いつか 5


  まだ夜も明けぬうちから
  アキラはこっそりと部屋を抜け出した。

  ランプの明かりだけで馬舎へ入り 行(アキラの愛馬)に鞍と
  頭絡そして手綱を手際よくかけていく。

  アキラが 行 の手綱を引き馬舎を出た所で芦原と出くわした


  「アキラさま どちらにいかれるつもりです?」

  繭を寄せる芦原にアキラは小さくため息をついた。
  おそらく昨日から見張られていたのだろう。
  だが、自由の利かぬ身である事に嘆いてあきらめる
  アキラではなかった。

  「森へ 行ってくる。」

  アキラは芦原に言い訳はしなかった。

  「まだ日も明けぬうちからですか。」

  芦原の表情は見えないが声の振るえでありありと怒っている
  のはわかる。
  当然といえば当然の事だ。昨日の今日なのだから。


  「今日の夕刻には塔矢城へ戻らないといけない。
  だから今からじゃないと間にあわないんだ。」

  「どうあっても行かれるおつもりですか。」

  「ああ。誰に何と言われても僕は行く。」

  しばし二人の間に沈黙が流れる。




  「昨日何か森であったんだろう?」

  確信を付かれてアキラは返答に困った。


  あのあと朱雀城から急ぎの使者が来て割れた朱雀の宝碁盤も元に
  戻っているとの報告を受けた。

  だが・・・
  森に城があったなどと誰が信じるだろう。
  昨日の宝碁盤の事だって狐に包まれたようだと騒いでいたのに。
  いまだに自分だってどこか信じられないでいるのに。

  「何もない・・・」

  何もなかった事になどしたくなかった。
  もう1度彼に会いたい。

  「ならば何故?」

  「だからこそ行って確かめたい事があるんだ。」

  芦原と話す時間さえ惜しいというばかりにアキラは行 に跨り手綱を引いた。

  「悪い芦原さん わかって!必ず昼までには戻るから。」

  「ちょっと待て アキラ !少なくとも護衛の者を・・・」

  アキラは芦原を無視して馬を走らせた。
  護衛のものなど必要はない。そんなものをつければ
  会える彼にも ありえない気がしたのだ。


  走り去ってしまったアキラを止める事も出来ずこの困った
  国主に芦原が頭を痛めたのは言うまでもなかった。





  アキラは昨日森へと入った時の事を一つ一つ思い出すように
  ゆっくり行(馬)を進めた。

  薄暗い視界も森の音にも細心の注意をはらい耳を
  傾けた。そして心の中で懸命に ヒカルに森に呼びかけた。

  『ヒカル アキラだ!君と碁を打ちにきたよ。

  お願いだ森に主がいるならヒカルへの道を教えて。
  ヒカル一人ぼっちなら僕の呼びかけに応えてほしい!!』

  だが、昨日と違って森の主の声はアキラには聞こえない。
  届かない。

  いったい何が昨日とは違うんだろう。
  何がいけないんだろう。

  焦りにも似た思いを抱きながらもアキラは何度も何度も
  見えない相手に呼びかけた。

  今日は会えない事を悟ってもアキラには
  諦めがつかず何度も 行 を止めた。
  

  どこかぽっかりと胸があいたとでもいうのだろうか。
  晴れない気持ちを胸に抱いたままアキラは青龍城へもどり
  そしてまた芦原にこっぴどく怒られることになったのだが
  アキラの心はそこにはなかった。






  塔矢城に帰ってからアキラは部屋にこもる事が多くなった。
  アキラの心の占めるのはヒカルのことばかりなのだ。

  彼と打った碁をアキラは碁盤に再現する。
  こうやって棋譜だって覚えている。ヒカルは幻なんかじゃない。

  掴んだ腕も細く温かった感触も覚えているのに。

  いてもたってもいられなくなったアキラは大好きだった
  母がよく読んでくれた物語をめくった。


  昔々碁森海には碁の神様が住んでいた。


  碁の神様は人々に碁を伝えるために街へ赴き、人々と
  交流を深めていきました。
  やがて神様は自分の意思を継ぐべき7人の弟子をとり 
  7つの宝碁盤を分け与えました。

  (その7人が現在の塔矢国の7派となったと伝えられている
  わけだが。)

  碁の神様は7人に碁の布教と街の平安を任せたあと
  別の街へと碁を広める旅に出たとも・・・
  また碁森海のどこかでひっそりと暮らしているとも・・・

  逸話にも説がありその後の事はあやふやになっている。


  ありえるはずなどないと否定しながらもヒカルが碁の神様ではないかと
  アキラは思いはじめていた。


  物語の挿絵として書かれた碁の神様は塔矢国で伝えられてきた
  もっともポピュラーなものだった。

  長く漆黒になびく髪に
  引きずる程にながい紫の絹の衣。
  子供と碁を打つ表情は限りなく慈悲に溢れて温かく優しい。

  ヒカルとは全然ちがう。
  アキラが見たヒカルは確かに光輝くほどに美しかった。
  だが、慈愛に満ちたというよりは愛に飢えた子供のように
  さびしそうに見えた。心を開く事もなく。
  まるでアキラのように・・・

  アキラはどこにも相違点を見つけられないのにその挿絵に釘付けになってしまう。

  「君に会いたい。」



  そして・・・この碁森海の謎をもしこの国で知るものがいるとすればあの人物しかいないと
  思い当たっていた。

  その名は魔人城の城主桑原本因坊だった。





                                           いつか6へ


お話の内容は違うはずなのに何故だかFIRST LOVEを思い出します。
でも設定が変わっただけで似てますね。ヒカルの登場は7話からの
予定。もうしばらくお待ちくださいませ。


W&B
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