この空の向こうに
(勲とヒカル)


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イベントの開催地のホテルはごったがえしていた。

勲は各イベントのある会場を確認しながら伊角と和谷を
追った。

今日は少しだが、伊角と和谷についてはじめての仕事を
することになっていた。

「ここが勲が今日午前中指導碁をする会場な。」

やや緊張した面持ちで勲は頷いた。
勲はプロではないのでお金を取ったりはしない。
あくまで研修目的の指導碁だ。。今日は東京からの宿泊も
含め現地入りする客も多いから対応できる人が多いに
越したことはない。それでも勲は小学生でそんな子供に
指導碁を受けることを嫌がる客もいる。

が、子供や孫のように逆に優しく見守ってくれる人も沢山
いるはずだ。

色々な人がいることを勲に学ばせるという目的も
伊角にはあった。
勲はいずれプロ棋士になるのだから。

「勲わかってると思うけど。リラックスして目上の人には
敬意を評して、指導碁は相手の棋力の向上が目的だから」

それはヒカルが何度も勲に注意したことの一つだった。

勲は苦笑した。

「わかってるよ。」

それでも伊角はまだ心配そうだった。伊角にとって勲は
最初の弟子でだから心配も絶えなかった。

「大丈夫だって伊角さん。
午前中オレが同じ会場にいるから。何かあったらちゃんと
フォローするって。」

和谷も同会場での指導碁があった。

「じゃあ和谷、勲、昼食の時にな。」

会場を退出する伊角を二人は手を振って見送った。







指導碁は順調だった。
勲は小学生で場所に不釣り合いにも思えたが囲碁界は
10代でプロになるのが当たり前の世界なので大抵は受け入れて
もらえる。

昼前にもなってお客の姿がまばらになると指導碁を終えた
オジサンたちが勲に詰め寄った。

「君小学生なんだって。」

「はい。」

「プロなの?」

「いや、あの院生です・・・。」

一段落を終えた和谷がそれに付け加えた。

「プロ直前の院生ですよ。」

「そりゃすごいなあ。」

今日何度も聞かれた事の一つだった。

「進藤・・・勲先生か・・・。」

勲の前には名前のプレートが置かれてるので名前はすぐに
わかる。

「ひょっとして亡くなった進藤名誉名人の・・・。」

「えっと・・・。」

勲が困ったので和谷が助け船を出した。

「そうです。勲は進藤名誉名人の弟です。」

「やっぱり。雰囲気が似とると思ったよ。」

名誉名人というのは5期以上にわたり名人になった者に
送られる称号なのだが、ヒカルは亡くなった後に特別に
送られた。おそらく生きていたならば果たしたであろうと・・。
何より囲碁界に貢献し人々から愛されたという
理由から敬意を評されたことも大きかった。

おじさんたちは「進藤名誉名人はすごかった」だの
「世界最強棋士だ」のと口ぐちに言って当時を思い起こしていた。

勲にとって「兄ちゃん」がそういう風に言われるのは自慢の
一つで悪い気はしない。ヒカルもすぐそばでそれを
聞いているだろうし。

「君もお兄さんのようになるかもしれないな。こりゃ今からサイン
でももらっておかなきゃいかんかな。」

それに和谷が笑った。

「あいつのようになっちゃ困ることもあるんだけどな。
でもいずれにせよ頭角を現しますよ。こいつは・・・。」

和谷は勲の肩をぽんぽんと叩いた。





ヒカルはその様子を少し離れた所から目を細めて見ていた。
ヒカルは和谷にも伊角にも感謝してる。





昼からは勲は好きにイベント会場を回っていいと言う許しを得て
一人で会場を回った。
丁度勲がトイレからでた瞬間後ろからすごい勢いで勲を追ってきた
男に突然腕を取られた。

「えっ?」

勲が見上げなければいけないほどの長身だった。

「緒方9段?」

今日の伊角の公開対局の相手だった。
緒方は囲碁雑誌や新聞にもよく載っていて勲自身は知ってはいたが
面識はなかった。

「お前名は?」

勲は突然のことに驚いて後ずさりしようとしたが緒方はしっかりと
腕を掴んで、勲を睨みつけていた。
勲は緒方の威圧感に飲み込まれた。

「・・・進藤勲です。」

勲は小声でなんとかそう答えた。

「進藤勲ってひょっとしてあいつの弟か?」

緒方が言った『あいつ』は兄ちゃんのことだと察して勲は
小さく頷いた。

「ここに参加してるってことはお前も碁を打つんだな?」

「はい、」

「だったらオレの弟子になれ。」

「えっ?えええ・・・」


あまりに唐突すぎて勲はしどろもどろになる。しかも緒方の言い方は
断る余地さえ与えてくれそうになかった。
その後ろでヒカルが大笑いしていた。

『兄ちゃん、この人いきなりなんだよ。』

初対面でしかも棋力もしらないのに。
「弟子」だなんて言ってきた緒方を勲は全く理解できなかった。


「緒方先生に悪気があるわけじゃないんだけどな。」

ヒカルにそう言われても勲は本能的に緒方は苦手だと思った。

『でも…。』

「とりあえず丁重に断っとけ、」

ヒカルに言われるままを勲は緒方に言った。

「あのせっかくなんですが、オレ弟子入りしてるから。」

「なんだ、お前も森下門下なのか?」

勲はヒカルが森下門下生であったことを知っていた。
和谷に森下門下の研究会にも連れて行ってもらっていた。

「いいえ、オレは伊角先生の弟子です。」

「伊角8段・・・か。あいつ弟子なんていたのか。」

今日の対局相手でもある伊角にすでにしてやられたような気がして
緒方は小さく溜息をついた。

そしてようやく勲の腕を解放した。
勲は掴まれた腕がじ〜んとしていた。



その時ゆるやかにアナウンスが流れた。

「緒方先生、対局会場にお越しください。」

緒方はアナウンスに「ちっ」と舌うちすると溜息をついた。

「勲と言ったな。しょうがない。オレの部屋は702号室だ。
夜相手をしに来い。」

断る暇もなく緒方は勲に背を向け会場の中へと
消えて行った。

勲はぽかんとそのあとを見送った。



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オガヒカと銘打ってるので(アキヒカはどうした?)
その辺きちんと描きたいな〜と思ってます(笑)つうても私が書くもの
なのでたかだか知れてると思いますが・・・。







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