転院先で@
細気管支炎で呼吸困難を招き、挿管したゆーさくは、医療設備や体制の整った大病院に転院した。
そこは、ゆーさくが生まれる直前までかあちゃんが切迫早産で入院していたA病院。
ゆーさく誕生の際、A病院の対応の遅さに、とうちゃんもかあちゃんも少しわだかまりが残っている病院である。
「フェノバールは、何で飲んでいるのかお母さん聞いてる?」
転院先の若い主治医が、B病院の主治医が引継ぎを終え帰った後、かあちゃんに聞いてきた。
フェノバールというのはゆーさくが飲んでいる内服薬のことだった。
かあちゃんは「へっ?」と拍子抜けした。
しかし、「筋緊張です。それに脳波にはてんかんの異常波はでないのですが、てんかんの疑いもあるので・・・」とかあちゃんは答える。
A病院主治医は「そっか、フェノバールはそのままの方がいいかな」と独り言のようにいった。
若い主治医は、B病院主治医の書いたゆーさくの常用薬のリストを持っていた。
少し覗いてみると、大半の薬に取り消し線を引き、新たな薬の名前を横に書き込んでいる。
かあちゃんにはすこし疑問がわく。
”細気管支炎の呼吸器治療の為に転院したのに、なんで、常用薬まで全部見直す必要があるのだろう・・・。”
なにより、そういうことは、引継ぎの時にB病院主治医に直接聞くことではないのだろうか。
薬は成分は同じでも、メーカーにより製品名が変わる。
患者が聞く薬品名は基本的に製品名だ。
病院により、扱う薬のメーカーは異なってくる。
よって、B病院からA病院に転院することで、薬が変わるのも当然のことといえば当然。
しかし、フェノバールという筋緊張やてんかんの薬について聞かれた様子などから、A病院の若い主治医は、ゆーさくが飲んでいる常用薬を一から整理し直しているように、かあちゃんはとれた。
「毎週毎週診察して、B病院の主治医は内服薬を調整してきたのに・・・、今日会ったばかりの患者がずっと飲んでいる薬を別に一から整理しなおさなくても・・・」かあちゃんは少しむかついた。
なにより、薬の名前が変わることに対し、全く説明がない。
本当に一から薬を整理しなおしているのか、単にメーカーが変わるだけなのか、どちらにしてもくすりの名前が変わるならば、それを家族に説明するべきではないのか・・・。
単に風邪を引いたからという短期間治療で飲む薬の話ではないのだ。
長期にわたり、日ごろの介護のひとつの医療行為としての薬の内服であり、薬を毎日飲ませるのはかあちゃんなのだ。
なので、B病院主治医は薬を変える時追加する時、薬扱いの流動食もエンシュアというM社のものをラコールというO社に変えるだけでも、一言説明をくれるし、かあちゃんも薬の内容を理解するように勤めている。
それが当たり前だと思っていた。
さらに引継ぎの時に、B病院主治医は、はっきり「耐性菌の問題もあり、抗生物質治療は控えています」とA病院主治医に伝えていたのをかあちゃんは聞いていた。
何故なのかという詳しい説明ははぶくが、「抗生物質はよほどのことがない限り行わない」というのはB病院主治医の治療方針のこだわりのようでもあった。
しかし、B病院主治医が引継ぎを行い帰った後、A病院主治医は内服薬を整理した後、あっさり「抗生物質も追加します」と言った。
ここでも詳しい説明はない。
かあちゃんは、またまた「へっ?」であった、
かあちゃんはてっきり転院後もB病院で主治医がやろうとしていた治療方針をそのまま引き継ぎやってくれるのかと思っていた。
つまり、A病院ではB病院では行うことが出来なかった人工呼吸治療だけを追加するのかと思っていた。
しかし、どうも若い主治医は、一から治療方針を建て直したりして、あからさまにゆーさくという患者の重度の細気管支炎治療を研修している様子。
さらに、A病院主治医は、治療だけに目が行き、家族に何も治療の説明などの配慮がない。
さすがに、かあちゃんはA病院に不信感をいだいた。
私たちはA病院を選んできたわけではないのだ。
ゆーさくはベットに寝かされ、手足をさのうと呼ばれる砂の入った袋の重りで固定された。
かあちゃんは、少しいやだなあ、と思った。
B病院ではPT大ちゃん先生の指導により、ゆーさくに異常な筋緊張が入らないように、ゆーさくが寝る姿勢などの環境を整える。
筋緊張が入るような、体の一部だけを固定するようなことは絶対しない。
B病院主治医も、いらない緊張が入るから、と点滴を刺す手や腕を固定するシーネ(板)すら嫌がっていた。
それが脳性麻痺児に対する対応として当たり前だと思っていた。
かあちゃんは、看護師さんに「これ、固定しないといけないんですか?」と聞いた。
看護師さんは「挿管の管を抜くといけないからね」という。
確かにそうだけど・・・
でも、かあちゃんは”そこまでする必要はないと思うんですけど。大体手足が自由に動かない子供なのに” と心の中で言った。
口に出してはいえなかったのである。
なにしろ、A病院の小児病棟の看護師さんは、どんどん手際よく、ベット周りの環境を整えていく。
さすが、大病院の小児病棟であった。
かあちゃんが口を挟む隙は全くなかったのである。
B病院では「ゆーさくくんの枕どうおく?」「機械類はどこに置いたおいたら、おかあさんも使いやすいやろか?」など、かあちゃんと看護師さんたちで、そのときそのときでいつも手探りでベット周りの環境を整えていくのだ。
A病院とB病院のギャップに戸惑いながら、かあちゃんは部屋の隅でぽつんと様子を見ていた。
”郷に入れば郷にしたがえ”ってことなんだなあ、と思っていた。
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