あれから二度の昼と夜が過ぎました。
「あともう少しで鋒山を越えるな。」
「ああ。」
まだ旅が終わったわけではありませんが二人はほっと
息をついて峠の向こうを臨みました。
峠の向こうに小さな集落が広がっています。
「アキラ今日はあそこで泊まろうぜ。」
本当はもう少し今日のうちに進むこともできたのですが
この3日間の野宿でへとへとに疲れていたのでヒカルの
提案にアキラも頷きました。
「仕方がないね。実はあそこには知人の別宅があるんだ。」
「じゃあ泊めてもらえるかもしれねえじゃん。」
「どうだろう。普段は住んでいないし、それに・・。」
アキラが口ごもったのでヒカルは不審に思いました。
「どうかしたのか?アキラ。」
「いや、彼は自尊心が強くて人当たりが良くないんだ。
でも今は非常時でそんなこと言ってる場合じゃないから。
一晩泊めてもらえるように頼んでみるよ。」
二人がやってきたのは村の集落とは離れた山の斜面に作られたお屋敷?いや屋敷と言うより古城というべきほど歴史を感じさせる立派な建物でした。
『サイこれって城だよな?』
サイは懐かしむように城を仰ぎました。
『ここは変わらないですね〜。」
『サイひょっとしてここにも来たことがあるのか?』
『ええ、昔、この城で王が主催した華やかな舞踏会や劇が
毎夜くりかえされたんですよ。またここに来ることが出来るなんて・・。』
うっとりと昔を思い出すサイにヒカルはすっかり
アキラが王女の弟であると言う事実を忘れていた事を思い出しました。
「まさかアキラの知人って?貴族とか王様とかなのか?」
「彼はT国の財閥ではあるけれど、貴族でも王族でもないんだ。」
「でもここってお城なんだろ?」
「昔はそうだったんだけどね。国が困窮にあえいだ時に
売られてしまって。今の持ち主にゆだねられたんだ。」
アキラが門番に用件を告げるとすぐに重々しい扉が開き
二人は中へと通されました。
長く冷たい廊下を歩いているとヒカルは少し不安になって小声でアキラに耳打ちしました。
「なあ、そいつは大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。彼は自尊心が強い分、誰の派閥にも入ったりしない。そういったところは僕と似てる。」
通された部屋には見事な赤いビロードの絨毯がしきつめられみすぼらしい二人が土足で入る事はためらわれるほどでしたが案内したものはそのまま二人をこの城の主のもとへ勧めました。
その奥にヒカルたちとそう変わらない年頃の眼鏡をかけた
少年がゆったりとした椅子に座っていました。
「これはトーヤ先生。ご無沙汰してます。今日はどうされましたか?」
少年は歳のわりに落ち着いた物腰に醒めたもの言いでした
ヒカルは少年をみてなぜか出会った頃のアキラのことを思い出しました。
「突然訪問してすまない。実は急ぎの旅の途中で宿を探しているのだが・・・。」
アキラが最後までいうまでに少年は言葉を挟みました。
「どうぞ、トーヤ先生。今晩は我が館でゆっくりしていってください。
それで、宿代の代わりにでも僕の芝居のお相手をして頂けますか?」
アキラが返事をする前にヒカルは好奇心から少年に話しかけていました。
「芝居ってお前もするの?」
少年は、ずれた眼鏡を押し上げてヒカルを見ました。
少年はそれまでヒカルをただの従者だと思っていたのです
「君は何者?失礼だけど、知らないものからお前呼ばわりされるのは癪だね。僕にはオチと言う名前がある。」
『ヒカル!!』
サイに窘められてヒカルは素直に謝りました。
「わりい。俺あんまり言葉遣いとか礼儀とかしらなくて。」
オチは長いため息をつくとアキラに話しかけました。
「トーヤ先生彼は何者です?」
「ヒカルは僕のパートナーになる者です。」
アキラの言葉に驚いたのはヒカルだけではありませんでした。
「君が先生のパートナー?」
オチはヒカルを上から下まで値踏みするように見ました。
「冗談でしょう。僕はトーヤ先生のパートナーに恥じぬよう
今まで地位に甘んずることなく励んできた。なのに、この僕でなく、こんな素人が先生のパートナーだって?
君はどんなパフォーマンスができるの?所属は?演技は?
目指す舞台は・・?」
矢継ぎ早にオチに捲くし立てられてヒカルはおろおろしました。
サイがオチにも負けないぐらいすごい剣幕でヒカルに言い寄ります。
『ヒカルあのようなものに後れをとってはいけません。ほら・・・もっと背筋を伸ばしてなんとか言い返すのです。』
『サイ、そんな事いったって・・・。』
オチは話にならないとばかりに大きなため息をつきました。
「君には応えられないんだろう。」
「違う!!」
ヒカルは今までとは違って大声で怒鳴るとオチをじっとにらみつけました。
「オレの目指す舞台は皆が笑顔になる舞台。観客も出演者も一体になるような。そんな舞台だ!!」
誰も争わず貶したりしない。誰もが幸せになれる舞台・・・
前にそういった時はバカにされたけどヒカルにはそれが本当の舞台じゃないかとやはり思うのです。
オチはバカにするように笑いだしました。
「まさか・・・そんな馬鹿げた事を言うやつがいるなんて。
信じられないよ。
まさかトーヤ先生もそんな馬鹿げたことを考えてるわけではないでしょうね。」
アキラは苦笑しました。
「馬鹿げた事だと思うよ。それは理想だってね。
でも僕も見てみたいんだ。誰も作れなかったものを、舞台を
彼に出会ってからそう思うようになった。
君は笑うだろうがね・・・。」
呆れたようにオチは小さくつぶやきました。
「緋国の伝説のゴ石の由来なんて所詮夢か幻さ。」
オチがはき捨てるように言った言葉をヒカルは聞き漏らしませんでした。
「緋国の伝説のゴ石ってなんだよ?」
そんな事も知らないのかというようにオチはますます
ヒカルを軽蔑しました。
「ヒカルといったな。今からここで僕と勝負しろ。
僕が負けたら、君を先生のパートナーと認めよう。
そして伝説のゴ石を君にやるよ。」
アキラもヒカルも驚いてオチを見ました。
「ただし負けたらこの僕が先生のパートナーだ。
トーヤ先生彼に勝ったら他でもなくこの僕を貴方のパートナーとして認めてくれますか?」
ヒカルもアキラもなぜオチがゴ石を持っているのか聞き出し
たかったのですが、それを聞き出す事ができないほどにオチは強い気迫でした。
「わかった。君がヒカルに勝てば僕のパートナーとして認めよう。」
オチがゴ石を持っているというのならここで引くわけには
いきません。
ヒカルも腹を括ったのでした。
|