--------------------------------------------------------------------------------
新世紀エヴァンゲリオン 無敵の・・・

第02話 「要らない人達」 A-PART
--------------------------------------------------------------------------------


「しょ、初号機、射出されました!」

 突然の異常事態にオペレータにして自分の副官を務める青葉シゲルの悲鳴にも似た声をあげ、それを聞いたNervにおいて副司令たる冬月コウゾウは困惑し、その現場にいるであろうゲンドウに連絡を取った。

「どうなっているんだ!? おい、碇!?」

 しかし、ユイーーッ!というゲンドウの声が受話器から聞こえてくるだけで、どう考えても錯乱しているようにしか聞こえなかった。冬月はどんな状況になっているのかさっぱり掴めず繭を顰めた。

「あ〜ん!! 先輩! 助けてっー! MAGIまで言う事聞いてくれないぃ!」

 オペレーター兼技術部におけるナンバー2である伊吹マヤは懸命にこの突然エヴァンゲリオン初号機が発進するという異常事態を収拾するべくMAGIに対し、発進プロセスの中止を試みたが受け付けてくれず泣きが入った。

「葛城さん! 異常事態発生です! 赤木博士と共に至急発令所へお戻りください!!」

 オペレーター兼葛城ミサトの副官的存在である日向マコトは頼りになるはずの上官を呼び出した。

「どうなってんだ!?」

「わけわかんねー!」

「おわりだーーっ!」

 発令所は大パニックとなり、発令所下層部では書類が舞い大混乱となっていた。そんな大騒ぎになっていても、初号機は地上へと向けて射出されるのであった。


     *


「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ。日向君、状況は?」

 シンジ達に此処にこのまま居てもいいんですか? と聞かれて再起動したミサト、リツコは初号機を格納していた場所、ケージから全速力で発令所まで走ってきた。それに少し遅れてリツコも息を切らせたどり着いた。そのリツコの後ろには悠々とついてきたシンジ達がいた。ミサト、リツコと違い若さゆえか全然疲れた様子はない。

「葛城さん!」「先輩っ!」

 ああ、天の助けとばかりに縋るような目つきで発令所のメンバーはミサトとリツコに注目した。

「「な、何!?」」

 そのあまりの期待の篭った目にさしもの二人もたじろいだ。

(なっ!? シンジ君がなぜ此処に居る? 初号機に乗っているのではないのか!? では今の初号機はどうなっているんだ!?)

 冬月はゲンドウからの連絡もない為、事態がつかめずに混乱した。

「葛城さん、指示を願います。初号機が勝手に射出されてしまい、対処をどうすれば判断できないんです。使徒ももうすぐ、このだい3東京市に到達します。初号機が射出されたポイントは接近する使徒に最も近い位置で、使徒も初号機について認識したのかそちらの方に方向を定め接近し、あと5分ほどで接触します。」

 発令所の正面にあるメイン・スクリーンには拘束具兼輸送台に体を固定され唯一自由になる首を左右に動かし、何か喚いている様に見えた。

「せんぱ〜い。初号機から送られてくるデータが滅茶苦茶で、もう何が何だかわからないんです」

 マヤは人目さえなければリツコに抱きつきたい程の衝動に駆られるのを我慢して、MAGIからエヴァンゲリオンから通常送られてくる情報とは全く違うものが溢れており、処理しきれなくなっている事を伝えた。

「「……………」」

 ミサトは正面スクリーンを睨み、どうすればいいのか考えあぐねた。何といってもケージでの出来事を考えるならば初号機はこちらの制御なんて受け付けないことは明白だった。当初の目論見とはぜんぜん違う方向に進んでいる事態にミサトは目眩を覚えた。

(意思の伝達ができないんだもの、どうすればいいって言うのよっ!!)

 せっかく作戦を考えたとしてもその指示を伝えることはできないとあっては問題外である。そこでミサトははたと気づいた。

「そうよ! 初号機をこういう状態にしたシンジ君に聞けばいいんじゃない!」

 結論にたどり着いたミサトはシンジ達の居るだろう所に振り向いた。

【へえ、あの拘束具意外に丈夫なんだな。母さん…覚醒しているエヴァンゲリオンが動けないんだもの】

【そうですね。でも、まだユイ様は本気で暴れているわけじゃないですから】

【何を言っているんでしょう? 音声が入ってないんで分かりませんわ】

【多分、早く拘束具を解除しろって叫んでいるんじゃないかな?】

 シンジ達は初号機…覚醒した母親ユイの様子を見ていた。

「シンジ君」

「はい? 葛城さん何ですか?」

 シンジ達にしてみれば予想してしかるべき事態である為、にっこりと笑い余裕を持って返答した。

「色々と聞きたいことがあるんだけど、今はそういう場合じゃないわ。私が聞きたいことは唯1つ、初号機と意思疎通したいの。でなければ作戦指示ができないから」

「意思疎通ですか?」

「できるの!?」

「そんなに睨まないでくださいよ。まあ方法はないこともないですが…でも作戦なんてあるんですか? 見たところ装備や施設なんかもないようですけど」

 シンジは苦笑とともに疑問点を口にした。

「子供はそんな事、口に出さなくてもいいのよ!」

 自分の領域に踏み込まれたと感じたのかミサトは声を荒げてしまった。

「ミサト!」

 そんな友人をリツコは注意した。これでシンジがへそを曲げてしまっては意思疎通の方法を教えてもらえないからだ。

「! ごめん。言い過ぎたわ…」

 リツコの声にミサトも思い直したのか、シンジに謝罪した。オペレーター達は何故こんな子供達が発令所に居るのか? と不審な目で見ていた。ただ、ミサトとの会話から、今の状況に何か関係するらしいという事を感じてはいた。

「別にかまいませんよ(事情も大体分かっているしね。でも巻き込まれる側としてははた迷惑なだけだから、そのうち何とかしなくちゃな)」

 ミサトが使徒に対しどういう想いを抱いているのか知っているが、シンジは己の目的を達成させる為には、邪魔なだけであると感じた。

「シンジ君、悪いけど時間がないの。お願いできないかしら?」

 今はそんな状況じゃないとプライドをかなぐり捨ててミサトは頭を下げた。

「わかりました。すいませんがMAGIを使うことになると思います」

「なっ! わかったわ。リツコッ!!」

 シンジの言葉にミサトは驚いたが今までの経緯の中、既にシンジがただの子供ではない事を悟り、大人しく要求に応えることにした。

「そんな…電源消費がゼロ!? じゃあ、あの初号機はどうやって動いているっていうの? まさかS2機関が!? でも、今日の起動までの調査でもそれらしいものは発見されていないわ!」

 MAGIからのエヴァンゲリオンのデータを分析しつつ、その内容に新たな事実を知り驚愕と興奮が混ぜこぜになっており、ミサトの声に気がつかなかった。

「ちょっとリツコ! リツコってば!!」

 何度か声をかけるがリツコもマヤもデータの分析に夢中になっていたらしく気づくことがなかった。それに業を煮やしたミサトはリツコの肩を掴んで揺すった。

「もう、何よ!! ミサト。こっちは忙しいんだから邪魔しないで!!」

 リツコは邪魔をされて不機嫌そうにミサトを睨んだ。それに同意するかのようにマヤも睨む。

「こっちも急いでんの! シンジ君が初号機と意思伝達できるようにするからMAGIを使わせてくれっていってるわ」

「ミサト、それ本当?」

 ミサトの言葉にリツコは怪訝そうに眉をひそめた。

「私に聞いてもわかんないわよ。シンジ君に聞いたら?」

 そんなリツコの態度にミサトも少し不機嫌になり、ぶすっとした。

「あの時間がないんじゃないですか?」

 遠慮がちにマイが口を挟んだ。そのバックでは落ち着きを取り戻したオペレーターが現状分析を行い、「接触まであと2分!」と声をあげて発令所全体に知らせていた。

「「そ、そうね」」

 使徒との接触時間まで余りにも時間が残されていない事を知った二人は冷や汗を掻いた。

「じゃあ、失礼しますね」

 シンジはマヤに声をかけ、端末を使えるように席を譲ってもらった。

「どうしようっていうの?」

 リツコはMAGIの扱い方を知らないはずのシンジの行動に注視した。

「くす。コマンドを1つ入力するだけですよ」

「「はあっ?」」

「よし、コマンド入力、実行…っと。これで準備完了です」

 それなりに鮮やかたてつきでシンジは端末を操作した。

「それだけ?」

「いえ、最後の仕上げが残っています」

「「「「「仕上げ?」」」」」

 その場に居たものはシンジの行動に注目した。シンジはチラッとマイ、メイの方を見た。マイ達はシンジの視線にうなずいた。

「では」

 コホンと咳払いした後、シンジは両手をメガホン代わりとして口に当てた。マイ達も同様である。

「「「「「「?」」」」」」

 彼らの奇異な行動にNerv職員は首をかしげた。その瞬間だった。

「「「教えてーっ! ナオコさーーんっ!!」」」

 シンジ達が声をそろえて叫び、その声は発令所全体に響き渡った。

「「「なっ!?」」」

 Nerv職員が驚いた瞬間、メイン・スクリーンなどの画面関係はそのままであるが発令所に薄暗く照らしていた照明だけが消えた。

「な、何っ!? 何が起きたの」

「ちょ、ちょっと。シンジ君っ!」

 何をしたのかミサトがシンジを問い詰めようとした時、初号機が映っていたメイン・スクリーンに変化がおきた。

『はーい!! 呼ばれて、とび出てジャジャジャジャーン!』

 冬月などの古い人間でも分かるかどうか怪しげネタと共に紫の髪に紫の口紅をし、少しとうの立った女性がにこやかに映った。

「な、なにーーっ!」「か、かあさん!?」「ナ、ナオコ君なのか!?」「だれよ、このおばさん!!」

 そこに映った女性にNerv職員は驚きさまざまな行動をとった。中でもリツコや冬月に起こった衝撃は凄まじかった様で口をポカンとあけて呆けていた。

「ナオコさん、お元気そうで何よりです」

 そんな中、叫んだシンジ達だけは落ち着いていた。

『まだまだ、いけるわよ。といっても実体がもうないから試せないのが残念だけど。って、あら? あなたはユイさんの息子のシンジ君? 大きくなったわね。前はこーんなに小さかったのに』

 スクリーンに映ったナオコと呼ばれた女性は右手の人差し指と親指の間を3センチぐらい空けて言った。

「はは、そうです。お久しぶりです」

『でも私が活動しているって事は、あの試みが成功していたって事ね』

「まあ、一種の賭けのようでしたから、どうなっているかは箱を開けてみるまでは分かりませんでしたけど、うまくいってよかったです」

『そうね。ってあら? 今は世間話している場合じゃないようね』

 ナオコはMAGIの情報から初号機が使徒と接触寸前である事を知った。

「はいそうなんです」

『もうそんな時期がきたのね。ふーん。なんか初号機がもがいているけど?』

 ナオコはそういって自分の映ったスクリーンを縮めてもう1つメイン・スクリーン作り、初号機を映した。

「そ、そうよ! シンジ君!」

 ナオコの登場により混乱していたミサトは、初号機の映像で当初の目的を思い出した。

「そうですね」

『ねえ、これってユイさんが覚醒しているんでしょ? それでこの状態で放って置くなんて…放置プレイ?』

 確かに、これで初号機のような鬼の姿ではなく、美女であるならば官能的な光景だったかもしれない。

「違います!!」

 即座にミサトは否定した。度重なる異常事態にミサトは何だか頭が痛くなった。

「ナオコさん、母さんに連絡を取りたいんだけど。お願いできますか?」

『ええ、いいわよ。今つなぐわね』

『Wo! WonnoGooo!! Gru!! Gruooonn! GruWhoooooo!!』
(もう! うごけないじゃない!! はやく!! はやく自由にして! 使徒が来ちゃうじゃない!!)

 ナオコの宣言と共に初号機のうなり声が聞こえてきた。シンジ達には何を言っているのか分かったがその他のNerv職員にはさっぱりだった。

「あのー何を言っているのかさっぱりなんだけど」

 遠慮がちにミサトはナオコに初号機の言葉を翻訳するように要請した。

『てへ! ごめんね。そのまま流しちゃった。よし! これでいいかな』

 ナオコの外見とそのしゃべりに違和感があるがこの場に居るものは度重なる事態でマヒしていた。

『ちょっとぉ! 聞いてる!? 早く拘束具を解除して!! それともゲンドウさん、変な趣味に目覚めちゃったの!? これは放置プレイ? って、冗談言っている場合じゃなくって、もう目の前まで使徒が来てるのよ!』

 やっとつながった初号機との連絡はこの一声で始まった。その言葉にミサト達、作戦部(正式にはネルフ本部戦術作戦部作戦局第一課)に属する職員ははっとする。確かにメイン・スクリーンに初号機と使徒との間があまりない事が映し出されていた。

「ひゅ、日向君、初号機の最終安全装置を解除よ!」

 使徒が攻撃態勢に入ろうとしているように感じたミサトは慌てて指示を下した。

「は、はいっ!」

 日向はすぐさま命令を実行し、初号機の拘束を解除した。その瞬間、初号機は使徒に飛び掛った。

「「「おおっ!!」」

 その見事な動きにその場に居たものは賞賛の声をあげた。実際、Nerv職員でもエヴァンゲリオンと呼ばれる兵器がまともに動いたのを目にしたのは今がはじめてなのだ。

 今までのミサト達のやり取りに大半の職員は何が何だか分からず、パイロットと連絡する為のものだったのだろうと結論づけていた。彼らにとり切り札が人造人間と呼ばれていても、パイロットによる操作を必要とすると認識していたが故に、無人であるなどという発想はできなかったのだ。

 だが、その見事な動きから繰り出されたとび蹴りも、使徒の前に発生した多角形が波紋のように形成された赤い壁によって阻まれてしまった。

『ちっ! これがATフィールドってやつね! 行き成り実践だからエヴァに何ができるかなんてわかんないしどうしよう…』

 そういう呟きが聞こえてきた。その言葉に今こそ自分の出番であるとミサトには分かっているのだが、その方策が無かった。この迎撃都市は未完成であり、自分達にできる事は限られていた。第一、初号機の武装自体も間に合わなかった為、素手で戦わなければならない。

 何より、今一番問題となっているATフィールドについては何も分かっていない為、ATフィールド対策を立案する事などできないのだ。

 それに対し使徒には防御にはATフィールドを攻撃にはパイルのようなもの、目からの怪光線と近接武器に遠距離武器まで持っており、どの距離でも攻撃できる手段を有するとバランスが良かった。この対決は極めて分が悪いと言わざるおえない。

 ミサトは必死にどうすべきか思案した。ここで役目を果たさなければここに居る意味は無い。

『ATフィールド!? 肉眼で初めて確認できたわ』

 未だ再起動できないリツコに変わってナオコが使徒の分析を行っていた。

 有効な対抗手段を見出す事ができず、攻めあぐねている初号機に対し、使徒は遠慮するようなことはない。

『くっ!』

 初号機…ユイはエヴァンゲリオンに具えられている超感覚によるものか、危険を感知し飛びのいた。その瞬間、先ほどまで初号機のいた場所に爆発が起きた。その後、立て続けに初号機を追いかけるように爆発が二度、三度と起きていく。初号機はそれを転げるようにかわしていった。

 発令所の人間には見守ること以外に何もできずに固唾をのんでいた。

 そんな中、冬月はあまりの流れに完全に混乱していた。裏の事情をよく知り、根が真面目すぎる冬月にとって、この想定外の状況は信じがたかったのだろう。

(今、何が起きているんだ!? ナオコ君が現れて、初号機はユイ君!? どういう事だ!? 誰か説明してくれーーっ!!)

 おそらくこうなった事態を知っているであろうと思われる上司であり、相棒であるゲンドウは残念ながら、冬月のそばに居ない。第一、理由を知ったとしても、手段を持ち合わせていないのだから、今は何もできないのだった。

【大丈夫でしょうか?】

 マイはメイン・スクリーンに映る初号機が、少しずつ追い詰められているのを見て心配そうにたずねた。

【多分ね。余程の事が無い限り、初号機の方が強いから負けないと思うよ】

 シンジもまた冷ややかに視線をスクリーンから逸らさず見ながらも、エヴァンゲリオンというか初号機の本質を知っているので冷静に答えた。

「あっ! やばい!」

 メイが叫んだ時、初号機に怪光線が命中し吹き飛んだ。それに追い討ちをかけるように使徒が初号機に接近し、頭を左手で掴んだ。

 ミシッと音が発令所に嫌に響いた。その音は初号機の頭部の装甲が圧力によりひび割れていく音だった。

『凄いわね。外見に似合わない細い腕でよくあれだけの握力があるわ』

 ナオコが使徒の能力を分析しつつ驚嘆の声を上げた。

「せ、先輩。大丈夫ですか? 先輩? プラグが…パイロットの反応が無いんですけどどうしたらいいんですか!?」

 マヤもリツコが呆然としているのを何とか復帰させようとしていた。

「…大丈夫。もうパイロット云々のかの問題は関係ないから…」

 少しまだ夢うつつっぽい反応だがマヤの努力が実り、リツコは現実に返ってきた。

「どういう事ですか?」

「今の状況は私達にはもうどうする事もできないって事。ただ見る事しかできないわ」

 エヴァンゲリオンについてNervで一番よく知っている人物の言葉にマヤは押し黙った。

 そんな中、事態は無常にも進行していく。使徒は初号機の頭を掴んだまま、その細い腕で軽々と持ち上げたのだ。初号機は意識を失っているのかピクリともしなかった。

「初号機はどうなっているの!?」

「だめです。何の反応もありません。初号機はこちらの制御を受け付けません」

 ミサトの声に日向が応え、初号機の状況を知ろうとしたが何の反応も返ってこなかった。

『ああ、無駄無駄。内部電源も電源ケーブルも繋がっていないんだからユイ…初号機の状況を知ることなんてできないわよ』

 日向の操作を見ていたのかスクリーンに映るナオコがのたまった。

「「「な、何ですとーーーっ!」」」

 発令所にいた者たちは、その事実に顔を青ざめた。電源が無ければエヴァンゲリオンは動かないのはNerv職員にとり、当然の事実であった。

【まあ、母さんが気絶しているみたいだからね】

 初号機がユイが目覚めていさえすれば、電源など関係ないことを知っていたので、シンジはあわてることは無い。それを知らないNerv職員はもう終わりだー! と頭を抱えたりしていた。

 そんなパニック状態になろうとしていた発令所にガツンッ!! と何かを叩きつける様な音が響き割ったッた。一瞬、騒ぎが無くなり音の原因に注目した。原因は使徒が左腕にあるパイル状のものを零距離から初号機の頭部に打ち込んでいたのだ。

 最初はゆっくりと打ち込んでいたが段々そのペースが速くなり始めた。打ち込まれる毎に初号機の体は操り人形の糸が切れたかのようにぶらぶらと力なさげに揺れた。

「うわぁ!」「駄目じゃん!」「装甲が持たない!」

 またもや騒ぎ始めた時、ついに初号機の装甲は限界を迎えた。

ザクッ!

 初号機の右目辺りを貫く音が響き渡った。それと同時に使徒は初号機の頭部を握っていた左手を離し、パイルを伸ばした。その方向にはビルがあり、初号機はパイルに貫かれていたのでそのままそのビルにたたきつかれた。

「ぬぉーーーーっ!! ユイィーーーーーッ!!」「ユ、ユイ君!?」「「「「「うわぁーーーーっ!」」」」」『わっ! ダメかも』

 その光景を目の当たりにしてその場に居たものは絶望に包まれた。マヤなどは喉からこみ上げてくる物を必死に耐えた。

 使徒はパイルを引き抜くと初号機は力なくうなだれ、貫通した傷口、前後から勢いよく血が噴出した。

【人造人間って言うだけにちゃんと血があるんだ】

【エヴァンゲリオンさんの血って赤いんですね】

【ユイ様、大丈夫かしら】

 シンジ達だけは追い詰められているはずなのに気楽にしていた。


     *


「ぬぉーーーーーーっ!! ユイィーーーーッ!!」

 絶叫とともに意識が彼方へと旅立っていた一人の髭男、ゲンドウが現実に帰還した。

「むっ? ここは…どこだ?」

 がばっと起きると辺りを見渡し、ここが病室である事が分かった。しかも個室でありながら無駄に広い。

(どうして、俺はここに?)

 ゲンドウは己がなぜここにいるのかを思い出そうとした。

(確か…シンジを初号機に乗せるためのシナリオを遂行していた時に…)

 こめかみを押さえながら賢明に思い出そうとした。そしてフラッシュバックのように初号機の、いやユイの覚醒が行われたことを思い出した。

「おおっ!? そ、そうだ! ユイが覚醒してどうなったんだ!?」

 次いで使徒に頭部をパイルで貫かれる場面も思い出した。

「うぉーーーっ!? ユイッ! ユイはどうなったんだ!?」

 ゲンドウは状況を思い出して、どうなったのか確認するために慌てて飛び出した。病院着のまま…


     *


 強烈な爆発によりできたのであろうクレーターの中心に防護服を着た作業員が土を採集したり機器でデータを調べたりといった事がされていた。作業しているのはNerv職員であり、クレーターは使徒を倒した時に爆発したため出来たものであった。

 その為、クレーターを中心に周辺を立ち入り禁止区域として閉鎖し、クレーター中心部に調査本部として仮設テントが設置され、調査しているのだ。

 その調査本部に一仕事終えたミサトが休憩を取る為にやってきた。

「お帰り」

「はあ、さすがに肉体労働はしんどいわ」

 使徒が倒されてから事実の隠蔽作業もあって、徹夜で今まで殆ど休むまもなく働きつづけたのだ。愚痴も言いたくなるものと分析器とにらめっこしているリツコに声をかけ、空いたパイプイスに座るとおもむろに設置してあったテレビをつけた。テレビの周りには夜食に食べたカップラーメンのカップがごみ箱にも棄てられず放置されていた。

『…犯人の行方が掴めず捜査が難航している模様です。次のニュースです。昨夜未明に起きました第3新東京市での爆弾テロに対して政府は』

「むう…」

 ミサトは内容が気に入らずにチャンネルを変えた。

『このような大規模なテロは許しがたいものです。断固…』

『詳しい情報はまだ得ていません。正式な発表は後日…』

『事態の収束…』

『詳細はまだ発表…』

 ミサトはチャンネルを変えていくも、どこのテレビ局も昨日の事件、しかも内容は全く違う嘘の内容を放送をしており、バラエティは無いのかとため息をついて、テレビの電源を切った。

「ちぇっ! シナリオB−22か」

 ミサトはNervがいくつも用意した使徒戦に対する情報操作のシナリオコードを口にした。自分たちが情報操作しているとはいえ、自分が一市民である立場であったならという事を考えると余り、いい気分にはなれなかった。

「得てして真実と事実は違うものよ」

「分かってるわよ…たくっ!」

 ミサトはここから見える風景を眺めた。クレーターの中なので高い建物などしか見えないが、この周辺などはビルが半壊していたり完全に崩壊しているものが見えたりした。

「広報部は喜んでいたわよ。やっと仕事ができたって、みんな張り切っているわ」

「恐怖から逃れる為に仕事に打ち込む、の間違いじゃない?」

 そうだ。あの使徒との戦いは自分達が主導で行うはずが、実際は見ているだけの観客と成り果てていたのだ。

「そうとも言えるわね…私も同じようなものだもの。貴女はどうなの?」

「わかってるでしょ! 悔しいのよ、何も出来なかった私はっ!」

 ミサトは気分を晴らすため、窓越しに使徒の残骸を探している作業者達を見た。

「幸い、市民を避難できる時間があっただけでもマシよね…」

 少し憂鬱になりかけたミサトは話題を振って頭を切り替える事にした。

「それでも何人かは避難しなくて巻き込まれたらしいわ」

「まあ一都市分の人数なんだから、そう言う奴が出てもおかしくないわね。中にはスパイも居たんだでしょ?」

 避難しなかった人は何を考えていたんだろうかと手枕を作って頭を乗せてミサトは物思いにふけった。

「ええ、そのとうりよ。ほとんどはMAGI…母さんが補足したから、保安部と諜報部が協力して捕らえたらしいけど」

「そう」

 リツコが母さんと呼ぶ、MAGIの中に住む女性ナオコの事をミサトは考えた。随分、はっちゃけた人物だ。老獪さを持つ副司令が振り回されていたぐらいだから、余り関わりたくはないと思った。でも死んだと思っていた母とあんな形で再会したリツコはどう思っているのだろう…

「初戦から酷いものよね。結構被害が出たわ…」

「でも当初のMAGIの試算よりはマシだったわよ」

プルル…プルル…

 電話の呼び出し音が鳴った。リツコは受話器に手を伸ばして耳にあて内容を聞いた。

「そう…ありがとう。司令、やっと復帰したそうよ」

 電話をきると電話での連絡事項をリツコは淡々と告げた。ゲンドウは初号機…ユイがパイルによる串刺しにされる場面を目撃して倒れたのだ。

「あっ、そう」

「気のない返事ね」

「当たり前でしょ。私の報告分は副司令に渡して処理してるし。第一あんなの見せられたら……」

 ミサトは思い出したのかげんなりとした。それに司令の事などミサトにはどうでもよかった。今、自分が本当に知りたい事は全て機密事項の言葉ひとつで不可能なのだ。司令が起きたからといって、教えてもらえるようなものではないと感じていた。

 そんなミサトの目に初号機の兜がクレーンで吊り上げていくのが目に入った。

「そうね…」

 親友のリツコの声と目にした光景にミサトは使徒戦の時の思いをぶり返され、こんなはずじゃなかったと徐々に腹の奥底から怒りが沸いてきた。

「もう、何なのよ。EVAって何!? シンジ君のお母さんってどういう事よ!?」

 使徒戦が終わった直後にリツコに問い詰めた事をもう一度口にした。

「お、落ち着きなさいよ。ミサト」

「落ち着いていられますかってーの! リツコ、知ってんでしょ? 教えなさいよ!!」

「駄目よ。話して良いか、判断する権限がないから…」

 リツコは申し訳なさそうな顔で伏せた。その様子にミサトはリツコも辛い思いをしていると悟り、押し黙った。

「そうだ。シンジ君…達はどうなるのかしら」

「わからないわ。司令が気づいてから検討するって話だったから…」

 リツコは最初の思惑から大きくはみ出した、この一連の出来事をどう修正するつもりなのか、わからなかった。何と言ってもゲンドウにとっての一番の目的が一応、達成できてしまっっているのだ。ゲンドウの計画を全て知らされていないリツコには、今の状況が計画上どう影響するのか検討もつかないでいた。

(そうよ! シンジ君よ! 何で気づかなかったんだろう!)

 リツコとの会話の中、ミサトは自分が知りたい事を知っていそうな人物が居た事に気づいた。

「あっ! ごめん。リツコ、私、用事があるのよ。じゃあね!」

 思い立ったら吉日とミサトはすばやく行動に移した。

「ちょ、ちょっとミサト!? ここの監督どうするの!?」

「だいじょーぶぅ! 日向君が居るからーーっ!!」

 振り向かずにリツコに手を振りながらミサトは現場を立ち去った。

「………ふう」

 長年、ミサトの親友をやっていたリツコは何とはなしにミサトの目的に気が付いたが、黙認する事にした。シンジには何かあるとリツコは直感的に察知していたが、ゲンドウからの指示がない限り、何もする気にはなれなかった。


     *


 暗がりの中で6人の男が集まり、会議を開いた。その集まりは人類補完委員会といい、Nervの上位に位置する組織だった。メンバーはそれぞれ有力国、それも西欧におけるであった。アジアにおいては日本だけであり、それ以外の地域は皆無と偏った構成である。その構成だけでこの委員会は胡散臭さをかもし出していた。

 いつもであればこの会議はゲンドウが出席するのだが、如何せん先の使徒戦の時に心労(という事になっている)で倒れており、代役として相棒ともいえる冬月が出席する事になった。

 真に注意すべき上位存在を知る冬月やゲンドウにとって、この委員会は相手にするのもおっくうなものであった。冬月とてさまざまな出来事によっていまだ心に整理がつかない状態であったので早く終わらないかといらただしかった。

「冬月君、ネルフとエヴァもう少し上手く使えんのかね?」

「………(使っているだろうが! 資料をよく見ろ! MAGIで試算した額よりも半分近く低いわ。このボケどもっ!)」

 内心では色々思う事はあるが下手に口を開いてもネチネチといわれるだけなので無言でいる事で黙殺した。

「エヴァンゲリオン零号機に引き続き、初陣で壊したビルの補修、初号機の修理…国が一つ傾くよ」

「………(戦いになるなら、無傷で終わる事なんぞの方が難しいわ! そんな事もわからん素人かっ!!)」

 冬月は引き続き言われる文句に耐えた。ただし、後ろにまわした手は拳を握り、ブルブルと震えていた。

「まぁ、我々の先行投資が無駄にはならなかった、とも言えるがね」

「聞けば、あの玩具は碇君の息子に与えたと言うではないかね?」

「………(? こいつらに碇の息子が乗っていない事は伝わっていないのか? どういうことだ?)」

 冬月は眉を動かせない状況の中、驚いた。このメンバーは曲がりなりにも国連等の組織の上位に位置するものであり、そういった地位にあるものならばある程度の使徒戦の情報が渡っていてもおかしくないのである。逆に知らないのは不自然であった。

 冬月はこの中で唯一、注意しなければならない人物…議長であるキール・ロレンツをそうっと窺い見るが、口を挟もうとはしていなかった。

 キールは表情もわかりづらく、バイザーによって目がこちらからは見えないので、どういう意図をもっているのかわからなかった。

(議長にも伝わっていないのか? だとすると完全におかしい)

 キールからは何のアクションもない事から、本当の情報が伝わっていないのかと冬月は思い、困惑した。

 キール・ロレンツはゼーレと呼ばれるNervの真の上位組織に属し、その頂点に居る人物なのだ。その権威があれば使徒戦での情報などほとんど手に入るだろう。特に今回は情報封鎖の間が無かったのだから。

「人、物、金、Nervはいったい、幾ら使えば気が済むのかね?」

「………(くっ! うるさい奴らめ! 落ち着いて考えられんでは無いか!)」

 思考をまとめようとしているのにごちゃごちゃ言われ、冬月はいらだった。

「おもちゃに金を注ぎ込むのもいいが、肝心な事を忘れては困る!」

「………(このドアホウども!! それぐらいわかっておるわ!! 遠くのものだけ見据えてもいかん。足元にも注意せねばならんのがわからんのか!?)」

 大いなる目的を成し遂げるためにも当面の障害…使徒を除けるのに全力を尽くさねばならない事を本当に理解しているのかと怒鳴りたい気持ちに冬月は駆られた。

「冬月君。君達の仕事はそれだけではないだろう」

 彼らの囲む机に「人類補完計画 第17次報告」と書かれた報告書が浮かび上がった。

「左様、人類補完計画。我々にとって、この計画こそが、絶望的状況下における唯一の希望なのだ!」

「承知しております(ふん! お前達だけの希望だろうが!!)」

 まあ、自分も同じムジナではあるがなと冬月は少し顔を伏せて自嘲した。

「明らかになってしまった使徒、それにエヴァの存在、どうするつもりかね?」

「その件に関して既に対処済みです(メンバーに情報操作がうまく行き過ぎたというわけではあるまい。碇の息子がパイロットとして初号機に乗り込んだなどという情報はこちらは操作していない…)」

 明らかにおかしいのだが情報が足りないとこの件に関してはこの会議が終わった後、急いで調べる必要を感じた。

「いずれにせよ、使徒再来による計画の遅延は認められない。今回、提出された予算の修正に関しては一考しよう」

「はい」

 議長のキールより、今回のこちらの目的であった予算の確保にいい返事がもらい、冬月はほっとした。

「では、後は我々委員会の仕事だ」

 そう宣言した後、議長であるキールを除いて委員達の姿が消えた。

「冬月先生、後戻りはできませんぞ」

「冬月先生…か。そう呼ばれたのは久しぶりだな」

 先生付けの呼称に冬月は感慨深いものを感じた。

「冬月先生、今回の件で何か不審な点がありませんか?」

 キールの突然の問いかけに冬月は眉をひそめた。

「何かとは?」

「何やら、私の勘が言っているのです」

「勘…ですか…」

 冬月もまた先ほどの会議で感じた事とキールの言葉にキールに話そうか迷いが出てしまった。

「へえ…気づいたんだ」

 そんな二人に声を掛けた第三者がいた。

「「誰だっ!」」

 二人は同時に誰何した。この場所には自分たち二人しか居ないはずなのだ。監視システムも先ほどまでそう告げていた。

「どうも」

 そう言って二人の前に現れたのは二人の少女を従えた少年だった。

「なっ!? お前達は!!」

 現れた人物はシンジにマイ、メイであった。

「こんな薄暗い所で悪巧みをやっているのが、どんな奴らかと様子を見にきたら…」

 そう言葉をきってシンジはダメダメと首を左右に振った。

「くだらないですね」

「き、きさまっ! 何者だっ!!」

 自分たちの計画を知っているようで、それをくだらないと一笑にふされて、流石のキールも激昂した。

「あれ? わかっているんじゃないですか?」

 シンジは父親張りに、にやりと口元を歪ませた。

「じいさんは用済み」

 普段と違って今のマイ、メイは能面のような無表情であった。その様を見て冬月は綾波レイを想起した。顔立ちがよく似ているのも一因であろう。それも当然かもしれない。彼女達は碇家の、しいてはユイとの血縁関係があるのだ。

「何!?」

「だから、じいさんは用済み」

「貴様っ!」

「ああ、キールさん。伝言です。おいたを過ぎたようね、お仕置き、だそうです。もう逢う事はないでしょう。さよなら」

 シンジのキールへの言葉に少し哀れみが含まれていた。

パチン

「なっ!」

 シンジが指を弾いて鳴らした瞬間、キールの姿がぶれて消えた。

「あなた方は先走りすぎた。代償は払っていただきますよ。ゼーレのじい様方」

 シンジはそう呟くと驚きの余り、硬直している冬月に向き直った。

「さて、あなたや父さん達も当然ながら精算してもらわないといけません。身内だからといって、甘くはありませんからね。まずは父さんに会いましょうか?」

 そう宣言すると同時に部屋、司令室は明るくなった。といっても光量を抑えているのか薄暗い。

 その数瞬後、司令室への入り口が開いた。

「シンジッ!! どういう事だ!? 説明してもらおう」

 現れたのはゲンドウであった。

 シンジは口元をにやりと笑い歪ませた。その笑みはゲンドウさえも一瞬引いてしまいそうな程、邪悪に満ちていた。


<続く>


--------------------------------------------------------------------------------
注)新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。






<Next> <戻る> <Next>