アイルランド旅行記その4 恐怖のギル湖・イニスフリー島探訪記
ギル湖は山に囲まれた細長い湖で、全周40マイル、周辺にはピアスキャッ
スルとか、聖なる泉とか、史跡が点在します。スライゴのインフォメーション
前から毎日ツアーバスが出るはずなのですが、事実上、ツアー参加者が6人以
上集まることはなく、このツアーは有名無実なのでありました。そうすると、
ギル湖をまわるのは、車(と金)がない人間にとっては自転車しかありません。
さいわい町にはレンタサイクル店はたくさんあります。
とまったB&Bのおばさんが親切にフラナガンさん(アイルランドやなあ)
とこに電話して、女性用の小さい自転車を用意するよう頼んでくれました。日
本では決してSサイズ扱いを受けない私は結構嬉しかったりしたのでしたが、
フラナガン自転車店に行ってみますと、その自転車は乗ったこともないような
変速ギア付き本格的なサイクリング車。富良野や信州で貸している、柔なシティ
ーサイクルとは格が違います。おまけにフラナガンおじさんは、パンクしたとき
のためにと、修理用ぐっずまで貸してくれるのです。こんなもん持ってたかてよ
うつかわんで、と当惑してペンチを眺めていますと、とにかく持っていって誰か
に助けてもらいな、とおじさん。しかし後で判明したことだが、助けてもらおう
にも「誰か」がおらんのだった。
アイルランドの天候は、イギリス以上に変わりやすい。特に西部の山の多い地
方では、10分間に一通りの天候はすべて経験できると言われております。ここ
スライゴーも、断崖のてっぺんが丸まったような妙な形の氷河に作られた高い山
が、多く見られますが、この日、特に天候はあまりよろしくなく、あまりサイク
リング向きの日じゃないよ、というおじさんの言葉にも関わらず意地で、ウィン
ド・ブレーカーをかぶり、鞄を背中に背負って(リュックじゃなかったんで苦労
した)こわごわ出かけた格好はちょっと人には見せたくないものがありました。
昨夜散歩したガラボーグ川のほとりから道は始まります。舗装した道で走りや
すいし、標識もちゃんとあります。ただし、車の人用の標識なので、自転車人間
にとっては恐ろしくまばらで、いまいち不安です。道の左手には川が、いつのま
にか緑の濃いギル湖に変わり、芦が茂り、コウホネが咲き、鴨や白鳥が泳いでい
ます。岸辺には柳の木、その下には野の花が咲き乱れています。基本色は黄色、
白、赤紫。ときどきブルーベルの青も混じります。右手は牧場だったり林だった
り、山だったりします。岩肌がむき出しになり、針葉樹が多いこのあたりの山は、
下ばえが羊歯だったりしてどこか日本の風景に似ていなくもありません。
始めはだいぶんこわかったサイクリング車も、少し慣れると威力を発揮します。
それでもときどき降る雨と戦い、背中の鞄をかばい、勾配も結構ある道を走るのは
なかなかの緊張感。しかもデポジットにパスポートを取られている。
最初のスポットは HOLLY WELLでありました。巡礼の地であったらしい林の中の泉
です。小暗い木立の中に、岩で囲まれた泉があり、雨にしとど濡れた岩壁にマリア像
とキリスト像が、いやに極彩色でなまめかしい。泉の澄んだ水は牧場に小川となって
流れ出していますが、雨がちであるせいか水量は豊富で流れも早く、清流です。ここ
では参拝者に何人か出あいました。真剣に祈祷している人の横で、写真を撮るのはた
めらわれますが、拝みに来るなら車でなんか来るなよな、といいたくなるのは私のひ
がみでしょうか。もうすでにおしりが痛く、疲れてきたのやも知れませんでしたが、
思い返せばこのスポットで道を取り間違えたのが、決定的だったのでありましょう。
ギル湖を一周するのは少し無理かも、(夕方5時には自転車返却せねばならない)
と思ったので予定としては、ギル湖の東の方に浮かぶイニスフリー島を岸辺から拝ん
で来ようと思っていました。ゲール語でイニスは島という意味ですので、アイルラン
ドの小島はたいがいイニス何たらという名前です。イニスフリーはもちろん、イエー
ツの「湖の小島イニスフリー」という詩で有名になった文学史跡でありまして、湖の
写真に詩を添えたような類の豪華本がみやげ物やでいっぱい売られています。さすが
にイニスフリー饅頭はありませんが、アイルランド産の香水として売られているもの
には「イニスフリー」と「コネマラ」というのがありました。私はどちらかというと
「コネマラ」の方が好きでしたが、「コネマラ」といって実際思い浮かぶ香りは、羊
と牛の落とし物のそれに他なりません。
なんだか話が逸れてきました。それとまさしく同じ状況がこの道程にも起こったの
でありまして、聖なる泉を出た後、私はギル湖からどんどん逸れて、妙な方向へ突っ
走ってしまったのでありました。
長くなりすぎたのでこの項次回に譲る。