細い喉を掻き毟る両手を慌てて奪い黒子の頭上で縫い止める。白いそこには既に八つの赤い線が縦に引かれていて痛々しい。
引き攣れたような呼吸をする黒子の双眸から涙が零れ、黄瀬は戸惑った。未だ咽喉を引っ掻くつもりなのか力の抜けない両腕を片手で押し留め、涙を拭うもそれは次から次へと眦から湧き出てくる。
「どうしたの、苦しいんスか?」
眦を拭い、頬を撫で、黄瀬は戸惑いを隠し穏やかに問う。だが、黒子は涙を零すばかりで何も答えようとはしない。それどころか触れる黄瀬の手を拒絶するように力の限りに暴れ出した。
脚で絡め捕った尾鰭まで大きく暴れだし、黄瀬はどうしようもないほど困惑した。黒子は苦しさに暴れているのではなく、自分を強く拒絶しているのだ。
今の今まで黒子がこんな拒絶を取ったことはなかった。今まで、黒子は黄瀬の横暴を許容していたのに。
「いや、いやいやいやっ放して、―――はなせッ」
明確な拒絶の言葉に黄瀬は激しく動揺し、双眸を揺らめかせた。そして、それ以上の拒絶を鎖すように黒子の唇を覆い隠すように噛みついた。
舌を強く絡め取り、歯列を上顎を荒々しく蹂躙する。息苦しさに喘ぐように細い悲鳴が自身の口腔を震わせても黄瀬は決して唇の合わせを解きはしなかった。角度を変えて、ろくに呼吸もできない黒子を気遣うこともなく、只管にその唇を貪る。
粘着質な水音がいやに大きく聞こえる頃には黄瀬が組み敷いた少女の抵抗は既に止んでいた。
小さな口腔をもう一度だけ丹念に舐め回し、黄瀬は舌を抜く。顔をゆっくりと引けば、黒子の薄ら蒼褪めた顔が見えた。黄瀬の狙い通り、窒息寸前で気を失ったようだ。
細い両手首を絡めていた手から力を抜く。震える黄瀬の手が撫でるそこには、白い喉よりも酷い内出血が出来ていた。
黄瀬は震える咽喉でゆっくりと深呼吸する。口腔に溜まる唾液を呑み下し、ほっそりとした手首から蒼褪めた寝顔へと視線を下げる。
額に掛かるベビーブルーの髪を脇に避け、白い頬を撫でる。当然さっきのような拒絶は起こらず、黄瀬は安堵したように強張りながらも相好を少しながら崩した。
小さな顔を大事に両手で固定し、黄瀬は口付ける。額に、眦に、こめかみに、頬に、鼻頭に、そして薄らと開く唇に。
無心に呼吸を繰り返すだけで、黒子からは何の反応も返ってこないがそれでも黄瀬は深い安堵の息を零した。
居住まいを正した黄瀬は湯船の脇に凭れ黒子を腕の中に抱きかかえる。
薬は三十分掛けて完全な効果を発揮すると高尾が言っていた。ならば、腕の中の宝物が完全な人間になるまで此処で待とう。
「そうしたら、もう、逃げ場なんてない。拒絶しようが、ずっと、ずっうと、一緒っスよ……ね、くろこっち…」
黄瀬は甘露を飲み干したような恍惚とした囁きを落とした。
初めに感知したのは息苦しさだった。次いで感知したのは火傷するような熱。そして、身体の疼き。黒子はそれらに切迫されるように視界を薄らと開けた。
「ぅ、ぁッ……は、ぁ?」
ぼんやりとした薄暗い視野ではあるが、微かな光に瞼が痙攣する。黒子は一度瞼を閉ざす。そうこうしている間もなぜか息苦しさを感じ、自然と息が上がって熱に浮かされた甘い声が漏れ出ていく。
息苦しいのは腹の辺りとその少し下の辺りだと気が付いた黒子は、訳がわからないままもう一度視界を開けた。
「はぁ、ッ…」
視界の端に素肌を晒した誰かの肩が映る。上に誰かが覆い被さっているらしい。黒子は手に力を入れてそれに触れようとするが、思うように力が入らない。
全身が酷くだるかった。発熱でもしたのかと黒子は訝しんだ。だが、自分は体力など大してないが、無理をすることがないので早々発熱なんてことにはならない。ならば、何故こんなにもだるいのだろうか。
意識を茫洋とさせる靄を振り払おうと黒子はゆるゆると頭を振る。
湿気を含んだ髪が重々しく揺れ、その誰かに当たる。黒子を抱きしめていた誰かがゆっくりと身体を起こす。
少しずつ見えてくる誰かを力なく見詰めていた黒子は、ふと気が付く。
(ここ、みずのなかじゃ、ない……)
慣れ親しんだ、水の感触がない。黒子は恐慌したように重い頭を動かし、左右を見渡す。自分はどうやら随分と広い寝台に寝かされているようだった。寝台を守るように紗幕が張られた向こうにぼんやりとした光が見えた。
黒子は暫しそれを見つめていたが、不意に視界が変わった。覆い被さる誰かの手が黒子の顎に掛かり、他者の意思で視界を上へと戻されたのだ。
逆光でよく見えない誰かの顔を黒子は茫洋と見詰める。そんな眼差しを受けた誰かはうっそりと笑い、舌舐めずりした。
「目ぇ醒めたっスか、黒子っち?」
ゆっくりと降りてくる顔を見詰めていた黒子は独特の口調を数度反芻し、漸く目の前にいるのが誰か分かった。そして、目を覚ます前の記憶も思い出した。
あの時のように唇を塞ごうとするそれを避けようとするが、身体が重くて言うことを利かない。黒子の唇に黄瀬のそれが重なり、舌が入ってくる。ねっとりと緩やかに口腔を侵した黄瀬はベビーブルーの髪を撫でつける。
「ね、分かる?黒子っち、人間なったんスよ」
黄瀬は嬉しそうにそう言って元は尾鰭であった、二つの脚の片方を掌で撫で下ろした。その掌はいやに熱く、黒子に吐き気を呼び寄せた。視界に少しだけ映った絶望の権化から背くように、黒子は頭を傾ける。
露わになった赤い線が幾筋か延びる白い咽喉を愛玩するよう撫で、黄瀬はその耳介をねっとりと舐めてやんわり食んだ。
「ぅ、ぁ……」
微かに上がる甘い反応を褒賞するように黄瀬は顎下をくすぐり、耳元で囁いた。
「でもねぇ、まだ、完全な人間じゃあ、ないんスよ」
「……ぇ?」
鼓膜をくすぐった言葉が信じられず、黒子は黄瀬を見た。彼はどこか昏い光を孕んだ瞳を細めて、繰り返した。
「まだ、黒子っちは完全な人間じゃないんス。だからね、このままじゃ黒子っちは人魚に戻っちゃうんスよ」
―――大変でしょ?困るよねぇ。
そんなことをくつりくつりと咽喉を震わせながら黄瀬は言う。壊れたように莞爾を湛える黄瀬に気付きながらも、黒子は思わぬ希望に口元を緩ませた。
瞬間、腹の奥を強く突く衝撃に襲われ、黒子は溜まらず息を詰めた。
「ひうっ……!」
「大変だよねぇ、ホンット、マジで困るっスよねぇ。だからさ、最後の仕上げ、ちゃあんとしとこう?」
「……っ、あぅっ、ふっ」
そう言って黄瀬はほっそりとした白雪の脚を肩に担ぎ、細腰を穿ち始めた。
胃が押し潰されるような息苦しさに黒子は涙を流して喘ぐ。腰が打ちつけられる度、力の入らない手が布の上で滑って行く。
腹の中を堅く熱い何かで擦り、抉る黄瀬は酷く愉しげに口角を釣り上げていた。
「人間の遺伝子をね、取り込まなくちゃ、人魚は人間に、なれないんだってさ。だから、ちゃんと、取り込んで。もう一回は、注いだんスけど、足りなかったら、大変だもんね、あと一回、なんて、言わずに、何度でも、オレの遺伝子、注いだげるからね」
荒れる呼吸の合間の言葉に、黒子は今度こそ絶望に突き落とされた。
微かなさざなみの音が鼓膜を震わせた。音のする方へと虚ろな瞳を移すが視界に映るのは懐かしい紺碧ではなく、最早見慣れた闇の色。
部屋の中央に置かれた上質のソファに、人形の如く身動ぎもせずに座る黒子はそれを虚ろに見詰める。数度の緩やかな瞬きの後、次に見据えたのはドレスに隠された自らの二本の脚だった。右膝を撫で、黒子は再び窓辺の方へと視線を向けた。
膝に置いた手をソファに置き、その腕を軸に立ち上がろうとする。いざ、腰が浮いた瞬間、黒子は背後から引き寄せられソファに戻された。
衝撃に乱れたベビーブルーの髪を整えるように背後から梳かれるが、黒子は相変わらず闇の色を虚ろに見据えていた。その視界が不意に暗くなる。背後から伸びてきた掌に視界が塞がれたのだ。
「ただいま。何見てるんスか?オレが此処にいるのに」
双眸を封じられたまま逞しい腕の中に囚われる。けれど、黒子は抵抗したりしなかった。その腕を拒絶したりしなかった。
「黒子っち」
腰にくるような低い声音が空気を震わせる。だが、黒子はそれにもなんの反応も返さなかった。ただ、身体の力を抜き、全てを投げ出していた。
「ねえ、立ったら危ないっスよ。黒子っちはまだ歩けないんだからさ?」
背後から華奢な体躯をすっぱりと抱き締める誰かが、そう言って耳元をくすぐるように口付けた。視界を封じていた大きな掌が黒子の白い頬を撫で下ろしていく。
黒子は戻ってきた闇の色をまた虚ろに見詰めていたが、ふと身体が浮いた。視界は流れ、眼前にはヘイズルの色が現れる。
目の前のヘイズルの色が笑う。黒子の瞳はそれを見詰めていたが、二度瞬くと闇の色を求め視線を彷徨わせ始めた。ヘイズルの双眸が険呑に昏く淀んでいくことにも気付かず、黒子はただ虚ろなまま闇の色だけを見据えた。
「くろこっち」
頬を撫で、言外にこっちを向いてと訴える声音が静謐の空気に溶けていく。どれだけ近くにいても、決して、黒子には届かないまま。
「黒子っち、こっち向いて」
やんわりと、けれど、確かな力を込めて黄瀬は愛しいその少女の双眸を自分に戻した。小さな顔は、この両手に囚われていなければ、すぐにでも窓辺を向く。そうと知っているから黄瀬は決して少女への戒めを解いたりしない。
自分の大腿に跨がせた少女の額に自らのそれを合わせ、黄瀬は微笑む。二つの鼻頭を擦り合わせ、柔らかな桃色の唇に舌を這わせる。舌に触る吐息に誘われるように唇を割り、黄瀬は少女に口付ける。リップ音を立てて何度も、何度もその唇を吸う。だが、少女は何の反応も返さず単調に瞬くだけ。
黄瀬は唇を放し、小さな顔を捕らえたまま、指先で少女の目尻を撫でた。
人魚から人間になった日、黄瀬に人間の遺伝子をその胎に送られた日、少女は壊れてしまった。虚ろな瞳は鏡のように黄瀬を映すだけで、見ているわけではなかった。少女が意図して見ようとするのは海を閉ざした黒色の帳だけだった。そして、聴くのもまた波の音だけ。
黄瀬はベビーブルーの髪を撫で、小さな額に自らの秀でたそれをまた合わせた。間近になった少女の容貌を見詰め、口角を上げた。
「いつまでも、壊れたまんまじゃあ、いられないんスよ?」
人形となった少女を黄瀬は咽喉奥で嘲笑した。
片手に細い項を納め、未だ故郷を求める諦めの悪い瞳を自分に縫い付ける。もう一方の手で布越しに体躯を辿っていった。細い腰のラインを辿り、大腿を撫で下ろす。
黄瀬はまだ反応しない少女を嗤いながら見据え、その悪戯な手を進ませる。柔肌を傷付けさせぬようにと贈ったドレスの裾から手を忍ばせ、今度は素肌の脚を撫で上げていく。掌で膝を覆うように滑らせ、肌理細やかで触り心地のいい肌を愛撫する。手が上へと進むに連れ布が捲れ、白肌が露わになる。額を合わせたままそれを見下ろし、黄瀬は益々嗤った。
未だ二本足に慣れぬ所為か、それとも、壊れた所為か、少女は座位を取れても立位は取れなかった。その為使われることのない脚は幾分細くなっていた。
その大腿の内側を指先でくすぐるように撫で上げると細い肩が揺れた。それを切っ掛けに、すぐ目の前にあるベビーブルーの双眸から虚ろな色が消え、困惑の色がじわじわと広がりを見せる。揺れる頭が黄瀬の強い視線に気付き逃げようとする。
待ち焦がれた少女の変化に黄瀬は舌舐めずりした。だが、まだだ。少女の反応はまだ乏しい。
黄瀬は更に指先を上へと這わせる。少女が怯えを滲ませても、黄瀬は止めなかった。そのまま、神秘の胎へと指を一気に突き立てる。
「……ッ!」
息を詰め、びくりと身体を震わせる少女の唇が戦慄く。今朝方残して置いた種の残滓で秘所は潤っているはずなのでこれぐらい痛くはないはずだ。少女も瞠目してはいるが、痛みは訴えていない。
黄瀬は蕾を模るようにもう一本指を這わせ、一気に突き入れた。
「ひっ、やぁ…っうぁ、あっ……」
混乱して泣きだした少女の唇に噛みつき、黄瀬は我が物顔で狭い口腔を荒らす。頬に濡れた感触が伝わってくるが関係ない。吸い寄せた熱い舌を甘噛みし、指で内から少女を刺激する。内壁を擦り、薄ら開く蕾を更に広げるように動かせば捕まえた舌がびくりびくりと震えた。愛しい泣き声は黄瀬の腹へと溺れていく。
止めどなく自分の頬を濡らす少女の涙を更に求め、黄瀬は爪先まで引き抜いた指を一気に突き立てる。咽喉から上がってくる一際大きな震えを吸い寄せ腹へと呑み下し、唇を解放すれば目の前では少女が子供のように泣いていた。
項に置いていた手で肩を抱き寄せれば少女は簡単に黄瀬に縋りついて来る。黄瀬はベビーブルーの頭を撫で、耳元で囁く。
「ほら、前みたいに、『黄瀬君』って呼んで?」
少女の胎へと埋め込んでいた指を抜き、自身の昂った欲を曝け出す。細い脚を担ぎ、秘所にそれを押し当て、黄瀬は甘く囁いた。
「じゃないと、いい加減ガキが黒子っちに宿っちゃうでしょ?」