アイルランド旅行記その12 リムリックからモハーの断崖へ


 

 リムリックに着いたのは雨の日曜の午後でした。
ある都市についての人の印象というのは、天候、曜日、それに増して
そのときの心的状況に大きく依存するものと思われます。確かアイル
ランド歴史探訪のようなものを書かれている高橋哲雄氏は、リムリッ
クのことをカトリックと国教の二つの聖堂のある美しい町と表現して
おられましたが、小雨の中、45日の旅程の3分の1を終えて、多少
疲れ、また少し人恋しくもあったためでしょうか。日曜の、ひとけの
ないがらんとした大きな都市は、空虚なモダンシティーに見えました。
町の真ん中を流れるシャノン川は、コリブの清流を見慣れた目には、
どんよりと暗く濁り、よどんでいる。晩飯を食わしてくれるところが
なくて、ついにアメリカンなハンバーガーで妥協してしまって、それ
も結構腹が立つことでありました。
 リムリックでは食事なしの、学生用アコモデーションに泊まりまし
た。15ポンドで、シャワー付きというので、覚悟していったらこれ
がめちゃくちゃ広くて、壁に作りつけの大きなベッドが二つ、キチネッ
トには冷蔵庫はおろか、電子レンジ、電気こんろ付き。流しも広い。
勉強机に食卓まであるという、二人用の、ぴかぴかの寮の一室なので
した。しかし人間の匂いがしない、シミ一つない壁に囲まれ、カード
式のセーフティロックで門と部屋の戸に鍵をかけて閉じこもると、B
&Bのけちなおばさんの人間くささも恋しくなるのでした。
 リムリックには教会、イギリス軍との条約破棄(!)のシンボル:
トリーティーストーン、ジョン欠地王の城など見どころはあります。
このキングジョンズカースルは、博物館になっていて、ビデオショー
とか、ガイドツアーとかを作って演出してる割にはつまらない。
ガイドにしゃべくられるよりは、ゆっくり書いた説明でも読ませてく
れる方が外国人には楽なのだが・・・。
 ともあれ、それほど観光客がいるわけでもなく、インフォメーショ
ンも閑古鳥が鳴いています。ここは少なくとも、バレンの高原、モハ
ーの崖へのアクセスポイントですから、問い合わせてみたところ、ど
ちらもバスツアーは週に一回しかない;ただ、モハーへは日に一度、
公共のバスがあるとのこと。一面に岩の荒れ果てた高原が続き、クロ
ムウェルをして「反逆者を死刑にしようにも、絞首台にする木すらな
い」といわしめたバレン高原を見たいものだとは思っていたのですが
仕方ありません。というわけで、うって変わって晴れ渡って、暑くな
った(この日あたりからアイルランドも夏)翌日、ちょっと元気を回
復して、モハーの断崖を通るバスに乗ったのでした。
 緑のバスに乗って二時間。死ぬほど暑い日でした。モハーというの
はもともと崖という意味らしいのですが、この二つ手前の駅ぐらいか
ら海辺になり、結構シーサイドリゾートとして流行っています。シャ
ノン空港から近いので、ヨーロッパからのアクセスが便利なのでしょ
う。モハーについて驚いたのがなんと言ってもヨーロッパ人の多さで
した。
 崖の手前、駐車場には観光バスとレンタカーがすし詰め。はるかに
緩やかなラインを描いて何マイルも続く断崖の稜線にはぞろぞろと人
の列!しかもほとんどがフランス人、ドイツ人で、聞こえてくる会話
に英語がありません。よくまあこのくそ暑いかんかんでりの日差しの
中で、性懲りもなく裸身を陽光にさらすこと。しかも300フィート
の断崖の(もちろん柵なんてなものはありません)ぎりぎりの縁で。
 ここはほんとにアイルランドなのだろうか、と疑ってしまったくら
い、真っ青な空と海。緑の牧場が突然、とてつもない絶壁となって海
に落ち込みます。下の方には白い波が見え、カモメが飛んでいて、鳴
き声が聞こえます。たんぽぽと、のこぎりそうと、浜かんざしと、あ
と幾種類かの花の咲く野から、はるか下方にのぞく海という対比に、
目眩を覚えます。小高い丘にオブライエンの塔という見晴らし台があ
りますが、近づけないほど黒山の人だかり。余りの暑さにビジターセ
ンターではソフトクリームが売れに売れ、わたしも並んだのだが、ち
ょうど二、三人手前で機械が故障してしまいました。
 崖の中ほどではアイリッシュ・ハープをかかえた少女が歌いながら
ハープを弾いて、テープを売っています。ハープの弾き語りというの
はどう見ても絵になりますから、(特にこういう金髪の娘さんだと)
いい商売です。
 この崖だって、荒れた雨や曇りの日に来たら、ものすごく印象が違
うに違いない、東尋坊もまっつあおな自殺の名所に見えるかも。しか
しこの日のあっけらかんとした風景にはそういうものの片鱗もありま
せんでした。眺めはいいけど、それだけやなあ、アイルランドらしく
ないわ、と旅行者らしい身勝手なことをぶつぶついいながら、一日一
度のバス(乗りはぐれると今度は絶対帰れない)をつかまえ、(運転
手が行きと同じ人)リムリックまで帰還したわけですが、途中の風景
も、田舎は埃っぽいし、町や村はあまりきれいでないし、・・暑いし
というわけであんまり印象のよくないリムリック・モハー編でした。

 とても美しく、おしゃれな町という話を聞いていた次なる目的地
キラーニーに期待しつつ、翌朝長距離バスでさらに南へ移動したので
ありました。
 次回はキラーニー・最後のサイクリング、です。
 
 

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