔しがっても知らねぇぜ。」

店主は茶化すように肩を竦めて、カウンターの端へ行ってしまった。
それを見届けた後、レイはに小声で話しかけた。

「どうだ、アイリはいたか?」
「まだ全員見たわけじゃないの。でも私が見た中にそれらしい人は居なかったわ。」
「そうか。」
「ねえ、さっきマスターと何話してたの?」
「ああ、それは・・・・」

レイが先程の店主の話をしようとしたその時、の横に大柄で粗野な感じの男が座ってきた。
それに気付いた店主が再びこちらの方へ戻ってくる。
どうやらこの男はここの常連らしく、やたらと親しげに談笑している。
ニヤニヤと含み笑いで何事かを話していたかと思うと、店主がに声を掛けた。

、こちらはうちのお得意様だ。VIPルームで接待を頼むぜ。」
「VIPルーム?」

は何のことだか分かっていない様子だったが、レイにはその意味が分かった。

― 今を連れて行かれるのは困る。

レイは男の後ろに立つと、話に割って入った。

「おいオヤジ。さっきの話乗らせてもらうぞ。この女にする。」
「兄ちゃん、生憎だが一歩遅かったな。こちらのお方が先約だ。」
「そうだ!テメェ横から割って入ってんじゃねぇぞ!!」

男は鼻息を荒くして、今にもレイに掴みかかりそうな勢いで立ち上がった。
しかしレイはそんな男の様子を鼻で笑うかのようにあしらい、全く相手にしない。

「なんだテメェ、すかしてんじゃねぇぞコラ!!」
「フッ、お前のような汗臭い男は女に嫌われるぞ。顔を洗って出直してくるんだな。」
「きっさまー!!ブッ殺してやる!!!」

怒りで顔を真っ赤にしながら、男が掴みかかってきた。
しかし難なくかわされ、男はそのまま頭からテーブル席へ突っ込んだ。
椅子が倒れ、グラスが割れ、女達の悲鳴がそこかしこから上がる。
レイは立ち上がった男に近付き、その顔目掛けて指を一閃した。
その直後、男の頬には深い亀裂が生じ、鮮血が吹き出す。

「ぐわーーっっ!!」
「どうした、もうお終いか?」
「くっ、くっそーー!!」

男は再び襲い掛かってきた。
しかし次の瞬間、今度は両目を切り裂かれ、床を転げ回る。

「うぎゃーー!!目が、目がぁぁ!!」
「目障りだ。死にたくなければとっとと失せろ。」
「うわぁぁーーー!!」

男はあちこちにぶつかりながら、転がるように出て行った。
レイは唖然としている店主に向き直ると、不敵な笑みを浮かべて言った。

「先約はキャンセルだ。」





「全く、信じられないわね。これであなたの顔が割れちゃったじゃないの!」
「そう怒るな、別に俺達が連れだとは気付かれていないのだから、差し支えはないだろう。」

二人は『VIPルーム』へ向かっていた。
あの騒ぎの後、レイは『接待』の代金として食料を3日分店主に支払った。
すると店主はに1本の鍵を渡して、裏の家の「2」と書いてある部屋へ行くよう指示をしたのだ。

「それはそうだけど・・・、あぁ、この部屋ね。」


は鍵を開けて部屋に入った。
壁に掛かっているランプに火を灯すと、暗い室内が柔らかな光で照らされる。
明るくなった部屋を見渡して、は驚いた。
ここは昼間連れて行かれた大部屋とはまるで違う雰囲気だったからだ。
あちらが家具一つなかったのに対して、ここはテーブルやサイドボード、ベッドなど一式揃っている。
おまけに小さな浴室までついている。

「レイ、ここって・・・・」
「そうだ、ここは売春宿だ。」
「やっぱり・・・・。さっきの話でそうじゃないかと薄々思ってたんだけど。」
「何も聞かされていなかったのか?」
「ええ。この衣装を着て踊ったり酒の相手をすることは聞いていたけど、客を取らされるなんて話は一切聞いていないわ。」

は顔のヴェールを取り払ってその辺に投げると、ベッドに腰を掛けた。
レイもその隣に腰を掛ける。

「やはり裏があったな。酒場は仮の姿で、実態はただの売春宿だった訳だ。」
「どうりで様子が変だと思ったわ。」
「どういう事だ?」
「昼間、ランって娘と話したわ。この部屋の事を聞いたら妙にどもってて様子がおかしかったの。」
「その女は知っていたという事か。」
「そうでしょうね。それにね、その人だけじゃないの、皆なんかおかしかったわ。」
「ほう?どうおかしいんだ?」
「皆変によそよそしいというか、びくびくしているというか。そういえばそのランって娘、『あなたもマスターに誘われたの』って聞いたら返事をしなかったわ。」

の話を一通り聞くと、レイは立ち上がってサイドボードから酒の瓶を取り出した。
それを2つのグラスに注ぎ、1つをに差し出し、自分はもう一方に口をつけた。

「そうか、やはりここの女達は望んで来たわけではないか、あるいは・・・・」
「ますます調べる必要がありそうね。」
「そうだな。てっとり早く店主を締め上げてみるか?」
「待って、その前にもっと彼女達に話を聞いてみたいの。まだ顔を見てない娘達もいるし。」
「駄目だ。その女達もグルかも知れん。危険が大きい。」
「そんなのじゃないわ!多分・・・、何となく。」

は言葉とは裏腹に幾分自信なさげに口籠ると、レイから受け取ったグラスに口をつけた。

「女の勘、というやつか。」
「そう、それよ。とにかく明日にでも聞いてみるわ。それでもし駄目ならあなたの出番、ってことでどう?」
「全く、お前も物好きな女だな。わざわざ自分から物騒なことに首を突っ込みたがるとは。」

レイは諦めたように笑ってグラスの中を飲み干した。

「あら、だって約束でしょ?あなたを手伝うって。」
「フッ、そういえばそうだったな。まあせいぜい気をつけることだ。」
「任せといて。」
「それで?食料3日分も払わせておいてお喋りだけか?」

レイはからかうような笑みを浮かべ、を抱き寄せた。

「私は別にそれでもいいけどね、どうせそれじゃ納得出来ないって言うんでしょ?」
「その通りだ。なかなか良く似合っているじゃないか。脱がすのは惜しいな。」
「フフッ、本当に女を買いに来た男みたいな台詞ね。」
「『みたい』ではない。本当にお前を買ったんだからな。」
「それもそうね。じゃあお手柔らかにね、『お客様』。」

レイはおどけて見せるに口付け、その手からグラスを奪ってサイドテーブルへ置いた。
そしてをベッドに組み敷くと、その首筋に顔を埋めた。




back   pre   next



後書き

段々この酒場の実態が明らかになってきました。しかしレイが結構呑気です(笑)。
いいのか、それで。
なんかヒロインの方が一生懸命になってる様子です。(←他人事かよ)
ちゃんとレイの活躍も書く予定ですので、もうしばらくお待ち下さいね(笑)!