奈良 平城宮跡
第二次大極殿から
第一次朝堂院


奈良時代に一時、恭仁京、難波京、紫香楽京に都が移され、その後平城宮に都が戻されたとき築かれた第二次大極殿から、第一次朝堂院の遺構と、その向こうに復原された朱雀門が見えます。天子が早朝に政務を行うことを朝政といいますが、朝堂は、天皇による朝政や、臣下が参列して国家的な儀式などが行われたところだそうです。以前に描いたスケッチです。



               
                                                
「経済人」1998年6月号表紙掲載

安田泰幸アート&スケッチ

奈良大和散策                                         -1

JR奈良駅

関西経済連合会発行の機関誌「経済人」11月号の表紙は奈良三条通周辺を描いたスケッチで構成しましたが、そのうちの一つ、JRの奈良駅のスケッチです。奈良駅が高架化及び新駅舎になる直前の様子です。1934年につくられた寺院風の外観をもつ2代目の駅舎です。現在は奈良市総合観光案内所として、保存活用されています。駅は街の顔みたいなもの。こういう地域にあった駅がすくなくなり、どこもよく似た駅が増えて、街の個性が失われていくのは残念なことです。2010/12/20記
                                          



関西経済連合会刊「経済人」
2010年11月号表紙に掲載

            
    
ぜいたく豆本舗
奈良町


奈良町の三条通に面して、豆や豆菓子を売る、老舗があります。観光客でしょうか、ひっきりなしに客が出入りしてます。創業百年を数える老舗の店舗は、奈良町の町家の姿をよくとどめているそうで、国の登録有形文化財に指定されています。いった空豆と、砂糖をまぶした豆を土産に買って帰りました。2010/11/28記








                        関西経済連合会刊「経済人」
2010年11月号表紙に掲載

     
                                  

ポストカード水彩スケッチ 「平城宮跡 宮内省復原」 1998年 113x158mm 

奈良 平城宮跡
第一次大極殿


このほど復原工事が完成した平城宮の第一次大極殿です。正面の幅44m、奥行き20m、高さは約27mの壮大な建築です。堂を支える44本の柱の直径は70cmもあります。奈良時代中頃、一時平城京から恭仁(くに)京
に都が移された際、山城国の国分寺金堂になったそうです。天皇の即位式や外国使節の接見などに使われたといいます。
世界遺産






「経済人」2010年6月号表紙掲載。

奈良
東大寺二月堂


毎年3月に修二会が修せられる二月堂。連行衆が振りまく松明の火の粉をかぶると、一年息災に暮らせると、多くの人々が集まる。3月12日には、若宮から水を汲む、「お水取り」がおこなわれる。近畿ではお水取りが済むと春が訪れる。修二会は天平時代、東大寺開山良弁僧正の高弟実忠和尚が始めたものだそうで、以来一度も途切れることなく続けられ、2010年で1259回目になる。
世界遺産。国宝。








「経済人」2010年3月号表紙に使用

遣唐使船復元
平城京歴史館


パナソニック電工の卓上カレンダー「松下幸之助の言葉」で今年2011年もスケッチを使っていただきました。
今年の1月は翁の「情熱は才能に勝る」という言葉に合わせ、新しい進んだ文化を求めて、危険を冒して唐へ渡った遣唐使にちなんで、奈良平城宮跡に展示されている遣唐使船の復原のスケッチを選びました。






パナソニック電工
2011卓上カレンダー
「松下幸之助の言葉-情熱」に掲載
                                           

ポストカード水彩スケッチ 「奈良町 せいたく豆本舗」 2009年 120 x 165 mm

奈良 猿沢池と
興福寺五重塔


奈良の猿沢池に興福寺五重塔が映る風景は、絵描きやカメラマンの定番のモチーフです。この池は、興福寺で今も毎年行われている、万物をいつくしみ、捕らえた生き物を放つ「放生会」のためにつくられた人工の池です。「澄まず、濁らず、出ず、入らず、蛙はわかず、藻ははえず、魚が七分に水三分」、昔から言われている猿沢池の七不思議です。猿沢池の水は、澄んでもいないが、かといって濁っているわけでもない、水が流れ込む川も流れ出る川もないのに、常に一定の水の量を保っている。亀はたくさんいるのに蛙はいない。藻も生えない。毎年魚が放たれていて、水より魚のほうが多いような池であるのに、魚であふれることもない、と伝わっています。2010/11/26記 


                        関西経済連合会刊「経済人」
2010年11月号表紙に掲載

            

                                           
奈良 西の京
薬師寺夕暮れ


平城京遷都1300年祭が開かれている奈良の西の京と呼ばれる地域には、唐招提寺と薬師寺があります。
唐招提寺の金堂はこのほど大規模な修繕が終わり公開されて、人気も高いようです。薬師寺ももうすぐ東塔の修理が始まるようです。そうするとまた数年の間、見ることができなくなってしまいます。  国宝。世界遺産。



                                                  

奈良 平城宮跡
内裏の遺構から
第一次大極殿を望む


710年に平城京に都が移され、奈良時代が始まるのですが、740年に藤原広嗣の乱をきっかけに、恭仁京に都が移され、4年後には難波京に移り、1年後に紫香楽京に移され、すぐまた平城宮に都が移されました。そのとき第一次大極殿の東に築かれたのが第二次大極殿で、その北に内裏跡があります。天皇の住居であったところです。いまは礎石のあったところに柱の形をした植え込みが並んでいます。 スケッチの手前の未完成のところは、井戸の遺構です。遠く西に生駒山が見えます。1300年前、大宮人や内裏で働く人たちがこのあたりを行き交っていたのでしょうか。 
                                               
 「経済人」2010年6月号表紙掲載

ポストカード水彩スケッチ 「平城宮跡 内裏の遺構から第一次大極殿を望む」 2010年  120x165mm

ポストカード水彩スケッチ 「平城宮跡 宮内省復原」 2010年 120X165mm 

奈良 平城宮跡
東院庭園


平城宮の東側に張り出した地域で発見された日本最古といわれる日本式庭園の遺構を復元したものです。そばに皇太子の宮殿がありました。当時は外国の使節の接待や、遣唐使の歓送迎会などに使われていたそうです。スケッチした日は、遷都1300年祭がはじまる直前の内覧会の日で、あいにくの雨、傘をさしながらのスケッチですが、用紙もシャツもビショビショになってしまいました。世界遺産。





「経済人」2010年6月号表紙掲載。

吉野 金峯山寺
蔵王堂


壮大な建物を間近に寄って描いたものです。このときのスケッチはしごとでしたので、お寺の食堂でお昼ご飯をごちそうになりました。大寺の食堂に入れてもらうのはもちろん初めてで、その日の献立はカレーライスでした。千年以上も続く修験道の本山であるお寺で、職員のお坊さんと一緒に食べるカレーライス。これがおいしかったし、ちょっとおもしろい体験でした。
国宝。世界遺産。

東大寺 大仏殿
奈良


752年の大仏開眼供養後、兵火で焼失。平安時代、重源が再興しましたが、これも失われ、現在の大仏と大仏殿は江戸時代のものだそうです。
世界遺産。国宝。











「大工道具物語」所収
「経済人」2010年3月号表紙掲載。

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奈良西ノ京 薬師寺東塔     ポストカード水彩スケッチ2007年 165X120mm    
関西経済連合会発行の「経済人」4月号のスケッチ紀行・歴史を歩くは、奈良西ノ京を歩きました。4枚目は薬師寺の東塔。薬師寺に残る唯一の奈良時代の建築です。三重塔ですがそれぞれの層に立派な裳階(もこし)がついて六重塔に見えます。20世紀に建てられた新しい西塔に較べると、屋根の反りがなだらかに見えますが、千三百年の間に建物の重みで屋根がおし下げられたものだそうです。それにしても、クレーンなど重機のなかった時代に人々は大変なものをつくりあげたものです。2011/4/26記 
■関西経済連合会刊「経済人」2011年4月号表紙に掲載
奈良西ノ京 薬師寺西塔     ポストカード水彩スケッチ 2006年 165X120mm
関西経済連合会発行の「経済人」4月号のスケッチ紀行・歴史を歩くは、奈良西ノ京を歩きました。3枚目は唐招提寺と同じく世界遺産に登録されている薬師寺。7世紀に飛鳥の藤原京に建てられ、平城京遷都の後、現在の奈良西ノ京に移された古い寺です。20世紀に白鳳伽藍復興事業によって金堂など多くの建物が再建され、このスケッチの西塔も、その際に再建されたものです。朱塗りに白壁がまばゆい印象で、創建当時を彷彿とさせます。2011/4/22記 

■関西経済連合会刊「経済人」2011年4月号表紙に掲載
奈良西ノ京 唐招提寺 宝蔵と経蔵        ポストカード水彩スケッチ 2011年 120x165mm
関西経済連合会発行の「経済人」4月号のスケッチ紀行・歴史を歩くは、奈良西ノ京を歩きました。2枚目は世界遺産の唐招提寺の宝蔵と経蔵。東大寺正倉院と同じ奈良時代に建てられた校倉造りの倉で、ともに国宝です。唐招提寺の境内には、金堂のほかに講堂や御影堂、礼堂、鼓楼など数多くの建築物がありますが、すべてすばらしく、第一級の文化財ばかりで、時間が過ぎるのも忘れて、いくつかスケッチしている間に閉門の時間になってしまい、最後の拝観者になってしまいました。2011/4/19記     
■関西経済連合会刊「経済人」2011年4月号表紙に掲載
奈良西ノ京 唐招提寺金堂         ポストカード水彩スケッチ 2011年 120x165mm
関西経済連合会発行の「経済人」4月号のスケッチ紀行・歴史を歩くは、奈良西ノ京を歩きました。1枚目は世界遺産・国宝の唐招提寺。久しぶりに見る金堂は、壮大にして荘厳。なだらかな屋根の稜線が言いようのない大らかさを感じさせます。2000年から10年の月日をかけて大修理が行われ、さきごろ完成しました。今回の修理に合わせ行われた調査で、759年の創建以来、江戸時代に修理が行われるまで、900年も創建当時のままで、建ち続けていたことが明らかになり、金堂建築にまつわるさまざまな謎についても、多くのことが判明したようで、そのようすが何度かTVの特別番組で放映されましたが、そのたび天平へのロマンをかきたてられる思いでした。16年ぶりにおとずれた静かな境内で、悠久の時を感じながらスケッチさせてもらいました。2011/4/19記 
■関西経済連合会刊「経済人」2011年4月号表紙に掲載

ポストカード水彩スケッチ 「遣唐使船復元 平城京歴史館」 2010年  123 x 183 mm

古梅園
奈良市椿井町


関西経済連合会発行の機関誌「経済人」11月号の表紙は奈良三条通周辺を描いたスケッチで構成しましたが、そのうちの一つ、奈良町にある奈良墨の老舗「古梅園」のスケッチです。奈良墨は15世紀はじめころに、興福寺で作られた南都油煙墨が始まりだそうで、江戸時代には奈良町に40軒もの墨屋があったそうです。この店も創業400年を数える、伝統のある店です。店舗や蔵など20余りの棟が国の登録有形文化財になっています。2010/12/21記
                        






関西経済連合会刊「経済人」
2010年11月号表紙に掲載
     

水彩スケッチ 「奈良市椿井町 古梅園」 2002年  137 x 183 mm

水彩スケッチ 「JR奈良駅」 2002年  135 x 183 mm

南都銀行本店
奈良町 三条通


奈良町の三条通の東向商店街入口に南都銀行の本店の建物があります。観光客や買い物客でにぎやかな通りですが、この建物に目をやる人はあまり見かけません。しかしよく見ると、落ち着いた、均整のとれたデザインの建物で、グレー系の微妙な色合いのタイルも抑制された美しさをもっています。設計は重要文化財に指定されている日本銀行小樽支店をはじめ多くの銀行建築を手がけている長野宇平治で、1926年に建てられたものです。国登録有形文化財。2010/11/29記
   



関西経済連合会刊「経済人」
2010年11月号表紙に掲載

             
          
                                           

ポストカード水彩スケッチ 「奈良町 南都銀行本店」 2010年 120 x 165 mm

ポストカード水彩スケッチ 「奈良 猿沢池と興福寺五重塔」 2010年 120 x 165 mm

ポストカード水彩スケッチ 「奈良 西の京 薬師寺夕暮れ」 2002年  104x158mm

ポストカード水彩スケッチ 「平城宮跡 第二次大極殿から第一次朝堂院」 2010年  120x165mm

奈良 平城宮跡
宮内省復原


12年前に描いた平城宮跡に復原された宮内省の建物のスケッチで、昨日アップしたスケッチと同じ場所です。12年前の「経済人」に掲載していただきました。世界遺産。
2010/6/8
 
     
                                                   







「経済人」1998年6月号表紙掲載。

奈良 平城宮跡
宮内省復原


2010年4月20日
夕方近く、ようやく雨もやみ、招待された内覧者の方たちも少なくなった平城宮跡で宮内省の復原された建物をスケッチしました。これも朱雀門と同じくかなり以前に復原されていた建物です。宮殿の修繕や宮廷の庶務、天皇の財産の管理などをしていた役所の跡です。世界遺産。

      




                                                「経済人」2010年6月号表紙掲載。

ポストカード水彩スケッチ 「平城宮跡 原東院庭園」 2010年 120X165mm 

奈良 平城宮跡
朱雀門


平城宮の正門にあたる建物で、昨日掲載した第一次大極殿が、平城宮の北側に位置するのに対し、この門は平城宮の南側にあります。奈良時代、外国使節の出迎えや見送りがここで行われたり、、たくさんの人が集い歌垣が開かれたりしたそうです。この建物は10年以上も前に復原されているものです。
世界遺産






「大工道具物語」所収
「経済人」2010年6月号表紙掲載。

ポストカード水彩スケッチ 「平城宮跡 朱雀門 復原」 1998年 113x158 mm  

ポストカード水彩スケッチ 「平城宮跡第一次大極殿 復原」 2010年 120x165 mm  

ポストカード水彩スケッチ 「吉野金峯山寺蔵王堂快晴」 2008年 120x165 mm  

ポストカード水彩スケッチ 「旧県立奈良図書館」 2004年 120 x 166 mm  

旧県立奈良図書館
大和郡山


今年は平城遷都1300年にあたり、数々の催しが開かれる奈良ですが、町を少し歩くといいものがたくさん残っています。大和郡山の郡山城址には、明治41年、奈良県技師橋本卯兵衛の設計により建てられrた図書館の建物が残されています。木造の近代建築で奈良市内から移築されたものだそうです。

ポストカード水彩スケッチ 「奈良東大寺二月堂」 2008年 120 x 165 mm  

ポストカード水彩スケッチ 「奈良東大寺大仏殿」 2008年 120 x 165 mm  

つづき-奈良大和路散策-2

YASUDA YASUYUKI

水彩画スケッチ紀行

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水彩スケッチ 「奈良市椿井町 古梅園」 2002年  137 x 183 mm