First love 5




     
「お前どうもヨセが甘いんだな。」

進藤に検討中そう言われ僕ははっとして彼を見た。
ヨセが甘いなどと言われた事は今までなかったからだ。


「そう?」

「この間打ったときもそう思った。
もし、俺がお前だったらここからの逆転は許さねえけどな。」

そう言いながら手を戻す。


「こうきて 、ここにきて、それで・・・」

進藤の読みは的確な上、早い。

「なるほど・・・」

「ほらな。だけどお前のこの手は俺しびれたな。」


そういって僕の打った石を指す。

「絶妙のタイミング。打ってみたらここしかないって感じだけど俺は
思いつかなかった。お前やっぱ すげえよ。」

そこは確かに僕も良く打てたと思う1手で・・・負けてしまったのに
彼の言葉がうれしくて頬を染めた。


その時急に会場が騒がしくなった。
進藤が会場を振り返った。


「やべ、午前の対局終わったじゃん。」

進藤が慌てて石を片付け始めたので僕も手伝った。
進藤の教え子たちが彼をみつけて集まってくる。



そんな子供たちに進藤は一人づつに言葉をかけていく。

「ヒカル先生 俺2回も負けちゃった。」

「ケンタ大丈夫だって。まだ昼からの対局があるだろ。
諦めるなよ。」

「私は3回勝ったよ。」

「沙耶ちゃん よくやったな。」

進藤の周りに子供たちの輪ができて自然と僕との間に距離ができる。
先ほどまで僕が独占していた彼はもう僕のことなど眼中にさえないようで、
遠巻きにその様子を伺いながら寂しいと思ってしまうのはなぜだろう。






「アキラくん。」

芦原に呼ばれて僕は我に返った。

「ぼっうとして、どうかした?」

「えっあっべつに・・・」

「会いたかった子には会えたんだろう?」

「ええ まあ」

「良かった。それじゃあこれからランチでも行こうか?その後
学校まで送るよ。」

帰ろうとする芦原に僕は慌てた。

「芦原さん 待って。」

僕はまだ彼に次の約束を取り付けていない。
ここで取り付けなければ今度いつ会えるか打てるかさえわからない。



僕は迷わず子供たちの中心にいる人物に声を掛けた。

「進藤!」

子供と話していた進藤が僕の方を振り返る。

「何だよ。塔矢!」

話を遮られて少しむっとしている進藤に構わず話を続けた。

「君はもう学校には来ないのか。」

進藤が僕と話すため子供たちの間を抜ける。

「うん。俺金曜日は学園に行くから学校にはいけないんだ。」

彼が学校に来ない理由がわかって合点がいく。

「じゃあ今度はいつ対局できる。」

「そうだな・・・お前ネット碁はやんねえの?」

「ネット碁。あんまりしないけれど登録はしてるよ。」

「俺月曜と水曜日は授業が終わった後、大抵PANネットJr
にいるぜ。よかったら来いよ。」

「わかった。君のハンドルネームは?」

ハンドルネームを聞かれて進藤が照れくさそうに笑う。

「俺のハンドルネームはsaiなんだ。」

「sai ってあのネット最強って言われた伝説の棋士の?」

なんだか彼らしい気がして、僕は思わず口元から笑みが漏れた。

「そうその名から取った。俺saiみたいに強くなりたいからさ。」

「僕はローマ字でAKIRAだ。」

「なんだ。お前そのままじゃん。もうちょっと捻れよ。」

つい二人で話し込んでいると子供たちが進藤と僕の顔を覗き
込んできた。



「ヒカル先生まだ?俺腹減った!」

「おう。悪かった。学園長から差し入れの弁当が来てるぜ。」

「やった!!」

子供たちがうれしそうにはしゃぎだす。

『早く食べに行こうよ!!』『先生 早く早く!』

「わかったからひっぱんなって・・・」

子供たちに押されながら進藤が僕から離れていく。
進藤は後ろ手で僕に手を振りながら声を掛けた。



「 塔矢またな!」

振りかえる事さえせず。楽しそうに子供たちと笑いながら。



僕はそれがなぜだか我慢できなくて鞄の中から自分のメールアドレス
の書いた名刺を取り出して進藤と子供たちの後を追いかけた。



ホテルのロビー1階のフリースペースでようやく進藤の腕を
捕まえた。



「進藤 待って!」

「な!?って塔矢どうした?」

ようやく僕の顔を見た進藤に名刺を差し出す。

「僕のメールアドレス。そのよかったらもらって欲しい。」

なぜこんな行動を取ってしまったのか自分でもよくわからなかった。

「わかった。俺のメルアド送るよ。」

進藤は戸惑いながらもそれを受け取って再び僕に背を
向けた。

僕は胸の早くなった鼓動を感じながら彼の後姿から
目を離すことが出来なかった。



後ろから追いかけてきた芦原が息を切らしながら言った。

「アキラくん。もういきなり走り出さないでよ。」

「ご、ごめんなさい。芦原さん。」

「もう、いいのかい?」

「はい。」

「彼 進藤ヒカルくんだろ?」

芦原が進藤の事を知っていた事に驚き僕は芦原の顔をまじまじと見た。

「芦原さん彼を知っているのですか?」

「まあ、昨年 一昨年全国制覇した進藤本因坊の息子さんだから。
だけどアキラくんが彼と友達だとは知らなかったな〜。」

芦原の言葉に僕は息をのむ。

「芦原さん あのこの事は・・・」

「わかってるよ。先生には内緒なんだろ。先生は進藤門下生と付き
合うだけでガミガミ言うから。」

僕はずっと今まで疑問に思っていた事を芦原に聞いた。

「芦原さん。お父さんはどうして進藤本因坊を嫌ってるの?」

「う〜ん。僕も良くわからないな。」

「それじゃあ 進藤本因坊ってどんな人なのですか?」

「ごめんアキラくん。僕もプロになって 2年目で、直接話したことないし
よく知らないんだ。」


なんとなく予想していたが芦原の言ったことにアキラはうなだれた。
どうして父はあれほどまで彼の父を嫌うのかアキラには全く
見当がつかなかった。

     
      




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