First love 4




     
子供囲碁大会当日仕事があると言う芦原と分かれた後
会場で全身を覆う通学用コートを僕は脱いだ。


それにしても沢山の子供たちが参加している。


ホテルの通路に設置された4つの受付は対局1時間前からすでに
行列ができていた。



受付時間は8時40分までとなったいた。

彼の姿を人ごみの中 探すがなかなか見当たらない。

受付時間が終了まじかになるとさすがにアキラも焦りだした。
ひょっとして今年は出ないのだろうか?



最後の子供の受付が終了して会場に入っていく。
子供たちを見送りながらそれでもホテル会場の入り口を食い入るように
見ていたらタタタッタっと駆けてくる一人の子供の姿が目に入った。



黄色のトレーナーに黒い半ズボン。髪の色と同じカラーの
コーディネートは遠目でも誰だかわかるほどに目立った。




その姿に僕は心臓がトクンと大きくなるのを感じる。
まさしくそれは僕が待っていた 彼だったからだ。


彼は受付を素通りして会場に入ろうとしたので、僕は慌てて受付場所から
大声で彼を呼び止めた。



「進藤くん!」



思ったとおり彼が驚いたよう立ち止まりこちらを振り向いた。
僕は慌てて彼の傍に駆け寄った。



「あれ 塔矢じゃん。お前も囲碁大会に参加しに来たの?ってお前
囲碁大会にまで制服着て校章に名札してきたのか。おもしれえやつ。」

からから笑いながら言われて僕は顔をしかめた。

「進藤 そんなことより 君は囲碁大会に出ないのか?受付終了
するよ。」

「俺?俺は今年は出ねえんだ。ほら2年続けて優勝してるだろ。
今年も優勝しちまったら洒落になんねえからさ。」

僕は疑問を投げかける。

「それじゃあ君はなぜ今日はここに?」

「野暮用ってやつ。お前こそ 囲碁大会出るんだろ。そろそろ
会場に入った方がいいんじゃないのか。」

僕ははっきりと彼に僕がここに来た目的を告げた。

「僕も囲碁大会には参加しないんだ。その・・・君に会いたくて
進藤 ヒカルに対局を申し込むために来たんだ。」

「俺に?」

「ああ。これから打たないか。」

僕の真直ぐな視線を彼は真っ向から受けた。

「いいぜ。ただし 俺の野暮用が済んでからにしてくれよな。
ちょっと待っててくれる?」

「うん。構わない。ここで待ってる。」

彼はそういって僕を置いて会場に入ろうとしたところでふと
僕の方を振り返った。

「塔矢 お前も来るか?」

何だか良くわからなかったが彼の誘いの言葉がうれしくてつい
駆け出していた。

「ところでお前俺の名前知ってたっけ?」

唐突に聞かれて僕は恥ずかしくなって頭を掻いた。

「その・・君とどうしてももう一度打ちたくてネットで調べたんだ。」

「そっか。俺もお前とは打ちたいって思ってたんだよな。一度といわず俺は
何度だって構わねえけど。」



彼がそんな風に思ってくれていたと知って胸が熱くなる。
今まで泣いたり悩んだ事など全てがこの瞬間消えてしまったような気
がした。




「ん〜っと」

会場を見回しながら進藤は人を探しているようだ。

「いたいた。」

彼が探しあてたのは本当にまだ小さな子供だった。

4歳ぐらいだろうか?

イスに座ってテーブルから顔がようやく出ているって
いう感じのまだあどけない女の子。

こんな子供も囲碁大会に出るのだろうか?

その子供の前の碁盤を見ると9路盤が置かれていた。


「よお 、沙耶。緊張してないか?」

沙耶と呼ばれた子が進藤の顔を見て破顔した。

「ヒカル先生 来てくれたんだ!!」

「おう。応援に来てやったからな。諦めず最後までがんばれよ。」

「うん。」

「ところで健太は?」

「兄ちゃんならもういっこ向こう。」

「そっか。また見にくるからな。」

「うん。」


話が済んだのか進藤が僕に目配せを送る。
僕は気になっていた事を尋ねた。


「進藤 ここのコーナーは9路盤で打つの?」

「ああ。今日は全国大会の地区代表を決める大会でも
あるけどその他に棋力認定大会もあるんだ。だからいろんな
棋力の子供たちが参加してるぜ。」

歩いていた進藤がまた足を止めた。


「ケンタ !どうだ。調子は。」

先ほどの女の子のお兄ちゃんだろうか?目元が
よく似ている。


「バッチリだよ。ヒカル先生。俺今日は絶対 級を上げるからな。」

「ああ。がんばれよ!」

そうやって会場を一通り回りながら進藤が子供たちに声を掛けていく。
進藤を 『ヒカル先生』と呼ぶ子供たちは会話を聞く限り彼のの教え子
らしい。

といっても、沙耶ちゃん以外は進藤とそう年もかわらない子供の
なのだが。

最後に一番奥のコーナーに入った所で進藤が自分たちより明らかに
背の高い中学生?だろう人に声を掛けた。



「司!」

「進藤先生 来たんですか?」

「おう。」

「俺 先生の分もがんばるから。」

「はは。期待してねえけどな。」

「ひでえ〜」

言われた子は頬を膨らまし進藤を睨んでいるが顔は
笑ってる。

「でも今日いい成績 残せたら院生に推薦してくださいよ。」

「わかってるって。司 落ち着いてな。」





そこで アナウンスが流れ始める。



【・・・それでは時間になりましたので対局を始めます。
付き添いの方は10分ほど観戦していただいて結構ですが
その後は退出していただきます】




進藤が司と呼んだ中学生に無言で手を上げる。
彼もそれに応えるように手を上げていた。



会場に碁石を打つ音だけが響きわたる中 進藤は
もう一度最初に声を掛けた沙耶ちゃんの所まで戻っていた。

9路盤なのと子供が打つため対局の展開は非常に早い。
ほんの一つのミスで盤全てがひっくり帰ってしまうため観戦する
進藤と僕も手に汗を握ってしまう。

何とか沙耶ちゃんの石が残った。だが、小さな子供たちだ
けでは判定がつけられないので対局が終わった子供たちの元に
プロ棋士がやってきた。



それはたまたま芦原だった。

「あれ!?アキラくん」

僕はそっと芦原に微笑み返す。
芦原が優しく子供たちと一緒に目算をこなしていく。

「えっと・・・」

芦原がハガキに目を通して判定のスタンプを押す。

「沙耶ちゃんの3目勝ちだね。」

芦原の言葉に沙耶ちゃんの顔から笑みが漏れる。

くるっと振り向いた彼女がイスから飛び出し進藤に
飛びついた。



「ヒカル先生 やったよ。」


そんな風に進藤に素直に表現できる沙耶ちゃんがなんだか
うらやましいと僕は思う。

いや進藤の教え子たち皆がうらやましいとさえ思ってそこで
自分の考えがおかしなことに気づく。



『なんだって僕は・・・?』


観戦時間は終了となりましたので付き添いの方は退出願います。
アナウンスの音が鳴り響く中・・・進藤が沙耶ちゃんに言った。



「沙耶よくがんばったな。だけど対局後の挨拶がまだだよな。」

諭すようにいう進藤に彼女が『あっ』と声をあげると
進藤から離れていく。



彼女はきちんと背筋を伸ばすと対局者と向いあった。

「ありがとうございました。」

「ありがとうございました。」

進藤と僕はその様子を見届けると会場を後にした。






「塔矢 待たせたな。」

「ううん。君と会場を回るのも楽しかったから。所で
彼女たちは君の教え子なの?」

「まあな。俺のじいちゃんがやってる囲碁学園の
生徒たち。経費削減のため俺も借り出されてるんだ」

進藤の祖父がやっている?・・・進藤永世名人!!

数年前まで名誉会長をつとめていた彼は碁界を引退した今は後継者
を育てるため囲碁学園を経営してると確か聞いていた。
でもたしか学園は・・・。


「あの学園は全寮制じゃないの?」

「おう。寮制は院生志願や院生それから未成年でプロになった
子供たちのためのものなんだ。俺の教え子は低級 低段者で
まだそこまでいってねえって。」

「それにしても、君が先生か。随分かわいい先生だな。」

「かわいいっていうなよ。お前と同じ年だろ。でもな、俺の教え子から
院生になったやつもいるんだぜ。」

きらきら瞳を輝かせてそう言った進藤に僕は確かに惹かれていく
何かを感じられずにはいられなかった。


「そのうち君より先にプロになる子がいるかもしれないね。」

「違いねえ。」

進藤が受付に向って走り出した。

碁盤と石を借りに行ったのだ。
借りてきた碁盤はマットの碁盤だった。



「携帯碁盤よりはましだろ。塔矢 打とうか。」

「うん。」

ホテルのロビーで彼と打った碁はまたしても僕の2目半負けだった。
     
      


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