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新世紀エヴァンゲリオン 無敵の・・・

第01話 「シンジ襲来」 B-PART
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「あっ、日向君? 例の彼は無事確保。他の対策はもう必要ないわ。ええ、お願い。20分もすればそちらにいけると思うわ。今までの情報整理をお願い」

 サードチルドレン・碇シンジを無事確保できたミサトはNerv本部にその旨を伝えた。その時、

ドーーーン

 耳を劈く様な音が聞こえた。それと共に車の窓に砂を伴った衝撃波が叩きつけられる。幸いにも窓を叩き割るほどの衝撃波では無かった。が、ミサトは反射的に緊急ブレーキを行った。

「えっ! な、何?」

 緊急ブレーキで車内は揺れ一寸混乱に陥った。

「わぁ、シンジ様。見てください、あっちの方向に凄いきのこ雲ですよ。」

 メイが音のした方向を指差して言った。

「本当ですね、シンジ様」

「うん、本当だ。何か大きな爆弾でも爆発したかな?」

 シンジとマイがメイの言った事を確認して同意した。

(N2兵器を使ったのね。でもそれで”アレ”が倒せない。それは私が一番よく知っている。だから、落ち着くのよ、ミサト)

 ミサトは自分の内にある復讐という名の炎に燻られ逸る心を自分を叱咤して抑えた。

(それにしてもこの子達落ち着いてるわね。それにマイ、メイだっけ? この娘達本当の所、何者? シンジ君を様付けしているし、とても親戚と紹介されても信じられないわね。報告にも無かった…はず)

 最近、ミサトは忙しかったため報告書も斜め読みしていた手前、あまり自信が無かった。

(とりあえず報告書を読み直して怪しければ洗いなおしてもらう必要があるわね。とりあえず、本人であるという確認の為にNervのカードを見せてもらうか)

「ねえ、シンジ君?」

「あっ、はい。何ですか? 葛城さん」

「悪いけどお父さんの手紙に同封されていたカードを見せてくれる?」

「えっ? いいですけど、ちょっと待ってくださいね」

 シンジはミサトに要求されたカードを出すべく鞄を漁った。

「確かあれはっ…と、あった。はい、どうぞ」

 シンジは目的のカードを見つけミサトに渡した。

「ありがとっ、それから目的地には暫く掛かるから暇つぶしにこれでも読んでおいてくれる? 生憎一冊しかないから仲良く読んでね」

 そう言ってミサトはカードと引き換えに自分の所属するNervの対外向け資料をシンジに渡した。シンジはそれを受け取ると資料を読み始めた。それをマイ、メイが両脇から覗き込んだ。

 ミサトは受け取ったカードをチェックし始めた。まずは見た目から入り、最後はNerv支給の携帯電話の読取りセンサー部に押し当てる。センサーから読み取られた情報が<MAGI>に送信される数秒後、<MAGI>からの回答が返信された。結果は正式なもの。

(一応、本物か…この場でできるのはここまでね)

 ミサトは一応シンジが本人であると確認したが報告書から読み取った人物像とは違う事に戸惑いを隠せないでいた。報告書によれば彼は自閉症気味で人との接触を拒み、目立たないように行動して一人になるのを好んでいるとあった。だが、現実に目の前にいるシンジはどうであろうか。服装からして時代錯誤な格好で思いっきり目立っていたし、人とも積極的にコミュニケーションをとっている。

(虚偽の報告書が送られていた? …とりあえず調べるにしても今の局面を乗り切ってからよね。それにしても、こうやって見る限りは普通の子達よね…格好はアレだけど…)

 ミサトは車を運転しつつ時折、バックミラーでシンジ達の様子を見ながら考えを巡らしていた。

【へえ、ネルフって非公開組織なのに一応こんなのが有るんだ】

【やっぱり、国のトップクラスには存在が知れているわけですし、予算も出すわけですからどういう事を目的とした組織なのか説明する必要が有るからじゃありませんか?】

【確かに怪しげな組織に金なんて出せんって普通は考えますよね】

【でも、僕達が調べた以上の事は載っていないね】

【仕方有りませんわ、極秘で事を進めたいようですから】

【そりゃ、世間の大半が知れば企んでいる人達は吊るし上げになるだろうからね。だから隠れ蓑になる表向きの理由としてそれらしく真実を混ぜて作ってあるのさ】

【知ってしまったからには知ってしまった者としての義務と責任と行動をとらなければなりませんわね】

【知らないでいる人達の為にもですね? でしたら世間に知らせても良かったんじゃないですか?】

【混乱を招くのに?】

【はい、そうです。特に今回の場合は世界すべての命運がかかっているわけですから、それを知らずに巻き込まれるよりは知って巻き込まれるほうがましだと思います】

【でもメイ、信憑性のある証拠を突き付けられれば信じるかもしれませんが今の様に情報が揃ってない段階では信じろと言う方が無理です。そうでしょう?】

【それに情報が揃ったとしても舞台になる日本はともかく他の国の人達は怪しいな。対岸の火事みたいな感覚になるから実感沸かなくって信じようとしないかもしれないし】

 シンジ達は資料をペラペラと捲りながらミサトには声が届かないようにヒソヒソと顔を寄せ合って小声で話し合っていた。傍から見れば仲睦まじく談笑しているように見えたがミサトが内容を聞けば目を剥くような事柄を喋っていたのである。

「もうすぐ、お父さんの所に着くから」

 Nerv本部のあるジオフロントに続くゲートを越えてミサトは一安心と安著した。こんな時でも敵対組織からの襲撃が有り得るので警戒していたが自分のテリトリーに入ったからだ。それでも油断は出来なかったのだが、ここならば直ぐに応援が来る。ミサトは厳しい顔つきでハンドルを握りなおした。そんな折、シンジが話しかけてきた。

「父さんはこの資料にあるネルフって組織に属してるんですよね。どうして今ごろ呼んだんでしょうか?」

 シンジは呼んだ理由に着いておよそ検討が着いていたがミサトとの会話で人となりを掴むべく話題を振った。

「さあ、私は聞いてないわ。大体の予想はつくけど私の立場上、喋るわけには行かないの」

 ミサトはこれからの円滑な関係を構築するためにも言葉を選んでシンジに言った。

「守秘義務ってやつですか」

 シンジはクスッと笑った。

「そうね。よく守秘義務なんて言葉知ってるわね。それに私たちの組織名をネルフって読めるなんてシンジ君、結構頭いいじゃない」

 ミサトは意外に物知りなシンジに笑顔を返した。

「そんな、たまたまですよ。それより、先の爆発何だったんでしょうか? 非難警報も発令していましたし何か起きているんですよね?」

「…私は知らないって言っても信じなさそうね」

 質問しているシンジだけではなく黙って聞いていたマイ、メイもミサトの言葉にウンウンと頷いた。

「はい、そうですね。先程の葛城さんの様子を窺がいました所、葛城さんはある程度の地位にある方と見受けます。そんな人が知らないと言っても信じられません」

 シンジの言葉を聞いてミサトの表情が引き締まった。

「(この子は結構、鋭いわね。子供だからって思っていたら足元をすくわれそうなぐらいには)…守秘義務よ」

 ミサトはシンジが一筋縄ではいかないと感じて心を引き締めた。

「じゃあ、なんで僕をネルフに連れていこうとしているんです? いくら僕が父さんの子供だからって変でしょう? 普通なら近隣のシェルターへ行くように指示するか連れて行くはずです。なのに貴方のような人が迎えにも来てしかもネルフ本部へ行こうとしているんですから。突飛も無い考えですけど僕に何かをさせたいんじゃないですか?」

 シンジは何をさせたいか知っていたがそんな事は顔に出さずに言った。

「(す、鋭いわね)…それも守秘義務よ」

 ミサトは誤魔化せないなと今後を考えれば話した方がいいとは思うのだが言えないと押し通した。

「そうですか、まあ関係ないですから良いけど」

 ミサトの受け答えに飽きたのかシンジはそう答えると黙った。マイとメイも瞑想しているようでやり取りを最後まで聞いていたのか聞いていなかったのか分からなかった。

 その後、ネルフ本部に着くまで重苦しい雰囲気が漂い無言が続いた。

     *

「へえ、ネルフ本部って迷路みたいですね」

 シンジのネルフ本部の感想にミサトは苦笑いした。

「まあね、一応重要施設だから侵入者防止対策の一環なのよ。お陰で道覚えるのが大変。私もここに来たのつい最近だからこのルートしか知らないのよね」

 そう言ってミサトは手に副官に渡されたメモを持ち、しきりにそれを見ながらシンジ達を案内していた。メモは最重要機密な内容なんですから失くさないで下さいよと念を押されて渡されたものである。失くせば始末書どころか首が飛んでその後に軍事法廷が待っているぐらいだ。しかも、渡した副官も連座責任で。それでも渡してくれたのは余程上司として信任が厚いのか、とはいえそのメモはくしゃくしゃでとても大切に扱っているようには思えなかった。

「唯でさえ広そうな施設ですのに大変ですわね」

「ここって電気止まれば不便そうですよね」

「確かに、空気が澱んで息苦しくなるんじゃないですか?」

 シンジ達は口々に感想を言い合った。

「電気は大丈夫よ。主電源は正・副・予備の3系統もあるんだから。人が意図的に細工しない限り完璧よ」

 ミサトはシンジ達に振り返って言った。その時、ボリュームある胸がダイナミックに揺れた。それを目にしたシンジは頬を赤くして俯き、マイ、メイは自分の胸と見比べたがくっと頭を垂れた。マイとメイの年頃からすれば十分に大きいのだが如何せん比べる相手が悪すぎたのであった。

 その様子を見てミサトはクスッと笑った。

「(結構、初心なのね…かわいいじゃない)さて、あの先にあるエレベータを使って降りるわよ」

 ミサトは突き当たりに見えるエレベータを指して言い、着いてくるように指示して乗り込んだ。

「随分下に降りるんですね。父さんの所まではまだ遠いんですか?」

 シンジは上目使いにもじもじしながらミサトを見た。その様子を見たミサトは何か心の琴線に触れた。それは状況が許せば抱きついてかわいがっていただろう。だが残念ながらそれが出来るほどに時間に余裕は無かった。

「うーんと、あのね? 上から…つまり、シンジ君のお父さんにある所に寄ってから来るようにと言われてんのよ」

 ミサトはそう説明しようかと思案して言った。自分には正確な情報を教えられてはいないが上がどうするつもりかは大体予測できていた。詰まる所、この少年をのっぴきならぬ状況に追い込んでNervの切り札に乗せようと言う事なのだろう。随分阿漕な手であるが恐らくそれには自分も一枚咬む様に計算に含まれているのであろう。やり方が気に食わないが今はどうしてもこの少年の力が必要な事を考えれば妥当なのだろう。どちらにしろそうせねば自分の目的も叶える事が出来ないのだ。

「ふーん。そうですか…何を見せたいんでしょうね?」

 シンジの何気ない言葉からミサトはそれと無しにシンジが何か嫌な予感に捉われているのが手に取るようにわかった。

「まあ、行ってからのお楽しみって事で、ねっ?」

チーン

 そう言った時に丁度、目的の階についた。その後は少し無言の状態が続いた。まだ知り合ったばかりだし資料とは若干違う印象もあって話題を振りにくかった。特に想定外の人物も一緒なのだから余計にである。目的の場所に入る為の扉が見えてくるとそのそばに白衣を着た女性が立っているのが見えた。

「リツコ!」

 ミサトはその人物をよく知っていた。大学時代から知り合ったが親友といって言い付き合いをしている間柄の女性だ。

(赤木リツコ…Nervの技術部における中心人物か…)

 シンジはその女性に対して少々複雑な思いを持っていた。

【シンジ様、あの方がシンジ様のお父上のお妾さんですよね】

 メイのシンジへの小声での問いがその複雑な思いの原因でもある。いくら年にしては落ち着いているとは言え多感な年頃である。最もマイとメイの様子を見る限り自分の事は棚上げと言ってもいいかもしれない。

【まあ、そうだよ】

【何で金髪に染めているんでしょう? もったいないですわ】

【少しきつそうな方ですね】

 マイ、メイはそれぞれ感想を漏らした。そうこうする内にリツコの前までシンジ達は来た。

「そう、あなたがサードチルドレンね?」

「はっ?」

 その意味はわかっていたがいきなりそんな事を言われるとは思わず反射的に戸惑いの返事をしてしまった。メイなどはますます性格のきつい人間であるという印象を固めていた。それはマイも同様だ。シンジに至っては

(サードチルドレンねえ…気に入らないな)

 シンジは自分をサードチルドレンという記号で呼ぶリツコに嫌悪感を感じた。本人の承諾もなく勝手にナンバリングされている事は事前に知っていたとはいえ、それでも実際に目の当たりすれば不快感、いや反感を覚えた。

 そんな子供達の様子を見てリツコも自分の物言いがこれからの事も考えると軽率で不躾すぎたと反省した。

「ごめんなさい。私は赤木リツコ。あなたが碇シンジ君ね? で、あなた達は?」

 リツコは一瞬、何で部外者がここにいるのとミサトに目配せを送った。ミサトはたははと頭に手をやって誤魔化した。リツコはそんなミサトを睨みつけた。

「碇マイです」

「碇メイです」

 二人はぺこりと挨拶した。

「碇…?」

 リツコは碇性を使う二人をいぶかしんだ。彼女の頭のデータには二人について何も無かった。それは当たり前だ碇姓は今や二人だけのはずなのだからおかしいのだ。

(スパイ?)

 リツコが安易な答えを出そうとした時、

「従姉妹なんです。彼女達」

 とシンジがにこやかに言った。しかし、表情とは違って目は笑っていない事に気が付いた。というよりは気付かされた。ゾクッとその目でリツコは見られた時、悪寒が走った。何もかも見透かされているような錯覚に追いやられた。ミサトは未だ笑って誤魔化そうと言うのかシンジの目には気付いていなかった。

(そう、資料どおりというわけじゃないのね)

 リツコは事細かに記述されていた資料によりシンジの人物像を構築していたがあの目を見た瞬間ガラガラと崩れ、最早それが役に立たない事を悟った。この先にあるシナリオ通りには行かない事を悟ったが変更する事は出来ない。もう、走り始めてしまったのだ。

 内心に沸き起こった動揺を何とか押さえリツコはシンジを見た。そこには先程まで見せていた目の光は無くごく普通の少年がいた。

 リツコは深呼吸して言った。

「シンジ君、貴方に見せたいものがこの扉の向こうにあるの。ついてきて」

 リツコは扉のそばにあるボードに据え付けられたテンキーで番号をすべらかに入力した。

ピィー

 暗証番号を承認する音が響くと共に重々しく扉が開き始めた。そこから見え始めたのは闇だった。その先にあるものをシンジ達は知ってはいたがこの奥から漏れる異質な気配に緊張せざる終えなかった。

「わぁ、真っ暗」

 わざとらしくメイが口に手を当てながら言った。

「でも広そうです」

 マイはそんなメイの言葉に合いの手を入れた。二人ともそれと無しにシンジに近づき両脇を固めた。

「私、暗いの苦手です。シンジ様」

 メイは怯えたように言ってシンジの腕にしがみついた。

「あっ! ずるいですよ、メイ。私もです、シンジ様」

 マイもそれに倣うようにシンジの腕にしがみついた。シンジはまさに両手に花の状態である。

「大丈夫だよ。僕がついているんだから。第一、これ多分演出だよ、演出。僕らを脅かすための、ね?」

 そんな二人にシンジは元気付けるように言ったが。3人共に置くから発せられる力に気を悪くしていた。それでもシンジは言葉の最後をリツコの投げかけるように言った。

(この子達は何処まで知っているの?)

 リツコは投げかけられた言からシンジが何がしかを知っていると感じた。ミサトはというとシンジ達三人の様子にこいつらはと青筋を立てていた。

「さあ、行くわよ。ついて来て。足元が暗いから気をつけてね」

 そう言ってリツコは扉をくぐり闇の中に入っていった。

「足元が暗いどころか全然見えないんですけどね」

 そう、ぶつぶつ文句を言いながらも足取りしっかりに両手に花状態でシンジ達は入って言った。

「直ぐに明かりがつくわ」

 リツコは後方から聞こえてきたシンジの言葉に答えた。その言葉が言い終わると同時にバチンと音がして闇が光によって払われた。

「きゃっ!」

「まぶしい」

「何?」

 三者三様の反応を示し、シンジ達は前を見た。

「「「顔?」」」

 シンジ達は見事にハモっていた。一応知ってはいたが、やはり実物は迫力があり、存在感が溢れている。そこには赤い液体に使った大きな巨人の顔に当たる部分が目の前にあった。

「これが人類が造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間EVANGELIONよ。これはその初号機」

 リツコは確固たる自信を込めて淡々とシンジ達の目の前にあるものが何であるかを説明した。シンジの様子を見ると興味深げに見ているのがわかった。取り敢えずの掴みはOKねとリツコは口元を少し歪めて笑った。

「ロボットなんですか?」

 シンジの間の抜けた質問にリツコはクスッと笑った。

「正確にはロボットとは少し違うわ。どちらかと言うと生体兵器だから。まあ、似たようなものだけど」

 リツコは少し人が悪い笑いをしながら説明する。

「これが父さんの仕事ですか?」

 恐る恐るシンジは尋ねた。

『そうだ!!』

 シンジの問いかけにまるで待ってましたとタイミングよく男の声があたりに響いた。声のする所を探すと丁度、エヴァンゲリオン初号機の頭上にある制御室からのようだった。

「父さん?」

 流石にシンジも久しぶりに会う父親の声をはっきりとは覚えておらず、訝しげに言った。

『久しぶりだな』

 淡々と抑揚のない声が返ってきた。場が静まっているだけに余計に響く。

「やっぱり父さんなんだ。良かったー」

 胸に手をやりシンジはホッと一息吐いた。端から見ると、とても久しぶりに会った親子の会話とは思えなかった。それどころか何かずれているような感じさえした。

『…出撃』

「「「「はぁ?」」」」

 唐突に告げられた言葉にその場に居た一同はついていけなかった。いや、リツコだけはどう状況を運んでいくか聞いていたので違っていた。

(し、司令? シナリオが少し違いませんか? 随分飛んでいるように思えるのですが?)

 それでも困惑はしていたのだ。実はゲンドウがシンジに会う事で緊張しすぎて言うべき言葉を途中忘れ、覚えている所から始めたからだ。鉄面皮の為に顔には出ず、まさかそうだという事を伝える術もないので強引にも進める事にしたのだ。

(そう、そうなのですね。司令! 私がシナリオの変更が必要だと感じていた様に司令もそれを感じたから変更されているんですね。流石です! そうとなれば司令の意図を推測し合わせなければ!)

 リツコの乙女回路とでもいうべきものが作動してゲンドウの株を買っていた。

「あ、あの司令! 出撃ってEVAをですか!?」

 ミサトは突然、何を言い出すんだ? この親父! と内心思ったが顔には出さずに聞いた。

『そうだ』

 その問いは簡潔に答えを得た。

「パイロットがいません」

 ミサトはまあ、予想がついていたがNerv側の芝居に乗った。

「さっき届いたわ」

 リツコはすまし顔でシンジをあごでしゃくった。

「まさか!?」

 やっぱりねと思いながらもミサトは驚くマネをした。自分で中々の演技力だと自賛していた。

「そう、そのまさかよ」

「でも無理よ。正規のパイロット訓練を受けていたレイだって起動させるのに長い時間が掛かったのに、いきなりなんて」

 ミサと自身、そう思っていたからこそ、無茶だと本心を述べた。

「そうしなければいけないのはあなたが一番分かっているんじゃなくて?」

 迫り来る使徒に対抗できるのは今やEVA初号機のみ。動かせる者は重症状態のファースト・チルドレンである綾波レイと先程来たサード・チルドレンの碇シンジのみ。どちらがより勝てる勝率が高いかミサトは計算を弾いた。

「くっ…」

 結論は出た。今の状態の綾波レイを出したとしても、いつ意識不明となるか判らない。第一、苦痛によりまともに動かす事も難しいだろう。その点、動かすことについては綾波レイと大差ないから意識不明にならない点を取るしかなかった。何も知らない中学生をいきなり戦場に送り出さなければならない事に歯噛みした。

『座っていればいい…それ以上は望まん』

 冷静に聞いてみればその言葉がおかしいことに気付くだろう。座った状態でいれば解決するとはどういうことだろうか。それでは部品と同じである。

「しかしっ!」

【何かもめてますね】

【まあ、この状況だしね】

【いきなりと言うのは考え物です】

【でも、確かに報告書どおりの僕ならこの流れは有効そうだな】

 シンジ、マイ、メイを蚊帳の外に言い合っている大人たちを放り、3人はひそひそと話し込んでいた。Nervの抱えている事情については知っているので茶番劇に見える。シンジに至っては素直に事情を話して乗るようにもっていけばいいのに大げさめいた事をするなんて父さんて凝り性だよななんぞと思っていた。

「…そうよね。シンジ君、あなたが乗るのよ」

 子供たち3人で話し合いをしていた所にいきなりシンジに話が振られてきた。

「どうしてです?」

 シンジは大人達の話を聞き流していたものの自分に対する説明もなく、いきなり乗るように言ってきたので問い返した。話の流れから乗れるパイロットが居ない事はわかっても、自分が何故今乗る必要があるのか聞いていなかったからだ。

「えっ!? …それは、あなたが乗ってくれなければサード・インパクトが起きて人類が滅ぶからよ」

 ミサトはシンジの言葉で今がどういう時なのか何も話していない事に気が付いた。咄嗟に出た言葉はその状況を言い表すには不十分であった。

「ふーん。何で起きるんです?」

 それ故に当然ながら疑問を返された。

「それはセカンド・インパクトが隕石によるものではなく使徒によって起こされたからよ」

「使徒? なんですそれは?」

 答えたのはいいが自分の常識と話した側の常識の食い違いから更なる疑問を返された。

「今、こちらに向かってきている敵性体の事よ」

 使徒については未だ良くわかっていない。判っている事も守秘義務に当たるのでミサトの権限では話すわけにもいかず抵触しない形で言えることを言った。

「そうなんですか?」

「ミサト? 何も話してないの?」

 大人しくシンジとミサトの問答を聞いていたリツコがまたミサトのうっかりミスかと突っ込んだ。

「上からの指示に従ったんだけど?」

「そ、そうだったわね」

 が、そこのは自分達で設置した地雷があった。リツコは最初のシナリオどおりであれば自分が説明する手はずだった事を思い出した。リツコにしては珍しいポカである。

『乗るなら早くしろ。でなければ帰れっ!!』

 一向に話が進まない事にゲンドウは苛立ち命令を下した。そこには息子に対する父としての威厳をもかけていた

「わかりました。用事が終わりましたらとっとと帰る事にします」

 ゲンドウの一喝もさらりとシンジは受け流した。前だけ聞けば従順を示したようになるが後ので乗らないことを表明していた。

「ちょっ、ちょっと!?」

 ミサトは余りにあっさりと拒否され置いてけぼりを食った。

 シンジが従わないので最終手段を取る事にした。綾波レイの状態を知ってはいるが自分の計画通りに事を進める為にはどんなものの犠牲も厭わなかった。近くの通話機に向けゲンドウは呼びかけた。

『冬月』

『なんだね?』

 この場でのやり取りを聞いていたのであろうか間髪いれずに返事が返ってきた。その声質から少し年の入った落ち着いた男のような感じがする。

『予備が使えなくなった。レイを出撃させる』

『使えるのかね?』

『無論』

『わかった、手配する』

 最初からその辺を打ち合わせていたのかそれとも長年の付き合いによるものか極最小限の言葉で手を打った。

「さて、始めますか。マイ」

 ゲンドウたちの様子にそれ程、時間の余裕がない事をシンジ達は感じたのか行動を開始する事にした。幸いにも今この場には邪魔者はほんの少ししか居ない。この人数であれば十分対処できると踏んでの事である。

「はい」

 何をしなければならないか最初から判っていたことであるからマイは自分のやるべき事を開始した。

シャン

 何時の間にやらマイの手には玉串が握られていた。それを振りかざし始めた。

虚ろにたゆたう穢れよ。払い給え、清め給え

 マイの言葉…言霊と呼ばれるある種の力を持ったものがこの場に響き渡った。その瞬間、その場が清浄な気…そこに居ると清々しくなる空気に満ちた。

「見事! メイ」

 マイの仕事を賞賛しつつ、次のステップを即した。

「はいっ!」

 メイもまたマイと同じく手にはいつの間にか弓が握られ矢を番え構えていた。その構えは美しく様になっていた。狙う先はEVA初号機…その眉間の部分であった。

『なっ』

「ちょっ!」

「何を!」

 突然の子供達の動きにNervの大人達はついて行けず、言葉を上げるだけだった。

「やーーーっ!」

 裂帛の気合と共にメイは矢を放った。錯覚なのかはわからないがやじりの部分が強く光り輝いていた。

シュン!

 矢は狙い違わずにEVA初号機の眉間へと命中し、普通ならばたかが矢にEVA初号機の装甲が傷つくはずもなく弾くのだがそうはならなかった。それ所か物理法則さえ無視して退け吸い込まれていったのだ。

 シンジはそれを見届けた瞬間、目を閉じ一瞬にして集中力を高め、くわっと目を見開くと浪々と言葉…言霊を発し始めた。その途端に何か冒しがたいものが場を支配した。

大いなる母よ! 我、碇シンジが小さき者の願いを叶え給え
その大いなる母の腕に抱きし小さな光を解き放ち給え
我の前に遣わし給え。
かしこみ、かしこみ申す

 雰囲気に呑まれ金縛りに遭ったかのようにNervの大人達は何も出来ずにただ聞いていた。しかし、シンジが言霊を発するのを止めた途端に雰囲気が変わり、自由に動けるようになった。その中でも一番に行動したのがミサトである。

「あんた達! 何をしたの!!」

 ジャキっと拳銃をシンジ達に向けて構えて問いただした。相手は原始的な弓とはいえ武器を手にしているので油断は出来なかった。ミサトが銃を構え睨みつけているのにもかかわらずシンジ達は然程気にしているようには見えなかった。シンジなど笑っていさえした。

「何とか言ったらどうなの!!」

 相手からのリアクションが何もない事に苛立ったミサトが叫んだ。

「クスッ、そういきり立たないで下さい。葛城さん。僕達は用事を済ませただけですよ」

「何が目的なの!」

 もはや、シンジ達をテロリストの様な者とミサトは認識した。実際、何も説明を受けずにいればそう思えても仕方ない状況だ。シンジはミサとも答えにニッコリと笑った。その時、

ブン!

 EVA初号機の目の部分に光が点り、その途端にその場に居たものはEVA初号機から威圧的な気配を感じた。

「な、何!?」

「何が起ころうとしているの!?」

 ミサとリツコはEVA初号機から後退った。

『赤木君、どうななっているんだ!?』

 ゲンドウは目を剥き、この状況をうまく説明してくれそうなリツコに問いただした。

『碇! どういう事だ。初号機が起動シークエンスを開始しているぞ! 何!? 緊急発進起動シークエンスも開始しただと!』

 そのゲンドウに脇にあった通話機より冬月といわれた男のパニックしている声が聞こえてきた。それと同じくしてその場に発進前に流れるサイレンが鳴り、急激に排水される音が聞こえてくる。

『状況を説明しろ!!』

 ゲンドウは冬月に命令した。この男にしては珍しく声を荒げた。それだけ想定外のことが起こったという事だろう。

『わかった。おい!』

『はっ! 司令、ただ今<MAGI>により、突然、初号機の起動シークエンス及び緊急発進起動シークエンスの同時進行が開始されております。技術部が今全力で止めようとしていますが<MAGI>がそれを受け付けません!』

 向こうでも短いやり取りがあったのか若い男の声に変わり、状況を説明した。

「シンジ君、あなたいったい何したの!?」

 原因ははっきりしている。シンジ達だ。ミサトは再度、問いただした。その時、

Wooooooooooo!!

 EVA初号機が吼えた。

『しょ、初号機、停止プラグ、イジェクト。頸部ジョイント、破損!!』

 先程とは違う若い男の声が聞こえた。

「ぼ、暴走!?」

 リツコのたどり着いた結論はそれだった。

「もう、何なのーー!!」

 ミサトはもう訳がわからず叫んでいた。Nervの大人達が混乱している中、シンジ達だけが平然としていた。

「くすっ、母さん。おはよう」

 シンジは初号機に向かってニッコリと満面の笑顔で言った。

「シンジ、君?」

「し、知っているの!?」

『何だと!!』

 シンジの言葉に大人たちはそれぞれの反応を示した。ミサトは訝しみ、リツコは愕然とし、ゲンドウは呆然とした。

 そして、初号機は吼えるのを止め、キョトンとした感じでシンジを見詰めた。

「母さん、寝坊しすぎ」

 シンジも初号機を見詰め返した。マイとメイはシンジの後ろに控えて見守っていた。

Woon?

 相変わらず初号機はうなり声だが聞けば何か問いかけているように聞こえた。

「くすっ、そうだよ。母さん。シンジだよ」

 シンジは平然と言った。どう見てもシンジと初号機の間で会話が成立しているように見えた。

Wooon? Wooooon!! Won? Woonn!? Wooooonn! Won? Woon? Wooooonn??

「そりゃ、そうだよ。今の母さんはがっちり固められているからさ動けないんだ」

Woon、WooonWooooo!

 初号機は叫んで頭を垂れた。

「ねえ、リツコ。何か、シンジ君と初号機が会話しているように聞こえるんだけど?」

「そう、珍しく意見が一致するわね。私にもそう見えるわ…」

 ミサトもリツコも疲れた顔をしていた。無理もない。理解できない事が連続して起きているのだから。

「それに母さんてどういうこと?」

「ごめん、ミサト。それは私にとって守秘義務に該当するの。許可がない限り話せないわ」

 リツコはミサトの疑問に様々な思い…ゲンドウに対する恋心、その妻である碇ユイに対する嫉妬、初号機の不可解な現象等が渦巻いて一杯一杯であった。

「葛城さんの疑問に私こと碇メイが説明しましょう」

 そんな二人に声をかけるものがいた。言葉どおりメイである。

「「えっ!?」」

「シンジ様が初号機とやらと会話しているように見えると言うのは正解です。詳しくは省きますが実は初号機にはシンジ様のお母上が取り込まれていたのです。先程私達がやったのは目覚めさせる儀式です」

「はっ!?」

「あなた、何でそれを知っているの!!」

「まあ、それは置いときましょう。私がシンジ様達の会話を翻訳して差し上げましょう」

 リツコの疑問はさらりと流してミサトの疑問に答えますとメイは宣言した。

「わかるの!?」

「ちょっと!?」

「えーと、ですね」

 メイはどう話すかと思案し始めた。

「最初からでいいじゃないですか、メイ」

 何時の間にやらメイのそばに来たマイがメイに助け舟を出した。

「そうよね」

 メイはマイの意見を採用した。

「母さん、寝坊しすぎ」

 マイが出だしを言った。どうやらシンジ役を買って出たらしい。

「母さん?」

「くすっ、そうだよ。母さん。シンジだよ」

「シンちゃん? シンちゃーーん! 本当にシンちゃんなのね? 大きくなってって、あれ? あれれ? どうして動けないの?」

「そりゃ、そうだよ。今の母さんはがっちり固められているからさ動けないんだ」

「そんな、抱きしめられないなんて…」

 メイとマイによりシンジ達の会話を翻訳し再現して見せた。

「本当にそんな会話なの?」

「そうですよ」

「間違いありませんわ」

 メイ達の解説がにわかに信じられないがシンジの方はわかるだけに確かにそういう会話なのかと信じれるかもしれないとミサトは思い始めた。

ガコン!! ブォオーーーンンン……

 辺りに何かの起動音が鳴り響いた。それと同時に初号機が下がり始めた。

Won?
「何?」

 律儀にもメイは同時通訳をミサトのもとで行い始めた。

「おや? そうか、母さん、出撃準備が出来たみたいだよ? がんばってね」

 さも、当たり前のようにシンジは母を送り出すべく激励した。

Woon!? WoonWooonnn!?
「出撃!? それってどういう事!?」

「いやだなー、母さん。わかっているでしょ? その為のEVANGELIONなんだから」

 シンジはさわやかな笑顔で言った。その間にも初号機は沈みある程度まで沈むと止まった。

Won! Woooo!?
「それって、まさか!?」

ガコン

「流石母さん。察しがいいね。使徒が着てるんだってさ。ここの目と鼻の先に」

 人差し指を立て上にちょいちょいとあげる動作をして指し示した。

W,Whoooooooonn!!
「う、うそーー!」

 ウィーーーン

 何か巻き上がるような音がし始め初号機が背後の方にゆっくりと遠ざかり始めた。

「本当だよ。父さんは僕を使って、母さんの宿るそのEVANGELION初号機で戦わせたかったようだけど、僕は親の不始末を尻拭いするつもりは全然ないからね?」

GruuGururururuo! WowoWoonwhooooooooooooonnn?
「もう、ゲンドウさんったら! でもでも、母さん心の準備が出来ていないんだけど?」

 シンジの言葉に少し夫ゲンドウの行動に不満を持ったユイであった。しかし、それも起きていきなり実戦だと言われれば正規の訓練をしていないユイに心の準備などできようはずもない。当然のことだろう。

「いやー、時間も押しているみたいだし、覚悟決めるしかないよ。大体、母さんが起きなければその立場に追い込まれていたのは僕だしね。恨むなら父さんにしてね? もっと早くに呼び寄せる事も出来たのにしなかったんだから」

 状況が違っていれば自分がそういう立場だった事を告げ、どちらにしても父のせいだからあきらめてくれと宣言した。

『一寸待て、シンジ!! それはユイ…ユイなのか!?』

 ゲンドウもまた初号機の挙動とメイの同時通訳を聞いて信じる気になったのかシンジに問うた。

「そうだよ」

 あっさりとシンジは肯定してやった。

『なっ、なら止めないか。危険だ。危険すぎる。ユイ、ユイーー!!』

 日頃の態度などかなぐり捨ててゲンドウは叫んだ。そりゃそうだろう。まともに自分では会話できないとはいえ何が何でももう一度会いたいと願っていた女性が変わり果てたとはいえ目の前にいるのだ。そんな様子を見たリツコは悔しそうに下唇を噛んだ。

「息子だったらいいのかよ…」

 ぼそっと不快げにシンジは言った。その間も初号機の発進プロセスは続いていた。いよいよ地上への射出プロセスに移っていた。

 そして初号機はリニア・カタパルトにより射出された。

Wooooon! WonnWooooooo!! Grouooo!! Gruoooonn!? WonnGruWhooooooooo!!! Gurooooowoo!!
「そんなーーー、しんちゃんが虐めるーーー!! 家庭内暴力よ!! いきなり反抗期なの!? しんちゃんが不良になっちゃったーーー!!! ゲンドウさんのバカーー!!」

 射出されながら初号機が頭を左右に振り嘆気の入った叫びをあげていると言うとてもシュールな光景を発令所のスタッフは呆然と見詰めていた。特にシンジ達のやり取りを聞いていた冬月などは急に年を取ったように座り込んでしまった。

「元々母さん達が始めた事なんだから、がんばって下さい。大体の後始末はこちらで引き受けてあげますから、せめて一番やっかいな事はしてもらわないと困ります」

 初号機の叫びは大音響のためシンジのいる場所からも未だ聞こえていた。その内容を聞いて苦笑しながら出撃した母には聞こえないと言うのに言った。ひょっとしたらシンジとの間に何か繋がりがあり伝わったのかもしれない。

「「そうですね」」

 マイとメイもまたシンジの手伝いをする事になるので同意した。

「それと街中ではできるだけ戦わないようにがんばってねーー! Good Luck!!」

 シンジは遅すぎる言葉を射出されたカタパルトの方に向かって口に両手をメガホン代わりに当てて力いっぱい叫んだ。ミサトなどはもうついて行けず口をあんぐりとあけたまま固まっていた。

 こうして、人類の命運をかけて汎用人型決戦兵器EVANGELIONその初号機が出撃した。


<続く>


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注)新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。






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