いつか 6




     思い立ったアキラはたった一人護衛も伴わず魔人城へと
     行(アキラの愛馬)を走らせた。

     桑原本因坊・・・ 本因坊の名は塔矢国で国主を退いた
     ものに与えられる名だ。

     この国には今ふたりその名で呼ばれているものが
     いる。

     それは桑原本因坊と緒方本因坊。

     緒方本因坊は昨年アキラが国主につくまで15年間国主
     として勤め、桑原にいたってはなんと45年もの間その地位を
     守り続けてきたのである。

     もう90近い年齢だと言うのに、現役で魔人城城主
     を勤めている桑原。

     高い石垣に覆われた魔人城はまさにそんな桑原が城主
     を勤めるに似つかわしい堅固な城だった。




     「これは これはアキラ殿 この様な老いぼれに何か御用でも・・」

     桑原本因坊・・・シワガレタ声 腰を二つおりに曲げよぼよぼと歩いても
     その目にはどこか油断ならぬ恍惚な光が宿っていた。

     「桑原本因坊、この国のことならあなたに聞けばわかるかと
     思いうかがいました。
     碁森海について何かご存知ではありませんか。」

     「はて 碁森海とな?それはこの間宝碁盤が割れた事と関係あるのかのう。」

     「何かやはりご存知なわけですね。」

     「ほほほ。残念ながらわしはしりませんな。」

     「今までにそのような話は聞いた事がなかったという事ですか。」

     狸の桑原の腹の中のかの事などまだ16やそこらのアキラにはわからない。
     それでも彼なら何か知ってるという確信めいたものがアキラにはあった。


     「宝碁盤についてはそのような話は存ぜぬが・・・」

     アキラは桑原の言葉尻を聞き逃さなかった。

     「碁森海については何かご存知なのですね。」

     「アキラ殿はよほど碁森海に執着しておいでのようだが、
      何かござったのかの?」

     「あったと言えばあなたがご存知のことを教えてくださるのですか。」

     「国主のアキラの殿の命とあらば老いぼれの知識を話しましょうが・・。」

     「聞かせてください!」

     「稀に碁森海に入って神隠しにあうものがおる事はご存知かの?」

     アキラもその一人だったのでもちろんそれは知っていた。

     「森で迷ったのか 本当に神隠しにあうのか 戻ってこなかった
     ものも多いが 逆に森を無事出てきた者のなかには森での記憶がないという
     ものもおる。だが、わしの友で不思議な体験をしたものがおっての。」

     一旦話を区切った桑原にアキラは身を乗りだした。

     「誰です。いったい碁森海でその者はどのような体験をされたのです?」

     「もうその者はこの世にいないが・・・彼は碁森海の中で城を見たといって
     のう。その城は青龍の城と瓜りふたつだったと言うておった。

     僕が見たものと同じもの?・・・ではやはり幻ではないのだ。と
     アキラは確信する。

     「それで・・・その方は城で誰かに会われたのですか?」

     「いいや。そんな事は言っておらんかったが。ただ大きく美しい
     鏡を見たといっておった。」

     「鏡・・・」

     「不思議な鏡じゃったらしい。魔法の鏡とでもいうのか・・・
      鏡には意志があって 世界中を映し出す事ができたようじゃ。
      そして人を移動させる能力があったというんじゃ。迷い込んだ彼もその鏡
      を通じてこちらの世界に戻ってきたというておった。まあ誰も
      やつのいうことを信用せんかったがな。」

     「ですが、桑原本因坊はその方のお話を信じておられるんですね。」

     「ふふ・・アキラ殿にはウソはつけませんな〜。あやつは
      ウソをつくようなやつじゃのうてな。
      私の知っている事と言えばそれだけじゃがお役に立てましたかな。」

     「はい。」 と うなづいたアキラは早まる気持ちを抑える事ができず
     すぐに席から立ち上がった。

     「ありがとうございました。桑原本因坊。」

     桑原はそんなアキラの心を試すように静かに問うた。

     「アキラ殿 どうあっても森へ行かれるつもりか。」

     「どうしても知りたいことがあります。」

     アキラの決心の固いことをしって桑原も立ち上がった。

     「ではわしも重い腰をあげねばならんな。
     アキラ様の不在の塔矢城の事はわしが何とかしよう。
     緒方には頼みにくかろうて。」

     アキラは確かに華家の緒方とは折り合いが悪かった。
     それは仕方がないことではあった。
     緒方は昨年アキラが国主についた時まだ36歳だった。
     まさか15やそこらのアキラに国主の座を奪い取られるとは
     思ってもいなかっただろう。

     アキラとてそうだ。緒方が自分に敗北し忠誠を誓ったとしても
     それまで立場が逆だった緒方をいきなり家臣として扱うなど
     出来る事ではなかった。


     「桑原本因坊おねがいします。国の事 城の事はしばらくあなたに
     お任せします。」

     16そこらでもうすでに国主の顔をもつアキラ。だが、それに限界があること
     は桑原もわかっていた。

     「うむ。アキラ殿 くれぐれも無理はせぬように。」

     「はい。国の事 城の事をよろしくお願いします。」

     深々と頭を下げ立ち去るアキラの背中に桑原は言い知れぬ不安がよぎった。
     果たしてアキラを行かせてよかったのか。
     自分が国を任されてよいのかどうか。



     しかしアキラを止めるすべはない。彼は納得するまで引かないだろう。
     桑原は鋭くなりすぎた長年の勘を振りきった。
     きっと気の迷いだと・・・。


                                            いつか7

  

W&B
目次へ