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新世紀エヴァンゲリオン 世にも奇妙な我が人生

新たなる戦い編
第 4話 「出会いと別れ」
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 荷物を取りに行く途中、やけに物々しく警備の人たちがうろついていたのを目にした。多分、襲撃情報が入っていたから警戒レベルが上がったのかもしれない。私の部屋にたどり着き中に入った。そこは静寂が包んでいた。

「そうか、みんなもうここから出て行った」

 少し胸に穴が開いたような感じになった。これが寂しいという事なのかな。感慨に耽ってばかりではいられないと、既にまとめていた私物を入れたボストンバッグを私は手にとった時。

ズズーン。

 どこかで爆発音と振動が伝わってきました。直ぐにサイレンがなり非常灯がつき始めました。どうやら、襲撃が始まったよう。私は急いで赤木博士の元に行くことにしました。

ズズーン。

 私が懸命に走っている間にも何度か爆発音が聞こえてきた。感覚ではまだ遠そう。私一人なので不安が募ってきた。もう直ぐ、赤木博士の所に着く。

ズズーン。パパパーン。

 爆発音と銃撃音が聞こえてきた。何だか近いような気がする。私は怖いと震えが来るのを我慢して懸命に走った。視界にようやく目的の扉が入った。

「赤木博士!」

 私は急いで扉をくぐり赤木博士の下に叫びながら飛び込んだ。

「ラピスどうしたんだい?ん?警報!敵襲なのか」

「気付かなかったのですか?」

「警報はココにもなるはずだが?回線が切られている、ということはここも襲撃地点というわけか。ラピスだけを逃がすというわけには今の状態じゃ無理だな。悪いなラピス、危険な目に遭わせる事になりそうだ。だが、ラピスを必ず護る」

 私はその言葉にこくんと頷いた。少なくともこの状況内では一番信頼できる赤木博士の側にいるのが安全だから。

「幸い、最後のカスパーも搬出済み。後は・・ラピス、多分もう直ぐ客が来るからそこの私の机の下に隠れていなさい。そこなら回りこまれて除かれない限り見つからない。それから音を立てずにおとなしくしているんだ。例え何が起き様ともね」

「はい」

「じゃあ、早く隠れるんだ」

 私は赤木博士に言われたように机の下に隠れた。それから、5分後くらいだろうか扉の開く音がした。その後、コツコツという足音がした。その後、聞こえてくるのは会話だけだった。

「お待ちしていましたよ、六分儀所長」

「ダイスケ君・・」

「もうココにはMAGIはありませんよ、残念ながら」

「別に私の目的はMAGIじゃないわ、赤木博士」

「ほう。じゃ、何でです?」

「分かっているのではないの?」

「ラピスですか?」

「そうよ。それとあなた」

「俺もですか?」

「そうよ。世界でも有数の頭脳。それに私は前からあなたが欲しかったの」

「それは光栄ですが、俺は今でも妻だけのものなんですよ」

「・・そう残念ね。あの娘とそっくりな私なら目があると思ったのだけれど」

「そっくり?冗談を言わないで下さい。彼女とあなたでは見た目は同じでも全然違う。確かにあなたはとても魅力的ではあります。俺にとっても。でも、その魅力に惹かれて近づけば全てを焼き尽くす劫火に飲み込まれてしまう。彼女はその逆だ」

「そう、確かにあのこは穏やかな春風のように側にいれば心地よかった・・・でも、それはもう思い出の中だけ・・」

「・・・」

「あなたが私のものにならないのなら、ここで殺すわ。そうすればもうあなたは誰のものにもならないから」

「・・ある意味懸命な判断だな」

 私は会話の流れから赤木博士が危ないことを知った。だからといって私には何もできない。出て行っても状況が変わらない。逆に悪くなるかもしれない。だから、赤木博士との約束を守って我慢した。それでもにじみ出る恐怖が体を震わせた。

「せめてあのこと同じ所に逝けるといいわね」

「それは無理だ。今までの所業を考えればな」

「さよなら」

ザシュッ。

 何かを切る音がした。

「あっ」

  パーン。

ドサッ。

「くっ」

 赤木博士!私は思わず飛び出そうとしたけど体が震えて動けなかった。

「うっ、お前等は」

「久しぶりだ。兄者」

「お前は・・ケンか?」

 会話の内容からどうやら赤木博士は難を逃れたようだった。

「いかにも。もっとも、この仕事が終われば別の名となりますが。兄者、迎えに来た」

「ケン、すまないがまだ私は行けない。やらねばならない事があるからな」

「しかし」

「今は行けないだけだ。お前達が抱えている問題は一応分かっている。それを解決するための方法を実現するためのデータはとりあえず用意してある。持っていくといい。時田か山崎に渡せ」

「手当てを」

「致命傷じゃない。大丈夫だ。それに君達には時間の余裕が無いはずだ。本命を果たせ」

「知っていたのですか」

「ついさっき調べてな。お前達が来るということは碇家由来のものだろう?まさかアレがここにあるとは思わなかった。急いだほうがいいアレの移送準備をしている最中だったからな。まあその方が都合がいいだろうが。それにもう一つのほうに掻っ攫われるわけにはいかないんじゃないか?」

「・・今回はおとなしく引き揚げる」

「ありがたいね。資料はそのトランクの中だそれと上に載っている紙に君たちの目的場所がある」

「では、兄者も早く脱出を。もう直ぐここを消しますゆえ」

「そうさせてもらう」

 その後、暫くは何の会話もなくなっていた。

「ラピス、出てきてもいいよ」

 そう言われて私は机の下から恐る恐る出て行った。そこには銃で右肩を撃たれた赤木博士がいた。

「赤木博士!」

「ラピス、大丈夫だ。掠っているだけだ。それより脱出しよう」

 赤木博士の様子を見ればその言葉は嘘だと思えたけど、私はこくんと頷いて自分の荷物を持った。ふと、見ると赤木博士は赤い血の海に沈んでいる女性・・六分儀所長を覗き込んで見開いた目を閉じていた。そのまま、何かを祈るようにじっとした後、おもむろに立ち上がった。

「行こう」

「はい」

 赤木博士はドアを開け警戒しつつ部屋を出た。私はその後を着いていった。私は生まれて初めて研究所の外へ出る事になった。それが私の短い人生において最大の変化を起こす前兆だった。




「居たぞ!」

「ちっ、見つかったか。ラピスこっちだ」

 そう言って赤木博士は無事な左手で私の手を引いた。私もそれに合わせて走る。研究所は無事に脱出でき、近隣の町に入ることができた。
でも、脱出が順調だったのもそこまでだった。追っ手に見つかってしまった。赤木博士は相手を撒こうとしたけど、どうも私達?どちらを目的としているのか分からないがしつこく追跡者は追ってきた。その後も何度も撒いたりしたのだけどかなりの人数が動いているらしく何度も見つかっている。大っぴらに追っ手は動いているけど警察は動いていない。これってかなり大きな力が動いていて私達はすごくピンチ。度重なる逃亡で赤木博士は負傷で私は元々の体力のなさから肉体的にも精神的にも追い詰められていた。

ゼェ、ゼェ

 ただ、息切れする音だけが私達を支配していた。

「ラピス、ここに隠れよう」

 私はこくんと頷き赤木博士と共に空き家と思われる所に潜り込み、息を殺して追っ手が過ぎ去るのを待った。近くで追っ手の声が聞こえてくる。

「居たか?」

「いや、見失ってしまった」

「捜せ、未だこの近くに居るはずだ」

「どこかに隠れているはずだ、騒ぎを抑えておくにも限界がある。時間が無い急げ」

 暫くすると私たちの潜む空き家のほうに近づいてくる足音が聞こえた。自然と私は身を固くした。肩を抱いていてくれる赤木博士の温もりがかろうじて恐怖を抑えていてくれた。私は不安で赤木博士を見上げた。そんな私に赤木博士は安心させようと笑顔を見せた。そうしているうちにも足音が聞こえてくる。

ガラッ

 この空き家の扉を開ける音がした。そして、中に入ってくる足音。私達は今までに無く緊張を強いられた。ここで、見つかればもうお仕舞いだと思う。体力的にも限界が近いから。じぃっとしていると足音は近くまできたりとうろうろしている。そのうち何も無いと思ったのか入り口のほうに向かう足音が聞こえた。多大なまでに緊張を強いられていた私はそれで緊張を解いてしまった。がそれがいけなかった。

ミシッ

 物音を立ててしまった。それで入り口のほうに向かう足音が止まった。

「ん?奥のほうで何か音が聞こえたような」

 そう言ってこちらの方へ近づいてくる足音が聞こえた。どうして、物音を立ててしまったのかと公開したけどもう遅い。確実にその足音は私たちの潜むほうへ聞こえてきた。もう駄目、私は目を瞑りぎゅっと身を縮めた。

ニャア

 唐突に猫の鳴き声が聞こえた。そして、優雅な足取りで私達の隠れている前を通り入り口の方へ歩いていく。

「なんだ、猫か」

 そう言って再び入り口のほうに向かう足音が聞こえ、暫くして扉が閉まる音が聞こえた。それでも、私達は息を殺していた。暫くして

ふう

 私も、赤木博士も一気に安心したのか脱力した。赤木博士の方を見やると脱出してからも顔色が悪かったのが更に悪くなっているようだった。

「あ、危なかった」

「ごめんなさい、赤木博士」

 私も赤木博士も体力が限界に近く不安で仕方が無かった。

「仕方ない俺でも結構きつかったんだ。ラピスなら無理も無い。あれだけ持ったんだから逆に褒めたいよ。それに無事にやり過ごせたんだからあまり気にしないようにな」

 赤木博士の言葉に少しだけ不安が取り除かれた私はこくんと頷いた。

「えっ?」

 唐突に私達の近くに気配を感じてそちらを見るとそこには猫・・というには異質な姿をした生き物が居た。顔つきが猫というよりは豹に近く、額辺りには鬣が生えている。何よりもその体毛の色が鮮やかな紫というのが自然にはありえない。そんな猫に似た生き物が私達を見上げていた。

「か、変わった猫だな」

 赤木博士も私と同じ意見だったようだ。

「まあ、難にせよこの猫のおかげで助かった。ありがとう」

 赤木博士は律儀に猫に似た生き物に礼を言った。

「ニャア」

 猫に似た生き物はそれに対してあたかも返事したように鳴いて悠然と先程見せた優雅な足取りでこの家を出て行った。

「さて、これからどうするかだな。とりあえず、メシ食って落ち着こうか。それからここで朝まで休んで、みんなと合流する術を考えよう」

 私達は追われる隙をついて手に入れたパン・・赤木博士が言うにはパンはパンでも菓子パンというものらしい。私にとってパンというのは食パンしかないと思っていたけど色んな種類があるらしいことを知った。とりあえず手にした苺のクリームチーズデニッシュというのを食べた。イチゴの味がして研究所では食べたことの無い味わいに少し感動した。

「これからどうするんですか?」

 私は疑問を口にした。

「多分、ケイイチのやつがこの近くまで来ていると思う」

「どうしてそう思うんですか?」

「ああ、それはな。脱出する際にケイイチに対してメッセージを送っといた。向こうの方で追っ手が何か調べて対応してくれるはずだ。それに過去にも同じようなことが4,5回あったんだ。で、何れの時も丁度、これぐらいの時期にケイイチ達が助けに来てくれたのさ。だから、今回もね」

「そうですか」

 ケイイチにメッセージが届いてなかったら?という疑問がないでもないけどそれを知る術もなく私はとりあえず納得しておいた。

「そういうことだ。だから、もう少しの辛抱だ・・・」

ドサッ

 赤木博士は気を失ってしまった。

「赤木博士!」

 私は急いで赤木博士を介抱する。熱があった。感触ではかなりの高熱。多分、銃で撃たれた時の傷が原因だろう。このままではいけない、薬を手に入れなくてはと決心した私は赤木博士を見つかりにくい場所に移動させ、私の目立つ髪を隠すため手荷物からフードつきのジャンバーを取り出して羽織った。本当は目立たない色に染めればいいけどそんな時間の余裕もなかったし、私自身そうする事は嫌だった。それは自分を否定する事につながると感じたから。
 この時間帯なら結構寒いからこの格好でも怪しまれないと思う。目はカラーコンタクトで目立たないように隠してある。これも嫌だったけど背に腹は代えれない。それから、手持ちの金額を確認する。カードを使ったら、そのカード情報からたちまち捕捉されてしまうから。こういう時は現金がいいと赤木博士に教わった。

「赤木博士、少し待っていてください」

 意識の無い赤木博士に声を掛け潜んでいた家から外の様子を確認してから私は外に出た。




 慣れない街中を歩いて見つからないか不安を掲げながらドラッグストアを探す私。外に出てから初めて一人で行動する事もあり、不安で仕方なかった。でも、周りの人たちもまた自分と同じように不安そうにしている。多分、私達が逃亡している間に起こった異星人・・木星蜥蜴による地球への襲来が原因だと思う。火星が襲われた時はまだ対岸の火事みたいな所があったみたいだけど、さすがに自分達が対象になるとこれは大変だと危機感が湧いたみたいだ。赤木博士は木星蜥蜴について何か知っているみたいだけど。多分、私が聞けば教えてくれたかもしれない。でもその時は私にとって興味外のものだったから、もしこのような状況になると分かっていたらもう少し外について調べておくべきでした。最も今更後悔しても遅いのだけど。とりあえず私が聞いた数少ない情報から考えるとどうも異星人ではないらしい。異星人でないとすれば短絡的だけど同じ人が行っている事になる。

 ある意味それは納得できる。人は歴史で見ても世界のどこかで争いを起こしていたから。今回の出来事も歴史で言えば規模は最大のものとはいえさして変わりない出来事の一つという事になる。

・・・はっ、そうだった。思索にふけっている場合ではない。今はドラッグストアを見つけなくてはいけない。情報端末があればすぐにでも分かるけど残念ながら手元には無い。あればすぐに分かるのに。無いものねだりしても仕方ない。こういう時は素直に人に聞くようにと赤木博士は言っていた。でも、見ず知らずの人間に声を掛ける事に私は抵抗を覚えた。

・・・結果、かれこれ声を掛ける事もせずに30分近く街中を歩きまわりやっと目的のドラッグストアを見つける事ができた。思いのほか時間がかかり足が痛み出していた。日頃の運動不足と連日の逃亡生活の身にはこの行動は辛かった。それもあってドラッグストアを見つけた時は少し感動した。

 早速、ドラッグストアに入ったがその品数の多さに私の目的を速やかに果たせる薬がどれか分からなかった。このままでは目的が果たせない、思い切って店員に声を掛ける事にした。

 私がカウンターにいる店員に近づくとニコニコとしながら店員が話しかけてきた。

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。何の御用かな?」

 私は少し躊躇したが思い切って店員に用件を告げた。

「あ、・・大人に良く効く解熱剤を探している」

「ふーん、親御さんが風邪を引いたんだね。それじゃあ、看病が大変だね」

 店員は少し考え込み、私を見て言った。

「少し違う」

「え?違うの?」

 私の言葉に店員が戸惑いを見せた。

「多分、傷が原因・・・」

「き、傷?それって病院に行った方がいいんじゃないか?」

「・・ある事情で行けない・・」

 私は本当の理由が言えずに困ってしまった。店員は私をしげしげと見てしばらく考え込み言った。

「ごめん、ごめん。別に詮索しようって訳じゃないんだ。でも、そういうのはやっぱり病院に行った方が良いよ。悪化したりすると大変な事になるからね」

 そう言いながら店員は薬を用意してくれた。

「医者に掛からない限り適切な薬は用意できない。一応、無難なものを用意したよ」

 店員は私に用意した薬を示した。私は黙って頷きレジに提示されている価格を現金で支払った。

「お嬢ちゃん、外は暗くなっているから気をつけて帰るんだよ?」

 そう言って店員は私を店から送り出してくれた。私はその言葉にぺこりと礼をして店を出た。目的を果たせて少し、ホッとした。そのとたんお腹がぐぅと鳴った。そういえば今日は余りまともな物を食べていなかった。ついでだから食料の調達も行う事にした。

 コンビニで日持ちのするものや飲み物を買い、背負っているリュックに詰めた。手に持つより楽だから。それから久しぶりに温かいご飯が食べたいと思い、持ち帰りのできる所を探した。余り時間を掛けすぎると追いかけてきてる人たちに見つかる度合いが大きくなるから少し急ぎ足になってしまった。それから最初に目に入った牛丼屋で調達する事にした。

 私が牛丼を調達し店から出た時、私に声を掛けて来た男がいた。

「ラピス・ラズリだな」

 私は一気に血の気が引いた。

・・見つかった。

「違います」

 それでも、私は間を空けずに答えた。これも日頃の逃亡生活で培われた経験によるものと考えると少し悲しくなった。

「そうか・・・て、違うだろ。ごまかそうとしても無駄だ。一緒に来てもらおうか」

 男は結構乗りやすい性質なのだろうか?でも、こちらの有無を言わさぬ態度であった。私はこの危機をどう乗り切るか考えた。その間に男が私に近づき肩を掴んだ。私は反射的にアクアマリン姉さんが言っていた事を実行した。すなわち、

「きゃー、痴漢!!この触んないでよ、スケベ、へんたーい!!」

・・・アクアマリン姉さんが男の人にこちらの許可無く触ってきたらこうする様にと言われた事を実行し大きく叫んだ。少々、この台詞をアクアマリン姉さんに言われた調子で行うのは難しかったが何れ役に立つからと練習させられたのが思いのほか役に立つ事になった。

「なっ!」

 男は突然の私の行動に驚き、手を離した。そして再び私を捕まえようと行動したとき、男に何かがぶつけられた。

「ぎゃっー!」

 男は悲鳴を上げながら地面に転がった。私は何が起きたのかと少し呆然とした。

「おう、手前、こんな小さなお嬢ちゃんに痴漢たあ、男として見下げた奴だな」

 そう言って転がっている男に唾を吐くように言ったのは牛問屋から出てきた気風のよさそうなおじさんだった。どうやらこのおじさんが男に熱いお茶の入った湯飲みをぶつけたようだった。

「おう、お嬢ちゃん、今のうちにとっとと帰っちまいな。この男は俺が始末付けといてやるから」

 そう、名も知らないおじさんが言った。心なしか歯がキランと光ったような気がしたけどこの際それは無視して私はぺこりと礼をしてその場から離れた。

「さて、このロリコン野郎がそういう人種には人権が無い事を教えてやろう。おりゃ!!」

「ぎゃーー!」

 私の背からそう言ったやり取りが聞こえてきたがそれを無視した。改めて見つかったのが男でよかったと思った。これが女だったらこの手は使えないから。




 私はピンチを脱してホッと一息吐いた。ただ、このまま、素直に帰ってはまずい気がしたのでここ最近の逃亡生活で培った経験と赤木博士から教えてもらった方法を駆使して追っ手がいないか確認した。あまり、遅くなると私ぐらいの年齢の子は出歩かないので少し目立つ事になるし、下手をすれば警察に補導されてしまう。そうなったら追っ手の思う壺だ。時間は掛けれない。それにせっかく温かいご飯が冷めてしまうから。

 一寸した切実な思いを抱きつつ私は行動し、隠れ家?に急いだ。

 でも、帰る途中で今までが幸運だったのだと思い知った。なぜなら人気の少ないところで追っ手に発見されてしまったからだ。発見当初は相手は一人だったし、油断していたので買い物で手に入れた痴漢撃退スプレーで何とかその場を逃れる事ができた。でも、連絡がされていたようで直ぐに捕捉され追い詰められていた。だいたい、私は体力が無い。逃げるのにも直ぐに限界が来る。今も呼吸が荒くなり心臓がバクバクと苦しくなっていた。それでも、追っ手は容赦なくやってくる。

「居たぞ!あっちだ」

「B班、目標は○×通りを進んでいる先回りしろ!!」

 腹が立つのはこちらが子供という事もあって獲物を狩るのを楽しむような感じでこちらを追い詰めていた事だ。でも、現実は冷たい。状況が変わるわけではないから。もう、限界が近かった。

ハア、ハア、ハア

 ダメ・・・

 目が霞んできた。と思った瞬間、

カクン

 足に力が入らなくなってしまった。当然ながらそうなると倒れこむ事になる。

「あ、危ない!」

 そう言われて誰かに抱きとめられた。

「君!大丈夫?」

 心配そうに私に声を掛けてきた。声の質から若い男の人だという事は分かった。受け止めてくれた彼は私を立たせてくれる。

「ありがとう・・大丈夫、急いでいるから」

 私は本当は大丈夫じゃないし、心の余裕も失っていたからろくに顔も見ずに俯いたままそう言った。正直その時は顔を上げるのも億劫になるぐらい疲労していた。それに今は悠長にしている時ではない。この人から離れないと巻き込んでしまうと思った。

「あの、大丈夫には見えないんだけど・・」

 何故か彼は行きがかり上に関わっただけなのに随分心配してくれていた。このご時世に随分親切だ。最も、顔を確りと見ていないのでひょっとしたら何らかの下心がある可能性も否定できないが。

「本当に大丈夫・・」

 とにかく私はこれ以上関わられると面倒になると思い、問答無用で立ち去ろうとした。でも、私は自分が予想以上に疲労していた事を把握していなかった。数歩いった所で再び倒れそうになった。

「やっぱり、ダメじゃないか。休んだ方がいいよ?って、えっ?」

 そう言ってさっき助けてくれた人が又、私を受け止めてくれた。この時、初めて助けてくれた人の顔をまともに見た。私を心配そうに見ていたその人は多分15,6ぐらいの人で髪と目は黒で純粋な日本人の特徴を持っていた。顔は線が細く中性的で柔和な印象があった。私の美的感覚は世間とはいまいちずれているかもしれないが十分に整っている。それに目を見てこの人が私に対して邪な考えは持っていないと判断した。この辺は赤木博士には散々注意された。赤木博士によると私は世間知らずの箱入り娘と同じらしい。だが、私は赤木博士が言うほど世間知らずではない。それに赤木博士に会うまでは私は不快な視線にさらされ続けてきたのだ。私に害意が有るか無いか位は判断できる。特に私の容姿を見て最初は驚いたようだけど大抵の人が私に向ける気味悪げな視線を向ける事は無かった。どちらかと言うと好感の眼差しだった。

「あなたは私に関わらない方がいい」

 私はこの親切な人に警告して身を起こそうとした。

「無理しない方がいいよ、大分疲れているみたいだし。だから少し休んだ方がいいよ」

 だが、相手は私が相当無理をしていると思っている(実際そうだけど)らしくそれを留めた。

「それはダメ。今追われているから。私に関わると大変な目に遭う。だから構わないで」

 私は体の状態からもう逃げ切れないと判断した。追っ手ももう直ぐここに来るだろう。多分もう包囲網を完成させた頃合だろうから。

「・・・それじゃ余計にダメじゃないか」

 彼は私を支えたまま私の言葉を聞いて空を見上げた。時折、「どうして僕は・・」とか「ひょっとしてトラブルメーカー?」という言葉が聞こえてきた。

「よし、じゃあ逃げよう」

 私は彼の言葉にキョトンとなった。その時、彼が何を言ったのか理解できなかったのだ。誰が態々自分から面倒ごとを背負い込む者がいるだろうか。少なくとも私はしたくない。それにこの彼の行動は私の彼の印象にそぐわなかった。赤木博士の人は見た目だけじゃ分からないと言う言葉が何となく理解できた。

「ほら、早く」

 私が彼に催促されて気付くと彼は背を向け文字通り私を背負おうとしていた。私は躊躇した。彼を巻き込んでいいのかどうか。

「悠長にしていられないんだろ?さあ、早く」

 私は彼の助けを受ける事にした。彼は私を背負うと一目散に駆け出した。彼は私が思ったよりも身体能力は高かったようだ。少なくとも私が小柄で軽いといってもそれ相応の重さがある。それを背負って楽々とは言いがたいが結構な速度でその場を離れていった。

「とりあえず、ここから離れるように移動するよ?」

「はい」

 私は同意した。

「わかった。しっかり掴まっててね」

 彼はそう答えると先ほどよりスピードを上げた。そういえば私は彼の名前を知らない。これだけ、世話になったのだから知っておくべきかもしれない。

「・・・私はラピス、ラピス・ラズリ。あなたは?」

「え?あっ、そういえば名乗ってなかったね。僕は碇シンジ」

「イカリ・シンジ・・」

「そうだよ」

 私はイカリという姓に聞き覚えがあった。それはゲヒルンにおいては忌み名であった。世間においては現在、殆ど使用されていない姓。極最近、そう研究所を脱出する直前にMAGIに無断でアクセスしてきた者が”碇”の情報を求めていた。この人に関係があるのだろうか・・・

「あっ、やばい。囲まれちゃった」

「!」

 彼・・イカリ・シンジの声で私の思索が破られた。確認すると前と後ろからいかにも一般人とは言えない様な雰囲気をかもし出している人達が二人づつ私達を包囲しようとしていた。私達にとって運が悪い事にこの辺りは人通りが少なく、またこの時間だと木星蜥蜴のせいで外にでる事は控えられていた。彼等にとっては私を確保するのには打って付けだったのだろう。私はこの状況をどう切り抜けようか考えていたがいい考えは浮かばなかった。

「ど、どうしよう。シキも起きてないし、せめてイロウルが来てくれれば・・・」

 彼も考えあぐねていた。助けのあてがあるような言い方が気に掛かったが今はそうも言っていられない。私達がどうすればいいのかと迷っている間に彼等は私達を取り囲んだ。イカリシンジは壁を背後にして私を下ろして庇っていた。

「・・少年。おとなしくその少女を引き渡したまえ。多少腕に自信があったとしても我々には敵わない。痛い目に遭いたくないなら」

 私は彼等の言葉どおりだと思った。相手は4人だ。こちらはイカリシンジ、彼一人。向こうの誰かが彼を抑えていればそれだけで容易く私を捉えることができる。問答無用でやってもいいと思うのだが相手方はあくまでも穏便に事を済ませたいようだった。彼等の意図は分からないが。後で知った事だがイカリシンジが”碇”と名乗っており”碇”の意味を知っていたらしく事を慎重に進めたかったらしい。

「お断りします」

 イカリシンジは毅然と言い放った。囲んでいた4人は一見、気の弱そうな少年がこの状況でそんな事を言うとは思っていなかったらしく一瞬たじろいだ。

「残念だ。痛い目に遭ってもらうしかないようだな」

 敵方のリーダー格が言った。その途端、私の背中が凍りついた。多分さっきと言うものだろう。

「僕はもう人の意思を無視したやり方をする人達の好きにはならないって決めたんです」

 そうイカリシンジは言った。多少、語尾が震えていたのは気のせいだろうか。

「やれ!」

 敵方のリーダー格が言った瞬間4人は一斉にイカリシンジに殴りかかった。その瞬間、私は浮遊感を感じていた。

「なっ!」

 あまりの出来事に敵方はあっけにとられた。ついでに私も。何時の間にか敵方の包囲網から私とイカリシンジは突破していた。推測だが私はイカリシンジに抱き寄せ抱えられて(俗に言うお姫様抱っこ)あの包囲網を飛び越えたらしい。

「僕は非力なんであなた方を相手になんかできません。だから」

 そこでイカリシンジは言葉を切った。

「だから?」

 敵方のリーダー格は続きが気になったのか問いかけた。そんなことしている間に普通、仕掛けてくるんじゃないのかと疑問が浮かび上がった。最も先程のイカリシンジの動きに警戒感が働いていたのかも知れない。

「だから、逃げます!」

 イカリシンジはそう言って私を抱きかかえたまま逃走し始めた。

「し、しまった!お、追え。逃がすな」

「「「了解」」」

と言う言葉が背後から聞こえた。が、初動少し遅かったのか、こちらが速いのかかなり差を広げる事ができていた。

「しつこいね。だけどもう少しだ」

 イカリシンジは言った。私に問いかけと言うよりは独り言のようだった。

「待てー!!」

 背後からは怒号のような声が聞こえるが、聞こえ方からして距離はあまり変わっていないようだった。どちらも全力疾走しているにもかかわらず恐るべき体力と言える。特に私を抱きかかえたままのイカリシンジは。普通に考えればイカリシンジの体つきではありえない。以前に妹が読んで見ると意外に面白いと進められたギャグ漫画なるものに出てくる人物でもあるまいし。

 そんなこんなで暫くの逃走で背後の声が何時の間にか聞こえなくなっていた。

「振り切ったかな?」

 イカリシンジは多少脚を緩めて背後を見る。何時の間にか追っ手は消えていた。私はとりあえず幸運に感謝した。たとえイカリシンジが何者か分からないがそれでも私だけなら既に虜になっていたであろうから。最もこのイカリシンジも追っ手の一人と言う可能性も有ったのだが。イカリシンジのあの目を見ていたからその可能性を私は否定した。私は信じられる人なのだと思えたから。

「一寸は安心できるね」

 イカリシンジはそう言って私を降ろし一息吐いた。その途端、

ウォーーーーーン!

 辺りにサイレンが鳴り響いた。

「何?」

「く、空襲警報!!木星蜥蜴が攻めてきたんだ!」

 イカリシンジがあせったように言った。

「木星蜥蜴・・・」

 私は話に聞いていただけで今までの逃走の中、木星蜥蜴の襲撃には巡り合う事は無かった。

「ラピスちゃん!」

 イカリシンジはそう私に話しかけた。

「ラピス・・ちゃん?」

 私はその呼ばれ方に懐かしさを感じた。その呼びかけをするのは現在行方知らずとなったアクアマリン姉さんだけだったから。でも、イカリシンジは私の反応に不機嫌にしたのではとあわてて言った。

「ちゃ、ちゃん付けでも良い?」

 私は先ほどの追っ手への態度の違いにイカリシンジの人物がどういうものかわからなくなってしまった。

「別に良い」

 私は自分の名前を含んでいるならどんな呼び方でも気にしていなかった。私はラピス、ラピス・ラズリ。私は認識番号で呼ばれるような物じゃない。ラピスと呼ばれる人だ。

「ありがと。何だか綾波と話しているみたいだ。それより早く避難しよう」

「できない」

 私は綾波とは誰という興味を抱いたがそれは黙ってイカリシンジの提案を拒否した。

「どうして?」

 私の言葉にイカリシンジは不思議そうに問いかけた。

「置いて行けない人がいる。今までありがとう」

 そう私は病で倒れている赤木博士を置いて避難できないからお礼を言って別れようとした。赤木博士の元に戻っても私では赤木博士を動かす事はできない。

「はぁ・・わかったよ。付き合うよ。毒を食らわば皿まで」

「えっ?」

 私はまたもやこのイカリシンジと名乗る少年の提案に戸惑った。

「ここまで関わっていてさ、はい、そうですかと放り出す事なんてできないって事だよ」

 そう言ってイカリシンジは手を差し出した。私は少し躊躇したがイカリシンジという少年を信じてみようと思いその手を取った。

「急ごう。先程の警報でこの辺りも混乱すると思うし、非難し終わっている中、動くのもまずいから」

 私は頷きイカリシンジを誘導した。離れ離れになるとまずいので手を繋いだ。私はとにかく一番近い道を選択する事にした。余り警戒して時間を掛けると返って危険だと思ったから。木星蜥蜴に殺されるよりまだ掴まってしまう方がましだった。死ねば何もできなくなってしまう。私はまだ生きると言う事について何も知らないから死にたくないし、赤木博士は私にとって大切な人だ。失うわけにはいかない。

 辺りは避難する人でごった返していた。その中を私とイカリシンジは駆け抜けた。もう直ぐ目的の場所だと言う時に爆音が聞こえてきた。どうやら本格的に木星蜥蜴の襲撃が始まったらしい。今の私は再びイカリシンジにおんぶされていた。

「この辺なんだよね」

「そう、もう直ぐ。あの角を右に曲がれば目の前に見える」

「じゃあ、急ごう」

 私達が会話している間にも爆音が近づいているような気がする。イカリシンジは急ぎ足で私の言った角を曲がった。もう目の前にまで来たと私は安心した。

「少年、ずいぶん探したぞ。その少女を渡してもらおうか」

「「!」」

 突然、背後から声を先程振り切ったと思われた追っ手のリーダー格の男の声が聞こえた。イカリシンジはゆっくりと声のする方向に振り向いた。必然的に私も見る事になる。そこには先程の男達に加えて更に4名が手に黒光りした物体を手に持っていた。私達に緊張が走る。それは銃だった。ちなみにそんな間にもミサイルか何かの爆発音やおそらく軍による迎撃のための銃音が聞こえ始めていたし、赤々と燃える火があちこちにあがっていた。

「何分こんな状況なのでね。我々も用件を済ませたいのですよ」

 そう言って追っ手のリーダー格の男が銃を持ったまま両手を広げていった。

「いかがです。私としてはできれば君達を傷つけたくないんだがね?」

「・・・・」

 イカリシンジは黙ってイた。まるで何かを待っているみたいだった。

「やれやれ、強情だ。残念ながら我々にもそう余裕なんて無くてね。少年には悪いが死んでもらうとしようか」

ヒューーーン

そう言って銃をイカリシンジに向けた。そして引き金が引かれようとしたとき何かがこちらに飛んでくる音がした。

「何!?」

「えっ?」

「危ない!」

 イカリシンジは私に覆いかぶさった。その瞬間、爆発音と爆風を感じた。それは私の背後にあった所からだった。嫌な予感がした。爆風が収まるとイカリシンジは覆いかぶさっていた体をあげた。

「大丈夫?」

 イカリシンジは私に無事かどうか確認してきた。だが、私は返事なんてできなかった。自分の目に写る光景に呆然としていたからだ。私の目には赤木博士がいたはずの家屋が爆発炎上している様子が写っていた。イカリシンジも私の様子にそれに気づいたようだった。

−−−赤木博士が死んだ?・・アカギハカセガ・・

「くっ、まさか流れ弾が来るとは、ここもいよいよ危ないか・・さあ、来て貰おうか」

「・・・・」

”イケナイ!”

 ハッ!私は何か悲痛な叫びに頭を殴られたように正気に返った。

ギャァーーー!

 その瞬間、男の悲鳴が聞こえた。そうだ、私達は銃を持った奴らに・・

 私は見た。そこには黒色の髪が緑色に変色し始めていたイカリシンジが居た。彼から只ならぬ雰囲気がにじみ出てきていた。本能が逃げなければならないと警告していた。でも、私の心は混乱していたし足がすくんで動けなかった。

「うっ、ぐぉ、お、俺の腕がーー!」

その足元には追っ手のリーダー格の男が腕を押さえて喚き転がっていた。

「うるさい!!」

 そう言ってリーダー格の男を踏みつけた。

「ぐっ!」

 リーダー格の男はそのまま沈黙した。イカリシンジの変化とその雰囲気の変化が追って達を戸惑わせていた。何より自分達のリーダーがあっさりとやられたのだから。

「お前達が現れなければ間に合ったのに!!」

 イカリシンジから放たれる気迫みたいなものが追って達を圧倒し、息を飲ませて次の行動をとらせないでいた。

「お前たち嫌いだ!だから、死んじゃえ!!」

 イカリシンジは右手を追っ手達の方にかざした。

”それはダメ!碇君!!”

 又もどこから発声したのか分からない声が私に聞こえた。その声は今のイカリシンジを必死に抑えようとしているみたいであった。でも、今の私には何もする術は無い。

「くっ!!」

 追っ手達もイカリシンジの言動に危険が感じたのか反射的に銃を発砲しようとした。でも、それは果たされなかった。彼等の手元に赤い線が走った。その後には発砲しようとしていた銃が砕かれて破片が地面に落ちた。

バシッ!

「って!もう、痛いなぁって、イロウル?」

 イカリシンジの声が聞こえた。そちらを見ると緑色の髪が黒色に戻りかけているイカリシンジがいた。その雰囲気は私が出会った時の穏やかなものに戻っていた。

「アルファ、はたく事無いだろ。・・・また、やっちゃったんだね。・・・ごめん。それから、ありがとう」

 イカリシンジは彼の足元にいる紫の猫?と話をしていた。端から見ていると何故かちゃんと会話が成立しているように見えた。

「それからベータやガンマも」

 そう言ってイカリシンジが声を掛けたほうを見ると何時の間にか追っ手達7人が倒れ臥しておりそこに青い猫?赤い猫?がいた。この2匹の猫・・・多分違うのだろうけど私には猫としか表現できない。が追っ手達を瞬く間に蹴散らしたとしか思えない状態であった。

ドォーン

私の背後から爆音と真っ赤な光が辺りを一際照らした。私はハッとした。

「あ、赤木博士!!」

 そう私は叫んで燃える家屋の方へ行こうとした。でも、それは叶わなかった。

「危ないよ!ラピスちゃん」

 私を行かせまいとイカリシンジが腕を掴んでいた。

「でも、赤木博士が!!」

 私は多分、今までに生きていた中で一番大きな声で叫んでいた。

「赤木博士?それが迎えにいこうとしていた人?」

 私はイカリシンジの少し戸惑った物言いは気になったが頷いた。あの燃え盛る家屋を見れば赤木博士がどうなったかぐらいは私にも頭では理解できていた。でも、心ではそれを否定していた。私は目頭が熱くなった。でも、我慢しようと思った。今までつらい事があったときもそうしてきたから。その時、視界に再び赤い線が走った。燃え盛る家屋に一直線に。

「え!あっ、ガンマ!」

 どうやらガンマという赤い猫が燃え盛る家屋に飛び込んだらしい。私は燃え盛る家屋に魅入られたように見つめていた。どれくらい経ったのか分からない、じっと見つめていた私は燃え盛る家屋から小さな炎の塊が飛び出してきたのを視界に捕らえた。それは炎を纏ったあの赤い猫だった。赤い猫が燃えている。

「シンジ!燃えちゃうよ!」

 私は知らずにイカリシンジを呼び捨てにしていた。

「大丈夫だよ」

 私はイカリシンジの言葉に驚いた。イカリシンジは黙って指差した。そちらを見ると何と体をぶるっと震わせて炎を払った赤い猫がいた。赤い猫は平気そうな顔でイカリシンジの近くまで来た。

「ニャア」

 赤い猫、ガンマがイカリシンジを見上げ鳴いた。

「そうか、ありがとう。ラピスちゃん、そのガンマが言うにはね赤木博士が居た痕跡は無かったって。だからまだ死んだとは限らないと思う」

 私は目をぱちくりとさせた。何時の間にか喪失感が消えていた。人は常識外のことが起こった時、頭が真っ白になって何も考えられない常態になるのだと思う。今がそうだった。それにイカリシンジの言葉はにわかには信じられなかった。

「どちらにしろ、確かめるのは火事が収まってから出ないとどうしようもないよ。それにこのままだと危険だからここから離れよう?」

 そうだった。今ここは木星蜥蜴に襲われ戦場と化しているのだった。私はイカリシンジの言葉に頷いた。今はやるべき事がある。悲しむのは後でしようと私は思った。私がこの場を離れる事を納得したと判断したイカリシンジは私を三度背負い、戦場と化した街から避難し始めた。

「疲れただろ?寝てもいいからね」

 そう声を掛けられた。その声を聞いて急に私は眠気に襲われた。





「何にも残ってないね」

 あれから軍が木星蜥蜴を何とか撃退した後、避難命令が解除され私達は燃えていた家屋の所まで戻ってきた。辺りは焼け野原のようになっていた。多分、周りは延焼したのであろう。彼方此方に火の手が上がっていたので消火活動は追いつかずこの辺りは自然消化されたのが原因だろう。イカリシンジの言うとおり綺麗に焼けていた。元々、古い家屋で木造建築であったから。

 そんな中、私は赤木博士が倒れていたであろうと頃を懸命に捜索した。イカリシンジも手伝ってくれた。でも、何も見つからなかった。

「赤木博士・・・」

 私はつぶやくと何かがこみ上げてきた。私は我慢しようとした。

「出会いがあれば別れもか」

 私はイカリシンジのつぶやいた言葉に反応してそちらを振り向いた。イカリシンジはそんな私の過剰な反応に驚き慌てふためいた。

「いや、あの、あのさ、僕の友達にさ相田ケンスケって奴がいるんだけど。そいつがさある事情で別れる事になってその時に言われたんだ。”出会いがあるなら別れがある。別れは絶対に訪れるんだって。それが早いか遅いかの違いでしかない”って」

 じっと見る私にイカリシンジはあたふたしながら言った。

「だから、その、何がいいたいかって言うとさ我慢しないで泣いた方がずっといいよ?」

 そう言ってイカリシンジは私をそうっと抱きしめた。私は彼の言葉を切欠に赤木博士とのある会話を思い出した。


「ラピス、人生ってのは出会いと別れの連続だ。これからラピスは色んな出会いや別れを経験していく事になる。でもそれはまたとないラピスの人生の財産となる」

「赤木博士とも?」

「・・・そうだ。人はどう足掻こうと何れ死ぬ。だからどんなにがんばっても別れは来る」

「いや、赤木博士と別れたくない」

 私は赤木博士に抱きついた。

「・・でもそれと同じように出会いもある。俺が妻を死という形で別れ、ラピスと出会ったようにね?」

 私は赤木博士に抱きついたまま見上げた。赤木博士はそんな私に微笑んで言った。

「出会いは喜びをもたらし、別れは悲しみをだ。まあ、色々例外はあるとしても基本はね」

「ラピスは赤木博士にとって喜びだったの?」

「そうとも」

 私はその言葉が胸にジンと来て再び赤木博士に抱きついた。そんな私を赤木博士は優しく頭をなでてくれた。

「やれやれ、ラピスは甘えんぼだな。・・雛は何時しか親鳥の庇護を離れ旅立つときが来る。それまでは一緒にいるよ」

 私は居心地のよさに赤木博士の言葉を聞きながら眠ってしまった。


 私はそれを思い出すと心の中から悲しみの大波が押し寄せてきた。

私は泣いた。

大声で。

私は始めて声を上げて泣いた。

イカリシンジはそんな私をやさしく抱きしめて頭をなでてくれた。

多分、その時、色々と喚いたと思う。その中に私が赤木博士に言いたくていえない言葉があった。

−−お父さん。−−

私はその内、泣きつかれて眠ってしまった。


私がまどろんでいるとイカリシンジの声が聞こえてきた。

「・・ジオフロントは在ったんだ・・そうか、リリスは滅びていたのか」

 私はイカリシンジがさびしそうに独り言を呟いていたのを聞いていた。何を急に言い出すのかこれが俗に言う電波と言うものだろうか。

「あっ、ベータ。どうだった?・・・・・そうか、やっぱり何も残っていなかったのか。って事ははっきりと死んだとも言えないってことだね」

 ベータ?ニャア?猫の泣き声??

「ん?あ、ラピスちゃん、気がついた?」

 私は目をごしごしさせたあと頷いた。思いっきり泣いた事もあって何かすっきりとした。少しだけ胸の中が軽くなった。それに泣き顔を見られたと思うとなんだか頬が熱くなった。これが恥ずかしいと言う気持ちだと後で知った。それから、私はこれからどうすればいいのかという思いがわきあがってきていた。今までは赤木博士がどうすべきか道を示してくれた。でも、もうそれは無い。私は手探りでも自分の道を進むしかない。急に体がうす寒くなった。それは恐怖だった、独りになる事の。

 そんな様子を見て取ったのかイカリシンジが話しかけてきた。

「あのさ、続きなんだけどね、そのケンスケがさ”別れがあるなら出会いもあるさ。俺達は別に死に別れるわけじゃない。生きていればまた何れ出会えるさ”ってね。実際には赤木博士が本当に死んだって確証は無いんだ。だから希望を捨てなくてもいいんじゃないかな」

 イカリシンジは不器用ながらそう私を慰めてくれた。

「ありがとう。でも大丈夫、赤木博士は私の心の中にいる」

 そう言って私は右手を胸に当てた。少しだけ先程の不安が軽くなった。

「ラピスちゃんは強いんだね。それに父さんと同じような事を言っている・・・」

 イカリシンジは私を見て羨ましそうな少し寂しそうな表情をした。

「所でラピスちゃんはこれからどうするの?」

 イカリシンジは私の今後の身の振り方を聞いてきた。正直、私はどうすればいいのか全然、思い浮かばなかった。なんだかんだ言っても私は研究所育ちのたかが10歳くらいの女の子だから。手持ちのお金はあっても世間に着いては全然知らないし何時までもお金があるわけじゃない。

「わからない」

「じゃあ、僕と一緒に来る?」

 私はイカリシンジの提案に正直、戸惑った。嬉しかった。例え、イカリシンジが何者か分からないにしても。何よりも独りにならずに済む事が嬉しかった。

「でも、迷惑がかかる」

でも、追っ手のことが気に掛かったのでそう答えた。

「大丈夫。厄介ごとには悲しいけど、馴れているから」

 そうイカリシンジは言って笑った。苦笑じみてたけど。

「良いの?」

「うん、いいよ。それに多分、奴等については大丈夫だからね?」

 イカリシンジはそう言って微笑んだ。それに合わせる様に足元の猫3匹もにゃあにゃあと鳴いた。私は頷いた。

「じゃあ、改めてよろしく。碇シンジです」

 そう言ってイカリシンジは右手を差し出した。

「私はラピス、ラピス・ラズリ・・よろしく」

 私は差し出された手を握り返した。これが私にとっての新たな出会いとなった。





「・・ラピス、ラピス」

「・・えっ!」

 誰かが呼ぶ声に私は驚きの声をあげた。

「えっ!じゃないですよ。ずうっとぼうっとしてましたが大丈夫ですか?」

 私を呼んでいたのはルリだった。

「大丈夫」

「そうですか、なら良いです。それよりそろそろお昼です。食事にしましょう。それから調整作業です」

 私の様子にルリは納得したのかそう言った。私が回想している間にそんなに時間が経ったのかと少し驚いた。ルリの方を見ると少しげんなりとしているような気がする。

「ルリこそ大丈夫?」

 私はルリの様子に尋ねた。

「ええ、大丈夫ですよ・・・・多分」

 そうルリは答えた。確かに私がぼうっとしていて彼等の相手をしていたとなるとかなり疲れるんだろうなと思ったけど口には出さなかった。口は災いの元とも言うし。

「では、行きましょう。食堂へ」

 そう言って私達は食堂へ向かった。

 あの、シンジ達との出会いの後、シンジはホウメイの所にやっかいになっている事、都合上シンジの妹になった事、色々な出来事があった。その中には別れも、出会いもあった。でもそれは赤木博士の言ったように私に様々なものをもたらしてくれている。私は赤木博士の残してくれたものを糧に今もこれからも生きていく。


(つづく)


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注)新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。
  機動戦艦ナデシコは(c)XEBECの作品です。






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