Krell v. Henry  戴冠式パレードの中止: 見物のために借りた部屋の契約はどうなる?

エドワード7世戴冠式パレードの中止:パレード見学のための部屋の賃貸契約は有効か?


クレル 対 ヘンリー
Krell v Henry

[1903] 2 KB 740
控訴院※1
Court of Appeal
1903


 1902年の6月26日、27日にロンドンでエドワード7世の戴冠式のパレードが行われる予定になっていた。原告のポール・クレルさんは、海外に行っている間、自分の部屋を貸し出すことにし、ソリシタ※2契約などの事務手続きを依頼した。1902年6月17日に、被告のC.S.ヘンリーさんは、ロンドンのポール・モール(Pall Mall)にある原告の部屋の窓に、戴冠式が見える部屋が貸出中であるという旨の掲示を見た。ヘンリーさんは、その部屋の管理人と話をして、その部屋から戴冠式が良く見えると聞き、2日間75ポンドで借りることを管理人と合意した。6月20日、ヘンリーさんは、クレルさんのソリシタに手紙を送り、25ポンドの小切手を同封し、残金の50ポンドは24日に支払うことを約束するとともに、26日と27日の日中(夜を除く)部屋を使用できることを確認したい旨書いた。ヘンリーさんは、その日のうちにクレルさんのソリシタから自分の手紙の内容のとおり合意を確認する手紙を受け取った。 ところが、国王の急病(虫垂炎)のためにパレードが中止になった。ヘンリーさんは、残金の支払いを拒否した。クレルさんは、その支払いを求めてヘンリーさんを訴えた。

※1イギリスのCourt of Appeal は、「控訴裁判所」ではなく「控訴院」と訳され

  るのが慣例である。
※2 solicitor「ソリシタ(事務弁護士)」:依頼人と法律相談、契約書・遺言書の

  作成などの仕事をする。原則として法廷で弁論することはできない。ただし、

  扱える事件や訴額が限定されているcounty court(県裁判所)、magistrates’

   court(治安判事裁判所)では、弁論できる。
   ソリシタから依頼を受けて、法廷での弁護を引き受ける弁護士は、barrister

  「リスタ(法廷弁護士)」と呼ばれている。 依頼人は直接バリスタに弁論依

   頼をできい。
   1990年代になって、この2種の弁護士の分業制度が緩和され、ソリシタ

  も弁論実技訓練を受けるなど一定の要件を充たした場合、一般的な管轄権をも

  つ高等法院や控訴院で弁論できるようになった。 
 (小泉博一/飯田操/桂山康司・編『イギリス文化を学ぶ人のために』(世界

  思想社、2004年)第三章「法制度・政治・社会」石田裕敏、参照。)


≪Par.1≫
[1] It was suggested in the course of the argument that if the occurrence of the coronation and the procession were the foundation of the contract, so that in the event of the non-occurrence of them both parties would be discharged from further performance of the contract, it would follow that if a cabman was engaged to take someone to Epsom on Derby Day at a suitable enhanced price for such a journey, say 10 pounds, both parties to the contract would be discharged in the contingency of the race at Epsom for some reason becoming impossible. [2] But I do not think this follows, for I do not think that in the cab case the happening of the race would be the foundation of the contract. [3]The purpose of the engager would be to go to see the Derby, and the price would be proportionately high, but the cab had no special qualifications for the purpose which led to the selection of the cab for this particular occasion. [4] Any other cab would have done as well.


[第1文]
 It was suggested in the course of the argument that if the occurrence of the coronation and the procession were the foundation of the contract, so that in the event of the non-occurrence of them both parties would be discharged from further performance of the contract, it would follow that if a cabman was engaged to take someone to Epsom on Derby Day at a suitable enhanced price for such a journey, say 10 pounds, both parties to the contract would be discharged in the contingency of the race at Epsom for some reason becoming impossible.

〈語句〉
・suggest 他)1.~を示唆する、2.~を提案する
・in the course of~ ~の過程で
・argument 名)1.弁論、2.議論
・occurrence 名)起こること、出来事
・coronation 名)戴冠式
・procession 名)行列、行進、パレード
・foundation 名)基礎
・contract 名)契約
・so that したがって、それで
・in the event of ~(万一)の場合には
・non-occurrence 名)起こらないこと
・party 名)(契約の)当事者
・discharge A from B A(人)をB(契約上の義務など)から解放する
・further 形)それ以上の
・performance 名)(契約などの)履行
● it would follow that… ←it~thatの構文を用いた慣用的表現:it follows that… 「(当然の結果として)…ということになる」に仮定法のwouldが付いた形。


・cabman タクシー運転手
・engage 他)~を雇う(=hire)
・take A to B  AをBに連れて行く
・Epsom 名)エプソン、ロンドン郊外の町、競馬場で有名
・Darby 名)ダービー(エプソン競馬場で行われる3歳牡馬による競馬の著名な

  大会)
・suitable 形)適切な、ふさわしい
・enhanced 形)高められた  enhanced price 名)割増料金
・journey 名)旅、道のり
・say 例えば、おおよそ~といったところ
・pound 名)ポンド(イギリスの通貨)
・both 形)両方の
・party to the contract 契約の当事者
be discharged 義務を免れる ここでは運転手は、エプソンまで乗せて行く

 義務を免れ、雇い主は支払いの義務を免れること。

・contingency 名)不測の出来事、偶発的事件
・race 名)競馬、レース
・reason 名)理由
・impossible 形)不可能な


〈文法〉
● 文頭のItは、前に代わりをすべきものがないから、It~thatかIt~toの構文

 ある(時間や天候を表すことはまずない)。この文では、同じ行にthat節があ

 るのでIt~thatの構文であり、このthat節は文末までつづいている
     It  was  suggested ~ { that…impossible }

 It~thatの構文も、It~toの構文と同様に、先に「それは~である」と言ってお

 いて、「それとは何か?」という疑問をもたせてから、that…で説明する用法

 である。
    「それが示唆された、that…ということが」

         →「that…ということが示唆された。」 

● that 節内に if 節があり、4行目に it would follow that…「…ということになる

 であろう」という慣用表現がコンマのみで接続詞なしに始まっているので、その

 前までが if 節の範囲であることが分かる。また、そのことからso that(それで)

 は、if節の内部にあることも分かる。
   if the occurrence…, so that…contract, /it would follow

● if~were…, it would…となっているので、仮定法過去である。was suggested

 のthat節の中に入っているが、仮定法は時制の一致を受けない

  あるいは、この文を書いた裁判官が、書いている時点でも妥当する内容である

 と判断していると説明することもできる。
 「もし、戴冠式とパレードが行われることが契約の基礎であるすれば」という

 内容は「現在の事実に反する仮定」ではないが、ここで仮定法が使われている

 理由は、契約の基礎ではないと主張している原告側弁護士が、現実に反して仮

 に契約の基礎であるとすると不合理な結果になると論じているためである。

 

 ※ 仮定法になぜ過去形が用いられるかついては、さまざまな解釈があるであ

  ろうが、一つの説明として、過去のことと同様に想起の対象としてしか存在

  しない(現実の世界では現在も将来においても存在しない)ことを表してい

  るとみることができる。
    拙稿「過去概念と人ー―想起の時制」『ことばから人間を』所収、
    230~241頁(昭和堂 1998年)参照

● 主文のit would follow that…の中にさらに if 節(if a cabman~pounds)がある。
 この if 節も仮定法過去と考えられるが、現在の事実に反する仮定であるとする

 と筋が通らない(「本当はタクシーを雇っていないのに雇ったと仮定すると」)

 ので、実現性の乏しいこと(ダービーの開催が不可能になる)を例え話として

 仮定していると解釈できる。
  
● in contingency of~のof は同格、「~という不測の出来事において」
   of の後の the race は動名詞becoming の意味上の主語
    race becoming impossible
     s     v     c 
  この部分は、同格の that を使って以下のように書きかえることができる。
   in the contingency that the race became impossible
   「レースが不可能になったという不測の出来事において」


〈訳〉
 弁論の中で次のことが示唆された。つまり戴冠式とパレードが行われるこ

 とが契約の基礎であったとすれば、したがって万一それらが行われない場

 合には、両当事者が契約の履行をそれ以後免れるとすれば、タクシーの運

 転手が、ダーーの日にそのような旅程にふさわしい割増料金、例えば

 10ポンドで、エプソンに誰かを乗せていくために雇われた場合、エプソ

 ンでの競馬が何らかの理由で開催不可能になったという不測の事態におい

 て、契約の両当事者は義務を免れるということになるであろうと。

 (注釈:クレルさん(貸主)側の弁護士は、ダービーが中止された場合にタクシー

   の契約が解消されることが不合理である、ということを前提に弁論しているが、

   不合理ではないと考える人も多くいるであろう。)



[第2文]
 But I do not think this follows, for I do not think that in the cab case the
  happening of the race would be the foundation of the contract.


〈語句〉
・follow 自)当然の結果として生じる
・for 接)というのは
・cab 名)タクシー
・case 名)場合、ケース(ここでは「(訴訟になった)事件」という意味では

  ない。)
・happening 名)起こること、出来事
・race 名)競馬
・foundation 名)基礎
・contract 名)契約
 

〈文法〉
 ● this follow の this は、第1文の it would follow that…の that節の内容を受

  けいる。同じ follow という語が使われているので分かりやすい。つまり、

  競馬が開催できなければタクシー運転手も雇い主も契約の義務から免れるとい

  うこと。

   裁判官はダービーの開催は契約の基礎ではないのでそういうことにはなら

  ないと述べているのである。

 ● for の後にmeではなく I が来ているので接続詞の for「というのは~」

  である。

 ● would になっているのは、第1文の例え話に関することだからである。


〈訳〉
 しかし、私はそういうことにはならないと考える。というのは、タクシー

 のケースでは、競馬の開催が契約の基礎になるとは思わないからである。

  (注釈:競馬(ダービー)の開催が契約の基礎であると思う人も多くいるであ

    ろう。)   
  

[第3文]
 The purpose of the engager would be to go to see the Derby, and the price
  would be proportionately high, but the cab had no special qualifications for
  the purpose which led to the selection of the cab.

〈語句〉
・purpose 名)目的
・engager 名)雇い主
・go to do ~しに行く
・Derby 名)ダービー
・price 名)料金、価格
・proportionately 副)比例して
・cab 名)タクシー
・qualification 名)資格、資質
・lead to ~に通じる、結果として~になる
・selection 名)選択


〈文法〉
● 基本構造:第2文型
  purpose would be  [to go~]
    S        V    C     
  補語は不定詞の名詞的用法「目的は~に行くこと」
    would が入っているのは、第1文の例え話に関することだからである。

● the cab had~とhaveの過去形が使われているのは、例え話の中の話であるか

 らである。単に過去の事実を叙述する文章と仮定法過去の文章とで共通して過

 去形が使われるのは、両者とも存在しないものを頭の中で想起するからである。

 この文章でも、架空の話に登場するタクシーを想起して語られている。

 したがって、現在形で訳す。

● 文法判断の限界
 whichの先行詞なりうるのは、①purposeと、②qualifications である。どちら

 であるかは、単語の意味や文法、構文の知識だけでは、確定することができない

 文法判断の限に属する事項である。このような場合はどちらを選択すれば論理

 的な話の筋になるによって決定しなければならない。
  この文では、ダービーを見に行くという「目的」で特定のタクシーを選択す

  るというより、特別の「性能」をもっているのでそれを選択するという方が

  論理であるので、先行詞は、②qualifications である。


                ↗ 目的×
   「タクシーを選択させた」              
               ↘ 性能〇        
      qualifications ←〔which led to the selection of~〕 

 

 

〈訳〉
 雇い主の目的は、ダービーを見に行くことであろうし、値段はそれ相応に

 高いであろうが、その目的のために件のタクシーは、それを選択させるよ

 うな特別の性能を備えていないであろう。



[第4文]
 Any other cab would do as well.

〈語句〉
・any 形)どんな~でも
・do as well 同程度にうまくいく、役立つ

〈文法〉
● do as well as A 「Aと同じくらい役にたつ」のas Aにあたる部分が省略されて

 いる。 Aには、例え話で念頭に置かれているタクシーが入る。

〈訳〉   
  他のどんなタクシーでも同様に用を足せるはずである。        
 



≪Par.2≫
[1] In the case of the coronation, there is not merely the purpose of the lessee to see the coronation procession, but it is the coronation procession and the relative position of the rooms which is the basis of the contract as much for the lessor as the lessee. [2] The rooms were offered and taken, by reason of their peculiar suitability of the position of the rooms for a view of the procession. [3] Surely the view of the procession was the foundation of the contract, which is a very different thing from the purpose of the man who engaged the cab being held to be the foundation of the contract.

[第1文]
 In the case of the coronation, there is not merely the purpose of the lessee
  to see the coronation procession, but it is the coronation procession and
  the relative position of the rooms which is the basis of the contract as
  much for the lessor as the lessee.

〈語句〉
・in the case of ~の場合(ケース)では、
・coronation 名)戴冠式
・purpose 名)目的
・lessee 名)賃借人、借主 
・procession 名)パレード
・relative 形)相対的な
・position 名)位置
・basis 名)基礎 =foundation
・contract 名)契約
・lessor 名)賃貸人、貸主


〈文法〉
● not merely~but… ~だけでなく…

● to see~は、purposeを修飾する不定詞の形容詞的用法である。purposeで文型

 が完成 しているので分かりやすい。意味から直前のlesee(賃借人)ではなく

 purpose(目的)を修飾する。
      lesee × ←〔to see the coronation procession]         
     purpose 〇  ↙  
 
  To 不定詞の to は、もともと前置詞のto = towardの意味である。

  それに合わせると、この句は、「戴冠式パレードを見る方向を向い目的」

  ということである。 

  拙稿「原型不定詞について」『英語教育 』1997年11月号(84-85頁)参照

 

● but 以下は、it is A which…の強調構文になっている:

  「…であるのはAである。」
 「それは、戴冠式パレードと~である」の「それ」にcoronation procession

 などにある単数名詞を当てはめていっても意味不明の文になこと、また

 ここでは、前の部分にはない新しい要素を持ち出している部分であること、

 後ろにwhich is があることから強調構文であることが分かる。

● the coronation procession and the relative position of the roomsは、2つの

 ものの位置関係として一体として意味があるので、bread and butter

 「バターを塗ったパン」などと同様に単数扱い(which is)になっている。

● as much for the lessor as the lessee の基本にあるのは、「~にとって」とい

 う意味の for と「同程度に」という同等比較(as much as)である。部屋を貸す

 側にとっても同程度に契約の基礎であるというのは、部屋の窓に「戴冠式が見え

 る部屋が貸出中」という掲示をしたことから分かる。


〈訳〉
 戴冠式のケースでは、戴冠式のパレードを見るという賃借人の目的がある

 というにとどまらず、賃借人にとってと同程度に賃貸人にとっても契約の

 基礎となっているのは、戴冠式のパレードと部屋の相対的位置である。



[第2文]                       

 The rooms were offered and taken, by reason of their peculiar suitability
 ofthe position of the rooms for a view of the procession.
      
〈語句〉
・offer 他)~を提供する、売りに出す、貸し出す
・take 他)~(家などを契約して)借りる
・by reason of ~という理由で
・peculiar 形)1.特有の、固有の、2.奇妙な
・suitability 名)ふさわしいこと、適合性 (←suitable 形)適切な)
・position 名)位置
・view 名)1.見ること、2.視界、3.景色、4.見解 5.目的
・procession 名)パレード

〈文法〉
● by reason of~の後は、前置詞句の連続であるので、文章化すると解釈し

 やすい→
  because the position of the rooms was peculiarly suitable for a view of the
   procession

〈訳〉
 その部屋は、パレードを見物するために特に適した位置にあるという理由

 で提供され賃借された。



[第3文]
  Surely the view of the procession was the foundation of the contract,which
  is a very different thing from the purpose of the man who engaged the

  cabbeing held to be the foundation of the contract.

〈語句〉
・surely 副)確かに
・view 名)見えること、眺め、景色
・procession 名)パレード
・foundation 名)基礎
・contract 名)契約
・purpose 名)目的
・engage 他)~を雇う


● hold A to do~ Aが~すると考える、判断する→A is held to do Aは~すると

 考えられる


〈文法〉
● which 以下は、contract や foundation などの前にある単数名詞のいずれを

 先行詞であると見ても意味不明な文になるので、前文全体(の趣旨)を先行詞

 としていると判する。「そして、そのことは」

● from以下は、文章化して解釈すると分かりやすい。
   purpose being held
     s     v   c  
 being held to be…がどことつながっているかは、文法判断の限界である。
 「契約の基礎であると判断される」という意味に合うのは、cab でも man

 でもなくpurposeであるので、purpose が動名詞 being の意味上の主語

 である。文章化すると、
  the purpose of the man 〔who engaged the cab〕was held to be the
  foundation of the contract となる。


〈訳〉
 確かに、パレードの見物は契約の基礎であった。そしてそのことは、タク

 シーを雇った人の目的が契約の基礎であると判断されるのとは非常に異な

 る事柄である。




≪Par.3≫
[1] Each case must be judged by its own circumstances. [2] In each case one must ask oneself, first, what, having regard to all the circumstances, was the foundation of the contract? [3] Secondly, was the performance of the contract prevented? [4] Thirdly, was the event which prevented the performance of the contract of such a character that it cannot reasonably be said to have been in the contemplation of the parties at the date of the contract? [5] If all these questions are answered in the affirmative, I think both parties are discharged from further performance of the contract.


[第1文]
 Each case must be judged by its own circumstances. 

〈語句〉
・case 名)(訴訟になった)事件、ケース
・judge 他)~を判断する
・circumstance 名)状況、事情

〈文法〉
● its own はeach caseを受けている。eachが単数扱いになるのは、立ち止まっ

 て1つずつに焦点を当てるというニュアンスがあるからである。


〈訳〉
 各ケースは、それ独自の事情によって判断されなければならない。



[第2文]
 In each case one must ask oneself, first, what, having regard to all the
  circumstances, was the foundation of the contract? 

〈語句〉
・(一般的に)人
・ask oneself 自問する
・have regard to ~を考慮する
・foundation 名)基礎
・contract 名)契約


〈文法〉
● having regard to~「~を考慮して」は、generally speaking「一般的言えば」

 と同様に慣用的な独立分詞構文である。


〈訳〉
 各ケースにおいて、すべての事情を考慮して、何が契約の基礎であったか

 を第1に自問しなければならない。



[第3文]
 Secondly, was the performance of the contract prevented?

〈語句〉
・performance 名)(契約の)履行
・prevent 他)~を妨げる

〈文法〉
● 文頭にSecondlyとあり、前の第2文に引き続き、契約義務から免れる要件を

 列挙しえいる(次の第4文も同様)。

〈訳〉
  第2に、契約の履行が妨げられたか?



[第4文]
 Thirdly, was the event which prevented the performance of the contract of
 sucha character that it cannot reasonably be said to have been in the
  contemplationof the parties at the date of the contract? 

〈語句〉
・event 名)出来事
・prevent 他)~を妨げる
・performance 名)履行
・contract 名)契約
・character 名)性格、性質
・reasonably 副)合理的に、然るべく
・contemplation 名)1.想定、予期、2.熟考
 in the contemplation of ~を想定して
・party 名)(契約の)当事者
・date 名)特定の日、期日


〈文法〉
●主語に関係代名詞のwhichが付いている。
  was the  event←〔which~contract〕 of such a character…? 

●基本構造:第2文型の疑問文
   was  event 〔of such a character…〕?
    V     S     C  

   「出来事は〔そのような性格を〕していたか?」

● この文は The event was of a character.

  「その出来事は、ある性格をもっていたという文がもとになっている。

    be of ~には、「~(性質など)をもっているという意味がある。
    例) The news is of no importance.「その知らせは重要でない。

  仮に of such~ が直前の event を修飾する形容詞句であるとすると、
   was event of such a character〔that it cannot… 〕?
    v        s             c
   となってthat節が補語にならざるをえず、意味不明の文になる。

of ~の中に such~that….の構文が使われている。
  この構文は、先に「そのような」と言っておいて、後ろのthat 節で「どの

  よう」であるかを説明する構文である。
   例)There was such a crowd that we could hardly walk.    
 (そのような人だかりがあった。われわれがほとんど歩けなかったような)
  →「われわれがほとんど歩けないほどの人だかりがあった」
  or 「ひどい人だかりだったので、われわれはほとんど歩けなかった。」

● that 節の中の cannot reasonably be said to~「~であるとは合理的に言われ

 ることができない」という意味である。 日本語では主語が一般的な人である場

 合は省略できるので、「~であると合理的に(然るべく)言うことができない」

 と訳す。

● to have been~ は、be said の時制(現在)よりも過去の出来事を表す完了不

 定詞ある。つまり、過去に「当事者の想定の範囲内であった」と現在言え

 ない、という意味である。
  it の前に単数名詞が4つあり、そのどれの代わりをしているかは「文法判断

  の限界」である。it につづく文の内容から逆に it は何かを考える。

  つまり、当事者の想定の内にあったと言えないものは何かと考えると、

  it が event の代わりであることる。

● 最初に、that節の内容とその前の部分とのつながりを考える。そうすれば、

 such~thatの構文と be of ~という慣用句が使われていること、そして、

 which 節の範囲が分かる。


〈訳〉
 第3に、契約の履行を妨げた出来事が、契約の日に当事者の念頭にあった

 とは然るべく言えない性格のものであったか?



[第5文]
 If all these questions are answered in the affirmative, I think both parties
  are discharged from further performance of the contract.

〈語句〉
・affirmative 名)肯定的な表現
  answer in the affirmative 肯定する
・party 名)(契約の)当事者
・be discharged from~ (契約上の義務)から免れる
・further 形)それ以上の
・performance 名)(契約の)履行
・contract 名)契約

〈文法〉
● all these questions は上述の第1~第3の問いであり、問いの形で契約責任を

 免れる要件が示されている。

〈訳〉
 これらすべての問いが肯定的に答えられれば、両当事者は、それ以降契約

 の履行を免れると考える。




≪Par.4≫
 As I have expounded above, I think that the coronation procession was the foundation of this contract, and, secondly, that the non-happening of it prevented the performance of the contract; and, thirdly, I think that the non-happening of the procession was an event of such a character that it cannot reasonably be supposed to have been in the contemplation of the contracting parties when the contract was made.

〈語句〉
・expound 自)他)詳しく述べる、説明する
・above 副)上記で、前述して
・coronation procession 名)戴冠式のパレード
・foundation 名)基礎
・contract 名)契約、自・他)契約する
・non-happening 名)行われなかったこと、不開催
・prevent 他)~を妨げる
・performance 名)(契約の)履行
・event 名)出来事
・character 名)性格
・reasonably 副)合理的に、然るべく
・suppose 他)~と思う、想定する
・contemplation 名)1.想定、予期、2.熟考
 in the contemplation of ~を想定して
・contracting party 名)契約当事者


〈文法〉
● この文では、第3パラグラフで示された、契約義務を免れるための3つの基

 準をこのケースに適用し、そのすべての満たしていることを述べている。
          ① I think that the coronation…
            ② secondly, [I think] that the non-happening…
          ③ thirdly, I think…made.  

● thirdly…の部分は、第3パラグラフの第4文とほぼ同じ構造である。

 non-happeningof the procession was an event of such a character that… 

「パレードの不開催は、that…のような性格の出来事であった。」

    said → supposed、

    at the date of thecontract → when the contract was made

 と言い換えられているが、その他は第3パラグラフの第4文と同じである。


〈訳〉
 上で説明したように、戴冠式のパレードはこの契約の基礎であったと考

 える。第2に、それが行われなかったことが契約の履行を妨げたと考える。

 第3に、パレードが行われなかったことは、契約がなされた時に契約当事

 者の念頭にあったとは然るべく思えないような性格の出来事であったと考

 える。




【解説】
 ダービーの日にエプソンまで行くのにタクシーを雇う例え話は、賃料を払ってもらいたい原告(クレルさん、賃貸人))側がもち出だした例え話である。つまり、ダービーが中止になった場合にタクシーの運転手との契約が解消されるのは不合理であり、その不合理はこの事件にも当てはまり、したがって部屋の賃貸契約は解消されないと主張したのである。しかし、特別の割増運賃になっているのは、ダービーが開催されタクシーの需要が高いからであり、大抵の客はダービーを見る目的でその高い運賃を支払うのである。したがって、ダービーが中止になった場合、タクシーとの契約も解除されると考えることもできる。ただし、タクシーの場合、個々の客の目的が必ずしもダービーを見ることとは限らない(たまたまダービーが開催される日に親戚に会うためにエプソンに行くことも考えらえる)。
 この事件では、そもそも貸主は「パレードの見える部屋貸します」という掲示をしていたし、部屋の位置関係が重要であった。控訴院は、パレードの開催が「契約の基礎」(foundation of contract)であり、それがなくなった以上当事者は契約上の義務を免れると判決した。
 古いイギリスの契約法は、「約束は守られなければならない」(pacta sunt servanda)という原則に支配されてきたが、19世紀後半頃から当事者の責に帰すことのできない事情(例えば、契約対象のミュージック・ホールが焼失した)があるなどの場合に当事者は契約義務を免れるという判決が現れ始めた。この法理は、現在「フラストレーション(Frustration)」と呼ばれている原則を明らかにした。この原則は、次のように説明されている。「契約締結後、当事者の予見が不可能であり、当事者のいずれの責めにも帰しえない事態の発生により、当事者が予期した契約の目的が達成不能となること。契約目的物の滅失などのように、契約の履行不能(impossibility)を含めていうこともあるが、履行自体は可能でも当事者の共通の企図がもはや実現できないなど、当事者の予期した履行とは本質的に異なる履行となる事態をさすのが通例。フラストレーションの成立により、契約はそれ以後消滅し、当事者は、債務を免れる。」(田中英夫・編『英米法辞典』(東大出版会、1991年)参照。
 なお、エドワード7世は病気から回復し、戴冠式パレードは8月9日あらためて行われた。


2018年03月04日