■ 王になった野伏               

「ボロミア!」
 新しい年を迎えたばかりのミナス・ティリスに、窓ガラスを揺るがすほどの大声が響き渡りました。それは王宮の外にまで聞こえてしまうほどのものでしたが、寒い空の下、見張りに立っていた衛兵や、または細々とした用事で外へ出ていた侍女、そしては城の近くに居を構える民達は、おっとりと首を傾げました。
 ゴンドールの核たる王宮では、このように怒号が響き渡ることは、まさに日常茶飯事だったのです。ですので、すわ一大事かと慌てるような衛兵も、注進注進と辻へ飛び出す民もおりませんでしたが、今日の大声には衛兵も民も侍女もみな、首を傾げていました。
 なぜなら、いつも怒号が呼ばわう名とは違う名が、王宮の中で叫ばれていたのです。
 珍しいことだね、と大きな荷物を抱えた侍女に手を貸していた衛兵は微笑みました。奇しくもその侍女は、ゴンドールの執政官ボロミア公のお部屋付きの侍女でしたので、侍女もくすくすと笑い声を洩らします。いつもとは逆ですわね、と気さくに声の主と呼ばれた者のことを話題に上らせながら、彼らは雪の降る中の仕事へと戻りました。
 そうです。
 民や侍女や衛兵が首を傾げたのには、大声で呼ばわれた人の名が、いつもとはまったく違ったからでした。
 いつもは、このゴンドールの父たる王が、その忠実なる執政官のボロミア公に名を叫ばれ、そして短くはないお説教を聞かされていたのです。そのお説教の理由は様々ですが、大切な書類に落書きをしないようにとか、今日こそ湯浴みをして下さいだとか、もっと王らしく威厳ある装いをして下さいだとか、いつもどれも他愛ないことばかりでした。
 はるか昔よりその椅子を不在にしていた王は、長く野を流離っていましたので、じっとひとところに落ち着くことが苦手であり、身奇麗にする事にもあまり慣れていなかったのです。
 執政の仕事ではないと思いながらも、ボロミア公はそれをなんとか改めて差し上げたいと思っていましたので、毎日のように王の名を大声で呼び、姿をさっと消してしまった王を探し、王宮の中を駆け回っていたのでした。
 ですから、大声で呼ばれたのがボロミア公、そしてそれを呼んだのが王であることに、少しばかり首を傾げながらも、まぁいつもの事だろうと取り立てて騒ぎ立てるものはおりませんでした。
「ボロミア! どこに行った!」
 さすがに元は野を流離っていた野伏でしたので、王はどれだけ華美な装いをしようとも決して足音は立てません。石畳を早足で歩き、辺りの戸と言う戸を開け、中を覗き込んではボロミア公の名を呼ぶ王の剣幕に、さすがに心配になったのでしょう。肩に暖かな毛皮のショールを羽織ったアルウェンが、王の覗いている部屋よりも少しばかり先に行った部屋の扉を開け、外へ顔を出しました。
「どうかなさいまして?」
 穏かなアルウェンの声に、ああ、とアラゴルンは厳しく引き締めていた顔をほんの僅かにほころばせました。
「すまない、アルウェン、騒がせてしまって。ボロミアを見なかっただろうか」
「ボロミア様がどうかなさいまして? 先ほどから大声で陛下がボロミア様を呼ばわれておられるので、ボロミア様に何事かあったのではないかと、エルダリオンが心配しておりましてよ」
 アラゴルンが部屋の中を覗き込むと、今年で三歳になるエルダリオンが両手にしっかりと、身の丈と同じほどもあるぬいぐるみを抱きしめて目を丸くしておりました。ばつの悪い顔で、アラゴルンは眉を下げました。
「すまない。ボロミアに何かがあったわけではないのだよ。ただ彼が、逃げ出して」
「逃げ出す? ボロミア様が? それは陛下の方がお得意でしたのに…とうとう愛想を尽かされまして? 」
「アルウェン……」
 遠慮も何もないアルウェンの言葉に、アラゴルンはがっくりと肩の力を抜きました。アラゴルンとアルウェンは、アラゴルンがまだ若い頃から良く知っておりましたので、互いにあまり遠慮がなかったのです。それが心地よいとは言え、あまりにずばりとそのものを言われてしまうと、さすがのアラゴルンも情けない気分になります。
「逃げられはしたが、愛想を尽かされたわけではない! ……はずだ」
「あら、それほど自信があるご様子じゃないようですけれど……。エステル、あまりしつこくすると、嫌われましてよ。特にボロミア様は高潔な方ですもの。陛下のように我儘の過ぎる方とご一緒に過ごされるのは、あの方にとっては苦痛でいらっしゃるのではないかしら…」
「そ、それをボロミアが言っていたのか?」
 泣き出しそうな顔をして、おたおたと落ち着きをなくしたアラゴルンに、毛皮のショールが肩からずり落ちるのをそっとその白い手で押さえながら、アルウェンはにっこりと微笑みました。
「さぁ、どうでしょう。わたくしの口から陛下に申し上げて良いものかどうか……アルウェンがそう申していたと、ボロミア様に直接お尋ね下さいな」
「なんと言うことだ…。ボロミアがまさか私と過ごす時間を嫌っていただなんて………ああ、だから今日も逃げ出してしまったのだろうか……。アルウェン、アルウェン! 私は一体どうしたらいいんだろう。ボロミアに嫌われてしまったら、私はどうしたらいいのか解らない…」
 聊か自分の奥方に言うには障りのある言葉でしたが、アルウェンはまるで気にした素振りもなく、変わらずにこにこと微笑んで言いました。
「それも含め、直接お尋ねになればよろしいじゃありませんか。早くボロミア様をお探しになって? ひょっとしたらもう、度々陛下がなさるように、都を抜け出しておられるかも……。ああ、それかもう、どちらかに身を寄せていらっしゃるかも。何しろあの方を好かれている方々は、種族を問わずたくさんいらっしゃいますものね。エルフだけでも、レゴラスにハルディアにグロールフィンデル。それにわたくしの兄達も。ああ、そうそう、ガラドリエルおばあさまもあの方がお気に召したご様子でしたから、かの森にお招きになっていらっしゃるかも……」
「奥方が!」
 アラゴルンの悲鳴のような声に、遠い所で立ち警戒の任に就いていた衛兵が驚いたように振り返りました。いつもは聡いアラゴルンも、ですが今ばかりは落ち着きをなくし、早鐘のように打ち響く胸を宥めることで精一杯でした。
「ああ、ボロミア、不誠実で怠惰な私を許してくれ!」
「そう言うことは」
 涙を滲ませたアラゴルンに、ぎゅっと手を取られたアルウェンは、いつもと変わらず揺るぎない雄大な微笑みを浮かべたまま、ぎゅっと夫の手の甲を抓ります。
「わたくしではなく、ボロミア様に直接仰いなさい。まずはくまなく城の中をお探しになってはいかがかしら。そうだわ、確か今、ファラミア様がこちらにいらっしゃっているはず……あの方ならきっと何かご存知でしてよ。何しろボロミア様は、ファラミア様を殊に愛しくお考えでいらっしゃいますから、陛下にはとても明かせないことも、ファラミア様にはご相談なさっていらっしゃるかも…」
「そうだな…まずは、うん、そうしよう。邪魔をしたね、アルウェン」
 アラゴルンはアルウェンの頬にくちづけをし、握り締めていた手の甲にも唇を落とした後、飛ぶような速さで廊下を走り抜けて行きました。イシリエンを統治するファラミア公は、この城で暮らされていたので、領地からミナス・ティリスへと庶務で訪れている時も、幼い頃からの部屋を使っていたのです。おそらくアラゴルンは、そちらへと向かったのでしょう。
 アルウェンは、彼女の夫の姿が廊下の角を曲がるまでを見送り、それから部屋の中へ戻りました。ぴったりとドアを閉め、それどころか鍵をかけてしまいます。その上で彼女は、ずれていた毛皮のショールを肩にかけ直し、にっこりと微笑みました。
「さぁ、もう出てきても大丈夫ですよ、ボロミア様」
 部屋の奥、寝室に繋がっている扉へかけられたアルウェンの声に、そっと寝室のドアが開きました。そこから顔を出したのは、今の今までアルウェンとアラゴルンの話題に上っていたボロミア公でした。ばつの悪そうな顔で辺りを見渡し、彼は深々と頭を下げます。
「申し訳ございません、妃殿下。ご迷惑をおかけして…」
「あら、どうかお気になさらないで。エステルには灸をきつく据えなければと常々思っていたんですもの。丁度いい機会ですわ」
「匿っていただいて助かりました」
 近付いたアルウェンの手が背に触れると、ようやくボロミアは顔を上げ、ほっと微笑みます。ボロミアの頬に浮かぶ安堵の色に、アルウェンは深い微笑みを浮かべ、ボロミアをテーブルへと誘いました。
 大きなぬいぐるみを抱きしめたエルダリオンも一緒です。大好きなボロミアがやってきてくれたので、エルダリオンは嬉しさに頬を上気させ、愛らしい笑顔を振りまいていました。抱きしめている大きなぬいぐるみも、ボロミアからプレゼントされたものでしたので、エルダリオンは決してそれを母と自分以外の人の手には触れさせないのです。先ほどもぎゅっとぬいぐるみを抱きしめ、まん丸の目でアラゴルンを見つめていたのは、ひょっとしたらアラゴルンがそのぬいぐるみを取り上げてしまうのではないかと勘繰ったからでした。
「さぁ落ち着いて、お茶でもご一緒しましょう。陛下ならファラミア様のところへ行かれましたから、しばらくはあちらで足止めをされるでしょう。その間にどうして陛下から逃げ回っていらしたのか教えて下さいませ。ああそうだわ。こちらのクッキーも召し上がって、ボロミア様。わたくしが作りましたのよ」
「妃殿下が! 有難く頂戴します。ああ、わたくしが致しましょう」
 アルウェンが手ずからティポットにお湯を注ごうとするのを、折角座った椅子から立ち上がりボロミアが留めました。アルウェンの白くたおやかな手から湯の入った薬缶を取り上げ、ティポットを暖めます。
「国にいる間はあまりこう言うことはしなかったのですが、旅に出てから嗜むようになったのですよ。最も、サムワイズ殿ほど美味しいお茶を淹れることはできませんが」
「あら、でもとても素敵な香りがしましてよ」
 ボロミアは意外にも器用な手つきで、お茶の準備を進めました。エルダリオンも椅子に座り、隣の椅子に大きなぬいぐるみを置きました。ボロミアがミルクをたっぷり注いだミルクティをエルダリオンの前に置くと、両手でそっとそれを持ち、ふぅふぅと息を吹きかけています。ボロミアはエルダリオンのその様子を愛しくて堪らないというような視線で見つめていました。
「妃殿下はミルクを?」
「わたくしは結構よ、ボロミア様。それよりも、わたくしはアルウェンとお呼び下さいと、何度も申し上げておりますのに」
 アルウェンは残念そうにそう言って、ボロミアが差し出したカップを受け取りました。裂け谷でエルフから紅茶の特別な淹れ方を教わったと言う通り、ボロミアの淹れる紅茶は、アルウェンが裂け谷で親しんでいたのと同じほどにおいしく、昔を懐かしく思い出させてくれます。良い香りを楽しんだ後、アルウェンは傍らに座ったボロミアに微笑みかけました。
「わたくし達、同じ方に心を差し上げた同士ですもの。ボロミア様とはもっと親しくしたいと、そう思っておりますのに」
「わたくしはこの国とエレスサール王、そして王のご家族であるあなた方に仕える身。そう軽々しくお呼びするわけには参りません。ですがどうか、わたくしの事はボロミアとお呼び捨てを」
「では、わたくしもアルウェンと呼んで頂かないと、公平ではありませんわ。ね、どうかそうなさって? 親しく話せる方がいらっしゃらないの。エオウィンはイシリエンで過ごしておられるし、お手紙は差し上げているけれど、早々お会いする事もできなくって、寂しく思っていたところですのよ」
「はぁ…ですが……」
 困ったように眉を寄せるボロミアに、アルウェンは気を利かせ、さっと話題を変えました。まだまだ時間はたっぷりあるのですから、ゆっくりと親交を深めてゆけばよいと、アルウェンはエルフらしく考えていました。
「そうだわ、それよりも、ボロミア様?」
「はい、なんでしょうか、妃殿下」
「どうして陛下から逃げ回っていらっしゃったのか、障りがなければ教えていただけないかしら。あのエステルの情けない顔ったら…何事かなければあんな風にもならないと思うのですけれど…」
 おいしい、とボロミアの淹れた紅茶を味わい、アルウェンは微笑みます。さ、召し上がって、とクッキーの乗った皿を押し出されたボロミアは、砂糖のまぶされた花の形をしたそれをひとつ摘み、口に入れました。城の菓子係が作っているクッキーとは少し味が違いましたが、それでも大変おいしく、ボロミアは何度も頷きました。
「これは…裂け谷でも何度か口にしました。もしや、あれも妃殿下が?」
「いいえ、でも裂け谷でお菓子作りを専門にしていた者から教わりましたのよ。さぁ、ボロミア様。教えて下さいな。どうして陛下から逃げ回っていらっしゃったのかを」
 ボロミアはお茶を飲んだり、何事かをもごもごと呟いて口籠ったり、意味もなく咳払いをしたりしていましたが、アルウェンがじっと見つめているのを知ると、観念したように溜息をつきました。
「メリーとピピンから手紙が届いたのです。新年を祝うお祭りがホビット庄であるのだとか。それにぜひ我々を招きたいと」
「それで陛下が行きたいと?」
「はい。あ、ですが今の所取り立てて問題事も起こってはおりませんし、陛下に一ヶ月程度なら国を空けて頂いても結構なのです。陛下が即位なさったとは言え、我々はあまりにも長い間、王不在の国の政に携わっておりましたから、不都合があるというわけではないのです。ただ、その……」
「ただ?」
 口籠ったボロミアが口元に手を宛てて、少しばかり頬を赤くするのを見て、アルウェンは首を傾げました。
「ああ、いえ、止しましょう、こんな話は」
 慌てて首を振り、自分で淹れた紅茶のカップに口をつけたボロミアは、紅茶の熱さに顔を顰めていました。アルウェンがそっと手を伸ばし、ボロミアのカップを握り締めている手に触れ、思慮深い眼差しでじっと見つめました。
 アルウェンの澄んだ瞳に見つめられ、ボロミアは観念したように溜息をつきました。
「陛下は、わたくしも一緒にと…」
「あら、よろしいじゃありませんか。是非そうなさったら? たまにはボロミア様も息抜きをされた方が…」
「執政とは、王不在の間、国を守るためのものです。それがのこのこと王の後を追いかけていったなどとなれば、一体だれがこの国を守るというのでしょう。それをご説明申し上げましたら、そうであるなら、陛下は一人で行くから、その代わりに今宵は好きにさせよと」
「ま、あの破廉恥な男、そんな失礼なことを?」
「それどころか、その…仕事をしているわたくしの尻を撫で回したり、侍女や衛兵がいるのに後ろから抱き着いてきたり、ちょっとでも人目がなくなると、部屋であろうが廊下であろうが外であろうが、押し倒そうとなさるのです。なんだかもう肩に触れられる手つきすらもいやらしいのです! わたくしがホビット庄へ共に行かないのなら、一月はこれくらいのことをしてやると仰られて…どうしてよいのやら……。それで逃げ出した次第なのです…」
 しょんぼりと肩を落とし、項垂れたボロミアの目尻には、うっすらと涙が光っています。ボロミアは国を心から愛し、そのために指輪の魔力に堕ちそうになったほど愛国心に満ち溢れている人でしたから、王であるアラゴルンに、国を出て行ってやる、と言われてしまえば、彼に逆らうことなどできなくなってしまうのでした。それを知っているアラゴルンは、自分が王である事を傘に着て、色々とボロミアによからぬ事をしでかそうとしているのです。
「……我が夫であるのが恥ずかしいくらいに愚かな男ですこと」
 アルウェンの福々しく微笑んでいた顔から、すぅとぬくもりが消えてゆきました。彼女の背中に、なにやら吹き荒ぶ吹雪が見えるような気もします。ボロミアははっと己の口を塞ぎ、とんでもないことを妃殿下に打ち明けてしまったと後悔しました。
 ボロミアとアラゴルンのことは、アルウェンも委細承知とは言え、己の夫が他所に囲う愛人に、それも男の身での愛人になすことの所業は、さすがに聞いていて気分の良いものではないでしょうし、聞かせるべきことではなかったのです。
 慌ててアルウェンに詫びの言葉を述べようとしたボロミアの手を、それも両手を、アルウェンは素早い動きでしっかりと握り締めました。その恩寵を返上したとは言え、元はエルフであったアルウェンの力は、ちょっとやそっとの力では振りほどけない力です。握り締められた手はぴりりと痛みました。
「ボロミア様! どれだけあなたにお詫びすれば良いのでしょう。あの愚かな男のために、あなたに気苦労をかけてしまって……わたくし、本当に心から申し訳なく思っておりますの」
「い、いいえ、そんな!」
 ボロミアはアルウェンが涙ながらに告げる言葉に、飛び上がって首を横に振りました。
「妃殿下にお詫び頂くようなことではございません! むしろ、わたくしが妃殿下にお詫びしなければならないくらいで…ええと、その、妃殿下。手が痛いのですが……」
「あらっ、ごめんなさい。うっかり力を込めてしまって……それよりも、ボロミア様! 駄目ですよ、あんな男の言いなりになっては。昔からエステルはそうなのです。どこかずるがしこいというか、計算高いと言うか…とにかく、人の弱みに付け込むのがことのほか得意なんですのよ」
「ええ、ええ、そうなのです、妃殿下。わたくしも、国を捨てるなどと陛下に言われてしまっては、もう逆らえなくなってしまって……それで何度か陛下の口車に乗せられてしまったこともありまして……どうしてよいのやら、皆目検討もつかないのです」
「まぁ、わたくしのボロミア様になんという無体を……」
 アルウェンは目を丸くして、それから少しばかり憤慨したように頬を膨らませました。元々器量の良い方でしたので、そのようにすると愛らしい顔がますます子供めいて見え、ボロミアに微笑みを誘います。うっかりと頬を緩めるボロミアに、アルウェンは怖い顔をでぴしりと言いました。
「和んでいる場合ではありませんよ、ボロミア様! あの不埒な男に、今日こそうんときつい灸を据えてやらなくては……そうだわ、ボロミア様、あなた、今日の執務はもう終わりまして? どなたかに任せても良い差し支えのない仕事ばかりなら良いのですけれど」
 ようやくボロミアの手を離したアルウェンは首を傾げます。聊か血のめぐりが悪くなって冷たくなってしまった手指の先を擦り合わせながら、ボロミアはこくりと頷きました。
「今日の執務は、すべて午前中に終わらせてしまっておりますので、取り立てては…。年が明けたばかりですし、まださほど仕事も溜まっておりませんし…」
「それは好都合。一週間ほど国を空けても、問題はないと良いのですけれど。ファラミア様にご無理をお願いすれば、大丈夫かしら?」
「ああ、そうですね。ファラミアならばうまくやってくれるでしょう。ですが、妃殿下、それが何か……?」
 聊か、アルウェンの内にどんなたくらみが沸いてきているのか不安になったボロミアは、知らず胸の辺りを押さえながらそう問うと、アルウェンはにこりと微笑みました。
 ふふふ、と笑い声を洩らすアルウェンを、その傍らに座っていたエルダリオンは不思議そうに見上げています。それを見下ろし、柔らかな髪を撫でた後、アルウェンはボロミアが仰天して声を引きつらせてしまうような計画を打ち明けたのでした。