「どういうことですか。オレが二人に命じたのはボスの始末だけです。ファミリーの壊滅も殲滅も命じてはいませんっ」
明朝になって漸く任務が終わり、報告のために訪れたボスの部屋で雲雀と山本は大声量の叱責を浴びていた。
キンとした余韻に雲雀が片目を眇めていれば、左隣から軽い振動が伝わってきた。
ちらりと視線を流せば、へらへらと笑みを浮かべた山本のかち合わない瞳が、どうするんだよと無言で訴えている。
彼には珍しいことで後先考えずに行動してしまったらしいその様子に、雲雀は諦めたように両目を伏せ、重く溜息をつく。
「聞いているんですか?」
机を殴ったのかドンと鈍い打撲音が聞こえた。
開いた視界の先には相変わらず怒り心頭なボスの姿。恐らくは机を殴ったときの衝撃だろう、ひらひらと何枚もの書類が宙を舞っていた。
『あんな、女顔のボスの下では満足できないでしょう。どうですか、我々と手を組みませんか。そうすれば貴殿方にボンゴレを任せたいと思っているのです』
『ああ、でもあのボスでも性欲処理には使えそうですね』
マフィアの世界では至上の存在とも言える綱吉を貶めたのだと、真実を言えば特に咎められることはない。この甘いボスは、そんなことでと更に怒りを膨らませ、悲しむかもしれないけれど。実際にボンゴレ十代目ボスを貶したとなれば万死に値するのだから。真実を知る者ならば、誰もが壊滅ではなく殲滅の行動をとった二人を賞賛する。だから、何故、と問われたならばあの時耳にした下賎な言葉を吐くだけでいい。けれど、雲雀も山本もそれをする気はなかった。二度も三度もあんな言葉を耳にしたくはなかった。なによりも、ボスである綱吉にこれ以上の心労も、悲しみも背負わせたくはなかった。
「聞いているよ、綱吉」
「いや、あのな、その、なんていうか」
「山本、上手く説明が出来ないなら黙っていなよ。僕が説明する」
山本、と雲雀が口にした瞬間、綱吉は顔を歪め、唇を噛み締めた。
「綱吉、どうしたの?」
「…いえ、なんでもないです。説明をお願いします」
真っ直ぐにこちらを見ていた瞳が逸らされ、雲雀はそれが気に食わない。とは言っても報告を怠るわけにもいかない。
「そう、とりあえず。これね」
雲雀はそう言って机に放り投げたのは幾枚の書類。見る限りはマフィア間で取り交わされる正式なもの。それを手に取り綱吉は軽く目を通す。さらさらとした感触の紙面を、華奢な綱吉の体躯に見合う細く小さな指が撫でる。
「これは、カルカッサーファミリーとの協約証明書?」
「そう、それも二年前のだ。あのファミリーは随分と昔から君を裏切っていたみたいだね」
「……そん、な」
「例のボスを始末した後にそれを見つけてね。君に報告しているうちにファミリーの連中が逃げ出しても面倒だったから先に殲滅させてもらったんだ」
綱吉はただ無言で折り目もなく真っ白で美しい高級紙面に浮き彫る文字を指で辿るように滑らせる。雲雀はそれを不思議そうに見遣った。
「綱吉?」
「……本当に、そうですか?」
「ツナ?」
「本当だよ、なにか可笑しなところでもあった?」
「いいえ、特には。ただ、普通なら証拠は見つけたときに懐に収めると思うんです。微妙に抜けている武はともかく、雲雀さんなら絶対に。着替えもせずに真っ先に報告に来てくださった二人は血塗れのままで、まだ微かに硝煙の匂いだってします。もしもの時を考えたらまずやらないことですが、この紙を何かの袋に入れた上で手に持って戦っていたとしたら、硝煙反応は勿論、血だって付いているはずですよね、どんなに器用に戦ったとしても。でも、この綺麗な紙には血がほんの少しも付いていなくて、硝煙の匂いすらないんです。という事は、やっぱり、懐に入っていたと思うんです。でもいくら上等な布地の下で血玉模様は防げたとしても、硝煙反応だけは防げないと思うんです。でも、硝煙反応は、やっぱりないんです。面白いですよね?それに、これA4タイプの紙なのに、折り目が一つもなくて、どうやって懐に入れていたんですか」
それがとても不思議で、是が非にでも教えて欲しいな、って思ったんです。
すっと躊躇いなく上げられた意志の強い眼差しを向けて綱吉はそう言った。雲雀は苦笑する。本当によく気が付く。
本当は、雲雀が言っていることは、偽りに近い。ただし、提示した証拠に偽りはなく、彼のファミリーは確かにボンゴレを、延いては綱吉を裏切っていた。だが、それは結果論。
真実はただあの男の発言に因り、理性を無くした肉食獣若しくは化けものと化した雲雀と山本の気が済むまで獲物を噛み殺していただけだ。漸く理性が戻ったときには、豪奢だったはずの建築物は原型を留めることなく情緒と異臭が溢れるホラー的な殺人現場と成り果て、息をする者も動く者も雲雀と山本だけだった。
その後で虐殺に及んだ真実を隠せるだけの要素がないかと屋敷中を荒らした結果、あの書類とその他の裏切り証拠となるものが出てきたのだ。元々中級マフィアの癖にあんな馬鹿なことを言っていたのだから、そういうものがあると雲雀は確信の強さで思っていた。
後は、裏切りへの報復にしてはあまりに凶行で凄惨過ぎる虐殺証拠の全て焼き払う。それで終わりだ。証拠は、ない。ボスである彼に提示したそれ以外には。
だから、真実は那辺に転がり落ち、綱吉の目の前には雲雀と山本が用意した事実しかない。受け入れる以外の道はない。綱吉自身が何をどう感じ、疑い、思おうとも。
「どうやったんだろうね?本当はそこらへんに放り投げていただけだよ」
「……………」
「ほかに聞きたいことは?不思議なところは?」
「……………」
「ないなら、これで終わり。ツナも今日は会食あるんだろ?久し振りにディーノさんと会うんだし、厄介ごとがなくなってよかったじゃねぇか」
「なにか、隠してない?武」
「なんもないぜ」
「綱吉、部下が信用できないの?」
「…いえ、そういうわけでは…」
「なら、これで終わり。じゃあ、ツナも仕事頑張れよ。雲雀、行こうぜ」
「ああ。仕事頑張ってね」
最後はもう丸め込むようにしてその場が片付いた。依然納得できない様子ではあるが、何も言えない綱吉に背を向け、二人は部屋を出る。
「――――――」
その後ろ姿をどこか寂しそうに、ファミリーの主である彼は見ていた。薄く唇を開くが、去ってゆく背中に掛けられる言葉は、無かった。
ぎりぎりと握りしめた効きの右の掌を開けば、其処は皮膚が破れうっすらと血が滲んでいた。
「…ぃ…」
いたいな。そう呟こうとした唇は凍りつく。唯一音に出来た言葉すら掠れてしまう。
綱吉は諦めと嘲りの溜息をついて、机の引き出しから元家庭教師から貰ったお土産を出した。茶色の袋口にはシールが貼られており、手に入れてから数日経つというのにまだ一度も開封がされていないことが解る。
「もう、駄目なのかな」
今度は音になって、静かな、たった独りの部屋に響いた。
コン、と机の端に頭をぶつければ、その箇所がジンジンと痛んだ。
絡みつくように、這い上がってくるように、なんだか厭な気分を綱吉は味わう。そのまま、言ってはいけない言葉を口にしてしまいそうで、力いっぱい瞳を閉じ、力いっぱい掌を握り締めた。同じように力いっぱい、血が滲み出るぐらい、唇を噛み締めた。
頭の中では、仕事をしなくちゃとか、二人にも言われたしとか、始まったばかりの一日の予定がぐるぐると回る。
予定を確認し終わった後に、仕事しなくちゃともう一度念じるように思ってみた。けれど今の綱吉には、その体勢から起き上がりペンを持って仕事をする気力は無かった。瞳を開く気力すら、今は無かった。
ぎりぎりと固めた感覚のない掌の、濡れた感触だけがやけにリアルだった。
「今回は流石に獄寺じゃなくてよかったぜ。あいつツナの前じゃ嘘は付けねぇし、馬鹿だし。考えなしだし」
「君も君で考えなしだと思うけどね。まあ、あの忠犬では流石に綱吉も切り崩せるからね。やっぱり君とが一番やりやすい、なにをするにしても」
「じゃあ、これからもよろしく。恭弥」
「群れるのは好きじゃないけど、二人一組が基本だし。仕方ない。それに君以外は遣り難いしね、了承してあげるよ、武」
雲雀に与えられた執務室で、シャワーと着替えを済ませた二人は昨夜の功績を称え、雲雀の他にはたった一人にのみ呑むことを許す筈の最高級の紅茶を口にしていた。本来なら酒を用意するが、明朝より酒を少しと嗜むほどの愚かしさを生憎二人は持ち合わせていなかった。
紅茶を飲む二人は、普段よりも上機嫌だった。昨夜の標的は前々からどうやっても抹消しておきたい人物で、それが叶ったのだから上機嫌にならないほうが可笑しい。
雲雀も山本も、ただ笑って紅茶を飲む。
ほんの少し仕事の話をして、大半は可愛く愛しく大事なボスの話をする。まるで自慢するように、自らが識る彼を話す。もう片方はそれが気に食わず、自分の識る彼の話をする。そんなことを、珍しく気を緩め廊下を歩く人間など気にせずに、延々と繰り返していた。少ない休憩時間を眠りに当てることなく、ただただ彼の姿だけを二人は言葉で模っていた。
とある時にだけ、呼びあう二人の真名。それは実に契約のようだった。
たった一人の幸福を願ってのものだった。
実を言えば、綱吉は今自分が何を口にしているのかさえも分からなかった。柔らかいか硬いか位は分かるが、味は分からないし、色も分からなかった。何もかも判別が不可能だった。
けれどそんなことを一々表面に出してこの場を逃げ出せる立場でもなかった。
一応目の前には見知ったキャッバローネの十代目ボスであるディーノ。笑顔を浮かべ相変わらず色々な話をしてくれている。金色の瞳すらも優しくて、綱吉にとってキャッバローネとの会食はどこか息抜きにも似たものだった。
綱吉がそんな風に考えられたのも、以前ディーノ自身がそう言って無理矢理のように月に二回は必ず会食を入れてくれるからだ。
会食の時には仕事の話は殆どない、しない。ただ、在った事を話す。そこには血生臭い話すらなくて、綱吉にとってはそれが酷く心地好かった。
まだボスに成り立ての頃は、会食のときはいつだって泣き言ばかりを彼に云っていたような気がする。なんでオレはこんなことをしているんだろうと泣いた記憶だってあった。
ディーノは反する言葉は決して言わず、ただ傍にいてくれた。抱きしめて、髪を梳いて。子どもみたいに泣けばそれを拭ってくれた。
反抗のようなそれは次第に収まって、ただ気に留めたことや軽い愚痴だけを会食で零せるようになったのはいつ頃だったのか。綱吉には分からないけれど。
けれど、ふとした瞬間、本当はこの事態が可笑しいことなのだと気が付いた。
目の前にいる兄弟子が信用できないとか、そういう問題ではなく。彼に甘えていていいのかという声が自身の中から聞こえた。本当なら、守られる立場なのはディーノで、守る立場にいるのは綱吉なんだぞ、と。
今では、ディーノの前でもボンゴレの十代目ボスの仮面が取れなくなってしまった。
ボンゴレの中でも守る立場なのだと思えば、どうしても弱音や弱みを晒せなくなった。けれど、どこに行ってもファミリーの者は側近くにいて、気は休まらない。
息を吐いて、吸うタイミングですら、人には気付かれないようにしている自分に気が付いたのはつい最近で、流石にそのときは狂ったように笑いと涙が止まらなかった。翌日には、どうしたのですかと顔を合わせる度にファミリーの人間に尋ねられた。それからは、声を立てて笑うことすら怖くなった。
綱吉は自分がとても不思議だった。一体どうやって生きているのだと。これ程までに緊張ばかりの生活で、よくも生きていられるなと。
以前なら顔に感情がよく出て隠し事が出来ないタイプだと言われていたが、今は成長したらしく、皆をよく騙せていると思う。実際には綱吉は今が一杯一杯だ。そのうち血を吐いて倒れそうだ。
ディーノとの会食以外では唯一心休まる時間も、今はない。一日一度、紅茶を飲む時間を作ってくれていたあの人を、最近では仕事以外では会っていない気がする。それも、可笑しな話だ。毎日一緒のベッドで寝ているのに。そう思えば、一瞬、女のような言葉が浮かんだ。まるで、身体だけが目当て。そんなことが。
「そういえば今日は珍しくイーピンを連れてきたんだな」
ディーノの不意の問い掛けに、視界が一気に開けた気がした。今は会食中なのだから、もっとしっかりしろと綱吉は自身を叱咤する。
「護衛ですか?隼人は今、任務のために渡米中です。雲雀さんと武も偶にはゆっくり休ませてあげようかと」
「ふーん、そっか」
水を求めて伸ばした綱吉の右の手には白い包帯が巻かれてあった。明朝のあの出来事の何時間後かに扉をノックされ、ハルが入ってくるまで綱吉は自身の右手を固く握り締めていた。気が付いたときには椅子の下はなんだか血の溜りが出来て、ハルが泣いて右手の手当てしていた。
ディーノはその包帯を見て一瞬痛ましげな色を瞳に混じらせたが、綱吉の目には入らなかった。
「さて、そろそろお開きにするか」
「もうそんな時間ですか、早いですね」
残念です。そんな愛想笑いにも、ほんの少し慣れてきた。十年前のなにも知らなかった綱吉が、絶対にこれだけは一生慣れないと思っていたものだった。
「イーピン」
ファミリーの人間が会計を済ましているとき、柱に隠れた所で疲れたように溜息を付いていた綱吉にはディーノのその声は聞こえなかった。けれど、イーピンの声には確かに届いた。綱吉に向けるような甘さなど一切なく、低く、険を帯びた様な声だった。
車に乗っている最中、ほんの少し眠るよと隣に座るイーピンに告げ綱吉は浅い眠りに付いた。
「沢田さん」
柔らかいその声に揺り起こされ、何の余韻もなく綱吉は瞼を持ち上げた。
「もう着いた?」
「いえ、まだです。ちょっと降りませんか?あ、上着は脱いでシャツはズボンから出してくださいね」
そんな声に誘われて車から降りて少しだけ歩く。
くねくねした道をゆっくりと歩いて、連れて来られたのはチャイナタウン。もう日が変わるころだというのに明かりのついた屋台があった。人がちらほらと居て好きなようにお喋りをしている。此処は平穏そうで、血と硝煙の匂いや死体が転がる光景が頭から離れない綱吉にはなんだか新鮮な感じがした。
こっちこっちとイーピンに手を引かれて座ったのは大きな缶の椅子だった。ふかふかとやたら贅沢な黒革の椅子ではないそれは、あまり肉付きの良くない綱吉には痛かった。椅子と対になっている机もお粗末な物だった。でも、やっぱり新鮮で、綱吉はなんだか笑った。声には出さなかった。でも、笑った。
イーピンはそんな綱吉を見て、嬉しそうに笑ったがどこか苦笑じみていた。
「どうしたの?」
だから、綱吉は尋ねてみた。
「いえ、なんだか嬉しいんですけど、悔しくて。ああ、でも違うかもです。悔しいんですけど、嬉しいんです」
「ごめん、もっとわかんない」
へにゃりと表情を崩した綱吉と、ふふと笑うイーピンの前に、どんっと両手大の小鉢と御椀が三つ。それから蓮華も三つ、置かれた。二人が顔を上げれば綱吉と同様に上着を脱ぎシャツをズボンから出したディーノが立っていた。
綱吉は呆気に取られたような表情でディーノがよいしょと声を上げながら座るのを見て口を開いた。口を突いたのは至極当然の疑問だった。
「どうして、此処にいるんですか、ディーノさん?」
「ああ、どうしてって。お前、俺の言ったこと忘れてるだろう」
言ったこと、なにか約束でもしていただろうかと綱吉は混乱する記憶を掻き回した。
その間にイーピンは小鉢に入った粥を三つの御椀に移し、綱吉とディーノの目の前に置く。
「…………」
「わかんねーだろな、今のお前じゃ」
溜息をついたディーノはそう言って、一人悩む綱吉を放って粥を一口食べた。
今のお前じゃわからない。そう言われたことが、綱吉にとっては酷く辛かった。取り敢えず、目の前にある粥を食べなくてはと、蓮華を手に取り粥を掬う。けれど、その手は隣からの大きな手に覆い隠された。じんわりと伝わる熱が綱吉は心地いいと思った。
「なあ、ツナ。最初の会食の時にオレが言った言葉を覚えているか?」
「最初、ですか」
「そうだ。挨拶だなんていったら流石に殴るぞ」
どこか真剣にそれを答えようとした綱吉は、肩がピクリと動いた。それをまた笑われるのだろうかとディーノを見れば、彼は真摯な目で綱吉の言葉を待っていた。
「なあ、ツナ。せめてそれくらい自分で気が付いてくれ」
切実な声音すら零すディーノに、綱吉は顔を俯けた。逃げたのではなくて、記憶の中から何かを探すために。そうして、もしかしたらと綱吉は恐る恐る音を紡いだ。
「いき、ぬき?」
たしか、それだったはずだ。イタリアに来て、彼との初めての会食の第一声は『オレとの会食は全て、ツナとオレの息抜きな』。
「正解。なら、結構前からのお前の態度は明らかに可笑しいよな?」
「…………」
「いいんだよ、お前が弱いならオレが隠してやるし守ってやる、慰めて欲しいなら一日中だって一緒にいてやるぜ?なあ、そうやってお前が追い詰められないように、オレだって壊れないように、オレらの会食があるんだぜ?だから、溜め込んでいるものはとっととオレに吐き出して、今後は包帯巻かなきゃいけないほど拳を握り締めるな」
そう言ってディーノは白い布が巻かれていない掌底をさらさらと撫でる。傷には触れないようにと注意するその仕草があまりに優しくて、綱吉は目尻が厚くなるのを感じた。どうにかそれを堪えようとすれば息が出来なくなった。
「ディー、ノさん」
「いいんだよ、昔みたいに泣いても、愚痴零しても。叫んでも暴れても、いいんだ。そのために今だって会食中に部下は連れ込んでねぇだろ」
そう言えばいつだって入ってこようとする部下にディーノが入ってくるなときつく言っていた。これは、そのための気遣いだったのだと綱吉は漸く気付いた。
「今日は恭弥や山本でなくてよかったぜ。あいつらだと絶対に入ってこようとするからな」
はは、遠くを見て笑うディーノに、静観していたイーピンは一つ聞きたいんですが、とそろそろ手を上げる。
「昔、ディーノさんが無理矢理雲雀さんを追い出した挙句鍵を締めてしまったからってトンファーで扉を粉々に壊したって本当ですか?ハルさんが確か泣いていたんですよね、余計な出費だって」
「ああ、マジだぜ。つーか、あいつの場合は毎度じゃねーか?こないだもやったぞ。毎度毎度オレが鍵閉めた途端、扉を粉々にした挙句だな、ツナをそのまま連れて帰るんだよ。会食を重ねる毎に扉の強度を上げていっているんだけど何故か苦も無く壊すんだよ。最後に壊された扉は剛鉄仕様だぜ、恐ろしい奴だよな。つーかオレの息抜きの時間を潰すんじゃねーっての」
後半のほうはもう自棄になっているような乾いた笑いだった。そんなディーノと、きっと雲雀を連れて行くごとに増える請求書の額に泣くハルに綱吉はとても申し訳ない気がした。
「もう、雲雀さんに護衛を頼むのは止めときます」
居た堪れないようにぼそりと呟く。けれど、そんな綱吉に、ディーノも、イーピンも、無理と断言した。
「あいつは三回に二回は付いて来ているぞ?でもあいつだって幹部だ。暇じゃないはずだ、なのにそんだけの頻度でツナに付いてくるってことは、猛スピードで仕事片付けるんだろ?それだけのために」
「いや、そうじゃないですよ?ただ、雲雀さんは仕事を片付けるスピードが速くて、オレが会食に行くときは偶々皆仕事がまだ残っていたりする中で雲雀さんはもう仕事が終わっていたりするから、頼んでいるんですよ」
「沢田さん。それ、多分違うと思いますよ?私、今日沢田さんに急遽護衛を頼まれた直後に雲雀さんに護衛を代わって欲しいって言われましたもの。必死でしたよ、あの人」
実はそれが銃を突きつけられてのオマケ付きだったなんて流石に言いはしないけれど、視線を微妙に逸らしたイーピンにディーノは何かを察したらしく肩をぽんぽんと叩いた。
もう、本当に。あれだけは怖かった。彼愛用のトンファーではなかったところが撃つ気満々だったのではないかとイーピンには思えた。そうすればイーピンは綱吉の護衛なんて出来ないのだから。
あの時綱吉に呼ばれなかったらどうなっていたかは考えない。断りをいれ全力疾走で逃げたとき、彼は舌打ちし、挙句銃を一発だけ、でも確かに撃ったのだ。サイレンサー付きの銃をイーピンに向けて。
「というか、お願いですから、護衛を回してください。四回に一回でも護衛の役目をあの人に回さなかったら、ファミリーが壊滅、いえ殲滅されるかと」
その予想はあまりに的を射て事実で、イーピンは恐ろしかった。がたがたと震える身体を両手で抱え、俯いている。だから、見えなかった。
「考えすぎだと、思うんだけどね」
そう寂しそうに呟いた『沢田綱吉』の表情を。
見ていたのは、やはり、ディーノだけだった。