次の日、少年は独房から本来の部屋に戻された。二人は訓練所内で何度か見かけたり、すれ違ったりしたが、その度に、互いに目を合わせることも話すこともなかった。 あの日から一週間経ったころだった。射撃の教官から後輩の指導を手伝うように青年は言われた。 「今日から一人遅れて新入りが入る。だが、年少の訓練はもう一週間前から始まっている。そいつ一人に構っている暇はない。基本的なことはお前が教えろ。」 教官の言葉を聞き流しながら、教官と並んで青年は歩いていた。目は動かさずとも青年の視線はあらゆるものを捉えていた。見張りにたっている軍人の位置・動き、監視カメラ、モニター、通気口の音からはその広さやどこへ向かっているのか、いろいろなものを頭に叩き込んでは、それらを抜け出す計画に活かせないものかと考えを巡らせていた。青年の中には今度こそ、ここから抜け出すんだという強い思いに駆られていた。一週間後に来る二十二日の日までにと。 廊下の突き当たりのドアから教官に続いて、青年は中へ入っていった。そこは以前青年が使っていた年少用の射撃場で、現在使っている射撃場より少し狭く、青年が成長したことでより狭く感じられた。そして、目の前には十歳になるかならないかという年頃の小さな少年たちが一列に整列していた。その中に、あの少年が立っていた。反抗的な目は何一つ変わっておらず、教官を睨みつけていた。 「范!一歩前に出ろ」 渋々と言った感じで少年は前に出た。周りの少年たちはその態度に怖がった。この一週間で教えられるのは射撃だけではない。教官への絶対服従も暴力で叩き込まれる。みんなそれを身に染みて分かっており、少年の反抗的な態度は教官の手が飛ぶことを意味していた。 「なんだ、その態度は!」 教官の拳が少年の頬を打ち付け、少年は軽々と飛ばされた。それでも、少年は起き上がり、教官を睨みつけた。 「その目をやめろ!」 教官の二発目が少年のもうひとつの頬を叩いた。すると今度は、少年は倒れそうな体を支えて踏み止まって耐えてみせた。 「お前はどこまで生意気なんだ!」 教官の三発目の拳が構えられた時、ガチャという金属音が鳴った。 「誰を教えればいいですか?」 教官が振り返ると、身近にあった訓練用のライフルを手に取り、安全装置を外している青年の姿があった。一瞬、教官の顔に気に食わない表情が伺えたが、すぐに冷静さを取り繕った。 「そうだな、お前を呼んだのもこんな奴に構っている暇がないからだ。こいつの相手はお前にまかせる。さあ、始めるぞ」 教官は少年を青年に突き出すと、他の少年たちをポジションにつかせた。青年は頬が赤く腫れた少年に近付いた。 「少しは利口になれ。あいつらに情けなんてないぞ。」 「あいつらなんかに絶対従うもんか」 「この言葉、知っているか?『体の自由が奪われようと、魂の自由までは奪われない』と」 「何だよ、国語の勉強でもするのか?」少し馬鹿にしたような言い方だ。 「見かけは従っているように見えても、心ではあいつらをあざ笑っている奴もいるってことだ。ちょっと従順な所を見せさえすれば、バカはその気になって喜ぶ。あいつみたいに。」 青年は目で合図しで少年の目をある人物に向けさせた。少年の目に写ったのは先程の教官が偉そうに怒鳴っている姿だった。少年は思わず吹き出し、青年も含み笑いを浮かべた。 「銃やライフルを持ったことは?」 「ない」 「あったら驚くよ。こっちに来るがいい。」 そう言って、青年は様々なライフルが並んだ棚に少年を呼び寄せた。 「ここにあるものはすべて軍で使用しているものだ。左から、M16A2、MP5R.A.S、M4A1カービン、APS-2、他にもいろいろ倉庫に眠っている。」 「これは?」 「中国67式7.62mm微声手槍。いわゆるサイレンサーピストルだ。命中精度を下げないようにするため、サイレンサーは一体化され、より小型に、より軽量に工夫がされている。」 青年は銃を手に取り、慣れた手つきで素早く銃を分解してながら説明し始めた。 「これは基本的にはダブル・アクション・トリガー・システムを組み込んだセミ・オートマチック・ピストル。ダブル・アクションのトリガーはハンマー引き起こし方式とも呼ばれ、このハンマーが露出している。だが、スパーだけの露出で、なおかつコックしてもハンマーが飛び出さず、引っかかりにくい設計がされている。マガジンはベレッタと似た左右に大きな開口部を持つシングル・ロー・タイプで、9発の弾薬が装填。そして、最大の特徴はピストルに組み込まれたサイレンサーだ。スライドロックを備え、エジェクション・ポートからの発射音を防止する機能がある。あとはー、」 異国の言葉かと思える程さっぱり分からない意味不明な言葉の連続に、少年は呆然と呆れた表情で青年を見ていた。その顔に青年は笑った。 「冗談だよ。初めからこんなこと覚えなくていい。ただ、お前がこれを使うことがないように願っているだけだ。」 「どういう意味?」 「そのうち分かるさ。じゃあ、こっちで撃ってみるか」 「いきなり撃つのか!?」 「名前や名称などはどうでもいい。撃つ感覚を覚えるんだ。」 青年は少年に訓練用のライフルを持たせた。 「これが安全装置。撃つ時以外は必ず付けておけ。持ち方はこう。ここから標的を覗くんだ。標的に照準を合わしたら、引き金を引く。やってみろ」 少年は言われた通り、やや緊張しながら恐る恐る引き金を引いた。カチッと金属音が鳴った。 「弾が入ってない」騙されたと少年は恨めしく青年を見た。 「いきなり撃って、壁に穴を開けられたら困るからな。もう少し脇を締めるんだ。肩は緊張し過ぎない。だが、ライフルはしっかりと安定するように持つんだ。そして、標的ばかりに気を取られないこと。よし、弾を入れよう。」 「やっぱり、いきなり撃つんじゃないか!?」 青年はニヤと笑うと、ライフルのマガジンを取り、装弾の仕方をやって見せた。
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