「今日はここまでだな。」
「そうね。」
もうすっかり夜も更けている。
レイとは足を止め、夜を明かすべく準備を始めた。
岩場の影で火を熾し、食料と水を出す。
「これから何処へ向かうの?」
「ここから西の方に小さな村があるらしい。とりあえずそこへ向かう。」
「何か手がかりはあるの?」
「今はない。だがそこへ行けば何か分かるかも知れん。」
「そうね、行ってみるしかないわね。」
ぼそぼそと缶詰を食べながら、今後の予定を話し合う。
「ねえ、聞いてもいい?」
「何だ?」
「あなたは何者なの?あのゲインをあんなにあっさり倒すなんて・・・」
「俺は南斗水鳥拳の伝承者だ。あの程度の男など束になっても俺には勝てん。」
の問いに、レイは不敵な笑みを浮かべて答える。
「それは頼もしい限りね。あなたに付いて来て正解だったわ。」
「フッ、それはどうだかな。さっきも言ったが、くれぐれも俺の足を引っ張るなよ。お前が俺の邪魔になるようなら容赦はせん。」
「分かってるわよ。」
「明日も早い。食べたらさっさと寝ろ。」
「はいはい。」
二人は火の側で横たわり、羽織っていた布を布団代わりに身体に掛ける。
「空が綺麗ね。夜空なんて久しぶりに見上げたわ。」
「よく喋る女だ。黙って寝られんのか。」
レイは目を閉じたまま返事をする。
「ごめん、つい嬉しくて。こんなに早く自由になれる日が来るなんて思わなかったから。」
「そんなにあの男から逃げたかったのか?」
「当たり前でしょ。誰が好き好んであんな男と。」
「ほう。てっきり俺に付いて来たようにあの男の側に居たのかと思っていたんだが、違っていたようだな。」
「冗談じゃないわ。」
何気なく口にした予想を、が鋭く否定する。
その口調の刺々しさに、レイは少々驚いた。
目を開けての顔を見る。
空を見上げたままの横顔が、苦々しげに歪んでいた。
「まあそう怒るな。何があったかは知らんが、ともかく今はあの男から開放されたんだからな。」
「別に怒ってなんかいないわ。あなたの言う通りよ、こうして自由になれたからいいわ。あなたのお陰ね。」
「別にお前を助ける為にあの男を倒したわけではないがな。」
「そんな事分かってるわ。でも事実だもの。私にとってはそれこそ救世主よ。」
軽い口調でそう言い、にんまりと微笑を向けてくる。
「フン、どうとでも思え。いいからさっさと寝ろ。」
「フフッ、おやすみ。」
は、布を掛け直して目を閉じた。
しばらくしてが安らかな寝息を立て始めたのを見届けて、レイも眠りについた。
「、起きろ。」
「う・・・・・ん、もう朝?」
「今すぐ起きないと、この場に捨てて行くぞ。」
「・・・分かったわよ、起きるわよ。いちいち脅さないでくれる?」
「分かってるならさっさとしろ。」
レイに叩き起こされ、早々に支度をして再び歩を進める。
砂の吹き荒れる荒野を、黙々と進む。
厳しい陽光が日陰のない大地に突き刺さり、さながら灼熱地獄のようだ。
乾燥しないように時折順番に水を飲み、西を目指して歩く。
「どうしたの、レイ?突然立ち止まって。」
「、その辺に隠れていろ。」
「一体何なの?」
「いいから早くしろ、死にたくなければな。」
よく分からないまま、はレイの言う通りに岩陰に身を隠した。
レイは何かを待ち受けるかのようにその場に立ちはだかり、微動だにしない。
程なくして、地鳴りのようなエンジン音が聞こえてきた。
大量の砂埃を巻き上げながら、バイクの群れがあっという間にレイの前へ走り寄って来る。
「おい、テメェの持ってる食料を寄越せ!」
「オラオラさっさとしろー!こいつで蜂の巣にされてぇか!?」
野盗はショットガンをこれみよがしにちらつかせる。
は恐怖に凍りついた。
無理よ!いくら強くても銃が相手じゃ勝てない!!
しかしレイは薄い笑いを浮かべたまま、眉一つ動かさない。
「なんだテメェその態度は!?ぶっ殺してやる!!!」
「死ねェーー!!!!」
野盗達は銃口をレイに向け、一斉にトリガーを引く。
しかしその瞬間、レイはその場から消えた。
「あ!?どこ行きやがった!?」
「おい!あれ!!」
一人が指差したものは、空中高く飛び上がったレイの姿だった。
その華麗な姿に、全員の目が釘付けになる。
レイはまるで水鳥が水面に舞い降りるように地面に着地する。
それと同時にその場に居た全員が、人の原型を留めない程切り刻まれた。
「何を呆けている。行くぞ。」
声を掛けられ、我に返る。
「ええ・・・。」
「どうした?怪我でもしたか?」
「違うの・・・、ただちょっと・・・、腰が抜けて・・・・。」
「全く、世話の焼ける女だ。」
レイはその場にへたり込んだまま動けないを抱き上げて、野盗が乗っていたバイクに乗せる。
そのまま自分もバイクにまたがり、エンジンをふかす。
「しっかり掴まっていろ。」
レイはスピードを上げてバイクを走らせる。
は振り落とされないようにレイの腰にしがみ付く。
二人を乗せたバイクは、凄まじい速度で荒野を駆け抜けた。
徒歩では果てしなく感じられる荒野も、バイクでなら楽に移動できる。
目的の村にはまだ少しあるが、それでもかなりの距離を移動できた。
ぽつんと立つ荒れ果てた小屋を見つけたレイは、その前でバイクを停める。
「かなり近付いたな。今日はここで休むとしよう。」
「そうね、いい足が手に入って良かったわ。」
小屋の中は暗く、荒れ果てていた。
人が使っている形跡もない。
古びた暖炉に火を熾して、二人は食事を摂った。
「いい場所が見つかって良かったわね。今夜はゆっくり眠れそう。」
「フッ、分からんぞ。野盗共のアジトかもしれん。」
「平気よ。あなたが居るんですもの。何とかしてくれるんでしょ?」
「大した女だ。俺はすっかりお前の用心棒ってわけか。」
平然と言ってのけるに苦笑しながら軽口を返すレイ。
「あら、ギブアンドテイクと言ってちょうだい。」
「俺は何もしてもらっていないぞ。」
「そうだったかしら?」
挑発的な笑みを浮かべる。
レイは鋭い笑みを返し、の腰を抱き寄せる。
「この間はあんなに怯えていたのに、随分な変わり様だな。」
「怯えてなんかないわ。それにしばらく一緒に居れば慣れもするわよ。」
「ほう、そうか。」
「そうよ。」
「ではそれが本当かどうか試すとしよう・・・」