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GS美神 リターン?

 Report File.0006 「未来から その6」
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「で、先生、呼びつけたのはこいつを引き取れということですか?」

 憮然とした表情でそう言ったのはボディコンスーツに身を包み、女の色気を120%引き出した震い付きたくなるような美女。男の8割は美人だと言って振り返るだろう美貌を持っており、彼女から発散される生の輝きは見るものに強烈な印象を与える。

 この美女の名を美神令子といい、新鋭でありながらも既にトップレベルとして評判がうなぎ上りのGSである。その彼女の足元には辺りに血がドクドクと流れ広がっている物体もとい横島が居た。その横島を彼女は指差しつつもぐりぐりと踏みつけていた。足が捻られる度に、面白いように横島の体がビクビクと跳ねた。それでもなおブツブツと何かを呟き、ニタついていた。

 そんな横島を冷ややかに見下ろす令子に唐巣は冷や汗を流した。

(なぜ? こうなったんだろうね…)

 唐巣は横島の予想外というか予想以上の行動に度肝を抜かれたというか呆れ果てたというか、困惑していた。それ以上に令子の対応には戦慄を覚えた。

 この状態に陥ったのは数分前に遡る。


 唐巣は目的の人物に連絡を取った。珍しく渋る事無く、直ぐに来ると言う返事が返ってきた事に唐巣は少し驚きはしたが、そういう事もあるかと納得した。横島に知らせ、時間が経つにつれやはり気になりだしたのかソワソワし始めた。

「もう直ぐ来ると思うよ。おや、どうやら来たみたいだね」

 唐巣は令子の乗るコブラのエンジン音を聞きつけ横島に告げた。

「いよいよっすか? どんな人なんすか?」

「会えば判ると思うよ」

 今までの横島の態度から何となくどうなるか、ある程度の予想がついていたが唐巣は言葉を濁した。令子の事を話さなかったのは、前情報無しにそのまま会わせた方が心理的に衝撃を与え、失った記憶に対する刺激になるだろうと判断もあった。

(ああ、親愛なる神よ。この哀れなる子羊を助けたまえ)

ガチャ

 唐巣が予想しうる惨劇を止めることの出来ない己の無力を嘆いている時、運命の扉が開かれた。

「先生、呼ばれてきましたけど」

 扉が開かれ美女が現れた瞬間、横島は風に、いや光になった。

「一生ついていきます! おねえさまーーーっ!!」

がばっーーー!!

 そう、横島は令子が視界に入った瞬間に、彼女の発する色気に過剰反応し、本能の赴くまま飛びついた。それはまさに神速といって良いほどの動きであり、見事そのダイビングは令子の不意を突き、令子の豊かな胸に顔を埋める事に成功した。恐らく横島の短い生涯のセクハラ行為の十指に入る成功例だろう。快挙であった。ただし、その代償は…

「わああっ!?」

 余りに突然の事に令子は何が起きたのか判らなかった。その間、横島に胸を触られ頬擦りされ放題であった。

「何するのよ!! このド変態がっ!!」

 状況が理解できた瞬間、令子は横島を叩き伏せた。

ドバキャッ!

「ぐわっ!?」

 一発で横島は悦楽の園…胸から、奈落の底…床に叩き伏せられた。令子のか細い腕のどこにそんな力があるのかというぐらい強烈な拳であった。だがこれで終わらない。本来ならこの時点で過剰防衛と言って良い程の行動であったがそんな事気にせず、令子は追い討ちを掛けた。その迫力は素手で熊を殴り殺せそうなほどだった。

ガスッ!ガスッ!ガスッ!ドゴォッ!!

「あんたみたいなのは地獄に逝けっ!」

 蹴り殺すと言わんばかりに、本気で令子は蹴っていた。特に決め台詞が”極楽”であるはずが”地獄”と言っている所を見ると無茶苦茶怒っているようだった。その怒りの前に横島の命は文字通り、風前の灯火となっていた。

「美神君…その辺で止めておき給え。…いや、止めておいた方がいいな…、は、犯罪者になりたいのかね? そ、それじゃあ、やりすぎだよ?」

 唐巣はふ〜、ふ〜、と肩を怒らせ、言い知れぬ威圧感に気押されながらも、何とか令子をなだめ、手後れにならないように止めた。

「えっ! そうですね。ははははは……」

 令子は唐巣の言葉と様子に我に返り、笑ってごまかした。一方、制裁を受けた横島はというと

(ぬおおおーーー、こ、これはすげーーー、く、黒! エロい! エロすぎるっ!!)

 己の血の海に沈み込み、ビクッ、ビクッと痙攣しながらも下から見える絶景を堪能していた。実にタフというかバカであった。いや、ここまで突き抜けていれば見事といえるかの知れない。

ゲシッ!

「ぐぉっ!」

 その行為も、気付いた令子に頭を踏みつけられ阻止された……


 といった事があり現在に至っていた。


「…そうだよ、美神君。丁度君が助手を探していると人伝に聞いてね? それでそこの横島君を紹介しようと思ってね」

 唐巣は冷や汗を流し、先程の惨劇に神への祈りを捧げつつ言った。

「もう、先生ふざけないでください。こんな奴に危険なGS助手に勤まるって言うんですか! 久しぶりに連絡が有ったと思って来てみれば」

 令子は青筋を立てながら言い放った。唐巣もある程度予想していたものの横島がここまで見事なセクハラをするとは想像しておらず、どうやって令子と組ませようか考えあぐねていた。

「ま、まあ、落ち着きなさい。初対面にコレだったから、そう思うかもしれないが彼の素質はたいした物なんだ」

 唐巣は何とか横島を令子に引き取らせるべく説得を始めた。素質については記憶を失っているとはいえ、超一級品である事は間違いない。自分が見た能力のどれもが素晴らしく、中でも自分が知る限り、存命中で世界唯一の文珠の使い手なのだ。本来なら自分で育ててみたいと誘惑に駆られるのだが、彼の話と状況からして美神に任せるの一番だ良いだろうと判断し、その欲望を抑えた。令子もまた弟子を持つことで、様々な経験をし、更なる成長が見込めるがゆえに。

「信じられません!」

「だがね、私は見たんだよ。彼の素質を。彼が悪霊に襲われようとした時に追いつめられて霊能力に目覚め、霊波刀を出現させ、その一撃で悪霊を消滅させたのをね」

 唐巣はごく真面目な顔で、そんな事実など無いというのにさもあった事のように話した。もっとも記憶を失う前の横島が出した霊波刀を見る限り、唐巣の誇張ではない。あそこまで見事に触媒もなしに練り上げ形成した霊波刀であれば悪霊どころか、魔族でさえも…下級であればという注釈がつくが一撃で葬れるであろう力であり、その攻撃力だけで見れば自分を上回ると唐巣は見ていた。

「それ、本当ですか?」

 疑いの眼差しで令子は唐巣を見た。流石に師が世界でもトップレベルの腕である事は知っているが、こんな行動をとる奴にそれ程の力があるのかと信じる事が出来なかった。横島が実現して見せさえすれば令子とて信じるだろうが、生憎、記憶を失っている事で霊能の知識なども失っているのだ。

「私の眼力を疑うかね?」

 逆に唐巣は問い掛けた。

「うっ! いえ、そんなことは」

 いくら唯我独尊を背負って生きている見本のような美神令子と言えど世話になった師匠に失礼は言えなかった。まあ、初対面でいきなりあんな行動を取られては仕方ないのかもしれない。

「じゃあ、彼を雇ってくれるね?」

「でも」

「これは君にとってもチャンスだと思っているんだ。君も一人前のGSとなったんだから、後進を育てる事も考えなければならない。それに人にモノを教えると言う事は自分もまた教えられる事が有るんだ。それは今の自分をもう一段上にのぼることへと繋がるんだ。彼のようなタイプからは特にね」

 唐巣は渋る令子を諭し、畳み掛けた。そして返事を待つ。

「……(うーん、確かに助手を募集し始めてから自分の要求を満たす者は来ていないし、このまま行くと冥子ん所の生徒を雇う事になるんだけど、それは六道とつながる事になるから避けたい。それに、このまま断れば先生に悪いし…しょうがないここは先生の顔を立てる事にしよう)…判りました。こいつを雇います。でも、役に立たないと思ったら、即解雇しますよ?」

 内心、令子は色々と葛藤などが有ったが唐巣に従う事に決めた。

「ああ、かまわないよ。でも、彼にも生活が有るからそれなりの報酬は払ってあげてくれよ?」

「そ、それはこいつの働き次第です」

 令子は唐巣の言葉に自分の金汚さの噂が耳に入っていることに冷や汗を掻いた。動揺の余り、唐巣から身を引いてしまった。それは横島の頭から令子の足が離れることでもあった。令子の足の踏み付けから解放された途端、横島は立ち上がり令子の手を両手でつかんだ。

「俺を雇ってくれるんですかっ! おねえーさま! ありがと、ぐぉ!」

 令子は急に手を握られた事に条件反射的に反応し殴ってしまっていた。その一撃で立ち上がったのに再び地に倒れ伏した。

「まったく、こんな調子じゃ先が思いやられるわね…」

 腰に手を当てて令子は呆れため息を吐いた。

「す、すみません」

 吹っ飛び倒れ伏したまま横島は頭から血がどくどくと流れているのを感じ、意識がフラフラとなりながらも謝った。

「まったく一体、どういう思考回路持ってんのよ!? あんたはっ!」

「いやぁ、お姉様があまりにも奇麗だったもんで」

 横島は立ち上がり、最早そこには先程まで頭から血を流したとは思えない様子で爽やかに笑い、頭を掻いた。

「…(こいつ、よくよく考えたら、さっきまで半死半生だったのにもう回復してる!? 確かにこれならやっていけるかもね。ものは試しと言うし…)ふう、後でこっちから連絡するから。じゃね。」

 令子は横島の態度に多少あきれながらも、一応は使い道が有りそうだと判断した。

「ああっ! ほ、本当に雇ってくれるんですか!?」

 そっけない態度をとる令子の様子に横島は不安を覚えた。

「…本来ならいきなりセクハラかますような奴は不採用に決まってるっ! けど、今回は先生の顔を立てて雇ってあげるわ」

 令子はビシッと横島に指を突きつけて言った。

「あ、ありがとうございます。俺、マジでバイト探してたとこなんす! それにあなたみたいな見たことも無い美人に雇ってもらえるなんて!! 誠心誠意、がんばります!!」

 横島は感涙しつつ言った。

「…(何かこいつとは始めてじゃないような気が、縁を感じるわね。そういえばここに来ることにしたのも、何か予感に引っかかったからなのよね。でも、まさかこんな奴に会う事が?)…その心意気は良いけど使えなければ意味無いんだからね! だいたいウチの事務所は私の美貌と華麗なテクニックが売りなんだから。先生の紹介じゃなかったらあんたなんか雇う事なんて無かったんだから、その辺わきまえてね。だから、まずは仮雇用よ?」

 横島の素直な誉め言葉と霊感による横島との何らかの縁を感じ令子も少し態度を軟化させた。

「わかったっス。俺、がんばります。…で、言いにくいんですけど時給は如何程で…」

 横島は気になる報酬の事を口にした。

「バイトじゃないわ。あんたは正式にGS助手として雇うんだから月給制よ。あんた学生みたいだから基本的には学校が終わったら私の事務所で待機。ただし、大物相手の時は学校を休んでもらう事になるわよ?」

「学校を休むんですか?(うわっ! それじゃまずい! 単位とか取れなくなるかもしれん)」

 横島はそうなった時の事態がありありと思い浮かび引きつった。

「そうよ。単位が取れないって心配してるわね? その辺は大丈夫よ。GS特例っていうのが有るから理由にもよるけど、ある程度は公休扱いで休めるわ。まあ、あんたの場合、霊能科じゃないみたいだから手続きが面倒だけど」

「本当っすか? よかったー」

 令子の言葉にホッとする横島。何と言っても単位を落としたりすれば、彼の苦手というか最大の敵?たる母が来襲するからだ。そうなれば確実に地獄を見る事になるのだ。

「それと基本的にGS稼業に休みはないわ。だから休日も基本的に事務所に待機。だいたい予定が立たない時が休みになるわ。それでもいい?」

「いいっす!(こんな美人なおねーさんと四六時中一緒に居れるんやったら、休みが何や言うんじゃ!)」

 横島は己の中の不純な満足感に勢いよく返事した。

「わかったわ。後で契約書を作成して明日ここにくるから。横島・・クンだったかしら」

「はい」

「あなたも明日学校が終わってからで良いからここに来てね。先生は立会って下さい」

「いいとも」

 唐巣も令子の振る舞いに満足して肯いた。

「それから仮雇用は3ヶ月、その間は給料は10万円、本採用時はその時の横島クンの成果次第。でも最低でも20万は保証するわ」

 令子の言葉に唐巣はズルッとこけた。というのもGS稼業の雇用標準相場から見ても安かったからだ。報酬の少ない唐巣でもピートに払っている報酬は令子の言った報酬よりも数倍は高いのである。

「み、みか」

 そんな令子の言い種に唐巣が注意を与えようとしたが途中で横島の驚きの声にかき消された。

「ええっ! そ、そんなにっ! あ、ありがとうございます」

 横島は普通にバイトをやっていたら考えられない金額に驚き、神に感謝した。横島にしてみれば、すこぶる美人のそばに居られて、かつ高額(と本人は思っている。実際、高校生からしてみれば高額である)の報酬がもらえるのであったから。もっともそれもGSとはなんたるかを身をもって知ることになってから、割に合わないと認識する事になるのだがそれは後の祭りである。

(しまったーー! 10万で驚いてるんだからもっと低くても良かったかも、惜しいことしたー! でも、先生の手前そうもいかないか…)

(美神君それはないんじゃないか? 横島君もそれで大喜びするなんて…しかし、よくよく考えると彼の言っていた時給255円に比べればまだ…いや、はるかにマシなのか?)

 その場にはもう少し値切れたのかと悔しがる令子、密かに横島の境遇の低さに涙する唐巣、高額の報酬をもらえると大喜びの横島の三者三様の異様な雰囲気が部屋を支配していた。



 こうして、横島忠夫は無事、令子除霊事務所の一員となったのであった。


(つづく)

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。






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