「どこから種明かしをして欲しい?」
弟はそう云って笑った。
怖いと、思った。







願え。
何一つとして許されない
目隠しの世界を。

[後編]



ロイはエドワードに跨り、引き裂く勢いで服を脱がせていく。
「やだ。やめて、ロイ」
細い腕で圧し掛かる男を退かせようとエドワードは腕を伸ばす。それも空しくエドワードを包む衣服は奪われた。
なんでこんなことになるのかと、エドワードは泣きそうになる。

来訪のチャイムが鳴り、ロイがダイニングルームから出て行った後、エドワードは優しかったはずの弟の豹変にじっとしていることが出来ず、その場を離れた。向かった先は以前使っていた地下の研究室。
特に意味もなくそこを選んだ。
ロイから少し離れたかっただけなのに。
けれど選んだ場所が悪かった。
電気を点けて、久しぶりに踏み入れる、昔の研究室。部屋の主が変わった為エドワードが使っていたときとは雰囲気が少し違った。
ふらふらと、室内を散策していると、一つの棚が眼に入り近寄っていく。エドワードが使っていたときにはなかったものだから恐らくロイが購入して置いた物なのだろう。
エドワードは軍を退き研究を手掛けられなくなっても錬金術師だ。だから錬金術師であるロイは、研究室だろうこの部屋を見られたくないはずだと、エドワードはその棚にあるものだけ眼にしてここを去ろうとした。
それをどうしても見たかったのは、目端に過ぎったものにもしかしたらと喜びを覚えたから。
棚に鎮座された液体が入った幾つものシンプルな小瓶。ロイが、自分のために作ってくれている薬の原材料だ。けれど手に取ってみれば、性質が毒のようなものだと判明した。
ならば、ロイが調合して、自分が呑んでいたものは。
知ったばかりの事実にエドワードの心臓が凍りついたとき、荒々しい音を立てて、扉が開いた。
そこにいたのはロイ、背後にはもう一人。暗闇で、顔を見ることは叶わなかったが、ロイ、と呼びかける声には覚えがあった。確か、ロイの士官学校からの友人で、昔の自分の部下だった男だ。名前は、なんと言ったか。
恐らくはこの男が先程の来客なのだろう。
ロイは意識を他に向けるエドワードを担ぎ上げ、立ち尽くす男に帰れと告げた。男は何か言いたげにしていたが、結局帰っていった。
食事は中断となり、エドワードは担ぎ上げられたまま、再び寝室のベッドに戻ることになる。
ロイは食事のときよりも怖かった。
「もう少し、待ってやろうと思っていたのに」
覆いかぶさってきたロイは種明かしをしてやろうと言う。


つ、とロイの指がすべるのは何一つとして隠すものがなくなったエドワードの雪のように白い肌。止まったのは左胸のライン。ロイの指の下には、銃創がある。
「この傷。三年前のものだ。あの事件は事故だった」
ロイは左手でエドワードの両腕を一纏めにして、そのまま顔の横に押さえ込んだ。
エドワードはそれを抜け出そうともがくが、差して力を入れていない男の力には叶わない。
「あの時貴女を誤射した下官を覚えているか」
ロイに問われ、エドワードは思い起こしてみる。けれど記憶は曖昧で、よく覚えていない。
戸惑いの瞳で弟を見上げれば、ロイは嗤い、答えた。
「アウル・ポッター。彼は俺の部隊の者だった。ホークアイと肩を並べるほどの射撃の腕、磨けば一流の策略士になれる頭脳。とても優秀な人材だったよ。けれど、たった一つ問題があった」
なんだと思う。ロイはエドワードを間近から覗き込む。その闇い瞳に見えた狂気の色は気のせいか。エドワードは身震いする。逃げたいのに身動きを封じるロイがそれを許さない。
「貴女に恋情を抱いた」
「え……?」
「あの男は、貴女を欲しがっていた。
だからあの男は要らなかった。寧ろ、存在していることが許せなかった」
歪に引き攣る胸の傷跡から浮かせた手でロイは柔らかな頬を撫でる。
エドワードはびくりと身体を跳ねたが、気に留めることなく大きな手は頬を撫でる。
「ちょうど、戦場に行く前に貴女は婚約したいなんて言い出した。その頃から腸が煮えくり返っていた俺は、アウル・ポッターの想いを知っていいことを思いついた」
頬を撫でていた手は首筋へとくだり、舐めるように這う。
「い、こと?」
「そう。
下官が上官を誤射した場合、軍法の幾つかに当て嵌り、どうやっても銃殺刑だろう。
加え、大佐と言う階級に着いていた貴女は市民から絶大な人気があった。一度負傷したら軍に復帰することを、市民が許さない」
「そんなこと…」
「知らないだろう。貴女の負傷が報道されたとき、市民は随分と荒れ狂っていた。俺が貴女を無理矢理退院させても市民は同情してくれたよ。貴女を亡くしかけた俺に」
エドワードは足掻いた。肌を滑るロイの手が妙に気持ち悪い。
何よりも、間近に寄せられた弟の笑みが怖かった。
「ロイ」
何が言いたいと、言おうと思ったのに、口から出たのはまるで助けを求めるように頼りない声。耳にして、途端エドワードの目尻に涙が滲む。何故こんなにも弱いのか自分は。
「あれは、事故。―――あれが、事故?」
ロイは嗤う。
「アウル・ポッターは確かに貴女に照準を合わせていた。だから貴女はあれほどの血を流しても死ななかった。ちゃんと場所は選んでいたんだよ。殺す気などなかったからね」
「でも、心停止したって……」
「担当医にそう言うように言っておいた。そう言えば俺の思うように事が運びやすくてね」
「なん、で」
エドワードはかたかたと身体が震えた。それは裸体晒し、暖と為るものがないからか。いや、違う。なにが言いたい。なにを言うつもりか。ロイの言い様ではまるで、と恐れるから。
ロイは優しく震える目尻に口付ける。宥めようとする行動とは裏腹にロイの言葉はエドワードに動揺を与えてばかり。
「あの男にエドワード・エルリックはもうすぐ婚約すると、そう云ってやれば眼に見えて動揺していた。だから簡単だった。
―――あの戦場で貴女を撃つように仕向けるのは」
「……めて」
エドワードの声が震えた。聞きたくないのに、ロイはいまだ変わらない笑みを浮かべて言葉を続ける。その言葉はまるでナイフだ。エドワードの心をずたずたと突き刺して抉っていく。
けれど、ロイの言ったことをエドワードは知っていた。
撃たれ倒れこんだエドワードを周りは狼狽しながら見ていた。けれど、ロイだけは嗤っていたのだ。今のように。血塗れの自分を見て。冷たくなる身体を喜んでいた。
エドワードはその過去に眼を瞑り忘れようとした。そうすれば、心地好い時を過ごせたから。
「そして死んだ。俺の焔で。炭すらも残さないように、塵と化してやった」
「止めて、聞きたくない…っ」
エドワードは横に押し付けらけられた腕に擦り付けるように眼を閉じて顔を背けた。
だがそれは許されず、すぐに細い顎を掴まれロイを見ることは強いられた。今まで浮かべていた笑みは消えて、今度は酷く真摯なものだ。
「聞け。最早、ママゴトのような真似をする気はない。だから知れ。
例え誤射であったとしても、不穏分子なのは確定事項だ。場所が戦場ならば中央に戻すかその場で射殺だ。だが俺の独断で、あの男は撃った直後に処分した。そしてそれを上層部は認めた。対応は適当だったと。真実とともに邪魔なアウル・ポッターは死んだ。
残る問題は貴方だけだ。俺が無理矢理退院させた後、貴女の外出は一度も許さなかった。だから、貴方に関しての情報は俺の口から語られる言葉だけだ。それが偽りだったとしても。結果、貴女が望んだルージス・ガブリルドとの婚約は流れ、軍を退役せざるを得なくなった」
頬に雫が流れていく。それは火傷しそうなほど熱くて。エドワードの声が震えた。何故そんなことをするのだろう、ロイは。
そんなに、それほどに。
「俺が嫌い?憎いの?」
エドワードは目を閉じて、再び顔を背けた。目尻からやはり涙が零れていく。
「なんだと?」
暗闇に閉ざされたエドワードはわからない、ロイの顔が険しくなったことを。
「そんなに嫌いならほっとけばいいだろ。何で構うんだよ」
「エドワード」
「もうい。一人で暮らす。出てく、この家」
「エド」
「どいて」
睨みつけるように見上げれば、ロイの顔は険しい。
捕らわれた腕が痛んだ。ロイが急に力を入れ始めた所為だ。いったい何がそんなにも気に食わないというのか。嫌いな自分がここを出て行くというのだからもっと喜べばいいのに。そう思えばエドワードは頬をまた濡らした。
『一緒にいて』そういったロイは一体どこに行ったのか。あんなに仲がいいと思っていた弟なのに。今となってはロイと弟の姿を重ねられない。自分に覆いかぶさる男に誰何したくなる。
「…ふざけるのもいい加減にしろ」
「っ、ろ、い……」
痛んでいた腕は突如痛みから解放された。まだしびれる感覚があるが、エドワードの腕を掴んでいたロイの手はすでにそこにはなく。代わりにロイの両手はエドワードの顔へと伸ばされた。大きな手に包まれ、真正面に固定される。
「何のためにわざわざ大怪我を負わせ、毒にも似た薬を何年も飲ませ続けていたと。
時間も、季節もわからないこんな暗闇に閉じ込めていたと思っているっ。
すべて、俺のそばから離れられないようにするためだろう」
血を吐くように、呪いを吐くようにロイはエドワードに詰め寄る。
エドワードは逃げようと、自由の利かない足をシーツの上で滑らせた。
「やだ。ろいっ」
近付く男の顔を押し止めようと広い肩に手を置くが何の意味もない。
「薬で身体を弱らせて、この空間で精神を壊す。貴女の世界は俺一人しかいない。必然的に俺に依存していく。その手が縋るのは、俺にだ」
足が動くことは予想外だったがと呟いて、ロイはエドワードの大腿肢に足を這わせる。
弟の内にこんな激情があったなんて知らなかった。その願いも。けれど、なぜよりによって自分に向けるのか、エドワードにはわからない。
「これで、約束が叶うだろう」
「やくそく?」
「ずっと一緒にいると、言っただろう」
そう云って下りてくる口唇をエドワードは拒めなかった。

「俺から離れていくことなど、許しはしない。他の男のものになるなど以ての外だ。貴女は俺だけのものだ。姉さん。-――エドワード」


ぐちゅぐちゅと、嫌な音がする。
身体は重くて指先を動かすので精一杯だ。
エドワードは揺れる天井を見る。掠めるロイの顔。なんだか余裕がなくて、獣みたいだ。
口からは掠れた声しか出てこないくせに、静かな室内に甘く響く。耳を塞ぎたい。口を縫ってしまいたい。
せめて、この現実を拒絶したくて、眼を閉じれば何度目かの衝撃が頬に走った。
痛みは促しだ。今エドワードに覆いかぶさり、好い様に身体を貪り続ける男からの。閉じた眼を開けろ、と。
ゆっくりと開けば、ロイの顔が映る。舌なめずりをするように笑い、口唇をエドワードのそれに押し当ててきた。中に潜ろうとする舌を拒絶し、歯を閉ざす。
腰に響くゆっくりとした律動が急に早くなって、エドワードは酸素を求めるように閉ざしていたものを開けてしまった。その好機を逃すことなく、ロイの舌は口腔に入り込んで無遠慮に漁る。歯列を確かめるように這い、奥へと逃れようとする舌を絡め取る。逃げようとすれば吸って引き寄せられる。
息苦しい。
「んぅ、……ふ」
少し開いた隙間から酸素を得ても、すぐにその酸素は切れて再び息苦しくなる。
エドワードの目尻からは涙が伝い落ちる。
漸く気が済んだのか、ロイは口唇を離していく。
エドワードが息絶え絶えになるまで貪っていたくせに、まだ名残惜しいのかロイは赤く腫上がった口唇を甘噛みする。それを甘受していると、口唇に痛みが走った。咄嗟にエドワードは顔を背ける。口唇がジンジンしている。噛み切られたのだろう。
「勝手に眼を閉じるな。何度言えばわかる。
声も出せ。抵抗はするだけ痛い目を見るからやめろ」
そう云ってロイは首筋に顔を埋めて再び動き出した。
「やあ、きゃっ…ぅん、ぁ」
ロイの企みを知って、それからすぐに組み敷かれた。最初は抵抗していた。エドワードのその抵抗が気に食わなかったのだろう、ロイは差して慣らしもしないうちに高ぶったものを捩じりこんできた。仕置きだとでも言いたげに。
そうして痛む中でロイが言ったことは、声を出すこと。ロイを見ていること。抵抗はするなということ。
言葉を聞かずに声を我慢したり、眼を閉じたり、抵抗を見せればロイは容赦することなくエドワードを攻め立てた。それに許しを請うたのはもう随分と前だ。あれからどれくらい時間が経ったのか、ロイは休むこともエドワードを休ませることもなく、この行為を続けている。
いまもまだ、無理矢理開かされ雄を飲み込んだ蕾が痛む。濡れた感触があったから血も出ているはずだ。
ロイの状態では、今までのエドワードへの扱いが嘘のようだ。そして、気付いた。彼が言っていた『ママゴトのような真似』の意味に。
「意識を飛ばしていられるということはまだ余裕と言うことか」
不穏な言葉に焦点を合わせればロイの眼が剣呑に光っている。
違うとエドワードは頭が振るが、ロイは許す気がないらしい。男の腕が横を通り、転がされた小さなケースを手に取る。
「やだっ」
ほんの少し前の記憶が甦りエドワードは逃げようとする。だが、逃げられるはずもなく、すぐにロイの腕に捕まった。左腕をとられ、浮きあがる青い血管に薬が投与された。
「や。やぁ……ぃゃぁ」
「これでまだ愉しめるかな?エドワード」
「や、ちがぁ……やあああ」
何の予告もなくロイの雄を埋め込まれたままの身体をひっくり返されて、腰を高く上げた四つん這いの姿勢を取らせられればロイの思うがままに揺さぶられる。
エドワードの身体は至る所が軋み悲鳴を上げている。これ以上の暴挙になど出られたら、本気で壊れてしまう。
指に触れたものをなんだとエドワードは顔を上げれば、枕があった。それに手を伸ばそうとした瞬間、枕はロイの手によってどこかへと放り投げられた。この苦しみから少しも逃れることを許さない気かとエドワードが振り向こうとすれば、シーツに頭を押し付けられた。
「縋るのは俺にだけだと言ったはずだ」
「あっ、やあ、いやあああっ」
何度も何度も、膣内を行き来する熱にエドワードは悲鳴を上げる。
身体に篭もる異常な熱。さっき打たれたときはそのまま置き去りにされた。ロイが帰ってきたときにはエドワードの意識は朦朧としていて、よく覚えてはいない。楽にして欲しいか、苦しみの中に差し込んだロイのその言葉に縋った次には、後悔をした。『楽にしてもらっている』ほうが、余程辛くて苦しかった。
漸くさっき打たれた薬が抜けたというのに。
「やああ、やめっ…ぅんああ」
ロイはエドワードの苦しさに構いもせずに自分の好い様に挿入を繰り返す。
人はセックスに快楽を感じるらしいがエドワードにしたらこんなものが快楽なのかと思う。確かに、痺れるような甘い感覚があったが、そんなものはとうに感じない。気持ちがいいなんて、世辞にも言えない。
「も、…るしてぇ」
「まだ、欲しいのかい?」
ロイは何が言いたいのかわかりながらも、そんなことを言ってエドワードを追い詰める。
ロイの指がクリトリスを弾き、エドワードは背を張り一際甲高い声を上げた。
びくびくんと痙攣する内部に触発されたのかロイも、中に熱を吐き出し果てた。それを感じエドワードはぶるりと身体を震わせる。
ずるりと中から抜けていく異物にエドワードは涙を流した。
長距離を全力疾走したときみたいに息が途切れ途切れになる。エドワードのほうが負担が多いのに加え、体力が減退した所為だろう。ロイも息は荒いがエドワードほどではない。
ゆっくりと身体をシーツに包まれる。漸く解放したのではないのかと、エドワードは抱き上げたロイを見上げる。
「風呂に入らなくていいのか?」
俺はこのままでもいいが、とロイはエドワードの首筋に舌を這わせて、まだ行為に及ぼうとする。
「はいるっ」
掠れても、はっきりとエドワードは答えた。
ロイはそんなエドワードにそれは残念と嗤いながら言って、足を風呂場へと向けた。





温かい湯船につかりながらエドワードは焦っていた。なんだか息が荒い、それに体内に熱も篭もっている。十中八九先程打たれた薬の効果だ。
エドワードはぎゅっと両手を絡めて握った。足の不自由なエドワードが溺れないようにと後ろから支えているロイにだけは気付かれたくはない。気付かれたら、また、あの行為だ。
「どうした。そんなに縮こまって」
腹部に回した手をつうと、上へと滑らせるロイ。それに身体は反応して、エドワードは甘い嬌声を上げる。
「やっ」
「くっくっ。まだやり足らないのかな。もう十数時間は行為に及んでいたんだが」
もう一つの手がエドワードの秘所に触れる。入り込もうとする指から逃れようとエドワードは暴れた。溺れるぞと、鼓膜を震わすロイの脅し文句が聞こえたがそれどころではない。
そう思って暴れ続けると突然身体が沈んだ。どうにか起き上がろうとするが、踏ん張るはずの足が滑るばかりで、何かを掴もうとする手がお湯をバシャバシャと鳴らすだけだった。空気に触れるのは手だけで酸素を求める口は深く湯の中に沈みこみエドワードは息苦しい。
「げほっ、ごほっ…ひゅっ、けほ」
漸くロイに救い上げられ、安堵したのも束の間。ロイは再び指を秘所へと潜り込ませようとする。
「いやああっ」
ロイの変化の所為で混乱していたエドワードはこの瞬間に一気にピークに達し、恐慌状態に陥った。
迫る腕から無我夢中で逃げればエドワードはまた湯の中に沈んでしまう。けれど今回はさっきとは違いロイはすぐに引き上げてくれた。
「大人しく。また溺れる」
三度目はないようにと、くすくすと笑うロイの首筋に捕まればやはり指は秘所に割りこんできた。
びくりと身体を震わせて怯えるエドワードの耳朶にロイは口付け囁く。
「大丈夫。エドが俺の言うことを聞くなら、酷いことなんてしない」
ぎゅとしがみつく力が答えだと、ロイは屹立した欲望でエドワードを貫いた。
これから続くだろう淫獄に唇を噛み締めながら、金色の瞳に水膜が張り、光が零れていった。





「マスタング大佐」
ロイは呼び止められて足を止める。今後ろにいる相手は恐らく自分の親友だろう。用件と言うならば、恐らくは昨日家に訪ねていたときに見たエドワードのことだろう。
溜息をついて振り返れば、やはりそこには親友であるマース・ヒューズが険しい顔をして立っていた。
「私の執務室で話そう」
返事は聞かず、そのまま歩き出す。

目の前にロイの執務室が見えたところで、あまり会いたくない人間に出会った。
「マスタング大佐」
短い黒髪に碧眼。穏やかそうな顔立ち。エドワードが婚約しようとしていた相手。ルージス・ガブリルド。
「なにか」
ロイは出来るだけ事務的に答える。
「彼女の様子はどうかと思って。この前電話をしたら、よくわからないが切られてしまって。なにかあったのかな」
何をのこのこと、自分の前に現れているのか。エドワードはいまでも自分の婚約者だとでも思っているのかと、ロイは不快感が湧き上がる。
「とくになにも。貴女に気にかけていただくことなどありませんよ」
ロイはそれだけを返し、通り抜けようとしたが、ルージスはロイの肩をつかみ、食い下がった。
「彼女は私の婚約し…」
「勘違いしていませんか。エドワードと貴方が婚約している事実などどこにもありませんよ。
それに、先日エドワードに電話した際、彼女に言われたはずですよ。『忘れて欲しい、構うな』と。
私としても、いい加減にしていただけるとありがたいのですがね」
ロイは肩に置かれていた手を振り払い、執務室へと向かおうとするが、肩越しにルージスを振り返り。
「それから私は君よりも階級が上だ。身の程を弁えたまえ。ガブリルド中佐」
それだけを彼に残し、付いてくるヒューズを伴いその場を辞した。





「ホークアイ中尉。ひとつ頼みがあるのだが」
黒髪の上官にそう切り出されてホークアイは器用に片眼だけを眇めてその願いを聞いたのは二時間ほど前か。ホークアイは大きくはあるが、手入れをされていないらしいとある屋敷の前にいた。
門を開けて上官から預かってきた鍵を鍵穴に差し込んだ。ガチャンと、施錠が解除される音がして、その扉を開け目に飛び込んできたものに息をホークアイは呑んだ。あらかじめ言われてはいたが真っ暗だ。電気をつけたいが、上官からは必要なところでしか点けるなと言われている。彼が言うところの『必要』に今は当てはまらず、ホークアイは電気をつけることを諦めた。
ともかくと扉を閉め、手探る。ひんやりと触れるものがあり様々なところを触れてそれは壁なのだと判明した。
ホークアイは息をつく。
「確か、二階だったわよね」
壁に手を沿え、階段を探す。一片の光も差さないとなれば大仕事であったが何とか階段を見つけた。
躓かないようにゆっくりと階段を上れば流石に眼が慣れて邸宅の情景が浮かび上がってくる。
ホークアイはなんだか嫌な感じがした。
何故こんなに暗いのか、電気もつけるなとは一体どういうことなのか。
『今日は用事があるから、姉を頼みたい』、ホークアイの上官であるロイはそう言った。
ロイの姉。面識のあるその人は三年前までホークアイの上官だった。自分に憧憬の念を抱かせた彼女は部下からの誤射を受けたあと退役し、その後は会うことができなかった。だからこそ、ロイがこの話をしてきたときホークアイは喜んで諾とした。
「なんだか、胸が重たくなる空間だわ」
ホークアイはもう一度溜息を零し、ロイに言われた彼女がいるはずの部屋を探した。
ここか、と当たりをつけて開けば広い室内も暗かった。違うのだろうかと視界を変えれば仄かな明かりに照らされたベッドがあった。近付けば、久しぶりに見る白い寝着のエドワードの姿があった。
「エルリック大佐」
感嘆に呟く。相変わらず彼女は綺麗だ。
ホークアイは手を伸ばし彼女の象徴であるような意思の塊のような金瞳が見たくて、顔に掛かる金糸を指で払いのける。眠っているのだから願いは叶わないだろうが、それでも久しぶりに見るエドワードにホークアイはほくそ笑んだ。
絹糸のような髪を梳いていれば、その手をエドワードが掴んだ。
開かれていく金色に、ホークアイは微笑む。
「お早うございます、エルリック大佐」
今は夕刻だが、挨拶なのだ気にしなくてもいい。ホークアイはにこりと笑う。
戸惑うような眼に、ホークアイは何故ここにいるのか説明する。
エドワードは瞳を大きく揺らし、ロイ、と何度も繰り返した。その姿は以前の軍女神と呼ばれていた面影を掻き消し、儚いものだった。
「エルリック、大佐」
「…ロイ」
今自分がここにいることをなんだか申し訳なく思いつつ、兎に角食事にしましょうとホークアイは持ちかけた。
憧憬を見たエドワードとは異なるが、それでもホークアイはエドワードが好きだ。だから、そんな顔をしないで欲しいと願った。

それからホークアイはロイの言う用事が終わるその日までエルリック邸へと通い続けた。




エドワードは始め金髪の彼女が誰か分からなかった。ホークアイです、そう名乗られてよく考えて初めて思い出せるくらい記憶が埋もれていた。
彼女はロイが少しの間だけ帰って来れないと言った。喜ぶべきなのかもしれない。実の弟にあんなことをされ、平然といられるほど自分の顔の皮は厚くない。かといって変な態度を取ればロイが怖い。ちょっとした隠し事でもあんなふうに怒るのだ、どんなことをされるかわかったものではない。
隠し事も結局言わされ、エドワードは何もかもがロイの許しがなければ生きていけないような気がした。
「今日で、一週間か」
確かに、こんな生活は嫌かもしれない。出来るならば、豹変したロイには会いたくはない。けれどロイが帰ってこなくなって一週間が経てば、不安になってくる。ロイが云っていた通りエドワードはロイに依存しているのだ。
帰ってこなかった日は怖くて眠れなかった。何が怖いのかは知らないが、エドワードの身体は震えが止まらす、ただ怖いという感情に支配されていた。
三日過ぎた頃には毎日通ってくれるホークアイの料理に吐き気を覚えるようになった。それでも食べなくてはホークアイに心配をかけるだろうと無理矢理飲み込んだ。ホークアイが帰った後はすぐに吐いてしまったが。
四日目にはもう食事は胃が受け付けなかった。匂いを嗅ぐだけで、胃液を吐くことになった。
それからはなにも口にすることが出来ず、水だけで過ごしていた。ホークアイもエドワードを心配するが無理矢理食べても戻して身体を傷つけるのだ、仕方がない。
「ロイ」
呟いたつもりが随分と室内に響いた。
ロイがいないのだから最早薬を飲ませられることはない。眠気もないので日中は起きてはいるが、この部屋からはエドワードは出なかった。何度か部屋に陽光を入れようとカーテンを握りしめるが、それが開かれたことは一度もなかった。
「だって、怖い」
この部屋から出るときは絶対にロイが一緒だった。
光は何年も浴びていない。
「お前がいないと、こわいんだ…」
ベッドの上でエドワードは身体を丸めた。なにかの呪文だとで思っているのかエドワードはもう一度、ロイ、と音を零した。





いつの間にか眠っていたらしいと、エドワードは目を擦る。なんだか頭が痛かった。それに身体がだるい。まるで、すべてが壊れていったときのようだ。
エドワードは身体を起こし、部屋を見渡した。
あれから何時間経ったかわからないが、ロイはまだ帰ってきてないのだろうか。
「ろい……」
どうやらまだ帰っていないらしい。エドワード溜息をついた。
それにしても、なんだか頭がくらくらすると額に手を当ててみる。熱がありそうな気がした。
エドワードはベッドに転がっていたミネラルウォータを手にした。キャップを外し、飲もうとほんの少し上を向いたところで手に持っていたそれを落とした。
シーツは瓶からどくどくと流れる水をじわじわ含んで色を変えていく。
そしてエドワードは後ろへと倒れこみ、意識がブラックアウトした。





次に目が覚めたのは、まぶしい白の中。白といっても灰色交じりのものだったが、暗闇で長い間過ごしていたエドワードには十分眩いものだった。
ここはどこだろうと、エドワードが疑問を口にする前に隣から柔らかい低音の声がした。
顔を少し横にずらせばそこには一人の男がパイプ椅子に座っている。黒髪、碧眼。穏やかそうな顔立ち。年齢は二十代後半だろうか。
覚えのある顔に誰だったかと、声を頼りに記憶をめぐる。エドワードの頭はなんだか朦朧としていて、なかなか答えには辿りつけない。
「エドワード、ここは病院だよ。わかるかい」
「びょう、いん」
繰り返すが、何故自分はここにいるのかエドワードにはわからない。
それが分かったのか男は口を開いた。
「君は栄養失調で倒れていたんだ。ここ最近なにも口にしていなかったんだってね」
ここが病院。家に居たはずの自分を誰が運んだのだろうか。その答えに浮かんだ姿は、怖いけれど大切な彼。
「ろ、い……?」
隣で必死で語りかけてくる男はその言葉で口を噤んだ。暫くの沈黙の後、彼は口を開いた。
「エドワード、俺と結婚しないか。彼の元を離れたほうがいい」
エドワードはいまだに誰かも分からない人間にそんなことを言われて、胡乱じるように男を見た。
「まだ分からないのかな。ルージスだよ、エド」
「…るー、じす」
「兎に角、説明はするから後でするから。今は俺の家に行こう。彼のそばにいてはいけないよ」
「おれは……」
エドワードの前に手が差し伸べられる。けれど、それに頭を振って行かないと呟いた。どんな状態でもロイが、大切な弟だ。置いてはいけない。
それに納得できないルージスは眉間に皺を寄せて、エドワードにとって残酷な言葉を突き立てた。
「君の弟は、君から離れていた一週間、他の女と一緒にいたよ。病気の君を一人にして」
なにを云っているのか分からず、エドワードは言葉をなくした。
「軍服に女の匂いがしたからね、すぐに分かった。あんな奴に、君を任せては置けない」
ロイがエドワードを一人にしなければ倒れずにすんだと、彼は必死にエドワードに説く。その言葉は届いてもいないと知りもせずに。
エドワードは、ショックだった。仕方がない、そう思いはするものの、どうしても自分が不安だった頃にロイが女の人と逢っていたことがショックだった。
あんなに恐れて、どうすればいいのかと悩んだ自分が馬鹿みたいだとエドワードは顔を歪める。
エドワードの目の前にもう一度手が差し出された。腕を辿っていけば、ルージスの慈愛に満ちた笑顔がある。
「俺と行こう?」
彼と一緒にいれば、そんな悩みや恐れを抱くことはなさそうだ。優しくて、いつだって、エドワードを大切に思ってくれた。ロイのような暴虐さなど彼にはないだろう。それを自分は知っている。
ロイとは、違う手。ならば、そこから、得られるものも違う。少なくとも、ロイに与えられた苦しみを彼に与えられることは、ない。

エドワードは、微かに手を浮かべた。望む行く先を、手にするために。





ロイは暗闇で玄関を前にした階段に腰掛け、瓶に入ったままの酒を煽る。アルコールの高さに、こくりと鳴る咽喉が焼けるようだ。
エドワードを初めて抱いた、といっても毎日のように彼女の身体をロイは煽っていたのだから『初めて』などと言うのは白々しいが。ともかく、抱いたその後に、ロイはエドワードを追い込むために永く独りにした。帰ってきたとき、エドワードはベッドに沈み込んでピクリとも動かなかった。眠っているというわけではないことは顔色の悪さからすぐにわかった。
これぐらいは予測の事態だった。
病院に運び、医師からの説明を受けていると、どうやって知ったのか、ルージスがやってきた。
貴様にエドワードは任せられない、エドワードのそばには俺がいる、と滑稽なほどに険しい形相をしたルージスに勝手にしろと言ってロイは病院を後にした。
きっと今頃はエドワードも目が覚めている。ならばあの男は自分の元に来いと必死で彼女を説得しているのだろう。そう考えればロイの胸の内にはどす黒い思いが湧いてくる。それは殺意であり、嫉妬だ。
ロイは再び酒を煽る。
『彼女に何したんだ』
それは一週間ぐらい前の親友の言葉。珍しく、怖い顔と声で、ロイを責めていた。
親友に無言を返せば、彼は胸倉を掴んだ。
『なんであの人があんなに弱っているんだ』
『退役を迫られるほどの怪我を負ったんだ、あれくらい仕方がない』
胸倉を掴む手を払いロイが言えば、彼は眼を光らせた。
『ならあの暗闇はなんだ。陽は遮り、廊下に電気も点けず、必要なところにも微かな光しかなかった。
怪我の所為で弱くなったんじゃないだろう、お前が、彼女を弱らせたんだろう』
ロイがなにも言わずただ笑うと、彼は、ヒューズは痛そうにロイを呼んだ。
『知っていたさ、お前が持っている異常なほどの彼女への執着心は。だからこそ、ガブリルド中佐とエルリック大佐が婚約すると聞いてから随分と荒れて、何か企んでいたことも』
何も返さないロイにヒューズは顔を歪める。
『彼女を壊して何が欲しい。何が得られた』
『得られたさ。彼女は俺だけのものだ』
『おまえ、まさか。婚約話を壊すためだけに彼女を……』
『それがどうかしたか』
ロイは、それが罪だとも思いはしない。ヒューズはロイの言葉に顔を驚愕に染めた。
『なんで、お前そんなに彼女に拘るんだ』
ガキみたいだ、痛々しげにそう吐き捨てた親友。それでもあの男は決してロイを見捨てはしないのだろう。
「ガキで結構。頭がガキでない分、性質は悪いんだろうが」
それにと、ロイは笑った。
「俺のエドワードへの執着は、ガキのころからだ。成長していないのかもな、その部分だけが」


十二歳のときに何も告げず急に姿を消した姉。漸く帰ってきたと思ったら軍の狗と呼ばれる人間になっていた。
両親はそんなエドワードを罵り、家からも村からも追い出した。
ロイは離れることなど耐えられず、エドワードと共に行こうとした。
けれど。
『母さんと父さん。よろしくな。あの二人を、独りになんてしないでやってくれ』
姉はそう云って引き止める自分を振り解き出て行った。たった独りで。
ロイも独りにして。
それでもたった一人の大事な姉を追おうとしたロイは、親に行く先を差し止められた。
『あんな人間は私の子ではない。ロイ、お前はエルリック家のたった一人の子どもだ、あんな奴のことなど忘れろ』
親の顔は、険しく、口から出てくる言葉は汚かった。
拘束するように腕をとられ、エドワードの元に行けないようにとロイは自室に閉じ込められた。
エドワードと寝起きも勉学も共にした部屋の窓から、覗く景色。その中に、遠くなっていく列車の姿があった。ここに居場所がない姉はきっとそれに乗っているのだろう。見えなくなっていくその姿にロイは笑った。
『会いに行くよ、必ず。あの二人を独りじゃないようにしたらいいんでしょう。
待っていて、姉さん。必ず、貴女を返してもらうから。―――エド』
自分は、エドワードと共にいることを望んでいる。それを叶える為の計画が、幼いながらも優秀な頭脳により、構築されていった。
『要は、―――いいんでしょう?』
それが叶えば、ロイはエドワードに会いにいける。
大事な姉との再会は、その二年後。エドワードは十四歳で、ロイは十二歳だった。再会の場は二人の両親の葬儀。
家は全焼。偶々友人宅に泊まりに行ったロイだけが助かった、家には黒焦げの遺体が二つ。人と判別できるようなものではなく、エドワードとロイの幼馴染の祖母に鑑定をしてもらった。結果その二つの遺体は両親と断定された。
悲しむ間もなく、問題として浮上するのがロイの行く先。保護者がいない子ども。一人で暮らさせるわけにはいかない。
『エドと一緒にいたい』
ロイがそう言えば村の大人たちは渋ってはいたが結局頷いた。
その頃にはエドワードの名前は有名だったのだ。民衆に味方する軍の狗と。金銭面において問題はない。こんな物騒な時代だから軍とも関わりが深いほうがなにかといいのかもしれないという見方もあったのだろう。
ロイは大人たちが考えている思惑や配慮などどうでもよかった。
けれど、これで、エドワードと自分が引き離されることはない。重要なのはそれだけだ。
『エド、これからは一緒にいられるよ。
ちゃんと、約束は守ったでしょう?あの人たちは、一人じゃないよ、もう』
そう晴れ晴れした笑顔を見せたロイを、エドワードは伝う雫も忘れて呆然と見ていた。
『これで、文句なんてないよね』
あのとき、どんな顔をしていた。人に手を掛けたばかりの、自分は。

ロイは酒を煽る。
玄関の前で、ロイはただ待っていた。その扉が開くのを。
誰を失ってもと、狂おしいほど求める姿をこの眼に映すために。
そして、暗闇に、光が差し込まれる。





光で照らされた屋敷内。二階へと繋ぐ階段とそこに座るその人も陽の光に照らされた。廊下に転がる空の瓶。漂うアルコール臭にそれは酒が入っていたのだと知る。
扉を閉め、光を閉ざす。
一歩、踏み出す。ゆっくりとまた一歩。少しずつ、その人の元に歩み寄る。自分の姿を見てもなにも言わないその人。表情も何一つとして変えない。
漸く、目の前に立てば、きつい女物の香水の匂いがした。それに顔を顰め、やはりそれが真実なのかと戸惑い、心に痛みが走る。
「エドワード」
低い男の声。エドワードがよく知る、その人の。
「……ロイ」
名を、呼んでしまえば、思いを吐き出すしかエドワードには出来ない。だから、開いた。なにを言うだろうか。あのときのロイのようなのろいにも似た言葉を吐くかもしれない。
「かえして…」
それでも、一度開いた口を閉ざすことなどエドワードには出来ない。
「かえして…もとの俺」
目の前のロイはなにも言わない。じっとエドワ−ドを見詰めたまま。
「お前があんな事件なんて計画しなければ、俺は出世して、将軍にだってなれてた」
「…将軍の位が欲しければ俺が取ってやる」
久しぶりに聞けた弟の声はそんな否定の言葉。エドワードには何の可能性もないとそう言う。
「彼とも、結婚できた」
「彼を愛しているわけではない。ただ誰かに傍にいて欲しかっただけだろう。なら、俺でいい」
エドワードは見に纏う服を握りしめる。
「勝手に決めないで。俺の人生だ。お前のじゃない」
「いいや、貴女のすべてを決めるのは俺だ」
「違う」
「違わない。貴女のすべては俺が決める。貴女は何も決めなくていい。俺が許したものだけ、みていればいい」
どこまでも傲慢な人間。ロイはこんな人間ではなかった。
ロイはエドワードへと手を伸ばす。掴んだ腕を引けば簡単に寄せられ、廊下に膝を着いた身体をロイは強く抱きしめた。ロイの頭のほうが高く、エドワードは胸に顔を埋める。
「なにもかも、俺が決めてやる」
「俺は…」
その続きは何が言いたい。拒絶か。ロイがいなくては、食事すら咽喉を通さない。不安で身の回りのすべてを恐ろしく思う自分が。エドワードは唇を噛み締め、顔を伏せる。
自分で選びたい。選びたいけれど、それでも選べないと知っていて、ここに来た。ルージスが差し出した自分で選べる道を振り払って。だって仕方がない。仕方がないんだ。どうやったって、エドワードはロイを大切だと思うから。愛おしいと、想ってしまうから。ロイを切り捨てることなど出来ない。
ロイは金色の髪に指を絡ませて、エドワードに上を向かせる。
「貴女はただ俺が決めることに流されている。そう思えばいい。せめてもの、俺からの譲歩だ」
細められるロイの眼。どこか苦しそうに。
それはなにも知らないときに戻れと言っているのか。そんなことは不可能だと知っているだろう。
けれどこれがきっとロイにとっては最大限の優しさなのだろう。どうしても手放せないエドワ−ドへの。
口唇と共に、落ちてきた水滴で、エドワードはそれを初めて知った。
だから、エドワードは重なろうとする口唇もロイ自身も甘受するために、他の誰かの手を払ったその手を広い背中へと回した。


たとえば、これからの自分の世界が目隠しされたような世界で、何一つとして真実を知ることが出来ないものであってもいいと、エドワードは思った。






願おう。お前が強いる。何一つとして、許されない目隠しの世界を。







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