アイルランド旅行記その15 雨にけぶるディングル半島


 

 アイルランドの南西部、比較的山岳地帯となっているこの隅っこの半島、
ディングル、下がケリーという二つの半島が有名です。ディングル
は映画「ライアンの娘」の舞台。半島の先端のスライ岬は、険しい山が
そのまま海に落ち込んだような奇異な風景で有名、また珍しい海鳥の生
息地でもあります。例えばパッフィンとか。この海辺をめぐるバスの通
る道は断崖絶壁と、山の合間をうねうねと曲がりくねっていて、相当な
運転技術がいるようです。しかも、「ディングルペニンシュラの交通渋
滞」として知られている現象がよく起こります。これはすなわち、羊が
群をなして狭い道路に溢れ出してきてにっちもさっちも行かなくなる、
という奴です。羊たちもここでは、よくまああんな斜面に、というよう
なところで器用に草を食べているのです。
 案の定曇り空の下、バスツアーは出発しました。昨日の暑さはどこへ
やら、重苦しい鉛色の空。でも心なしか緑の色が鮮やかに甦ったように
も見えます。野原に咲く花はおきまりの、白い泡のようなMAIDEN HAIR、
色のアクセントが加わりました。キツネノカミソリみたいな花がずいぶ
ん多いのです。まずついたのはインチの浜辺。昨日のような陽気ならさ
ぞかしにぎわっていたでしょう。遠浅の浜辺は、信じられないくらい細
かな砂で、ウミホウズキが打ち寄せられています。ハマヒルガオの咲く
広々とした砂丘に人影はまばらで、寒々とした波打ち際に立つ人もスカー
フを頭に巻いて首をすくめていました。15分止まるから、泳ぎたい
人はどうぞとガイド兼運転手がいうと、笑いが起こりました。あざらし
じゃないぞーーー(そういえば、セルキーピープルというのがいたな、
アイルランドの民話には。)
 ディングルの漁港で昼食のストップがあり、このあたりから雨は本格
的になってきました。(ここはやっぱりシーフードがおいしかった)
イルカが来るという鄙びた町。冷たい雨に負けて、みんなそうそうにま
たバスに乗り込み、スリーヘッドポイントの岬へ向かいます。左は海に
落ち込む崖、右には迫る急斜面の山。天気のいい日にはさぞ美しい青い
海なのだろうが、ガイドも言うことに困って「左手にあるのがなんとか
山で標高は何マイル、・・・ですが今日は見えませんねえ。」という霧
の世界です。でも曇り空のディングルというのもまたアイリッシュでい
いではないか。灰緑でも、海は透きとおって美しい。牧場の垣根に咲く
フクシアの真っ赤な花が灰色の空と濡れた緑に映えて鮮やかです。
 所々、BEE HIVE HUTと呼ばれる古い石の小屋があります。名の通り、
横長の石を積み上げて、蜂の巣のように見えるプリミティブな住居。こ
のあたりはコネマラとはまた違うゲール語圏だそうです。ずぶぬれのサ
イクリストが苦労して自転車こいでるのを見て、今日サイクリングにし
なくてよかったと天に感謝。
 雨のため、ほとんど外には出ず、かろうじて最古の修道院跡(ほとんど
石の小屋)に立ち寄っただけ。知らぬ間に有名な岬も全部通り過ぎてしまっ
ていました。
 この頃になると、ツアーリズムに頼って生きざるを得ないアイルランド
の実状が悲しく、「ケルト」という言葉に飛びついていた自分が情けなく
なってきます。農業・漁業で暮らしてきた生活が変化を強いられる。外国
からの観光客の金を目当てに、古城・教会・奇異な風景を売りに出さずに
はおけない。アメリカ人のルーツ探しに迎合する。トラッドの音楽、豊か
な民話の世界ですら、もう土産物以外のなんでもない状況で、切り売りさ
れてゆきます。妖精はどこへ行ったのだろう。松の林にキツネノテブクロ
(妖精の手袋)だけは残っていたけれど。
 帰ってから読んだ本で、ディングル半島の沖にある小さな島の少年の物
語がありました。珍しい動物でも見るように、ゲール語を話す人々を見る
アメリカ人、お金を出して、わかりもしないその言葉を話させて喜ぶ観光
客、などが書かれていて、身につまされたのでした。
 その後、小雨の中、キラーニーの駅を夕方の汽車で出て、コークへ向か
いました。
 
 

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