翼の折れた鳥 6




「そこよ。」

二人は建物の陰から例の酒場を見ていた。
まだ日暮れには時間もあり、店に入って行く者は殆どいない。

「私はこれから行くけど、あなたはどうするの?」
「一緒に入れば不自然だろう。夜を待つ。」
「そうね。その方がいいかも。じゃあね。」
「待て。お前がすぐに店に出してもらえる保証はないだろう。」

早速行ってしまいそうになるを、レイが呼び止めた。

「それもそうね。もし私がいなかったら何日か通ってみて。まさかすぐ殺されはしないでしょうよ。」
「随分呑気だな。」
「だって今はまだ何も分からないじゃない。どこに住まわされて何時まで働かされるか、何も分からないんだもの。仕方ないでしょ。」
「それはそうだが・・・・。」
「だったら今色々考えてみたところで無駄ってもんよ。」
「話だけを通して来て、一度出てきてはどうだ?」
「そうねぇ・・・・。でも何度も出入りして逆に怪しまれないかしら。」
「ううむ・・・・・」
「とにかく行って来るわ。じゃあまた夜に!」
「おい待て!!!」

レイの呼びかけに振り返ることなく、は酒場へと入って行った。


「全くあの女・・・・。面倒なことにならねば良いがな。」
レイは盛大な溜息をついて、夜を待つべくその場から立ち去った。





「いらっしゃ・・・・、うん?あんたさっきの・・・・」
「ねえマスター、さっきの話なんだけど。」
「おお!どうだ、やる気になったか?」
「そのつもりだから来たのよ。」
「そうかそうか!!まあ座れや。」

酒場の店主はニヤニヤと笑い、に椅子を勧めた。
それに応じて、は先程と同じ席に腰を掛けた。

「で?さっきの話は本当なんでしょうね?」
「ああ本当だとも!住むところはこの店の裏にある。後で連れて行ってやるよ。食い物にも不自由させねえ。」
「そう。それなら良かったわ。」
「じゃあ早速家を紹介しようか。ついて来てくれ。」

は店主に従い、酒場の裏へ出た。
細い裏通りに大きめの平屋が建っており、店主はそこへ入って行った。



「こっちだ。」

店主はいくつもの部屋を素通りし、廊下のつきあたりにある部屋へを招いた。
部屋は割合に広く、がらんとしていた。
家具などは何もなく、殺風景なことこの上ない。
ただ、ハンガー代わりのひしゃげた金属の棒に吊るされた何着もの華やかな衣装が、場違いな雰囲気を醸し出している。
あとは粗末な毛布が部屋の隅に積まれているだけだ。

が部屋の様子を伺っている間に、店主が中にいた数人の女達に声を掛けた。

「おいお前達、新入りだ。名前は・・・・・」
よ。」
「だそうだ。よろしく頼むぜ。さんよ、後で呼びに来るまでここで待ってな。」

を残し、店主は何処かへ行ってしまった。


です。よろしく。」

一人残されたは、女達に挨拶をした。
しかし女達の反応が薄い。
『よろしく』と独り言のように呟く者はまだマシな方で、無言で目を逸らす者や、ぼんやりと宙を見つめたまま全く無反応な者までいる。

― 只の新米いびりかしら?それにしては様子がおかしいけど・・・・

女達の表情から特に敵意は感じられない。
なのに奇妙な違和感を感じる。
女達の自分を見る目がどうも奇妙だ。
まずはそれが何かを知るために、は返事をしてくれた一人の横に座り話しかけた。


「あなたの名前聞いてもいい?」
「・・・・ラン。」
「そう。ねえラン、ここは長いの?」
「半年ぐらい。」
「あなたもあのマスターに声を掛けられたの?」
「・・・・・・」

ランと名乗る女は、気まずそうに口を閉ざした。

「どうかした?私何か悪いこと言ったかしら?」
「いえ、別に・・・・・」
「そう、だったらいいんだけど・・・・。ねえ、踊り子ってここに居る人達だけ?」
「いいえ、まだ他にも。」
「じゃあ他の皆は別の部屋にいるのかしら。ここ沢山部屋があったものね。」
「え、ええ・・・・・」

やっぱり妙だ。
当たり障りのない話をしたつもりなのに、どうも反応がおかしい。
ランだけではない。他の女達も皆一瞬顔色が変わった。
ここの女達は、一体何を隠しているんだろう・・・・・
もっと探りを入れてみなければ。

「ねえ、あなた達・・・・」
、ちょっと来てくれ。」
「・・・・・ええ。」

これからという時に、店主が呼びに来た。
は仕方なく話を中断し、女達に背を向けて部屋を出た。
だから知る由もなかったのだ。
自分を見る女達の瞳に、哀れみの色が浮かんでいたのを。




「これが衣装だ。店に出る時はこいつを着ろ。」

手渡された衣装のデザインに、は閉口した。
トップは黒いブラのみ、ボトムは揃いのショーツと足首までの長さの薄いスカート。
しかし両側に腰までのスリットが入っており、殆ど太腿が剥き出しになる。
それに腕輪とアンクレット、鼻から下を覆う薄いヴェールも着けるらしい。
いかにも男を悦ばせる為だけに作られたような衣装である。
この手の衣装はゲインに散々着せられて慣れてはいるが、これを着た自分に向けられるであろう厭らしい視線を思うとうんざりする。

「それから、あんた踊りは出来るのか?」
「ええ、まあそれなりには。」
「あんた慣れてそうだが、こういう所で働いた経験はあるのか?」
「まあ、ね。似たような感じなら・・・・」
「そうか、そいつは頼もしいな。へっへっ、いちいち教えなくて済むから楽だぜ。じゃあ早速今夜から頼むぜ。」





夜になり、レイは酒場の前まで来ていた。
静まり返った通りとは対照的に、店内はガヤガヤと騒がしい。
音楽に混じって男達の笑い声やジョッキのぶつかる音が聞こえてくる。

― は居るんだろうな。

レイは一抹の不安を覚えつつも、酒場の扉を開いた。




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後書き

今回レイの出番がほとんどなかったですね(汗)。
ヒロインの衣装は、色々考えた結果アラビアンナイト風なコスチュームにしました。
というかそれしか思いつかなかった(笑)。
踊り子ですしね。ミニスカポリスや看護婦じゃおかしいだろう、と(笑)。
ランジェリーショップのサイトを見て、それを参考にデザインを考えてみました。
密かに楽しかったので、描写がやたら細かくなりました(笑)。