R v Blau  ナイフで刺されたエホバの証人が輸血を拒否:傷害罪?殺人罪?

ナイフで刺されたエホバの証人が輸血を拒否して死亡した事件:殺人罪 or 傷害罪 ?

女王 対 ブラウ
Rv Blaue

(1975) 61 Cr App R 271
控訴院刑事部
COURT OF APPEAL CRIMINAL DIVISION
1975

R=regina「女王」 イギリスでは、刑事事件の大部分は、女王(国王)が原告という形をとる。)

 犠牲者は、18歳の少女であった。彼女は、エホバの証人の信者であり、そのことを公言し、その教義にしたがって生活していた。1974年の5月3日の午後おそく、彼女の家に控訴人が入ってきて、性交渉を求めた。彼女は拒絶すると彼は、彼女をナイフで襲い重傷を負わせた。傷の一つは、彼女の肺を貫いた。控訴人は逃走した。少女は、よろめきながら道路まで出て近所の家の前で倒れこんだ。彼女は、救急車で病院に運ばれ集中治療病室に入れられた。外科医が彼女を診断し、深刻な傷害を負っており外科手術が必要であると即座に決定した。彼女は大量の血を失っており、施術できるようにする前提として、輸血しなければならなかった。外科医が自分に輸血することを考えていることを了解するとすぐに、少女は、どうしても輸血されたくない旨述べた。彼女は、輸血されることは、エホバの証人としての自分の信仰に反することになると説明した。医師は、輸血しなければ死ぬと彼女に告げた。彼女は、死んでもかまわないと告げた。彼女は、いかなる状況下でも輸血を受けることを拒否したことを書面で承認することを求められ、承認した。翌5月4日の正午過ぎに彼女は死亡した。
 検察側は、彼女が輸血を受けるように勧められた時に輸血を受けていれば、彼女は死ななかったであろうことを認めた。検察側が召喚した証人は、次のことを証明した。すなわち、彼女は、輸血を拒否した時に意識があり、熟慮の上で、かつ自分の決定がどのような結果になるかを承知した上で、彼女が実際に行った決定を下したことを証明した。陪審に対する最終弁論の中で、検察側は、少女が輸血を受けるのを拒否したことが彼女の死の原因であることを認めた。

 第1審において、被告人は、①故殺(manslaughter)、②暴行、③傷害などで

 有罪とされたが、①について無罪を主張して控訴した。

 英米法では、「殺人」を次の二種類に分けている。
(1)murder 「謀殺」:
 「予謀、予め考えられた悪意(malice aforethought)」をもって行われた不法

  な殺人定義されている。
(2)manslaughter「故殺、非謀殺」
 「予謀なく行われた不法な殺人」と定義されており、挑発(provocation)に

  より生じた激怒状態(heat of passion)で行われた故意殺がその中心をなす。

  また、日本で は「過失致死」にあたる罪も manslaughter に含まれる。

 この事件は、本来謀殺で有罪とすべきケースであろうが、第一審において被告人

 に精神障害(insanity)があり「限定責任」(diminished responsibility)の抗

 弁が認められ、故殺で有罪となった。
   控訴審において被告人は、被害者が輸血を拒否しなかったら死亡しなかった

 のであるから、故殺に該当しないと主張した。


≪Par.1≫  
[1] Counsel for the appellant submitted that the jury should have been directed that if they thought the girl's decision not to have a blood transfusion was an unreasonable one, then the chain of causation would be broken. [2] At once the question arises -- reasonable by whose standards? Those of Jehovah's Witnesses? Humanists? Roman Catholics? Protestants of Anglo-Saxon descent? [3] But he might well be an admirer of Eleazar who suffered death rather than eat the flesh of swine (Maccabees, ch. 6) or of Sir Thomas More who, unlike nearly all his contemporaries, was unwilling to accept Henry VIII as Head of the Church in England. [4]Those brought up in the Hebraic and Christian traditions would probably be reluctant to accept that these martyrs caused their own deaths.

[第1文]
 Counsel for the appellant submitted that the jury should have been
 directed that if they thought the girl's decision not to have a blood
 transfusion was an unreasonable one, then the chain of causation would be
 broken.

〈語句〉
● counsel 名)弁護士 イギリスの弁護士の2つの種類につては、Contract Law

 の事件、Krell v Henry 「クレル 対 ヘンリー」の導入部の説明参照

● appellant 名)控訴人、上訴人
  イギリスでは、第1審である「高等法院(High Court of Justice)」から第

 2審「控訴院(Court of Appeal)」へ上訴(控訴)する場合、appeal(上訴、

 控訴)という言葉が使われる。それを行う人が appellant である。これら2つ

 の裁判所は、同じ場所にある。

  これらの言葉は、控訴院から「貴族院(House of Lords)」(2009年

 9月まで)や 「最高裁判所(Supreme Court)」(2009年10月設立))

 へ上訴(上告)する場合も、同様に使われる。


・submit 他)1.~であると提案する、述べる、2.~を提出する
・jury  陪審
● direct 説示する
 陪審が評議に入る前に、裁判官が陪審に対して、適用される法律や陪審が判断

 すべき事実の争点などについて説明すること。アメリカでは、同じ意味で

 “instruct”という語が用いられる。


・decision 名)決定
・blood transfusion 名)輸血 
・unreasonable 形)不合理な
・chain 名)1.連鎖、2.鎖
・causation 名)1.原因、2.因果関係 


〈文法〉
● 基本構造:第3文型
   Counsel submitted {①that ~ broken.}
     S     V       O  

   「弁護士は、{ ① }と述べた。」


文型の多重構造
 { ① }の内部の基本構造:第2文型
   jury should  have been directed {②that if ~broken}  
    s            v     c
  「陪審は、{ ② }であると説示されるべきであった。」
    should have been 「~されるべきであった(のにしなかった)」

 { ② }の内部の基本構造:第3文型
   if they thought {③that the girl’s~one},  then~ broken.
     s     v      o
   「もし彼らが { ③ } と考えたとすれば、それなら~。」

 { ③ }の内部の基本構造:第2文型
   decision was one  
     s     v   c
 
● girl's decision ←〔not to have a blood transfusion〕 was
          不定詞の形容詞的用法

● if 節に対応する主節が、the chain…brokenであることは、前にthen(もし~

 なら、それならば…)があること、「コンマ+S+V」の形が続くことから分か

 る。if 節から節の最後のbrokenまでが、submitted that…の節に含まれるこ

 とも分かる。


〈訳〉
 輸血を受けないという少女の決定が非合理的であると陪審が考えたなら

 ば、因果関係の鎖が切断されると陪審が説示されるべきであったと、控

 訴人の弁護人は述べた。



[第2文]
  At once the question arises -- reasonable by whose standards?  Those of
  Jehovah's Witnesses? Humanists? Roman Catholics? Protestants of
  Anglo-Saxon descent?

〈語句〉
・at once 副)ただちに   
・question 名)疑問
・arise 自)生じる 
・reasonable 合理的な 
・standard 基準   
・Jehovah's Witness 名)エホバの証人
・humanist 名)人道主義者
・Roman Catholic 名)(ローマ)カトリック教徒
・Protestant 名)プロテスタント
・Anglo-Saxon 名)アングロ・サクソン人 
・descent 名)家系、出身


〈文法〉
● “reasonable by whose standards?”は、By whose standards is it reasonable?
 「誰の基準によってそれが合理的であるのか?」を省略した文。 
  itは、前文の「輸血の拒否」の決定を受けている。

● those は standards の繰り返しを避けた言葉:「~のそれら」→「~の基準」


〈訳〉
 ただちに次の疑問が生じる。誰の基準によって合理的であるのか?エホ

 バの証人の基準か? 人文学者か? ローマ・カトリック教徒か?

 アングロ・サクソン系のプロテスタントか?



[第3文]
  But he might well be an admirer of Eleazar who suffered death rather than
  ate the flesh of swine (Maccabees) or of Sir Thomas More who, unlike
  nearly all his contemporaries, was unwilling to accept Henry VIII as Head
  of the Church in England.

〈語句〉
・might well be ~であったとしてもおかしくない
・admirer 名)崇拝者   
● Eleazar 「エレアザル」旧約聖書の登場人物。この判決の注に記された第2マ

 カバイ書(2 Maccabees, ch 6, vv 18-31)には以下のような記述がある。

  ヘレニズム文化を推し進めるシリア王のアンティオコス4世は、人々にユダ

 ヤの神を捨ててギリシアの神々を礼拝することを強要し、律法学者エレアザル

 にも律法が禁じている豚肉を食べることを強要した。エレアザルはこれを拒否し、

 処刑された。

・suffer 他)(苦痛など)を被る、忍ぶ 
・rather than ~よりむしろ
・flesh 名)肉     
・swine 名)豚、イノシシ
Thomas More トーマス・モア(英1478-1535)『ユートピア』の著者。ヘン

 リー8世をイギリス国教会の首長とする「国王至上法(Act of Supremacy)」

 にカトリック教徒の立場から反対したため反逆罪で処刑された。

・unlike ~と異なって  
・nearly all ほとんどすべての
・contemporary 名)同時期の人、同年齢の人 形)同時代の 
・be unwilling to do ~するのに気が進まない
・accept A as B AをBとして受け入れる
Henry VIII ヘンリー8世
・Church of England イギリス国教会 


〈文法〉  
● 基本構造:第2文型
  he be adimire
    S  V   C  「その人は崇拝者である。」
         he 「その人」は前文の「誰の基準」を受けている。

● admire ofの2つの目的語が文末まで続いている。
           ↗ Eleazar〔who suffered ~ swine〕
    admirer of
           ↘ Sir Thomas More 〔who~ England〕


〈訳〉
 しかし、その人は、豚肉を食べるよりも死を甘受したエレアゼル(マカベ

 ア書第6章)の崇拝者、あるいは、ほぼすべての同時代人とは違って、ヘ

 ンリー8世をイギリス国教会の首長であると認める気になれなかったトー

 マス・モアの崇拝者であってもよいかもしれない。



[第4文]
 Those brought up in the Hebraic and Christian traditions would probably be
  reluctant to accept that these martyrs caused their own deaths.

〈語句〉
・those 人々
・bring up ~を育てる
・Hebraic 形)ヘブライ人(語・文化)の 
・Christian 形)キリスト教の、キリスト教徒の、名)キリスト教 
・tradition 名)伝統   
・probably 副)たぶん、おそらく
・be reluctant to do ~するのに気が進まない 
・accept 他)1.を受け入れる、2.を承諾する 
・martyrs 名)殉教者 
・cause 他)~の原因となる、~を引き起こす


〈文法〉
● 基本構造:第2文型
  Those be reluctant
    s     v    c    「人々は気が進まない。」

● Those brought up=Those people ←〔(who were) brought up~tradition〕
  brought upは、後に目的語がないので過去分詞の形容詞的用法と分かる。
  「育てられた(人々)」who were が省略されていると見てもよい。

● would は、主語に仮定が含まれている仮定法過去の用法である。 
  「~した人々ならば・・・するだろう。」

● acceptの目的語が that…であり、その中に第3文型がある。
  accept  { that  martyrs caused deaths}
    v     o    (s)    (v)    (o)
 「 { 殉教者が死を引き起こしたということ } を受け入れる」
      
 
〈訳〉
 おそらく、ヘブライやキリスト教の伝統の中で育った人々であるなら、

 これらの殉教者が自らの死の原因を作ったということを認める気持ちに

 はなれないであろう。
  (※注釈:つまり、暴君がエレアゼルやトーマス・モアを殺したのであり、

    死をもたらした原因が信仰にあるとは考えないということ。)



≪Par.2≫ 
[1] As was pointed out to counsel for the appellant in the course of argument, two cases, each raising the same issue of reasonableness because of religious beliefs, could produce different verdicts depending on where the cases were tried. [2] A jury drawn from Preston, sometimes said to be the most Catholic town in England, might have different views about martyrdom to one drawn from the inner suburbs of London. [3] Counsel for the appellant accepted that this might be so; it was, he said, inherent in trial by jury. [4] It is not, however, inherent in the common law.


[第1文]
  As was pointed out to counsel for the appellant in the course of argument,
  two cases, each raising the same issue of reasonableness because of
  religiousbeliefs, could produce different verdicts depending on where the
 caseswere tried.

〈語句〉
・point out ~を指摘する 
・counsel 弁護人(弁護士) 
・for (~のための→)~を代理する  
・appellant 控訴人
・in the course of ~の過程で、~の間に
・argument 名)議論、弁論 
・case 名)(訴訟)事件、ケース
・raise 他)(問題など)を提起する 
・issue 名)争点、問題
・reasonableness 名)合理性、道理にかなっていること
・because of ~のために(~が原因で)、~を理由とする
・religious 形)宗教上の   
・belief 名)信念、信用
・produce 他)を作りだす、生産する  
・different 形)異なった 
・verdict(陪審の)評決:陪審が評議の後に出す有罪・無罪の決定
・depending on ~次第で、~に応じて
・try 他)を裁判にかける、を審理する


〈文法〉
● As was pointed out…=As it was pointed out…
  it は後続の内容を指している。この表現は、As と was の間に主語がなく、

  厳密に言うと主文の内容を先行詞とする関係代名詞である。
  「 (主文の内容が)指摘されたように」
         
● to the counsel for the appellant 「控訴人(被告人)の弁護士に対して」と

 あり、指摘したのは検察側である。

● 主文の基本構造:第3文型
  casesproduceverdict
   S    V    O 「事件は、評決を生み出す。」
   主語の範囲を確定するためには動詞を探す。主文には、could produce

   まで動詞がないので、その前までが修飾語句を含めて大きく見た場合の

   主語である。

● each raising~beliefs
 上の第3文型の基本構造に挿入する形で主語のtwo cases を付加的に説明して

 いる。
  raising は、主文(two cases)と主語が異なる(each)独立分詞構文と解釈

 できるので、適当な接続詞でつなぐ。「2つの事件、そのそれぞれが~を提起し

 ているのであが」。
  分詞構文は、 前後の文脈に合った適当な 接続詞でつなぐ用法であり、何が適

  当な接続詞であるかは自分が考える
   ・Feeling sick, Mary went to school.  
      「体調が悪かったけれども、メアリーは学校に行った。」        
   ・Feeling sick, Mary was absent from school.  
     「体調が悪かったので、メアリーは学校を欠席した。」
  ~ing 主語が後続文の主語と異なる場合、~ing の前に主語を明示する
    ・Her mtoher feeling sick, Mary was absent from school.   
    「お母さん体調が悪かったので、メアリーは学校を欠席した」

● issue of の of は同格である「~という争点」。

● reasonableness~beliefs の because of がどの語を修飾しているのは、語彙や

 文法知識だけで決定できない「文法判断の限界」である。このような場合、ど

 ちらがの通った話になるかによって確定する

  1つの方法は、周辺の単語を掛かりに他の部分と論理的につながる内容を考

 えることである。
  ここでは「合理性」「宗教の信念」という言葉から、第1パラグラフで問題

 とされた「エホバの証人の信仰のために輸血を拒否することが合理的かどうか」

 「カトリック教徒の信念を貫いて国王に処刑されることが合理的かどうか」と同

 様の内容であることが分かる。したがって「信仰上の信念を理由とする合理性」

 という意味の句が一体となっていることが分かる。


〈訳〉
 弁論の過程で、控訴人の弁護人に対して次のことが指摘された。二つの事

 件――それぞれが、宗教上の信念を理由とする合理性という同一の争点を

 提起しているのであるが――は、それがどこで審理されるかによって異な

 る評決を生み出しうる。
  (※注釈:宗教上の信念から輸血を拒否したことが不合理だとする被告人側

     の主張に対して、検察側は、合理的がどうかは一律に決定できず裁判

     の場所が変われば判断が変わるようなものであると指摘している。)



[第2文]
 A jury drawn from Preston, sometimes said to be the most Catholic town

 in England, might have different views about martyrdom to one drawn

  from the inner suburbs of London.

〈語句〉
・draw 他)を引き出す、選び出す 
・Preston 名)「プレストン」 イングランド北西部のランカシャーにある市
・Catholic 形)カトリックの、カトリック的な 
● might 「~かもしれない」 文法上はmayの過去形であるが、mayよりも可能

  性の低在の推測の意味で用いることがある。
 
・view 名)見解、意見 
・martyrdom 名)殉教
● inner suburbs of London 「内郊外」
  大都市周辺の郊外で、都市の中心部に近接した地域のこと。1965年にで

  きた行政区画の「大ロンドン(Greater London)」の内側にあり、12の

  区(borough)で構成されるInner London のこと。その外側には、20の

  区で構成される OuterLondon がある。
       

〈文法〉
● 基本構造:第3文型
   jury have view
    S   V   O「陪審は見解をもつ」
 A jury の後、drawn、said は形容詞として機能できるが、might have は、動詞

 としてしか機能しないので、それが基本構造の動詞であることが分かる。 

●A jury ←〔drawn from Preston〕
  drawn は、後に目的語がないので過去分詞の形容詞的用法であることがわ

  かる。「プレストンから選ばれた陪審」
         
● sometimes said to be…
  saidは、過去分詞の形容詞的用法としてPrestonを修飾している。関係代名

  詞が省略されていると見てもよい。

    Preston, [which is] sometimes said to be…
   say A to be~「Aが~であると言う」の受動態、A is said to be~

   「Aは~であると言われている」という形がもとになっている。

● different view…to~「~とは異なる見解」 
 「~と異なる」という場合の前置詞は通常 from(または than)を用いるが、

  イギリでは to が用いられることがある。この文章ではすぐ後に from が

  あって紛らわしto が使われているのであろう。

● one draw from の one は jury の繰り返しを避けるための語である。
  = a jury drawn from... 文頭と同じ表現。


〈訳〉  
 殉教について、イングランドの中でもっともカトリック的であると言われ

 ることがあるプレストンから選ばれる陪審は、ロンドンの内郊外から選ば

 れる陪審とは異なる見解をもっているかもしれない。



[第3文]
 Counsel for the appellant accepted that this might be so; it was, he said,
  inherent in trial by jury.

〈語句〉
・counsel 弁護人(弁護士)  
・appellant 控訴人
・accept that~ということを(事実として)受け入れる、認める
・so 「そう」
・inherent 形)本来備わっている、固有の
・trial by jury 陪審による審理(陪審裁判)


〈文法〉
● this might be so; it was~
 this と it は、両方とも第2文の内容「どこで裁判が行われるかによって宗教上

 の信念の合理性の判断が異なること」と受けている。

● it was, he said, inherent~ = he said [that] it was inherent~


〈訳〉
 控訴人の弁護人は、それはそうかもしれないと認めたが、それは陪審によ

 る審に内在することであると述べた。
 (※注釈:控訴人(被告人)側の弁護人は、「陪審はそもそも裁判所が所在す

    る地区から選ばれるので、その地区の特色が陪審の判断に反映する。

     判断が場所によって変わることは、宗教上の争点に限ったことではな

    いので、そのことがこの事件における輸血拒否の不合理性を否定するも

    のでではない」と主張しているである。)


                              
[第4文]
 It is not, however, inherent in the common law.

〈語句〉
・inherent 形)本来備わっている、固有の
● common law コモンロー この言葉は主として次の3つの意味で使われる。
  ①(衡平法に対する)コモンロー
  ②(フランス法などの大陸法に対する)英米法
  ③(議会制定法に対する)判例法
 ここでは③の意味、つまりイギリスの判例法という意味で使われている。

〈文法〉
   ・文頭のItは、前文のthis, it と同様に第2文の内容を受けている。
   ・控訴人の弁護人が使ったのと同じ “inherent in” が使われているのは、
    “trail jury”(第3文)と“common law”を対比させて効果的に反論する

    ためである。


〈訳〉
  しかしながら、それは、コモンローには内在しない。
 (※注釈:裁判官が言いたいことは、「裁判の場所(陪審員の傾向)によって

    合理性の判断が変わるということはコモンローに固有なことではなく、

    コモンローの政策は、次のパラグラフで述べるように一貫している」

    ということである。)



≪Par.3≫
[1] It has long been the policy of the law that those who use violence on other people must take their victims as they find them. [2] This in our judgment means the whole man, not just the physical man. [3] It does not lie in the mouth of the assailant to say that his victim's religious beliefs which inhibited him from accepting certain kinds of treatment were unreasonable. [4] The question for decision is what caused her death. [5] The answer is the stab wound. [6] The fact that the victim refused to stop this end coming about did not break the causal connection between the act and death.


[第1文]
  It has long been the policy of the law that those who use violence on

  otherpeople must take their victims as they find them.

〈語句〉
・policy 名)政策、方針 
● law  この場合は、一般的な「法」という意味ではなく「コモンロー」という

   意味で用いられている。 legal という形容詞にも、「コモンローの」とい

   う意味がある。

・those 名)人々 those people のpeople が省略されたもの。
・violence 名)暴力
・on 前)~に対して
・take 他)を受けとめる、受け入れる  
・victim 名)犠牲者 


〈文法〉
● 基本構造:It has~ { that…them }
 文頭にItがあるので、It~thatの構文であることが分かる。
 (それは~です。that…ということは。→)「…ということは~である。」

● has been は、現在完了の継続用法「(昔から)ずっと~であった。」

● that節内部の基本構造: 第3文型
  those←〔 who use... 〕take victims
   S         v1    V2   O

    「人々は犠牲者を受け止める。」
  主語に関係代名詞が付いた場合は、関係代名詞節内に動詞が1つあるので、
  2つ目の動詞が基本構造の動詞であり、そこまでが関係代名詞節である。

● as they find them(=victims)
 (かれらが犠牲者を見出したとおりに→)「あるがままに」


〈訳〉
 他の人々に暴力を用いる人々は、その犠牲者をありのままに受け入れなけ

 ればならないというのが、長年にわたるコモンローの政策であった。



[第2文]
 This in our judgment means the whole man, not just the physical man.

〈語句〉
・in our judgment われわれの判断では  
・mean 他)~を意味する
・whole 形)完全な、丸ごとの
・physical 形)1.身体の、肉体の、2.物質の


〈文法〉
● This は、= man の関係(This…means…man)になるから、前文に後続のman

 に該当するものがないかを検討すると、「ありのままの犠 牲者」の意味であ

 るとが分かる。

● not just the physical man 「単に肉体としての人間だけでなく」
 つまり、whole man は、「信仰(精神)を含めた人間」という意味である。


〈訳〉
 われわれの判断では、これは、肉体としての人間にとどまらず、全体とし

 ての人間を意味する。



[第3文]
  It does not lie in the mouth of the assailant to say that his victim's

  religiousbeliefs which inhibited him from accepting certain kinds of

  treatment wereunreasonable.

〈語
・lie 自)横たわる、ある、存在する  
・assailant 名)攻撃者、襲撃者
・victim 名)犠牲者  
・religious 形)宗教上の
・belief 名)信念  
・inhibit A from ~ing 他)Aが~するのを妨げる、阻止する
・accept 他)を受け入れる  
・certain 特定の:certain kinds of~ 特定の種類の~
・treatment 名)1.治療、2.取り扱い、処遇
・unreasonable 形)不合理な


〈文法〉
● 基本構造: It does not~ [to say…unreasonable]
  It が前文のThisやmanを受けているとすると「犠牲者や人が口の中にない」

  という意味不明な文になるので、後ろの to say とつながってIt~toの構文

  になっていることが分かる。
   「~と言うことは、加害者の口の中にない」というのも何が言いたいか分

  かりずらいが、文脈から判断して「~と言うことは、加害者には断じて許さ

  れない」というらいの意味である。

● that節内部の基本構造:第2文型  
  beliefs〔which inhibited ~ treatment〕were  unreasonable.
    S                  V      C
   2つ目の動詞(were)の前までが関係代名詞節である。
   「信念は不合理であった。」
                          

〈訳〉
 犠牲者の宗教上の信念が、特定の種類の治療を受けることを妨げた場合、

 その信念が非合理的であったなどということを口にする権利は加害者に

 はまったくない。


[第4文]
 The question for decision is what caused her death.

〈語句〉
・question 名)問題
・for 前)~のための→~を求められている
・decision 名)決定    
● cause 名)原因  他)~の原因となる        
  英単語の名詞は、名詞の意味に対応した動詞として使われる ことが多い 。
    例)She watered  the flowers.「彼女はその花に水をやっ。」  
      He  oiled  his bicycle.「彼は、自分の自転車に油をさした。」   

・death 名)死


〈文法〉
● 基本構造:第2文型
  question is {what…death}
   S     V    C   「問題は、{  }である。」

what caused death
   S     V   O
  what は、外側では第2文型の補語になっているが、内側では第3文型の主語

  になっている。「何が死の原因になったか」


〈訳〉
 決定を求められている問題は、何が彼女の死の原因となったかである。



[第5文]
 The answer is the stab wound.

〈語句〉
・stab 名)刺すこと    
・wound 名)傷 

〈訳〉
  その答えは、刺し傷である。



[第6文]
 The fact that the victim refused to stop this end coming about did not
  break the causal connection between the act and death.

〈語句〉
・fact 名)事実
・victim 名)犠牲者 
・refuse 他)を拒絶する
・come about 起こる、生じる 
・break 他)を壊す
・causal connection 名)因果関係  
・act 名)行為


〈文法〉
・基本構造:第3文型
  fact{that~refused~}break connection
    S        v1   V2    O 「事実は関係を切断する。」
   いきなり主語にthat節が付いた場合は、その用法に関わらずthat節内に

   動詞が1つあるので、2つ目の動詞が基本構造の動詞である。

● fact ={thatvictim refused(to stop this end coming about)}
        S    V     O 
  後に第3文型の完全な文がつづいているので、このthat節は同格である。
  「~という事実」

● stop this end coming about     
  stop A ~ing = stop A from~ing「Aが~するのを止める  

● this end 「この結末」=犠牲者が死ぬこと

●「事実は~を切断しなかった」→「事実があっても、~は切断されなかった。」


〈訳〉
 犠牲者がこの結末が生じることを妨げることを拒んだという事実があっ

 ても、行為と死の間の因果関係は切断されなかった。




≪Par.4≫
[1] In a civil tort case, the wrongdoer can require his victim to mitigate his damage by accepting treatment of a normal kind. [2] As counsel for the Crown pointed out, the criminal law is concerned with the maintenance of law and order and the protection of the public generally. [3]A policy of the common law applicable to tortious liability is not appropriate for the criminal law.  
 Appeal dismissed.


[第1文]
  In a civil tort case, the wrongdoer can require his victim to mitigate his
  damage by accepting treatment of a normal kind.

〈語句〉
・civil 形)1.民事の、2.市民の、民間の
● tort 名)不法行為
  不法行為(tort)とは、故意か過失によって他の人を傷つけたり、他の人の物
 を壊したりするなど、その損害を賠償する必要のある行為のことである。交通
 事故などの場合である。
  この事件のように他の人を故意に負傷(死亡)させた場合、刑事責任に加え
 て、不法行為による民事上の損害賠償責任も負うことになる。

・wrongdoer 名)1.不法行為者、2.犯罪者
・require A to do~ Aに~することを要求する
・victim 名)犠牲者
・mitigate 他)1(損害など)を軽減する、2(苦痛など)を和らげる  
● damage 名)損害、複数形(damages)で「損害賠償(額)」という意味に
  なる。
   例えば、売買契約の買主が、買った物品の価格が、引渡し前に下落したた
  めに、他から契約価格より安く買い、もと契約の物品の引き取りを拒んだ場
  合、売主は、受取りを拒否されて手元にある物品を第三者に売却することに
  よって、もとの買主の契約違反によって生じた損害を軽減する義務を契約法
  上負っている。              
   
・accept 他)を受け入れる  
・treatment 名)1.取り扱い、2.治療
・normal 形)通常の、正常な


〈文法〉
● 文法判断の限界
 by accepting~が修飾している動詞について文法上2つの可能性がある。
  ① require と ② mitigateである。
 どちらであるかは、文法判断の限界に属する事項である。
  ①「不法行為者は通常の治療を受け入れることによって
    ~を犠牲者に要求する」
     治療を受け入れるのが不法行為者になって不合理である。×
  ②「通常の治療を受け入れることによって損害を軽減することを
    犠牲者に要求する」
     治療を受け入れるのが犠牲者になり論理的な文になる。〇
       ① require… × ↖  
               by accepting~
       ② mitigate 〇 ↙  

〈訳〉
 民事の不法行為のケースでは、不法行為者は、その犠牲者に対して、通常
 の治療を受け入れることによってその損害を軽減すべきことを要求できる。
 (※注釈:例えば、保険でカバーされている通常の治療法と薬で適切かつ充分
    な治療が可能であるのに、保険のきかない高額で新奇な治療を受けては
    ならな、というとである。この事件との関連では、被害者は輸血を
    受けることによって死亡という結(損害)を傷害という結果(損害
    に軽減できたと被告人側の弁護士が主張しているである。)



[第2文]
  As counsel for the Crown pointed out, the criminal law is concerned with
  the maintenance of law and order and the protection of the public
  generally.

〈語句〉
・counsel 名)弁護人
● Crown は、名)1.王冠、2.王位  ここでは、犯罪を処罰する権限と
  義務をもつ「国王側、検察側(prosecution)」という意味で使われている。

・point out 指摘する    
・criminal law 名)刑法
・is concerned with~に関わる  
・maintenance 名)維持、持続
・law 名)法
・order 名)秩序
・protection 名)保護
・public 名)国民、市民、公
・generally 副)一般的に


〈文法〉
● concerned withの目的語は、一見すると3つの語句の並列のように見えるが、
 その場合は、3つ目にしか and が付かない。“law and order”「法と秩序」は、
 慣用句とし一体となっているので、maintenance~ と the protection~の
 2つの並列である。
               ↗ maintainance of law and order
     is concerned with  
              ↘ protection of the public   

〈訳〉
 国王側の弁護人が指摘したように、刑法は法と秩序の維持と、国民の保護
 全般に関わる。



[第3、4文]
 A policy of the common law applicable to tortious liability is not appropriate
 for the criminal law.  Appeal dismissed.

〈語句〉
・policy 名)政策  
・common law コモンロー
・applicable 形)適用できる、当てはまる
・tortious 形)不法行為の    
・liability 名)責任
・appropriate 形)適切な    
・criminal law 名)刑法
・appeal 名)上訴、控訴、他)上訴、控訴する
・dismiss 他)(訴え)を棄却する
 

〈文法〉
●    policy      ↖
      of       applicable to tortious liability
    the common law ↙  

  前置詞句などの付いた形容詞句は、後ろから前の名詞を修飾する。
  意味から考えて applicable~はcommon law ではなくpolicyを修飾する。

● Appeal [is] dismissed. 受動態のis が省略されている。


〈訳〉
 不法行為責任に適用可能なコモンローの政策は、刑法には不適当である。
 控訴棄却。
 (※注釈:不法行為の損害軽減義務をこの事件に当てはめると、被害者は輸血
    を受け入れることによって損害を軽減すべきであったということなるが、
    その政策は、民法関するものであり、刑法には妥当しないということ
    である。)


【解説】
 犯罪行為として行為者に責任を問うには、その行為と犯罪被害との間に因果関係がなければならない。どのような場合に因果関係があるかについては、いくつかの説がある。
AがなければBがないと言える場合、AとBとの間には因果関係があるとする説がある。この説は「条件説」と呼ばれている。この事件での控訴院の判決は、「何が彼女の死の原因となったかである。その答えは、刺し傷である」と述べていることから、条件説に従ったと言える。つまり端的に「被告人がナイフで刺さなければ被害者の女性は死ななかった」と判示した。
 これに対して、「社会生活上の経験に照らして、通常その行為からその結果が発生することが相当であると見られる関係」がある場合に因果関係を認める説がある。これは「相当因果関係説」と呼ばれている。仮にこの事件に相当因果関係説を当てはめたとすれば、被告人が被害者に負わせた程度の刺し傷では「社会生活上の経験に照らして、通常」死亡に至ると見ることは「相当でない」から、被告人に殺人罪を問えない、ということになるかもしれない。
 しかし、例えば、もともと病弱だった人を刺して、その人が死亡した場合、健康な人なら死亡するまでには至らなかったとして殺人罪に問えないというのは、不合理であろう。控訴院は、「他の人々に暴力を用いる人々は、その犠牲者をありのままに受け入れなければならない」と述べている。被害者が病弱だったから死亡したという抗弁が認められないのと同様に、被害者の宗教上の信念による輸血拒否によって死亡したという抗弁は認められない。ある宗教を信じている人にとって、他の宗教の教義や慣行は「不合理」に見えるというのは普通のことである。刑法に違反するような反社会的なものでないかぎり、被害者の宗教上の信念が不合理であるとして、加害者の罪を減刑することはできない。これが控訴院判決の趣旨である。



2018年03月04日