アイルランド旅行記その5 恐怖のギル湖・イニスフリー探訪記(続編)


 

HOLLY WELL からまた路上の人となり、ときどき降る雨に首をすくめ
ながらせっせとペダルをこぎます(肩凝った)。イングランドにもたく
さんあるブラックベリが、薄桃色の花を付けていて、まだ実は実ってい
ませんが、これはその後イングランドに渡ると見事に実っていて、いや
あ、一夏過ごしたなあと感慨新たでした。ラズベリーは実っていて、と
きどき食べました。
 杉の林の暗い木陰に、キツネノテブクロの花が大群落を作って咲いて
るのを見たときには、やっぱり妖精の国だなあと思いました。ご存じ猛
毒のジギタリス(心臓薬になる)ですが、FOX GLOVE という英名は
FOLK'S GLOVE の訛、 つまり妖精の手袋だという説を、かのルイス・キ
ャロルは書いております。
 イエーツは妖精が見たいと思って、愛蘭土の田舎(そういえば、「愛
蘭土のような田舎に行きたい」っていう日本の人の詩がありましたっけ)
に引っ込んで暮らして、見られなかったらしいのですが、私には見える
だろうか、とかバカなことを考えていたせいか、狐に化かされたらしい
のですね。気がつくとギル湖が無くなっているではありませんか。道は
ずんずん山と山との間を続いて行くだけ。ギル湖よりはずーっと右手の
方へ逸れて行くばかりなのです。おかしいと思ったとき、徒歩なら引き
返しても知れているが、勢いのついてしまった自転車というのは、あれ、
と思ってる間にも2、3キロは走ってしまう。そうこうするうちに、今
度は右手に小さな沼のような湖が登場したではありませんか。立て札に
は LOCH D(名前を失念)と書いてあります。魚釣り場があるのですが、
まったく人影はなく、不気味なまでに静かです。こんな湖の話は聞いて
ない、ここはどこだと思っても、その日は地図を持っていなかった(フ
ラナガンさんがそんなもんいらんというた)ので確かめようもない。
 後日地図を入手して判明したところによると、私は湖沿いの位置からは
ずれて、山一つ分迂回してしまっていたのでした。地図で改めてその距離
を見てぞっとしました。しかもその山というのが、名前は忘れたのですが、
そこの廃虚の城で女が踊ってる幻に会ったとかなんとかいう詩の舞台だっ
たのであります。それはともかく。
 開き直って、まあいいや、この道も悪くはないし、時間いっぱい走って
同じ道を引き返せばいいんだ、別にイエーツにこだわる理由もあるわけで
はないと観念。そのまま走る。しばらくするとその道は牧場の中で二つに
分かれ、まっすぐ行くのと左に行くのと。立て札なし。ええい、まっすぐ
の方がそれらしいだろう、と行きかけると、道にこぼれ出していた牛を追
っていたお兄さんが(久々に見る人間だった)「向こうだぞうお」と叫ん
で左へ行くよう教えてくれました。私行き先を言ったわけじゃないのに、
・・・ということはこの道も何らかのルートではあるんだ、と少し安心し
また二度目の間違いから救われて、左へ進路を取ります。しかし、時間は
たつし風景はいっこうに変わらないし、そろそろ引き返そうかと弱気にな
りかけた頃のこと、YEATS COUNTRY NO. ナントカ、LAKE ISLE OF INISFREE
こちら、という立て札が見つかったのでありました。
 えーーーやっぱりイニスフリーに行けるんだあ、とすごく嬉しくなって
元気回復、野越え山越え(山は越えないけど)、ところがそれからが遠か
った。山一つ右手へ逸れてるものですから。やがてあの懐かしいギル湖に
再会したときのうれしさと言ったらありません。小さな石の転がる岸辺に
柳の木が立っていて、詩枕となった小島が湖に浮かんでいます。自転車を
脇にほおり出して、座り込んだ。イエーツが聞いた波の音。そのとき私の
脳裏に閃いた一つの疑問:イエーツはどうやってここまで来たのでしょう
か。安楽に車できたんやったらゆるせん。
 (ドライバーの皆様、私の車罵倒がお耳触りでしょうが、お許し下さい)

 帰り道で性懲りもなくまた迷った話は次にする。
 
 

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