アイルランド旅行記その17 雨のブラーニー城


 

 目を覚ますとべったり曇って、少々のことではやみそうもない雨降りです。
コークからブラーニー行きのバスに乗ると、お城に行くレインコート姿の観
光客が目だちます。ブラーニー城(10Cに遡る古城)と、隣接するブラー
ニーハウス&ガーデン(19Cの貴族の館)まで、バスで2、30分。窓が
汚いのと、湿気で外はまるで見えず、どこを通っているのかわかりません。
着いたところは土産物やとパブが二、三ある小さな村。傘をさして、矢印の
通り城へ向かうとすぐに、大きなイチイの木々に囲まれた石の城が見えました。
びしょぬれになりながら、紫陽花やヒースの植え込まれたちょっと陰気でエキ
ゾチックな庭を通り抜け、濡れそぼつ城の塔目指して歩いていきます。入り口
を入ると一階の狭い石造りのホールでは、3、4人のグループがトラッドの演
奏をしていました。それを聞きながら螺旋階段を上っていきます。石の階段は
上に行けば行くほど狭くなり、しかも人が濡れ靴で通るのでツルツル滑って結
構危ないものがあります。いくつもの階を上って一番上の城塞に出ますと、そ
の城壁に伝説のブラーニーストーンが埋め込まれているのです。
 この石に、仰向けにのけぞってキスすると、雄弁の術を授かるんだそうで、
ここを訪れた人は果敢にこれに挑戦するのですが、この石のはめ込まれた壁は、
突き出したBATTLEMENTにあり、キスしようにもそのためには下方30メートル
くらいかな、何もない空間の上にのけぞらねばなりません。それくらいの勇気
のある人なら、何もこんな辺鄙なところに来て石を嘗めなくても、敵を論破する
ことくらいできそうなものだが、さすがは観光城。鉄の支え棒と、背中を支えて
くれるおじさん、決定的瞬間をカメラに収めてくれるおばさん(もちろん有料)
が控えています。しかも雨降りの今日は傘をさしかけてくれさえするという・・・
 職業柄雄弁術に未練はあったものの、そんな大勢の人がキスした石にさわるのは
今一つ気が進まないという、日本人的感覚か、そこは素通りしましたが、城の上か
ら眺めるイチイの森に囲まれた雨の風景庭園というのはなかなか趣のあるものでし
た。暗い森の中にそびえる古城、雨に濡れる黒い、ちょっと東洋趣味の庭。ゴシッ
ク小説的世界です。しかも庭に降りてみてわかったのですが、この庭には数多くの
巨石遺跡がごろごろしているのです。岩あり、茂みあり、川あり、でも明らかに人
の手が作ったことは明白ですが、そこに、ちょうど飛鳥の石舞台や鬼の雪隠のような
石の遺跡があるわけです。その名命法まで、飛鳥に似てなくはなくて、「魔女の台所」
「魔女の帽子」「ドイルド僧のサークルストーン」「妖精の包丁」とかって立て札が
ついています。面白いのは「願い事の階段」という岩穴の中を降りてゆく階段。目を
閉じて後ろ向きで降りて、また上がってくると願い事が叶うそうです。
 雨のためじっとり濡れて、薄暗い大木の影にごろごろするドルメンはなかなか雰囲
気が楽しめました。
 次に城の隣にあるお館、ブラーニーハウスに入ります。こちらは広々とした芝生に
囲まれた大邸宅。花壇にはバラとラベンダー、紫陽花とダリアが咲いていました。19
Cの貴族レディー・コルトハーストがお建て遊ばしたもので、その御子孫が今も冬の間
はお住みになっておられます。観光シーズンの夏はみずからそのお住まいをお金を取っ
て拝観させていらっしゃるわけで、そうでもしないと維持費が捻出できないのでしょう
ね。それにしても自分たちが使ってるバスルームまで観光客の目に晒すとは、日本人に
は理解できにくい感覚です。しかし、ガイドさんが説明してくれた古い珍しい家具と
か、金を裏貼りしてあって、実際より美しい姿を映してくれるというFLUTTERING GLASS
(そりゃ、思わずのぞき込んでしまいますよね)など、面白いものは多く、また一つ
一つがトータルコーディネートされた色彩の寝室など結構楽しめます。窓の向こうに
はブラーニー湖。
 やがて少しずつ雨は上がり、コークに戻って列車に乗りました。3週間ぶりにダブ
リンに戻ります。インターシティ(特急)で二時間半。共和国をほぼ一周した形とな
り、後はダブリンを根拠地にグレンダ・ロッホなどへ行き、土産でも買って渡英しよ
う、という予定です。一週間を過ごしたダブリンの町はなんだか懐かしく見えました。
 
 

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