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新世紀エヴァンゲリオン 世にも奇妙な我が人生

新たなる戦い編
第 7話 「ナデシコ出航(中編)」
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 部屋はカーテンにより光が遮られ、照らすはずの照明器具もまた、輝度が低く設定されていた。正に陰謀を行っていますという雰囲気をかもし出していた。そんな中、二人の男が会話を行っていた。

「六文儀、計画の方はどうだ?」

「順調です。これ以上ない程に」

 眼鏡のブリッジを押し上げると後ろに手を組んで六文儀ゲンドウはニヤリと笑った。それを見て冬月コウノスケは不快になり眉を顰めたがそれについては何も言わなかった。

「・・例の件は?」

 冬月は声を潜めていった。聞いている件は今の所、最も後ろ暗いものの一つだからである。

「問題ないです。既に奴らに伝わり、行動を開始しているようです」

 六文儀は冬月社長・・自分の上司を見て小心者だなと評価していた。最もだからといって卑下しているわけではない。それは用心深さに繋がるものでもあるからだ。今の所、冬月はなんだかんだと言いながらも基本的には慎重に、しかし、ここぞという時は大胆に行動する決断力を持っているからだ。でなければ、今ごろ自分はこの男の下にはついていない。

「そうか・・連中・・やり過ぎないだろうな?」

「さて、どうなりますか。流した情報は匙加減の難しいものでした。しかし、どんな情報もそれをどう受け止めるかで変わってきます」

 しれっと六文儀は答えた。

「何にせよ、被害がどれくらいになるかは奴ら次第・・運任せということか」

 冬月は腕を組んで考え込んだ。

「その為の手は打っています。今の我々に出来る事はごく僅かです」

「・・どちらにしろ我々には益がある・・か」

 冬月は今の計画を考え込む。確かにリスクは限りなく低く、リターンは高くだった。大体、リスクにしたって自分ではなく会長派に被害が出るのだ。むしろ、気に入らないのは目の前の男が立てた事だろう。公私は分けて行動しているつもりの冬月は個人的には嫌いでも、立場的には有能さを示しつづける限り、使いつづけるであろう事は確かなのだ。

「では、私はこれで・・」

 冬月が考え込んでいるのを知ってか知らずか六文儀は一礼してその場を出て行った。冬月はしばらくして決済の為に書類を処理し始めた。その時、ふと見た書類に目を留め振るえた。

「・・こ、これは納得いかんっ!!」

 冬月は大声で叫んでいた。その手には写真が握られており、自分の娘が嬉しそうに六文儀と腕を組み話している様が写し出されたいた。震える手が机に置いてある瓶を手にとった。それは最近彼が愛用する事になってしまったものだった。

 果たして彼の野望が成就するのが先か体が壊れるのが先か・・それは神のみぞ知る・・




 今日も今日とて私の作業自体は変わらないはずでした。ですがシンジさんと出会ってから最近、私の中で巡るましく世界と価値観が変わってしまったのではないかと思える今日この頃・・

 暇です・・今の状態を表現すればその一言に尽きます。本来でしたら今ごろオモイカネの最終調整を行っているはずでした。ですがそれもシンジさんの言う所のイロウルと呼ばれるデータ生命体によってオモイカネは自我を持つまでに成長してしまい、今や必要な指示さえすれば細かい所は自分でやってしまう程です。

 そのせいで今時点では私に出来る事は無くなってしまいました。それはラピスも同じようで眠気眼にうっつらうっつらしています。昨日、私の部屋で夜遅くまで一緒に騒いでいたから私も似たような状態ですが。

ふわ〜〜

 こみ上げて来る眠気に自然と欠伸をしてしまいます。

「ルリさん、ラピスさん」

「は、はいっ!!」

「ふぁ〜い

 気が緩んでいた所に背後から声を掛けられたんで思わず大声で返事してしまいました。ラピスも目をごしごし擦りながら気の抜けた返事をしています。よっぽど眠いのでしょう。

 振り返るとそこにはプロスペクターさんと初見の男性と女性がいました。二人については直に会った事はありませんでしたが知っている人物です。というのもプロスペクターさんに頂いたこのナデシコの乗船員名簿からどういう人たちが乗ってくるのか調べていたからです。確か、名前は確か男性がゴート・ホーリーで女性がハルカ・ミナトだったはずです。

「お二人に新たなナデシコ中核スタッフを紹介します。こちらの男性の方がゴート・ホーリー、保安を担当されます。」

 そう言って男性・・大柄で2メートル以上ありそうで、方幅広く肉厚も厚い。プロレスラーでもやっていたのかというぐらい逞しいさを醸し出しています。実際はネルガルの社員だそうですけど軍出身だったはずです。ホーリーさんはむっつりとしたした表情で小さく礼をした。私も礼をし返す。

「もう、ミスター・ゴート。そんな愛想無しじゃ嫌われるわよぉ? 特に女の子にはね」

 そう言ってバチッとウィンクをゴートにくれてやったのは腰まで届きそうな茶髪で真っ赤な口紅が艶やかで大きなイヤリング。それに爪をピンクに染め上げて体が全体で自分は女ですと主張しているかのように胸元は大きく開かれ豊かな胸の谷間がバッチリ見え、スカートも大胆にスリットが入っています。はっきりいって派手です。だけど男の人が見れば大概の人が美人だというと思います。

 着ているのはネルガルに支給された制服だと言うのに私とは全然違う雰囲気です。所謂お水系と言う奴でしょうか、女の色気全開です。えっ?お水ってなんで知っているのかですってそれは少女の秘密です。って私は誰に返事していたのでしょう? ・・まあいいです。

「私、操舵士として雇われたハルカ・ミナト。よろしくね」

 そう言って私達にウィンクをしました。何か頭悪そう。そう思えてしまいますが実際は違います。前歴は某一流企業の社長秘書を勤めていたし、一流大学も出ている。教員免許を代表とする各種資格を持っているというキャリア・ウーマンといっても差し支えない人です。ナデシコに乗るのはおかしいんじゃないといえます。

「よろしく」

 私はペコリと礼をした。

「そして、こちらがこのナデシコのメインオペレータの星野ルリさん」

 プロスペクターさんが私を紹介したのでもう一度、私は礼をした。

「それから、こちらの方は碇・ラピス・ラズリさん。先程紹介しました星野ルリさんと同じくこのナデシコのオペレーターです。

「よろしく」

 ラピスも礼をした。

「似ているから姉妹かと思っていたわ」

「・・シンジが遠い親戚みたいなものだと言っていた」

「そうなんですか?」

 私は内心驚きながらラピスに言った。私には親類縁者はいないと思っていたのですけど。どういうことでしょうか?

「うん、シンジも私もルリも遺伝子に繋がりがあるから身内なんだって・・どうしたの?プロスペクター」

「えっ?いやいや、意外なことが聞けましたので少々驚きを」

 それはそうでしょう。縁者が無いからこそ私はネルガルで保護しているという名目が立っていたのです。それが崩されてしまうかも知れない言葉なのですから。

「そう?」

「はい、そうです。ん?はい、プロスペクターです。ほう、判りました。直ぐに向かいます」

 プロスペクターさんにコミュニケではなく携帯電話に連絡が入りました。と言う事は周囲には知らせれない事という事でしょうか?

「あっ、ハルカさん。あなたのここでの場所はあそこです。マニュアル等も用意していますので一度、目をお通しください。それからわからない事がありましたらルリさんに質問してください。それからもう直ぐメグミ・レイナードという方が通信士として来られますので対応よろしくお願いしますよぉ!」

 そう言っていそいそとブリッジを出て行きました。何かあったんでしょうか?

「私も迎えなければならない人が居るので失礼する・・」

 それと時を同じくしてホーリーさんもムスっとしたままここを立ち去った。

〔単なる呼び出しみたいだよ、ルリ。何でもユリカを出せとか騒いでいる青年を拘束したとか言っている〕

 今のオモイカネなら艦内の出来事を隠し事できるようなものはそうは居ません。居るとすればそれはアルファさん達イロウルと最近導入された”MAGI”、それにシンジさんだけらしいです。私とラピスの場合は誤魔化す事は出来るでしょうけど。

 それにしてもユリカですか?聞き覚えがあると思いましたが直ぐに思い出しました。ミスマル・ユリカ、この艦の艦長です。何か問題でも起こしたんでしょうか?

〔でも、オモイカネ。よく私が気にした事がわかりましたね〕

 私が言うのも何ですが自分でも感情表現が乏しい事は十分に承知しています。

〔まあね。興味あるって顔していたから〕

 それなのにオモイカネは表情が分かるなどといいます。

〔シンジが言った通りだった。凄いね〕

〔シンジさんが?〕

〔うん、何でも表情の乏しい人間の感情の見分け方のコツを教えてもらった。一見無表情に見えても、少しだけ筋肉に動きがあるから判るんだって〕

 シンジさん・・妙な特技を持ってますね。普通そんな事判りませんよ。

「ウサたん・・」

 私が呆れている時にラピスの声が聞こえてきました。ラピスの方を見ると興味深げに何かを見詰めています。私もラピスの見るほうに視線を移しました。

 かんべんして・・思わず私は突っ伏した。

 そこには確かにウサたん・・うさぎが突っ立っていました・・ただし、着ぐるみですが。

「やあ、良い子のみんな!元気しているかな?ボク、ウサたん。今日からお世話になるからよろしくね」

 私が見たのを見計らって、うさぎの着ぐるみを着た人はウサたんと名乗り、両手を広げてポーズをとった。

「よろしく」

 律儀にラピスは答えています。幾ら乗員に変な人達が多いからってこれは無いと思うんですが。

「よろしく」

 私も何とか気を立ち直らせ、とりあえず答えた。

「はーい、よろしくねぇ」

 ハルカさんは手を振って答えています。ノリがいいです。

「はーい、ありがとう。そんな良い子のあなたのお名前は?」

 ウサたんはラピスに近寄って名前を聞いていた。ラピスは無表情にウサたんを見詰めている。けど、オモイカネによると興味津々と見詰めていると言う。確かにテレビ番組を集中してみている時の表情にそっくりだからそう思えなくは無い。

「私はラピス、碇・ラピス・ラズリ、この艦のオペレーター」

「わあ、そうなんだ。小さいのに偉いねえ。じゃあ、あなたのお名前は?」

 答えたラピスにウサたんは頭を撫でた後、今度は私に振り返って言った。

「私は星野ルリ、ラピスと同じくこの艦のオペレーターです。あなたはメグミ・レイナードさんですね」

 非常に印象的な出会いです。それにここに来た事と前歴及びプロスペクターさんの言葉から推測した人物の名を告げました。

「そう、当たりで〜〜す」

 そう言ってウサたんの頭を取るとそこからハイティーンのお姉さんが入っていた。ハルカさんとは違って美人というよりはかわいいタイプです。若干、顔の中央にソバカスが微かに残っていますが、それは悪い意味ではなく好い意味でチャームポイントになっていると思います。

「私、メグミ・レイナード。このナデシコの通信士として雇われました。改めてよろしくお願いしまーす」

 よく通る声です。確か前職が声優さんだったはずです。残念ながら私はそう言ったアニメと呼ばれるものに興味は無かったのでレイナードさんが出演しているものは見た事はありません。アニメは最近ラピスに引きずられるように見るようになった感じですから。

「知ってる・・歌え髭男爵!に出てた」

 やっぱり、ラピスは知っていたみたいです。

「わあ、見てくれていたんですか?ありがとう」

 レイナードさんは嬉しそうだった。

「ねえ、それ、いったいどうしたの?ああ、私はハルカ・ミナト。この艦の操舵士なの」

「じゃあ、同僚さんですね。よろしくお願いします。それとこの着ぐるみはですね番組を辞める時に記念に貰ったんです。本当は手荷物で持ってこようと思ったんですけど意外に大きくなるんで。だったら、着て行っちゃえってスタッフと盛り上がってしまって・・」

 てへっと舌を出してレイナードさんは言った。ノリが良すぎます。それにレイナードさんの言葉が正しければここに来るまであのウサたんの恰好できたことになるわけで・・普通では考えられません。やっぱり、変わり者です。プロスペクターさんにどういう基準でスタッフが集められたのか問い詰めたい気分です。

〔おかしい・・〕

〔どうしたの?オモイカネ〕

〔急に外部からデータを収集できなくなったんだ〕

〔どういう事です?〕

〔ガンマが確認した。情報回線が物理的に破壊された〕

「どういう事、イロウル?」

 どこかの場所のケーブルか何かが破壊されているのが画面に写し出された。アングルからして多分、ガンマさんが見ているものなのだろう。私は思わず声に出して問いただしていた。

「ルリちゃんどうしたの?」

「何かあったの、ルリちゃん?」

 ハルカさんや、レイナードさんが私を怪訝そうに見詰めた。

「攻撃される確率99.99・・・%」

 MAGIを操作していたらしいラピスが言った。

「つまり・・」

「「つまり?」」

「あれです」

 私はメイン画面を指し示した。

〔敵が来る〕

 ナデシコのメイン画面にその言葉が静かに写し出された。それを見たハルカさんとレイナードさんは互いの顔を見詰め合った。




ズガシャアーーーーンッ!!!

「うわっ!」

「うおっ!」

 僕とセイヤさんが変な動きをしていたエステバリスの下から離れてしばらくして、無理なポーズをとったエステバリスはバランスを崩して倒れてしまった。

「ああーーっ!!俺のエステちゃんが〜〜」

 セイヤさんが両手で頭を抑えて叫んでいた。僕はエステバリスはネルガルのものでしょと心の中でツッコミをいれた。

 僕は無残に倒れたエステバリスを見詰めた。見た目上はダメージは無い様に見える。でも人型でもあり精密機械の部分も多大にあるので中がどうなっているか分からない。整備班の皆が出航までに間に合わせるべく、寝る時間も削って懸命に調整していたんだから、頭に血が昇っても仕方ない。現に今は倒れた機体に駆け寄り破損部分が無いかチェックし始める者、パイロットを袋叩きにしようとする者たちが集まっていた。

 セイヤさんもパイロットに腹が立ったのかコクピットの方へ駆け寄っていた。僕はそんな様子を後ろについていった。この場で僕に出来る事は無いだろうけど。そう思いながら周りを見ていると丁度プロスペクターさんが僕の知らない人・・僕より2,3歳ぐらい年上の人を連れていた。髪はつんつんととんがっていて、純朴そうな感じの人だった。それに何となく自分と同じような匂いのする人だとも思った。何か話し合っているようでプロスペクターさんが電卓を取り出して提示させている所を見るとエステバリスの説明をして売りつけようとしているみたいだった。

 プロスペクターさん・・個人に兵器を売りつけてどうしようって言うんだろう?

 僕はプロスペクターさんの商売根性に呆れ半分、感心半分だった。そういや、僕の時にもコミュニケ売りつけようとしていなかったっけ?

 それにしてもさっきのパイロット、素人の僕が見て行動は別としても、いい動きしていた。流石、出来るだけ一流どころを集めたと言っていただけの事はあるよな。そう思っていると丁度、倒れたエステバリスのコクピットからパイロットが整備員たちに引きずり出された所だった。心なしか乱暴にだけど無理もないかな、最近、急ピッチに整備しろと言われて仕上げていたものをいきなり乱暴に扱って再点検、再調整しないといけないようになったんだもんな。

「ヤマダさん!一帯、あなたは何を考えているんですか!?大体、あなたは数日後に着任予定でしょう!」

 何時の間にか運び出されたパイロットの下に来たプロスペクターさんが問い詰めていた。

「違ーうっ!!俺様は山田じゃない。ダイゴウジ・ガイだっ!!」

 倒れたまま山田と呼ばれた人が拳を振り上げ主張した。

「ダイゴウジって・・お前、山田じゃないのか?」

 セイヤさんはパイロット・データをコミュニケで引き出して言った。

「違うっ!それは俺の本当の名前じゃない!!俺の魂の名前はダイゴウジ・ガイだっ!!」

 やたら暑苦しい調子で山田さんはダイゴウジ・ガイである事を主張していた。でも、魂の名前って・・もしかしてイタイ人なのだろうか?

「大体、何でこんなに早く来られたんですか?」

「いやぁ、ロボットに乗れるって聞いたらな、居ても立ってもいられない状態になっちまったのさ」

 山田さんは頭を掻きながら流石に回りの様子に少しまずいかなと笑って誤魔化そうとしているようだった。最もそんな事で整備班の人たちの憤りは交わしきれるものではない。

「はあっ〜、山田さん。今回の騒ぎの件、減棒させていただきます」

「なっ!それじゃ、予定していたゲキガン・グッズがっ!!」

 ゲキガン・グッズって何?そう思ったんだけどふと山田さんの足の方を見ると不自然に曲がっていた。

「それよりオタク、折れてるよ、これ」

 どうやら足が骨折しているようだった。

「何だとっ!?うぉ!!いて、いてててー」

 整備員に言われて急に意識したのか痛みにもがき始めた。急いで担架が持ってこられ、その担架に山田さんは乗せられた。そのまま、医務室へと運ばれていくのだろう。

 しかし、いきなり骨折なんてあの人、この先やっていけるのだろうか?まあ、僕も最初にEVAに乗せられた時は病院送りだったけど。でも、あれは仕方ないよね。何もわかっていない状態で戦場に放り込まれたんだから。生き残っただけでも運がいいよな。

「おお、すまんがそこにいる少年!コクピットに俺の大事な宝物があるんだ。頼む取って持ってきてくれ!」

 少年?僕の事かな?この場でその言葉に該当する人って僕かさっきのつんつん頭の人だ。僕に言われたような気がするし、取りに行こうか。そう思って倒れているエステバリスのコクピットの方へ行こうとした時、背後からプロスペクターさんが声を掛けてきた。

「ああ、シンジさん。丁度良かった」

「はい?」

 振り返ってみるとプロスペクターさんとつんつん頭の人が並んでいた。

「あなたに紹介します。こちら、天河アキトさん」

 そう言ってつんつん頭の人を紹介した。・・天河アキトさんていうのか。

「天河アキトです。よろしく」

 そう言って一礼してきた。

「天河さん、こちら碇シンジさんです。所属はあなたと同じ、つまり同僚になります」

「碇シンジです」

 僕はペコリと礼をしながら、この人も調理師を目指しているのかと同年代で始めて同じ道を志す人と出会えて嬉しくなった。

「さっそくで悪いのですがシンジさん。天河さんを職場に案内していただけませんか?あと時間がおありでしたら艦内の案内も」

「判りました」

「すいませんね。私もなにぶん忙しい身で。では、お願いしますよぉ!」

 そう言ってプロスペクターさんは早歩きで去っていった。

「そういえばヤマダって人がさっき人形を頼むって言ってたな・・」

「そうですね」

 倒れていたエステバリスは整備員たちによって起こされている所だった。作業が終わらないとコクピットにはいけないのでおとなしく作業を見ていた。

「しかし、すげえな。本当に動くんだよなー」

 天河さんは先程の光景を思い出したのかそう感想を漏らした。僕自身も実際に動いているのを見たのは今さっきのが最初だ。動かした時とはまた違った興奮を少し感じた。

「そうですね」

 結局、僕も実際に乗って戦いさえしなければ、こういうのは結構好きなんだなと思った。

「えーと、シンジ君でいいかな?」

「ええ、いいですよ。天河さん」

「俺もアキトでいいよ。一緒の職場って言っていたし」

「判りました。アキトさん」

 感じの好い人で良かった。これなら同じ職場でもうまくやっていけそうだ。

「でも、俺より年下の子がここに居るとは思わなかったな・・」

「そうですか?」

 そんな事いっているとラピスやルリちゃんを見れば驚くんじゃないかな。それを言うのは内した時でいいか。

「本当さ。仮にもこれ民間所有とはいえ戦艦だろ?そんなのに自分も言えた事じゃないけど未成年者がいるとは思わなかったんだ」

 そう言って色々とアキトさんは話してくれた。アキトさんは18歳。僕より2歳年上なんだ。それに結構、苦労してきたみたいだ。それでいてひねていないなんて凄い。

「そう言えばさっき山田さんがコクピットの中の宝物とか言ってましたよね」

「ああ、そうだったな」

 僕は近くに居た整備員に声を掛けてコクピットを覗く許可を得た。アキトさんもコクピットを見れるチャンスとついてきた。

 コクピットを覗くとロボットの人形が転がっていた。

「ロボットの人形?なんのだろ?」

 僕自身はアニメなんてあんまり見るような環境で育ったわけではないので知らなかった。第一、僕の時代からすれば今は約200年後である。どんなものかなんて知りようがない。

「何だ?・・宝物って、ゲキガンガーの人形か?」

 でもアキトさんは知っているようだった。僕は物珍しげに手に取った。意外にずっしりと重みがあった。ソフトビニールじゃなくって超合金て奴かもしれない。

「ゲキガンガーですか?」

 僕が知っているので似たようなロボットってゲッター○ボしか知らない。それも、トウジやケンスケっといった友達同士で古典アニメだ!とか言って、一度だけ観賞した事があるぐらい。最もあの後、大人のビデオ鑑賞会に変わったんだけど。凄かったよな・・うん。流石外人さんって思った。

「えっ!?知らない?結構、放映当時は流行っていたと思うんだけどな・・火星だけかな?」

 アキトさんは僕を見て不思議そうに言った。そんなに流行っていたのだろうか? それにアキトさんが火星出身だったなんて。

「火星ですか?」

「そう、俺、火星出身なんだ。だからIFS当たり前のようにつけていたんだけど、こっちに来てからはこれが仇になってさ・・」

「大変だったんですね・・でも、何時こちらに着たんです?」

「来たのは一年近く前・・でもどうやって来たかは覚えていないんだ。木星蜥蜴に追い詰められて殺されそうになって、もうだめだって思って、気が付いたら地球に居た。信じられないだろ?」

 自嘲気味にアキトさんは教えてくれた。

「瞬間移動って奴ですか・・?」

 それだったら僕も一度だけあるな。最もあれは瞬間移動じゃなくて時空間移動?いや次元間移動になるのかな?

「どうだろう?でも、そうかもしれない。後で日付とか確認したら同じ日だったし」

ズズーーーン!

 突然、かなりの振動が伝わってきた。

「な、なんだ?」

 アキトさんは戸惑っている。

「爆発か何か?上から?」

 伝わってきた振動の感じからそれが地上からである事を感じた。

<シンジ!敵だ!>

 アルファの声が届くと共に警報が鳴り艦内放送が鳴り響いた。

『第1種警報発令!! 各員は所定に従い直ちに対応してください。繰り返します・・』

<現在、木星蜥蜴の襲撃を受けている。敵機動兵器と地上軍が交戦中だが分が悪い>

<でも、今の僕にはどうしようもないよ>

<やろうと思えばできないこともないが、やればやったで大騒ぎになってややこしいからな>

「奴等が、奴等が来たんだっ!」

 僕とアルファが話している時、アキトさんの声が背後から聞こえた。振り向くとアキトさんがエステバリスのコクピットに乗り込んで居た。

「ちょ、ちょっと、アキトさん!?

 切羽詰った表情のアキトさんに僕は慌てて声をかける。だけど、聞こえていないのかコクピットハッチが閉まった。そして、始動音が鳴り始めていた。

<シンジ、そのエステバリスが動くぞ。そこに居たら危ない>

 アルファの指摘に僕はとにかく避難する事にした。

     *

 静寂なる宇宙、そこに浮かぶは青く輝く星、地球・・その星は今は木星蜥蜴という謎の敵性体の侵略兵器、主に拠点制圧用強襲揚陸艦の役割を担うチューリップと宇宙軍に呼称される物体を、阻むため不可侵の障壁ビッグバリアーが包んでいる。

 このビッグバリアーが張られてからは木星蜥蜴が定期的に送り込んでくるチューリップ等の兵器を地球圏内に突破される事はなかった。これにより、今の所地球は既にあるチューリップから吐き出される木星蜥蜴の兵力だけを相手にするだけとなり、何とか木星蜥蜴からの猛攻を凌いでいた。

 しかし、その神話も今、崩れ去ろうとしていた・・・

「何故、今まで気付かなかったんだ!!」

 監視ステーションの責任者は睡眠中に呼び出され不機嫌さを隠さずに怒鳴り込んだ。

「あの辺はまだ前々回の木星蜥蜴の襲撃で監視網を復旧できず、定期的に哨戒機を飛ばしていた所なんです」

 責任者に詰問され少し半泣き気味に返事するオペレータ嬢。

「で、遊撃艦隊による迎撃は間に合いそうなのか?」

 責任者はオペレータ嬢の様子に自分が大人気ないというか、自分の立場に相応しくない態度だった反省し、語調を柔らかくして聞いた。

「微妙な所です。おそらく間に合いません」

 責任者の口調と表情の変化に少しホッとさせた。

「仕方ないな。後は防衛ラインに任せるしかないか・・連絡はしているな?」

「はい」

「遅まきながら幾度の木星蜥蜴の襲撃でビッグバリア圏外の遊撃艦隊はガタガタだ。ただでさえ全域のカバーなど無理だって言うのに・・防衛ラインの再構築を検討する必要があるんだがな」

 もう自分のやるべき事は無くなったが状況的には自室に引き上げるわけにはいかず、チューリップの迎撃を見守る事にした。

「上申なされたのですか?」

「まあな。しかし、検討するとあったきり、何の音沙汰もない。すまんな、愚痴になってしまった」

「いいえ」

 妙な雰囲気を作り出す責任者とオペレータ嬢であった。

「チューリップがこのまま防衛ラインを突破した場合、何処に落ちるんだ?」

「お待ちください」

 責任者の質問に答えるべくオペレータ嬢は作業を開始した。その間に責任者は突然出現したチューリップへの迎撃の様子を監視する。既にチューリップは第一防衛ラインたるビッグバリアを突破していた。今は第二防衛ラインである戦闘衛星からのミサイル攻撃を行っているがこれまでのチューリップとは違い然程、効果をあげているようには見えなかった。この様子からも速度は落ちていないので第三防衛ラインのデルフィニウム部隊は間に合いそうにない。

「今までのチューリップとは違うのか?新種か?」

 責任者は訝しんだ。これまでのチューリップなら、少なくとも被害は出ていたはずだ。それが無傷なのである。

「チューリップの落下地点わかりました。日本、佐世保です」

「佐世保?」

「はい、宇宙艦船ドッグがある所です。タイミング悪いです。つい先程佐世保は木星蜥蜴の襲撃を受け現在交戦中です。また、通信施設に被害が出たのか通信途絶中です」

「なんだと!?まずい!」

 交戦中というならば最終防衛ラインのラムジェット戦闘機による迎撃は期待できそうにない。おそらくその手前の第五防衛ラインたる空中艦隊も佐世保付近にいる木星蜥蜴の対応で手一杯だろう。確実に迎撃できるのは第四防衛ラインである地上からのミサイル攻撃しかないが、第二防衛ラインの攻撃結果からすると余り期待できそうになかった。

「通信途絶中とかいったが何とか連絡する手段を見つけ出し、非難するように警告をだせ!このままあれを逃すと近来稀に見る惨事となるぞ!」

「はい!」

「しかし、向こうにしてみれば随分とタイミングが良い・・何が何でも佐世保を潰しておきたい、もしくは確保したい事情ができたと言うことか?何があるんだ?」

 責任者がそれについて知るのはもう少し後の事になるのであった。

     *

 画面に敵が来ると表示されてまもなく警報が鳴り響いた。それは敵襲を知らせる警報・・明確な対抗手段の無い宇宙連合軍の末端の兵士にとっては死刑宣告を告げるもの。

 それは今のこの艦にも言える事。彼ら木星蜥蜴に対抗するにはこの艦の心臓である相転移機関に灯を入れること。それなくして木星蜥蜴の攻撃に晒されている私達に生き残る術は無い。

「ラピス、外の状況はどうですか?」

「芳しくない。初期攻撃で通信施設が破壊されたのか、現場が混乱して防戦もままならない」

 私はルリの質問に答えた。どちらにしろ今出来る事はこの艦をオペレートする事だけだ。作業に集中しようとした時、複数の足音がドカドカとしてブリッジに駆け込んで来るなり、

「もう、この艦は一体どうなってんのよっ!!」

「落ち着け、ムネタケ」

「そう、落ち着いてくださいよ」

 甲高い声で叫ぶ男の声が、そしてそれを抑えるような貫禄ある声が、最後はプロスペクターの声だった。振り返るとプロスペクター、さっき紹介されたゴートが、それに会った事の無い軍服を着ている男が二人いた。みんな息を切らしてるは走ってきからだろう。

「でも、提督!」

 軍服を着ているうちで小柄で頭がキノコ頭・・マッシュルーム・カットとでもいうのだろうかそんな変わった髪形をした人が憤りを感じているのか抗議していた。それにしても何でこの人、女の人が使うような言葉遣いなの?

「ムネタケ、この艦での我々の立場は部外者なのだ。出来る事は少ない。第一、この艦はまだ動いていない以上、今の我々に出来る事は無い・・」

 提督呼ばれた男は年を取っており、恐らくこの艦の乗員でも最年長だと思う。この人がこのナデシコにオブザーバーとして招かれたフクベ・ジン提督。火星域での最初の遭遇戦で英雄になった男。キノコ頭の方は知らない。乗船員名簿には無かった。調べ様にも回線が断たれているので無理だ。

「この船には各分野のエキスパートが乗っています。民間人とはいえその資質は軍人にも勝るとも劣らないもの達です」

 相変わらずムスっとした顔を崩さずにゴートが安心させようとしていた。でも、それは無理。そんな事言ってもこのブリッジにいる乗員はムネタケと呼ばれた男から見れば小娘ばかり、信用しようにも出来ないと思う。

「だったら、さっさと反撃しなさい。対空砲火とか迎撃機を出すとか。出来る事が色々あるでしょっ!!エキスパートならあんな敵パパパッとやっつけなさいよ」

 ほら、やっぱりうまく行かない。大体やれるならやっている。

「無理だ」

 そう無理。今のナデシコは何もできない。・・そうでもないか。迎撃機・・エステバリスなら出撃させる事ができる。でもパイロットが居ない。

「な!?さっき、エキスパートがどうと言っていたじゃない。どういう事よ!!」」

「マスターキーが無い」

「マスターキー・・?」

「クーデター等によるこの艦の不法占拠を防ぐためのセキュリティシステムです。ネルガル会長とこの艦の艦長のみがマスターキーを扱えます。これが無ければ生活環境等の最低限の機能を除いてシステムダウンとなります」

「どうして面倒なシステム作ったのよっ!!」

「ですから不法占拠を防ぐための・・」

「ムキーーーーッ!!」

 ムネタケは頭をかきむしった。発作でも起こしたのだろうか?

「とにかく、何とかしなさいっ!!」

 プロスペクターにムネタケは詰め寄り、ビシッと指を突きつけた。プロスペクターはその勢いに上半身だけを後方にずらした。

「ですから、この艦は艦長が来なければ心臓である相転移機関は動かないようになっておりまして」

 プロスペクターが手にはハンカチもって額の汗を拭きながら言い訳じみた説明する。

「で、肝心の艦長は?」

 そんな男たちの中で一番落ち着いている提督が聞いた。

「はい、ゲートを通ったのは確認できています」

 プロスペクターが素直に聞かれた事を返す。私も端末を操作して確認した。確かに確認できている30分ぐらい前だけど。それだけ時間があれば着いているはず。なのに着いていない・・迷子?

「ねえ、艦長ってどんな人?カッコいいのかな。だったらいいなあ」

「バカねえ、メグちゃん。そんな都合のいい人の分けないわよ。現実は厳しいんだから。どうせ、冴えないおっさんか、いいとこ我侭なおぼっちゃんてとこよ」

 ミナトとメグミはものの数十分ですっかり打ち解けていた。

「でも何かあやしいですよね。ブリッジ要員て女性ばっかりだし。しかも、年は別として綺麗所ばかり。艦長の趣味?」

「まさか、でも戦艦なんて男が多いのが普通だものね。でも、一応ネルガルに所属しているから会社か」

「わあ、セクハラなんてされたらどうしよう」

 ・・平和。一段上になっている指揮官の場所の緊迫感等、一切感じさせない。この艦は本当に大丈夫なのだろうか。

 その時ふとシンジの顔が思い浮かんだ。何でだろう? この状況を何とかしちゃいそうな人物に思えてしまった。今までも戦闘に巻き込まれるような事があってもシンジ達がいれば大丈夫だった。根拠は無いけど今度もそうだと思った。

「ルリちゃんやラピスちゃんも何かされたらミナトおねーさんにちゃんと言うのよ?我慢する事無いんだから」

「そんな事は心配無いと思いますよ」

「ルリちゃん、会ったことあるの」

「いいえ、ありません。でも艦長は女ですから」

 そう言ってルリは艦長のデータをコミュニケで表示した。

ミスマル・ユリカ

20歳、女、火星出身。身長166センチ。体重52キロ。

宇宙連合軍提督ミスマル・コウイチロウの一人娘。

地球連合大学で戦略シュミレーション実習を主席で卒業。

スリーサイズはB85、W58、H86

 写真を見る限りは容姿は高レベル。はっきり言って美人といっていいと思う。所謂お嬢様という雰囲気を感じる。

「へえって、何で体重やスリーサイズまで載ってんの!?それって私達のデータでも同じって事?後でプロスペクターさんに問い詰めなくっちゃ!!」

 ミナトの叫び声が聞こえていたのかプロスペクターが冷や汗をかいていた。ムネタケは私達の様子に苦虫を噛み潰したような表情だ。ゴートも渋い顔。唯一、提督だけは私達の様子に苦笑いしていた。メグミは自分の胸や腰辺りを見て何やら落ち込んでいる。でもスリーサイズってなんだろう?

「まあ、戦艦に素敵な出会いを期待しても仕方ないわね」

「そうですね・・あ〜あ、残念・・」

「ムキーーッ!!あんた達、何和んでんのよっ!!そんな場合じゃないでしょっ!!もう、艦長は何時来ないの!!このままじゃこんな地下で生き埋めよ。私はこんな所で死ぬつもりは無いんだからっ!!いやよっ!!」

「そんな事言ってもどうしようもないでしょ・・」

「本当です」

 ミナトとメグミの呟きに呼応したのかブリッジ内に無力感が漂っていた。でも、そういえばおかしい。そうだ、オモイカネやマギー、それにイロウルが大人しすぎる。さっきから何の音沙汰も無い。反応が無機質過ぎる。何かやっているの?

プシュ

 そんな考えに浸ろうとしているとブリッジへの扉が開き、誰かが入ってきた。

「みんさん、おまたせっ!!私が艦長のミスマル・ユリカです。ブイッ!!」

 そう言って満ち溢れる程の笑顔でブイサインを私達にかました。

「「「「「ブイ〜〜ッ!?」」」」」

 テンションはどうあれ私やルリも含めてブリッジにいる人間は叫んでいた。それから、そんな様子を艦長に遅れて入ってきた人・・多分、副長のアオイ・ジュンだと思うけど・・ががっくりと両手と膝を突いていた。

 また、変な人が一人追加・・いや二名なのか・・前に性格はともかく腕は一流の人を集めたとプロスペクターに聞いたけど、ここまで来るとどういう基準でなのかと問い詰めたい気持ちになった。

「うそ」

「あれが艦長!?」

 みんなが信じられないのも頷ける。そこにはどう見ても艦長というよりは女子大生。写真では知性溢れる感じがしていたのに、実物は長い髪をなびかせて登場。能天気に明るい性格で知性の輝きは感じられなかった。

「勘弁して・・」

 それは私の気持ちも同じ。先行きに凄い不安を感じてしまった。嫌な現実が起こりそうで恐い。艦長は皆の冷たい視線に気にすることなく次の行動に移った。

〔――マスターキー確認。相転移機関始動します〕

 やっぱり、オモイカネ何かおかしい。ルリの方を見るとルリも気付いているのか怪訝そうな顔をしていた。とにかくナデシコは相転移機関が始動したので全機能が使用できるようになった。でも相転移機関は真空をエネルギーに変えるから地上では反応が鈍い。臨戦態勢になるまでにはいま少し時間が必要だ。

〔艦内チェック開始・・・〕

「やっと艦長が来たんだから、出撃よ。出撃してチャッチャと木星蜥蜴を叩き潰すのっ!!」

「でも、どうやって?上では木星蜥蜴が待ち受けているんでしょ?」

 ミナトの意見には賛成。基地上空には木星蜥蜴がうじゃうじゃいる。こんな状況では自殺行為。

「簡単よ。ナデシコの主砲を上に向けて、敵に打ち込めばいいのよ」

「そんな事したら上に残っている軍人さん達も巻き込んじゃうじゃない?」

「そういうの非人道的って言うんだと思います」

「ど、どーせ、もう皆、死んでるわよっ!!」

 ミナト、メグミの連携にムネタケはタジタジ。思わず危ない発言をしている。仲間は大事にしないと静止に関わる事を私は知っている。だから自分の仲間に向かってとんでもない事を言う人はキライ。こういう人は自分の保身の為に平気で裏切る。早めに排除するの方がいい。排除の役に立つかもしれないので先程の発言が記録されている映像を切り出しておくことにした。彼は要注意人物として常時監視をオモイカネに指示する。

〔――了解〕

「じゃあ、他に案でもあるって言うの?このまま地下に隠れろってんじゃないでしょうね?」

「あ、それってかえって名案かも!」

「そんな分けないでしょ!この小娘がっ!!木星蜥蜴がこの戦艦をほっとくわけ無いじゃない!」

「んー、撃つのはともかく、後で賠償請求なんて事になったら困りますなあ。そうならないよう契約書を・・」

「・・やはり、迎撃態勢は・・しかし、それはあれが問題か・・」

「とりあえず、この場所から逃げちゃうってのは、どう?」

「思い切って降伏しちゃうとか?」

 ミナトの意見はともかくメグミの意見はどうかと思う。相手は木星蜥蜴。今まで降伏だとか捕虜を取るとかした事が無い。そんな事も知らないのだろうか?私も大概世間知らずと思うけど、メグミも十分、世間知らずじゃないだろうか?

「ふざけんじゃないわよっ!!」

 はっきり言ってこの人たちが幾ら話し合ってもまとまらないと思う。そう思った時、

「艦長は何か意見があるかね?」

 今まで静観していた提督が艦長に言った。

「どうかな?艦長」

 なにやら考え込んでいた艦長に話すように提督は即した。

「はい、今回の場合、地上ゲートを使用するのは問題外です。それに副提督の主砲を上に向けて撃つという案もダメです。ナデシコの主砲は固定されているので船体自信を垂直にする必要がありますがそれはドック内では出来ません。よって残された唯一の海底ゲートを抜けて一旦、海中へ。その後、浮上して敵の背後より殲滅します」

 艦長は自分の作戦案を画面に映し出し、一気に言い切った。その言葉には自信が満ち溢れ迷いがない。

「なるほど。ナデシコの主砲グラビティ・ブラストなら、あれだけの数の敵も殲滅できるかも知れんな」

 ゴートは相変わらずのムスっとした表情で言った。

 グラビティ・ブラスト・・相転移機関で得られる莫大なエネルギーを重力波に変換して収束、発射する現行兵器に比べて格段に違う強力な兵器。これを使えば可能かもしれない。でも、これはまだ一度も試射されていないのだ。

 でも、艦長の言った作戦は今の状況で考えうる上で的確なものと感じた。能天気さとは裏腹に戦略シュミレーションが主席というのは伊達じゃないみたいだ。唯一つの点を除いては。

「でもさあ、敵もバカじゃないんだからそうそう固まっていてくれないんじゃない?」

 意外にもミナトが問題点を指摘した。ミナトもアタマ悪そうと感じたけど経歴に示すとおり才媛であるというのは本当のようだ。グラビティ・ブラストは強力だけど相転移機関は地上ではフルパワーで稼動しない。チャージするのに時間がかかる。はずすか、撃ち洩らせばその間は無防備になり、この艦はボコボコにされる。普通の戦艦とは違って対空防御できる砲座が無い。それは全て艦載機であるエステバリスがその役目を担っている。

「囮よ、囮を出すのよ。誰かが敵を引き付けてナデシコの主砲有効射界内に誘導するのよ!」

「そんな無茶な。あれだけの数の敵を相手にどうやって」

「ほら、この艦にはロボットがあるじゃないっ!たくさんあれば一機ぐらいは生き残るわよ」

 ムネタケはまた無茶な事を言った。

「エステバリスか・・あれだったら何とかできるかも知れん」

 ゴートも顎に手を当てムネタケの意見を吟味した。確かにカタログ・スペックどおりの性能を発揮するなら可能性はある。でも、あくまでも可能性で成功率はかなり低い。

「でも、パイロットがいませんよ?スケジュールでは三日後に乗船予定ですから」

「山田ジロウが予定を繰り上げて乗船している」

 ルリの答えを私は訂正した。プロスペクターが私の言葉に苦みばしった顔をした。私、何か悪い事した?

「山田さんですか・・彼は」

『そう、そこで俺の出番って訳だっ!!』

 コミュニケにより画面が一つでかでかとブリッジに現れた。その画面には濃い顔が映っていた。松葉杖をついて。

「誰?」

「あれが山田さんです」

『くー、基地の絶体絶命のピンチに一筋の希望!!燃えるシチュエーションだぜ!!』

『って、あんた。足が折れてんだろ?出撃できるかよ・・』

 突込みを入れたのはどうやらその山田さんとやらを治療していた医者のようだ。

「どういうこと?」

「はっ、はっ、は。実は山田さん、先程エステバリスに乗った時に事故を起こしましてあの体たらくです」

 プロスペクターの乾いた笑いが印象的。

「事故?あれで本当にパイロットとしてエキスパートなの!?」

「まあいいわ。あんなのでも居ないよりマシよ。そこの通信士、命令を出して」

「イヤです。酷いと思います」

「うるさいわね。これは戦争なのよ。多少の犠牲はつきものよ」

「でも、だからってみすみす、死なせるような事出来ません。確実に死ぬような命令なんて出せませんっ!!」

「しなければ死ぬのは私達全員なんだから。それに副提督たる私の命令を拒否しようって言うの?」

 メグミもムネタケもヒステリックに叫び始めた。でも、この場合はメグミではなくムネタケの方が正しい。しなければムネタケの言葉どおり私達が死ぬ。艦長も提督も皆、この状況に困り果てている。

〔警告・・エステバリスが一機、発進中・・・〕

 艦内チェックをしているオモイカネから報告が来た。

「囮ならでてますよ」

 この状況を打破するルリの声がブリッジに静かに鳴り響いた。

「「「「「えっ!?」」」」」

「近接戦闘用人型ロボットエステバリス一機、地上に向けて」

「画面に出せっ!!」

 ゴートが叫んだ。確かにこの状況で唯一のパイロットが医務室にいるのにエステバリスが出ている。不審に思わない方がおかしい。ルリが指示に従って全員に見えるようにブリッジ正面に大きい画面サイズで表示した。

 そこに写ったのはエステバリスコクピット内。乗っていたのは10代後半ぐらいの青年。パイロットスーツは着ていないものの、手の甲にはパイロットである事を示すナノマシンの紋様が浮かんでいた。顔立ちは結構整っている。美形と言うほどではないけど。

『・・・死ぬなんてゴメンだっ!』

 その青年は何か叫んでいた。

「誰だ、君は!?」

『うわっ!』

「パイロットか!?」

『あっ、いやっ、俺は』

 ゴートの誰何に青年はうろたえるだけだった。何か衝動に任せてやっちゃいましたって感じ。乗船員名簿には乗っていない。

「所属と名前を言いたまえ!」

「天河アキト、コックです・・」

「コック?コックが何でエステバリスに・・」

「いや、その・・戦争がイヤで、聞きたいことがあって・・警報が鳴って・・」

 天河アキトと名乗った青年は全く要領を得なかった。

「いやはや、あの天河さん、実は先程、私がコックとして雇いまして・・」

「ミスター・・」

 ゴートはプロスペクターの言葉に多少呆れたようだった。

「あのねえ、アンタ、何分けわかんないこと言ってるの。だいたい、勝手に軍のロボット乗り回して軍法会議ものよっ!」

「ムネタケ副提督、あれはわが社の備品です」

 キレるムネタケに冷静にプロスペクターが突っ込んだ。

「うるさいわねぇ、わかってるわよ!」

「でもあの子、結構カワイイ顔してるじゃない」

「そうですね」

「あら、メグちゃん。ああいうの好み?」

「ミナトさん、やだ〜」

 ミナト、メグミ、今はそういう話題をする時じゃないと思う。

「困りますなあ、コックに危険手当はつきませんよ」

 プロスペクターそういう問題?

「危ないから降りた方がいいですよ」

「君の操縦経験は?」

『俺のエステバリスもといゲキガンガー返せ!』

 ゲキガンガーって何?

『何だ?何だ何だ!?一体、あんたら、何なんだ!?』

 皆が喋り掛けているのでその分だけ画面が狭いコクピットに出現して同時にしゃべるからアキトは混乱していた。

「それを聞きたいのはこっちの方よ。なんでロボットに乗っているわけ?」

『いや、俺、戦争なんてゴメンだから・・』

『た、大変だ!天河って奴がエステバリスに乗って地上に出ちまいやがったっ!!』

「それ遅いです。セイヤさん」

『あっ、そうなの。・・だってよ、シンジ』

『そう何ですか?』

「はい、今、それが判明して追及しているところです」

『そうなんだ』

「でも、乗ってるそれ、戦争の道具みたいよ?」

『俺のエステ早く返せっ!』

「ナデシコは何分戦艦ですから、戦争とは無関係ではいられない訳でして・・」

「これだから、アタシは戦艦に民間人を乗せるのは反対だったのよっ!!」

『だめですよ、アキトさん。戻ってください』

『そいつは山田何がしがヘマしやがったからメンテし直さないといけないんだぞ!』

『博士!何をいうんだ』

『誰が博士だ!』

 またもや好き勝手にみんなしゃべっていた。

「バカばっか・・」

 ルリの呟きに

「同感」

 私は答えた。その言葉に互いの顔を見合わせクスッと笑いあってしまった。こんなのでいいのだろうか?事態を収拾すべき人物は何をしているのだろう?

「ねぇ、ユリカあの人・・さっきの・・」

「うーん、テンカワ?・・テンカワねえ、テンカワ、テンカワ・・」

 副長の話しかけにも気づかずに艦長は何かを思い出そうと口の中でテンカワと繰り返していた。

「はっ、はっ、は、ゴートさん、彼、火星出身なんです」

 プロスペクターはゴートに告げた。その途端、ゴートの眉があがった。何かあるのだろうか?

「ああーーーっ!アキトォッ!?」

「ぐはっ」

 突然、艦長が大音量で叫んだ。耳元で注意を引こうとしていた副長がそれに直撃して床に沈んだ。・・・不憫。

「アキト?アキトでしょ。アキトォ、アキト、アキト、アキトだぁっ!!」

 そんな事に構わずというか気付かずに艦長は連呼する。ますます副長って不憫。

『へっ!?』

 画面越しの青年アキトは突然の事態に未だついていけてないようだった。

「懐かしいなあ!そうか、アキトかぁ・・」

『ユ、ユリカ!?お前、どうしてそんな所に!?』

 ようやく理解した途端に驚き声をアキトは張り上げた。

「何でさっき会った時、知らん振りしてたの?そうかぁ、わかったぁ!!・・アキトって、テレやさんだもんね!そうかぁ!」

 勝手に自己完結している艦長の言葉にアキトは絶句した。

「ちょっ、まてぇー!お前ここで何してんだよ!?」

 それでも何とかしようとアキトはもがいたみたいだった。

「彼女は、このナデシコの艦長なんです」

 どうやらアキトと面識のあるプロスペクターが説明した。

「な、なにぃーーーーっ!」

「そう、艦長さんなんだぞっ!!えっへん!!」

 艦長はニコニコ笑顔で胸を張った。その拍子に豊かな胸がたっぷんと揺れた。その後にまたもやブイサインをかました。

「ま…まじっスか!?」

 胸の揺れを真直に見て少し頬を染めているアキトにうんうんとブリッジ一同が頷いた。

「ちょ、ちょっとちょっと!ユリカァ!!そいつ誰なの!?」

 副長は艦長の態度にかなりの動揺が見てとれた。

「やっぱりアキトだね。アキトはユリカがピンチな時にいつもきてくれる、ユリカの王子様っ!!また助けに来てくれたのねっ!」

 パシッと両手を組み、夢見心地のお嬢様といったポワンとした表情で言い切った。副長はその言葉に口をあんぐりとした。

「「王子様っ!?」」

「きゃあ、王子様だって」

「凄いわ。今時そんな事を言える人がいるなんて」

「若いな・・」

「そんな事を言われたのはいつの時でしたかな・・」

『なっ!? 俺は、そんなんじゃ!』

『くそっ!手前が王子なら俺はヒーローだっ!!』

 ジロウ、何気に間違った対抗意識だと思う。

「だいたい、俺は逃げようとしてんだよ。助けようとしてるんじゃない!」

「アキト、わかってる。昔からテレ屋さんだもん。逃げる振りして、敵をおびき寄せてくれるんだよね」

『お前、何を言ってるんだよ!?それにおびき寄せるって。うわっ!!』

「どうやら地上に着いたみたい」

 私はそう言って別画面でエステバリスを映した。

「「「うわ〜〜っ」」」

 そこには木星蜥蜴の無人兵器が一杯。敵、敵、敵、敵だらけ。エステバリスはいきなり囲まれていた。

「死んだな」

『くっ、お前の死は無駄にしねえ。お前の思いは俺の胸の中で永遠に生きる』

「短い付き合いだったわ」

「天河さん・・」

『ア、アキトさん!?』

『死んでたまるかーーっ!』

 アキトは無人兵器の一斉攻撃から辛くも逃れる事が出来た。タイミングは絶妙的だった。遅くても早くても撃墜されていただろう。

「でも、でもでもアキトを危険な目にあわせるなんて」

『うわっ・・ちょっ・・このっ』

 必死にエステバリスが敵の攻撃を避けています。

「わかったわ。貴方の想い。大事にしなくちゃいけないよね」

 アキトが敵に追い立てられるように逃げていても艦長は自分の世界を展開していた。

『おい、コラ!』

 アキトは自分が必死に逃げ回っている時に妄想全快の艦長に抗議の声を挙げた。

「がんばって、アキト。私、あなたの事信じているから!」

 艦長は目をキラキラ輝かせ、祈りを捧げるように言った。

『待てって言ってるだろ!俺はただのコックなんだぞ!?』

 その言葉に激しく反論する。その間も何とか攻撃から逃れている。

「私とナデシコクルーの命、貴方に預けます。だけど約束よ。アキト、必ず生きて帰ってくるって」

『勝手に預けんなーーっ!』

「すいません。先程の作戦概要をアキトに送ってください」

 アキトの抗議も空しく艦長に届く事は無かった。

「了解」

 ルリはそう答えデータを送った。私自身は敵の動きの情報収集をしている。

「それにしても、中々見事だ」

「ええ、初めて動かしているとは思えませんねぇ」

「うそっ!あんな動きが出来てるのに初めてなの!?」

「か、かっこいい!!」

「ダメーーッ!!アキトは私の王子様なんだから!!」

『くっ、本来ならあの役目は俺のはずなのに』

『それはアンタの行いが悪いからだ・・』

「そんなの横暴です」

「IFS・・やはり、便利なのかしらね。素人でさえあんな動きが出来るんですもの。訓練した軍人が使えば自ずと結果がわかるわね」

「いやいや、副提督にそう言っていただけるとは嬉しい限りです。ぜひともわが社の製品の売り込みにご協力を」

 プロスペクター、人が必死にやっているのに営業活動している。営業マンとしては鏡かな。

「・・・そんな、ユリカ・・僕の存在って一体・・・」

 一人だけアイデンティティが崩壊しかけているのがいるけど、この状況では構う余裕は無い。

「艦長、エンジンの方、いいみたいよ」

 エンジンを見ていたミナトが報告した。何だかんだと騒いではいるけど皆自分の持分はしっかりとこなしていた。私も仕事に専念する。流れてきたデータに私はゾクっと冷汗を流した。

「警告!! 敵、増援多数!!」

「「ええ〜〜っ!!」」

「「うそぉ〜〜!」」

 ただでさえ状況が悪いのに更に悪化した。

『マジかよ、これ以上増えたら持たない!!』

 ただでさえギリギリなのだからもう悲痛の叫びと言ってもいい。

『くー、来た来た来たーーっ!燃えるシチュエーション第2弾!俺は行くぜ!くー、ケガを押しての出撃、このダイゴウジ・ガイ燃える、燃え尽きてみせる!!』

「燃え尽きちゃダメじゃん」

 ジロウの言葉に誰とも言えぬ突込みがあった。

『じゃあ、早速だ。ぐあっ!?』

 いきなりジロウが画面からフェードアウト。どうやら音から察するに倒れたようだ。

『だから言っただろ?今のアンタはダメだって。少しでも衝撃があれば呻くんだから。はっきり言って今のアンタ、足手まといにはなっても手助けにはなんないよ』

 呻くジロウに医者がしゃがみ込んで宣告した。

『くっ!何とかなんないのかよ!このままじゃ俺達もやられるんだぞ!麻酔かなんかあるだろ!』

『無理、出向前だったから医薬品とかまだ全部揃ってないのよ』

 つまり、その中に麻酔に必要なものもあった。

「あぁーーっ!!アキトが、アキトが死んじゃうーーっ!!」

「敵増援により、シュミレート結果、現作戦はエステバリス天河アキト機及び本艦は破壊、全滅となります」

 ルリは非常な結果を口にした。

『くっ、やっぱり俺がー、ぐぉ、うがっ、なんのー・・・』

『気絶しちまったな・・』

 僅かな希望は絶たれたみたい。

「わあーどうしよう」

「もうだめなのか」

「アタシはイヤよ!ここで死ぬのは!!」

「香典どれくらいかかるんですかねぇ・・」

「素敵な彼を見つけてないのにー」

「ふっ、これも運命か」

「アキトォ〜〜〜」

「ここまでなのか」

『早く何とかしてくれーーっ!!』

「短い生涯でした。遺書でも書いてみますか」

 ミンナ、トリミダシマクッテイル。レイセイナノハワタシダケ・・

『一人だけ今すぐに出れる奴を知っている』

 そんな折、セイヤの声が・・最後の希望を告げた。


(つづく)


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注)新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。
  機動戦艦ナデシコは(c)XEBECの作品です。






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