5/5 下山後のつづき
今日、手配しておいた宿は宮之浦、晴耕雨読。一泊3,500円の素泊まりの宿だ。
島までの交通手段については金銭的にケチケチする気はなかったが、島での宿泊はできるだけ安上がりにと思い、宿を探し始めてまず目に付いたここにした。これで島内での宿泊料は三泊で3,500円ポッキリ。
明日のレンタカーの予約ができたら、自宅へ下山の連絡を入れながら街中をトボトボ歩きそこへと向かった。
「信号のあるY字路を右へとって、しばらくしたら小さな案内板があるから。」
道中の小さなお店で教えてもらったとおり歩くと、10分ほどで写真で見たとおりの全く普通の民家のような宿があらわれた。
山の風景は特にそうなのだが、写真でいくら見ていても実際にその風景を目の当たりすると「こんなに風景だったのか。」と思わせられることがしばしばだが、この宿も写真で見ていた印象に比べるとずいぶん違っていた。
どちらかといえば良い方に違っていて、もっと古びた宿かと思いきや想像より立派だったので、少しほっとしたのが正直なところだった。(すいません)
玄関の引き戸を開け、
「こんにちわ〜。」
と声をかけると、
「おかえりなさい。」
あたかも住人が帰宅したかのように、宿の人は快く迎えてくれた。玄関から見えた中の風景は整理整頓が行き届いていて、外見よりもずっと綺麗だ。(またまた失礼)
すぐそこに大きな本棚のある食堂兼、居間のような部屋があり、大きなテーブルと大きな本棚にはたくさんの本。
さすが、晴耕雨読。これだけの書籍があれば少々雨に降られても読む本がなくなることはあるまい。
宿泊カードに記入し、宿泊料を支払う。何度も云うようだが、その代金は3,500円也。
通された6畳間の部屋は独り占めでは申し訳ないほどの立派な部屋。ここにも本棚があり書籍がずらり並べられている。自宅から前もって送っていた観光用の小さなカメラザックも無事、届いていてひと安心。
荷物を解いたら何はさておき、まずは風呂だ。今日は大雨でびしょ濡れだし、それよりも何よりも二日間風呂に入っていないから気持ち悪くて仕方ない。
周りへの不快感も気になるところだし・・・。
「やっぱり風呂はきもちいい。」
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晴耕雨読の部屋 |
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刺身盛り合わせ |
19時前、例の神戸のNくんはやって来た。
これから、もののけの森からずっと一緒だったNくんと一緒に晩飯だ。
下調べしておいた『漁火』で食事をしようとして電話を入れたものの、あいにく満席とのことで、宿の人に聞いた近くの『たぬき』で食事。
屋久島ならではの海の幸をアテに、まずは
「かんぱ〜い。」
屋久杉のお皿に盛られた刺身はどれも美味い。
もちろんサバはあるし、思っても見なかったウニもある。トビウオの焼き物も食べてみた。まずまずだ。
話し込んでしまい、店をあとにしたのは22時をまわっていた。(飲食代は全部ひっくるめても驚きの6,500円ほどだった)
一時、暴風雨のような天候でこの後どうなることかと案じられたが、店を出たときにはそれも落ち着き、彼と別れたら小雨のなか宿へと戻った。
5/6 南国特有のスコールのような雨のち晴れたり曇ったり雨だったり・・・、晴れるでもなし雨でもなし。
これが俗に云う『月に35日雨が降る』の屋久島の典型的気候か。
朝9時、昨夜は顔を合わすことのなかったご主人や奥さん、まだのんびりしている宿泊の人たちと談笑していると、レンタカー屋さん、まつばんだ交通のお兄さんは昨日の約束どおり宿まで迎えに来てくれた。
一度、事務所までその車で出向き、再度その車で宿に戻るらしい。
今日の予定は、普通に回れば約3時間の島内一周ドライブツアー。
その間に永田岬の屋久島灯台、大川(おおこ)の滝、千尋(せんびろ)滝等を観てまわり、15時、空港で車を捨てる(返す)。(結果的に、この会社はこうするのにはもっとも都合のよい、空港にもっとも近い会社だったのでケガの功名のひとつになった)
事務所でその旨伝えてルートを聴くと、
「反時計回りでまわるのが良いですね。」
それはそうだ、空港〜宮之浦間を走る時間を節約できる。
手続きを済ませ一度宿に戻り、荷物を詰め込んだら宿をあとにし出発する。
「短い時間でしたが、お世話になりました。」
島内一周に先だち、ここでもしておかなけらばならないことがあった。
ひとつは、昨日調達した屋久杉の食器のほかに自分用に三岳(みたけ)を買うこと。
そして、もうひとつは山に持って行ったザックを自宅に向け送り返すこと。
三岳の調達に少し苦労したものの、なんとか正価のものを手に入れることができた。
宅配会社も宮之浦を出て一湊(いっそう)方面へ走り出すとすぐにあった。
車を走らせるようになると、すぐにも屋久島は同じ離島でも利尻島とはずいぶん違うなと感じた。
利尻島では曲がりくねった道や、さしたる高低差もほとんどなく海沿いの直線の多い道路で島を一周することができたが、ここでは海岸線が微妙に入り組んで道路は意外と直線的ではなく、特に北部や西部ではリアス式海岸を走っているようにクネクネ曲がっている。
海を間近に見て走るのは小さな港や海水浴場が現れる際だけだ。少し内陸の山側を走ったり海岸線を走ったりなのでアップダウンも結構ある。
車窓からの景観もずいぶん違う。
利尻島では利尻山がほぼ絶えず見えていたが、ここの山は海岸線から見える山を前岳、見えない山を奥岳と区別されるとおり奥岳は海岸線から見ることはできず、今日は天気が良くないこともあり前岳すら見えない。
元来、山を見ながらのドライブはできない。
一湊の海水浴場を見て、しばらく走ると永田のいなか浜。
見事な砂浜はラムサール条約に登録されているウミガメの産卵地。海の向こうには口永良部島が見える。
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永田・いなか浜と遠くに口永良部島 |
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永田橋 |
さらに走ると、昨日、一昨日と永田岳付近から見えた永田浜が見えてくる。
永田川河口付近は独特の形の砂州(さす)を伴った綺麗な浜だった。
しかし、山側を見上げても今日はあいにく雲が垂れ込め、海岸線から見える唯一の奥岳、永田岳や北尾根の障壁は見れなかった。
永田岬の屋久島灯台を見学すると、やがては車で行ける世界遺産登録地域、西部林道。
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屋久島灯台 |
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西部林道入り口付近から屋久島灯台を見る |
屋久島は島全体が遺産として登録されているのではなく、登録地の大部分が徒歩でなければ踏み入れられない地域ばかり。
その中にあって、唯一、車で乗り入れられるのが、ここから大川(おおこ)の滝手前までの西部林道。
乗り入れると(特にゲートがあるわけではなく、小さな標識があったような・・・)確かに、これまでとなら雰囲気が違い、さすが登録地と思わせる景観が現われる。
香港・西貢の亜熱帯林とそっくりだ。緯度の違いを考えれば、いかにこの島が多雨かがわかる。
鬱蒼とした森を縫って走る林道では何食わぬ顔でうろつくヤクザルの一家や、すぐ脇の森でえさをついばむヤクジカも目にすることができる。
道幅は広くないもののすれ違いに困るほどではなく、観光タクシーやレンタカーのわずかな車しか通らないので通行に問題はない。時折、車を停めては写真も撮りながらゆっくり走る。
しばらく走ると森を抜け、目の前が明るくなり海の向こうに岬が見えてきた。
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西部林道付近の見事な照葉樹帯 |
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瀬切川河口付近から見た海原と栗生方面 |
立派な道をしばらく走ると左手に大川(おおこ)の滝が見えた。
この滝は周回道路の陸橋上から見るのが、もっともその大きさを感じることができた。もちろん真下から見ても昨日からの雨で水量豊かで見応えはあったが、少し遠めに見たほうが、ことに大きく立派だ。
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周回道路より見る大川の滝 |
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大川の滝 |
いずれにしても写真で見るよりも数倍も立派な滝で、我が兵庫が誇る天滝に迫るものがあった。一見の価値あり。
黒味川河口の栗生(くりお)の集落を過ぎると南海岸を走るようになり雰囲気が明るくなる。
残る見どころは平内海中温泉と千尋滝。湯泊(ゆどまり)を過ぎ、海岸方面に少し下ると海中温泉があった。何も考えずに足を運んだが運良く干潮で、海の中の湯船を見ることができた。
尾之間(おのあいだ)手前からはモッチョム(本富)岳の稜線が望めるようになる。
稜線部はガスが掛かり山容の全体は見えないが花崗岩がそそり立つ様は充分わかる。
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ハイビスカスの花 |
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尾之間、JR屋久島ホテル前よりモッチョム岳方面 |
千尋滝は尾之間から、か細い林道をたどって行った。右手眼下に集落や海岸線を見ながらしばらく走ると、やがて駐車場に着く。遊歩道の先に巨大スラブを伴った見事な滝が見えてきた。(表題画像)
「すごいな〜!!」
この景観はこの島独特の地質、地形、気候によるもの。
この滝ももちろん、写真で見るよりもスケールが大きく、何十倍も素晴らしい滝だった。
安房を過ぎ、三日前、淀川登山口へ向かう際バスで走った道路をしばらく走ると空港前に戻ってきた。
約束の15時に空港前でレンタカーを返したら、今朝、宿まで迎えに来てくれたのとは逆に空港まで送ってくれる。
離島料金で一般料金よりも少し高い設定かもしれないが、このサービスついては満足。時間を有意義に使うことができた。
天気は回復傾向だが、何分にも風が強い。昨夜も宿に帰り、食事中の風雨のひどさを、
「すごい風と雨でしたね。」
と奥さんに話すと、
「そう?低気圧が通ったからでしょ。」
島の人はずいぶん平気そうだった。
今もそうだ。
遅い昼食を摂った空港近くのお店で、
「今日、飛行機は平常どおり飛んでいますか?」
と聴いてみても、
「風だけだから大丈夫ですよ。」
地元の人にとってはこれくらいの風は風のうちに入らないらしい。確かに台風でも来ようものなら、とんでもなく凄まじい暴風雨だろうから、こんなのは平気なのかもしれない。
空港ターミナルに入ると何事もないかのように搭乗手続きが行なわれていた。
そのうち15時15分着の便で到着した乗客が下船。
「やっぱり平気なんや。」
搭乗時間が来ると、例によって滑走路を歩いて機体のところまで行き、ドア兼タラップの階段を上がり機上の人となる。
海側の席だったので屋久島側は見えず、滑走路の海の向こうに種子島が見えるだけ。
それよりも何よりももっとよく見えたのは主翼から出ている右の車輪。すぐ目の前に見える。
「そりゃ〜、これが出ないと怖いよな〜。」
今になって高知空港でのボンバルディア機の胴体着陸の光景を思い出した。
「あれは前輪だったから何とか回避できたようだけど、もしこれが出なかったら・・・。」
確かにもっともっと深刻そう。
「お〜、怖ッ。」
ひとりこんなことを考えているうち車輪は回りだした。こうなればパイロットに身を任せるしか方法はない。
離陸の際には前輪が浮いた時点で機体が風にあおられ、機首がかなり傾いているようだったが、後輪が滑走路を離れふわっと浮き上がると、通常の飛行状態のように飛びたった。
結局、行きも帰りも機上から奥岳を望むことはできなかった。
細長い種子島はしばらく眼下に見えていた。
そのあと見えてきた小さな島は馬毛(まげ)島というらしい。今の今までこの位置に島があることは知らなかった。変な発見をした気分だった。
佐多岬付近か大隈半島南部の海岸線をわずかに見たあとは、すっかり雲の上の飛行となった。
鹿児島空港に近づき下降する際、わずかに雲の上に浮かぶ高千穂ノ峰らしき綺麗な三角錐の山を見た他は、これといって山を望むことはなかった。
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鹿児島空港着陸間近のボンバルディア機 |
鹿児島空港で待ち合わせしたら、今度は岡山行きの便に乗り継ぐ。いよいよ今回の旅の最後の便への搭乗だ。
この便はこれまででもっとも小さいサーブ社製、定員の36人乗りのプロペラ機。
違う意味でこれに乗るのも楽しみのひとつだった。
屋久島行きのボンバルディアに乗ったときと同じように搭乗口でチェックインしたら階段を降り、専用のバスに乗って当該機のところまで行く。
サーブ機はずいぶん遠くに駐機していた。
ドア兼タラップの階段を短く上がると、いきなり機内だ。
機内は特に狭さは感じなかったが、中央やや右寄りに通路があり右側が一列、左側が二列の、計三列しかなく、最後尾もすぐ間近に見えることを考えれば、やはり小さいのだろう。
(実際はキャビンアテンダントが一人しかいなかったことが、この機体が小さな機体であることを如実に物語っていた)
ところがシートに腰を下ろすと、これが変なもので、むしろ通路を挟み二列、二列のボンバルディアの席よりも横に席がない分、広さを感じられる。
前列との座席の間隔も微妙に広いような気もするから妙にうれしい。一列側をリザーブして正解だった。
軽快に滑走路を走ると、軽やかに空中に飛び出した。
大きなジェット機なんかに比べると、いかにも機体が軽そうでかなり軽快だ。
もちろん満席だったが、それでもたった36人しか乗っていないのだから事実、軽いはず。
「小さな飛行機も、いかにも乗ってる気がしていいじゃない。」
すぐに雲の中を飛ぶようななり、その上に出たとき眼下は一面に雲海が広がっていた。
順調に航行し再度、雲の中を飛ぶようになると目的地の岡山空港は近い。
雲の下に出ると「いかにも岡山」らしい里山の風景が広がる。
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岡山空港に到着のサーブ機 |
閑散とした岡山空港に無事、着陸しタラップを降りると、ターミナルビル屋上で大きく手を振る二人。
見覚えがあると思ったら、我が妻と息子だった。
家族の有り難味をしみじみと感じた瞬間だった。
「今回も君たちのお陰で遠くの山に行ってこれたよ。」
心の中でつぶやいたが、車に乗って走り出すとガミガミ云っている自分がいて、すぐに素(す)に戻っている自分が腹立たしくなるばかりだった。
せめてもうしばらくは余韻に浸りたかったのに・・・。 |