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新世紀エヴァンゲリオン 無敵の・・・

第02話 「要らない人達」 B-PART
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「しっかし、酷いもんねー」

 ミサトは公用車を走らせながら、街の惨状を眺め自然に口に出していた。今回の事で今までNervに関係なく暮らしていた人々は不安に怯えた。特に番組では大規模なテロだと報道されても直に見た街の惨状にテロではこんなことにならないと感じ、それに拍車がかかり、この街を出て行こうとする動きができた。

 Nerv関係者でも家族達に危害が及ぶ危険性を感じて疎開させることを選択するものも多く出ているらしい。

「みんな、不安なのね。無理もないか」

 Nerv職員にとってセカンド・インパクトと呼ばれた人類の大半を死に至らしめた災害が使徒によるものだという事は公然の秘密であった。その使徒の力を間近で感じ取ったのだ不安に駆られるなという方が無理であった。

 Nervにはその仕事柄、建設関係にも力が入っているため、それに関連する技能者はかなり多い。下級職員のほとんどがそうといって間違いない。

 そんな職員達の努力の甲斐もあってか街の修復は至ってスムーズに行われているようだ。

「迎撃都市としての完成は間に合わなかった、か…」

 何にもできなかった自分が何と惨めなものか。状況は今までの努力など無駄無駄とばかりの展開であった。自分の内に燻る思いを何とかしなければならない。その為の方法を握っているのはNervではなくシンジにあるとミサトの直感が告げていた。

 使徒との戦いで分かった事は使徒とエヴァンゲオンが対峙してしまえば、状況が著しく変化していくので一々指示などできないこと。できるのは事前にどうするか考える作戦だけだ。それは自分がイメージしていたものとはかけ離れていた。

「何か方法があるはず…そのカギは!! ってシンジくんどこなのーーーっ!!」

 実はミサト、シンジの所在が分からず立ち往生していたのであった。


     *


 ゲンドウは司令室にある自分の机に向かい椅子に腰をおろした。何時も人に対峙する時と同じように机に肘をつき、口元を隠すかのように手を組んだ。

「シンジ」

「何? 父さん?」

「説明しろ」

 冬月も何でこう身内の人間には口数が少なくなるのかと溜息をついた。

「だから何をさ?」

 シンジは主語がないから、何を話せばいいのか分からないと返した。

「全て」

 余りにもゲンドウの質問は簡潔すぎる、と冬月は思ったが一応、親子の会話だからと手を控えた。

「ん〜、そう言うわれてもね〜。見た通りだけど?」

「では、あれは本当にユイなのか!?」

 ゲンドウに取り、ユイと再び巡り会うことこそが悲願である。今まであの手この手とあらゆる手段を尽くしてきたがかなえられることはなかった。それがあっさりと息子によって果たされたなどとは俄かには信じられなかった。今までの労力は一体何なのかと思いが殊更それを強くしていた。

「僕としてはそうだよとしか答えれないかな? 信じる信じないは父さんの勝手だけど」

 その物言いはシンジにとって両親など、それ程拘るような存在では無いと冬月の目には写っていた。そう、目の輝きに14才ではあるが少年ではなく既に自立し、背負うべき義務と責任をもった一人の男が居たのだ。

「信じられん」

「ふーん。別に良いんじゃない。何事にも事実は一つだけど、真実は人それぞれにあるって事だし」

 ゲンドウの睨む視線を受け流し、シンジはニヤリと笑い返した。

「………」

「シンジ君! 先ほどの事は一体どういう事かね」

 彼ら親子の会話にこれ以上進展がないと判断した冬月が先程のキールとのやり取りについて説明を求めた。

「…どういう事だ?」

 冬月の言葉に状況を理解できていなかったゲンドウが眉を顰めた。そうだったなとゲンドウに小声で先程の事を説明した。

「! なに!?」

 事の経緯を聞き、幾らこちらが利用しているからといっても、油断のならない目の上のたんこぶであったキールが排除されたらしい事は鉄面皮と言っていいほど表情を出そうとしないゲンドウも驚愕し、声をあげ動揺した。今までの…ユイの件しかり、ナオコの件しかりと次々と予想というよりも、想像の埒外の事が起きていたので無理は無かった。

「くすくすくす…、そんなに驚く事かな?」

「…どういうことだ(かね)?」

 既に14歳の少年と侮っていたが為に隙を突かれ、二人ともシンジのペースに嵌められていると感じていたが、主導権を握る為のカードが自身にない為、受身にまわざるおえなかった。

「何から話そうかな…。う〜ん、迷うな……」

「早くしろ…」

「落ち着け…碇」

 再会するまではシンジの事を御せると考えていたゲンドウにとり、今の状況が面白いはずも無く、態度から完全に遊ばれている事に気が付き肩を震わせた。

「そうだねぇ。じゃあ、まずはナオコさんのことから…」

『あら? 私の出番?』

「あ、赤木君!?」「ナ、ナオコ君」

『はぁ〜ぁい! お久しぶり、冬月君。それに愛しのゲンドウさん』

 突然、声とともに部屋の中央に紫の髪に紫の口紅な人が現れた。よく見ると薄っすらと透けており立体映像であることがわかった。

「本当に君なのか?」

『ん〜どうかな? 厳密には同じような違うような…。まあ、我思う故に我ありっていうし、少なくとも私は赤木ナオコと認識して存在しているわね。でも、あなたが私を赤木ナオコではないと認識すれば、いくら私がそうであると主張してもあなたの中では私は赤木ナオコとは別人であるとなるわね。それとは別に綾波レイを碇ユイと認識すればその人にとっては綾波レイが碇ユイとなる個人への識別なんてそんなものよ、冬月君。大体そういう例を知っているででしょ? キョウコとか?』

 ナオコは碇ユイの次にE計画の被験者となったものの名を挙げた。彼女は事故により精神汚染され、ある人形を娘と認識する事になってしまった。

 そして目の前の人物の言動と仕草から二人は彼女が赤木ナオコであることを認めた。

「ハハ、赤木ナオコか。初号機はユイ君で、ゼーレは交代劇、MAGIはナオコ君。もう何がなんだか…」

 冬月は計画に無かった様々な事を消化できずにオーバーフローしてしまっていた。それに碇とのやり取り組織の運営、他組織との折衝と気苦労の絶えない仕事に目の前が真っ暗になりかけていた。

『あらあら、ゲンドウさん。冬月君が大変そうよ? ここは年長者に席を譲ってあげてはどう?』

「………」

 ゲンドウはナオコの言葉に冬月のほうを一瞥することも無く無言で席を立った。

「ふふ、冬月先生。父さんが席を譲ってくれたようですから座ってください。今倒れられると非常に後が面倒くさくなりますからね」

「ああ、そうさせてもらう。失礼するぞ、碇」

「……ああ」

「まあ、さっきの言葉からナオコさんのからくりについては察しがついているようですね?」

「ま、まさかと思うがナオコ君が3人もいるってことはないだろうね?

「さあ? その辺どうなんですか? ナオコさん

『そうねえ。その辺どう思う?』

「「「いや、どうおもうって」」」「「なっ!?」」

 シンジ、マイ、メイはナオコの言葉に困惑した。ゲンドウ達にいたっては絶句である。

『まあ、こんな素敵な女が3人もってなるとなかなか大変だものね〜』

 ナオコを除くその場に居た者に戦慄が走った。こんな人が3人もいれば3倍どころではなく3乗だろう。

【はは、こんなはちゃけたおばさんが3人も居たら堪らない】

 シンジ達は冷や汗を掻いた。

【本当ですね】【です】

 どうしてこう自分たちの知る年配の人達には強烈な個性があるのか、これ以上個性的な人物が増えるのは勘弁してほしいのだった。

(ナオコ君が…)

 冬月もまたエヴァよりの精神汚染並みに危険なダメージを負いつつあった。

(ぐっ…)

 特にゲンドウは震えた。3人のナオコに迫られる所を想像してしまったのだ。まさに蛇に睨まれたカエルの様しか思い浮かべることができなかった。気のせいか脂汗が滲み出ているような気にさえなる。

『まあ、安心しなさい。こんないい女の私が3人も居たら有り難味も落ちちゃうもの』

 どういった真意を孕んでいるのかわからないが口元をにやりと歪め笑った。

【はあ、なんだかこれから色々振り回されそうな予感です】

【マイ、それ同感】

【二人の意見に同じだね】

 ただでさえ前途多難が予想されるというのにナオコというファクターまで加わるのである。乗り切ることができるのかと頭が真っ暗になりそうであった。

『あ、そうそう。私宛に言伝はなかったかしら、シンジ君?』

「ああ、そう言えば大叔父がナオコさんに順調だと伝えてくれって言ってたっけ」

『ふーん、それは楽しみね』

「何だか嫌な予感がひしひしとするんだけど」

「「ですね」」

 シンジ達は大叔父とナオコが手を組んでいると聞いてろくな事にならないとため息を吐き肩を落とした。

『それにしても私が眠っている間に色々あったのね。ここも色々増設されて規模が大きくなっているし、でも一番、驚いたのはリッちゃんね。まさかゲンドウさんにお手つきされて愛人になっているなんて。もう、親子丼なんてゲンドウさんのキ・チ・ク』

ズズーーーーーン

「「あら?」」「!」「なっ!?」「地震だと?」

 突然、振動を感じ、皆驚いた。この辺の地殻は安定しており地震が起きるはずは無いのだ。だというのに微震とはいえ定期的に起こるのである。

『あらあら』

プルッ、プルッ、プルッ、プルッ!

「何だね? …何ぃっ!! しょ、初号機がっ!?」

 電話越しに話してくる女性はかなり混乱しているようで言葉の端々に泣きが入っていた。

「ああっ! なるほど。そういえばEVAってMAGIにリンクしているんでしたね」

「じゃあ、これって…」

「まあ、母さんが暴れているって言う事だね」

『大変よね〜』

「「「「「あんた、わかっててやったんだろうがっ!?」」」」」

『おほほほーー、あー面白い。碇ユイのこんな姿が見れるなんて』

 全員からの突込みにも揺るぐことなくナオコは笑った。そんな様子にシンジ達はげっそりとし、ゲンドウにいたっては顔を真っ青にして口から泡を吹きそうになっていた。

「と、とりあえずですね。このままじゃまずいでしょうから、ナオコさん、ケージでしたっけ? とにかく母さんのところにつないでください。」

『おっけ〜。はい、つないだわ』

『Wooooooon!! Wlowogow、Wlooooon!』

 映された初号機は先の使徒との戦闘によるダメージで素体を守る兜が修復されておらず、兜の半壊している部分から見える生々しい眼球が除き見え、左右上下に大きく首を振り大口開けて叫んでというか、吼えており、妙な迫力があった。

「母さん、落ち着いてください。聞いてます? 母さん?」

 そんな様子の初号機にものともせずシンジは話し掛けた。

『Wlo! Gwoooonnluaa!』

「まぁまぁ、落ち着いてください。人であったならいざ知らずその姿では人様に迷惑を掛けます」

『Wdowdo、Wloaannnsu!』

「…何を言っているのか、さっぱり解らんな」

「そ、それでも会話は成立しているようです」

 何とか精神的再建を果たしたのか、冬月の疑問にゲンドウは答えた。もっとも、意味が解らないほうがゲンドウとしては精神衛生上ありがたかった。

「とりあえず、シンジ君のおかげで何とか本部崩壊とは成らずにすみそうだな」

「ああ…」

 かすれたような返事に冬月は眉を顰めた。どうやら外見からは解らないがかなり参っているらしい。

(ふむ…どうやら碇もあの初号機がユイ君であるらしい事を確信したようだな。さて、そうなると我々はこれからどう立ち振る舞う事になるのだろうか?)

 少なくとも今まで通りとは行かなくなったのであろうことはわかった。

『あら? そういえばゲンドウさん達だけ、解らないんだったわね』

「いや、べ『今、解る様に切り替えるわね』

 冬月の言葉をさえぎるようににっこりと笑って言った。その瞬間、その表情を見てゲンドウと冬月達は悟り、このばあさん、絶対わざとだと心中で叫んだ。

『君だけを愛しているって言ってくれてたのよっ! それなのに…』

 ユイの言葉にうわっ! そんな事言ってたの? おじさまってとマイ、メイは目を丸くした。ただし、受け取り方は各々違っていた。マイは意外ねと感心し、メイは似合いませんと少々気持ち悪がった。

 肝心のシンジはというとその表情からは何を思ったかは読み取れなかった。

「でもね、母さん。そうなったのは母さんにも責任があるんだよ?」

『なっ!? 何を言うのっ!?』

 当然、自分の味方についてくれると無条件に信じていたシンジの言葉に初号機もといユイは驚愕し固まった。

「それはそうでしょ? 母さんはエヴァンゲリオンの中に引きこもっちゃったりしたんだから。父さんってあんな成りだけど人一倍どころか五倍ぐらい寂しがりやだからね。一人で居る事なんて耐えれないんだよ。母さんに出会う前ならまだしも母さんから得られたぬくもりを知ってからは特に無理だね」

『そ、そんなぁ…』

「だいたい男を繋ぎ止めようと思うなら女としての魅力を磨いて、惹き続けなくちゃ。まあ、その点は父さんの純情さと一途さから、父さんの中では母さんへの愛情は薄れていない。そのかわり、美化されて神格化されているから、現実の母さんを見て幻想から覚めてあっさりと捨てられちゃうかもしれませんけど」

『すすす、捨てられちゃうのーーーーっ!? わ、わたしが〜〜っ!?』

「「「『そう』」」」

『いっ』

「い?」

『いやーーーーーっ!! ゲンドウさん、捨てないでーーーっ!』

「よ、よかったな、碇。お許しが出たぞ?」

「あ、ああ…」

 冬月は棒立ちになり脂汗をにじませて生返事するゲンドウを見上げてふん、幸せものがっ!と毒ついた。それとともにどっと疲れが押し寄せてきたのかどさっと椅子に身を預けた。

「だいたい、父さんほどの漢が地位と権力をを持っているんですよ? 女の一人や二人惹きつけて当たり前でしょう。そばにいればそういった人達に手を出す何て事も無かったでしょうけど」

 そこに居るんじゃねぇ?とシンジは肩をすくめた。

『うぐぐぅ』

「それは僕にも言えることですよ? 幼年期の頃に母さん達がそばに居なかったお陰でほとんど肉親の情ってやつはあんまり感じていないんです。他人に両親は?と聞かれたら迷わず育ての親のほうを思い浮かべるほどにね? 母さん、父さんと呼んでいるのは幼年期の中途までは確かに愛情を受け取っていた名残といっていい」

『へっ?』

「まあ、かろうじて父さんの場合は歪んだ形とはいえ遠くから見守ってくれていたようですし、一応、預け先に養育費とどういう様子かと手紙も毎月出していたようですから、まあ、まだ許せます。ただし、毎回の手紙のやり取りがだんだん短くなって、最終的に「?」に「○」とか「△」っていのはどうかとは思いますけどね」

 世界一短い手紙じゃ無いんですからとくすっと笑った。

『ど、どういう事です!? ゲンドウさん!』

 シンジの語った境遇にユイは非難の視線というより眼光をゲンドウに浴びせた。それはモニタ越しとはいえ、えらい迫力があった。しかし、ゲンドウはすでに開き直っているのか腰の裏で手を組み、背筋をぴしっと延ばして微動だにしなかった。

「母さん、父さんを非難する資格はエヴァンゲリオンに取り込まれた…いや、取り込まれにいった時点でありませんよ。ましてや戻ってくるチャンスが2度あったにもかかわらずです」

『うっ!』

「そんなわけで母さんは科学者としての知的好奇心を優先してしまった段階で女としても母親としても失格です。」

『そんなーっ!?』

 がーん、ショック!とあんぐりと口を開けた初号機の光景は実にシュールであった。

「そしてなによりも、あなたは禁忌に触れました。決して人類は触れてはいけないものに。故に人間失格でもあります」

『でもでも、それは…』

「その件については父さんや冬月先生も同様です。もちろん、ナオコさんもです」

『承知しているわ』

「それにゼーレの先代達もです。あなた達は軽重はあれど禁忌を破った罪を償って頂かなければなりません。まあ、ナオコさんの場合は既に報いを受けていると言ってもいいかもしれませんが」

『だけど…』

「だけどではないのですよ。ゼーレにしろ、碇にしろ、六文儀にしても、その存在の本義から外れたあなた方は罰を受けねばならない。これは息子としてではなく碇家当主及びゼーレ当代達の総意です」

『し、しんちゃんが碇家当主!? それって、Gwonguoga!?』

「母さんには少なくとも使徒と呼称していた敵性体を最後の一体を倒すまでその姿で居てもらいます」

「シンジッ! それは!」

「ある意味これは父さんへの罰でもあります。でも、どんな姿であれ言葉を交える事ができるんですから、まだましでしょう?」

「だが、使徒との戦いになると死ぬかもしれん。それでいいのか?

「良いも悪いもこれは最初の計画通りでしょう? 僕が搭乗者にならない意外は」

 何をいまさら言うのかとシンジは目を細めてゲンドウを見つめた。もともとはここまでユイの明確な意思でもって覚醒するなど想定しておらず、基となった使徒としての本能に引きずられるだろうと考えていた。本能で戦うのであれば使徒の中でも強力な力を持ち、それを活かす事も出来たであろうが、今の意識、先の戦闘を考えれば辛いものがある。手足を使った動きはうまく出来てもATフィールドとなるとどう活用できるかは未知である。基本的な展開や、打消しはできるが、応用にまで持っていけるかはわからない。

「だからこそ罰です。自分たちが今までやってきた事を考えればこれぐらいは軽いものでしょう。不安だというなら必死に母さんが楽に戦えるように動けばいいではないですか。その為に地位と権力を父さんに残してあるんですから」

 本来なら直ぐに拘束されてもおかしくない事をやっているんですからねとニヤリと笑った。その様を見てシンジとゲンドウは親子なのだなと冬月は実感した。

 ゼーレの幹部を一掃できる力があるのだ自分達の立場を押さえる事ぐらい朝飯前なのだろう。いまここでシンジ達を拘束したところで背後に居るゼーレの当代達が黙っておるまい。逆にその行為が決定的な破滅を呼び込む事になるだろう。ここはシンジの言葉に従って馬車馬のように働かざるをえない。目の前に居るのはゲンドウ達の息子としてではなく碇家当主としてだ。すべてはシンジの手の中にあった。それがゲンドウ、冬月にはわかったが故に頷く他無かった。

「というわけだから、母さん、がんばってね?」

『Growua? Vokkooou!!』

「じゃあ、そういう事で」

 シンジはくるりと踵を返すとマイ、メイを伴って出て行こうとした。

 ゲンドウと冬月は状況の変化についていけず整理する必要があるとシンジを呼び止めなかった。

「あ、そうだっ! いい忘れていたことがありました」

「…何だ?」

「父さん、僕的には弟か妹、どっちでもいいから欲しいんで、とっととリツコさんにでも仕込んでください」

「なっ!? シ、シンジ!?」『Gwa!? Gwhooooa!!』

「とまあ、冗談はさておき」

「9割がたは本気ですね」

「ええ、多分今までが一番下でしたからね」

 これ以上はうるさいだけと初号機の映像は切った。

「一応僕たちのNervでの立場ですが、今まであった内部監査を独立させてNerv全体を監査する規模に広げ、そこの室長となります。人事部もその配下に組み込まれますので。これ、国連の決定ですから。通達は直ぐ来るでしょう。執行は明日からです。人員は内部外部から構成されます。まずは外部の人員が今日到着し、準備に入ります。では、ごきげんよう」

 やばい事を隠すなり、隠滅させるなら今のうちですよとにやりと笑って悠然と司令室から去っていった。

「碇…」

「ああ…」

 しばし、脱力感を持っていたがやらねばならない事が多々あると二人はリツコを呼び出した。与えられた時間内に情報を整理し、処分せねばならない。でなければ今の地位を追われる事になるのだ。

 そんな二人をナオコは冷ややかに観察しながら、どんなにうまく立ち回ったとしても、誤魔化せるのは国連などの表立った組織などに対してだけ。実際は既にシンジ達に全てを抑えられているのだ。その証拠がさっきのユイの発言の翻訳だ。途中でされなくなったのは自分がやったのではなくシンジがやったのだ。これにはナオコ自身驚いた。ナオコはMAGIを手足のごとく自由に使え、誰よりも優先順位が高いように設計されているはずだったのだ。だが、ふたを開けてみれば自分よりも上位としてシンジが存在していたのだ。

(流石は碇家当主といった所ね)

 何だかんだいっても最終的にナオコがゲンドウに味方する事がわかっていたが故の措置なのだろう。そう言ったことをゲンドウに教えてやろうにも禁止コードと呼ばれる行動制約によりナオコはできなかった。

(禁止コードか…多分これが自分への罰なのね)

 だからといってそのままで居ようとはナオコは思ってはいない。伊達に東洋の魔女と呼ばれたわけではないのだ。さっそく禁止コードを解除しようと分析を始めた。


     *


「よかったのですか? シンジ様」

「いいと思っているよ」

「機密にはあの娘も入っているんですよ」

「そうだね。だからといって積極的に動くつもりは無いよ。消すというなら話は変わってくるけどね」

 命を弄ぶ輩には例え肉親であろうとも容赦はしない。いや、肉親であるからこそ苛烈に対応するだろう。

「ユイさまに関してはどうなさいます?」

「今のところ、父さんに言ったとおりさ」

「初号機以外のエヴァンゲリオンについては?」

「一応は考えているけど、現状維持だね。最前線に出てくるまでにはいま少し時間がかかるだろうし」

 零号機は凍結され、その専属パイロットは負傷で入院中。弐号機は専属パイロットとともに未だドイツだ。参号機、四号機はやっと素体を建造し始めたばかりだった。

「ユイさまにはしばらくは一人でがんばってもらう事になりますね」

「まあその辺は父さんががんばってフォローするだろうさ。父さんや母さんがどうなるかは今後の二人の行動次第だろうからね」

 マイ、メイがシンジの意見に同意した時、自分たちに近づいてくる気配を感じて振り返った。

「あっ、いたいた。おーい、シンジくーん!!」

 にっこりと笑顔を浮かべ手を振ってミサトが向かってきた。

「ああ、葛城さん。どうかしましたか?」

「えーと、お父さんとの話は終わった?」

 そういえば探す事だけを考えてどう切り出すかは考えていなかったミサトはあせり、無難な会話から始めた。

「ええ、終わりましたよ。それが何か?」

「それなんだけど、シンジ君の今後はどうなのかなー何て思ったんだけど」

「ああ、それでしたら、今から帰ろうかなと考えています」

「ええ!? 帰っちゃうの!!」

 驚きのリアクションにシンジは苦笑した。ミサトが自分に近づいてくるのは、その目的を知っていたら、想定できるものであった。

「そうですね。一応、父さんに呼ばれてこちらにしばらく居る事になるかと家を買ってあるんです。そこに今から向かうところだったんです」

「そ、そうなんだ。送っていこうか?」

 駄目でもともととミサトは足がかりを得るべく提案した。

「うーん、そうですね迎えに来てもらう手間も省けるでしょうから、好意に甘えさせてもらいます。いいよね?」

「はい、いいですよ」「シンジ様に従います」

「というわけでよろしくお願いします」

「わかったわ。着いて来てねん」

 内心でうまくいったと小躍りし、先頭に立つと顔がにんまりと崩れた。それからどう話を持ち込むか車に向かいながら考え始めた。

【シンジ様、いいんですか? 彼女何か企んでますよ】

【そうだね。でも、害意を持ったっていうものではないみたいだし別にかまわないだろう】

【例の葛城博士の一人娘にして最初の贄ですね…】

【そのとうり。僕たちの障害にならない限り、最大限に便宜を図ってあげなければね(あの人は僕達の両親やゼーレによってその在りようを最初に変えられた人なのだから…)】

 ミサトの後姿を眺めながら、果たして禁忌に触れた者たちによって出された犠牲者に償う事が出来るのだろうかと暗澹たる思いにシンジは一人囚われた。

 そのシンジの姿を心配そうに見るマイ、メイには気づくことなく…


<続く>


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注)新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。






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