23話 時 〜リミット〜

一週間。それはまた、随分早かったように思う。ここがちょうど折り返し地点となるわけだけど、渡晴にはまだそのことは話すつもりはない。彼とは、今のところカレーのお陰で時間には余裕がある。今日の朝にしても、温めて、盛ったご飯に掛けるだけという至ってシンプルな方法で終えた。すると、いつものように作っていた時間は省かれることになり、結果的に時間が生まれた。が、しかし、同時に渡晴に料理を教える時間もなくなってしまったために、少し物足りない気分がするのと同時に、渡晴にサボられてしまった気もする。
渡晴は、そのできた時間をもって、学校へ行く準備を済ました後、私と話している。私は、そんな彼の話を聞きつつ、返しつつ、窓の外をひっそりと眺めていた。

あと一週間。それは思いの他早く感じられるに違いない。基本的に、過ぎ去った時は早く感じるものだけれども、それでも二週間は失敗だったように思う。でも、それは自分で決めたことだ。今更、どうこうと悔やんでも仕方のないことだ。
あと一週間で、彼に何をしてあがられるか、若しくは自分に対して何ができるか。今の私にとっては、それが全てであるような気もする。完全に利己的になって、たとえばこの自由さを利用して、海外へと行っても構わないのだけれども、それに意味があるようには思えない。今のところ、確証を得られている私の姿が見える人は茉子と渡晴だけであるし、そこから離れたとしても単に暇を持て余すだけになってしまうだろう。それならば、私はやはり渡晴や茉子のそばにいて、本来の目的に徹するべきなのだと思う。

現状として、茉子は誰が好きなのかははっきりしないが、同じ高校出身で、今も想っているということだけは間違いない。その可能性として、もちろん渡晴はあげられるがそれは確証を得ているものではない。渡晴に対して、茉子は誰が好きなのか訊く手もあるだろうが、渡晴であれば本人は知らないだろうし、仮に自分だと知っていたとしても、ここに私がいるのだから言わないだろう。渡晴に関しては、過去に誰かと付き合っていたという話は聞いたことがないので、茉子とは単に友達であるという関係でしかないのだと思う。そうなれば、私は可能性というものに掛けて、茉子に対して働きかけるしかない。
たとえば明日、彼女に言うとして、あと一週間でそのことに終止符が打てるかどうかも定かではないけれど、いざとなれば、空の上から彼らを眺めていればいいだけの話だろう。それでも、どちらかといえば近くから見ていたい。それはただの興味本位かもしれないけれど、それでも。期待通りには行かなくて、例えば、茉子の好きな人が別の誰かであったとしても、そのときは仕方ない。彼女には彼女の取捨選択があるのだし、それを私が強要できるはずもない。ただ、もし彼女が渡晴を好きだった場合の、手助けというか、その成り行きを早める行為を、私がお節介なりにやろうと思っている、やりたいと思っている。
それは誰のためになるのだろう。茉子や渡晴に対して貢献できると言っていいのだろうか。ただの自己満足で終わってしまうかもしれない。もしかすると、場合によっては二人の気持ちを踏みにじることになるかもしれない。最悪の場合に、だ。そうなると、私は貢献するどころか、逆に悪影響を与えてしまいかねない。しかし、恐れては何も始まらない。為さねば成らないのだから、私は自分にできる限り動いてみたい。余計な力をかけないで、ただ二人の関係を早めるだけの行為を。
それを今行うことによって、早すぎるということはあるまい。今まで、三年間と半年という長い月日を追って、その想いを秘めたままであったのだろう。それほどにまで経過した時間は、既に長い気がしてならない。渡晴にしてみれば、私に告白したのは出会ってから高々一ヶ月もしなかったのだから、三年は相当長いはずだ。ただ、一概に出会った傍から好きになったとは言えないだろうけれども。
そういえば、彼とのデートの昼食でカレー屋に入ったことがあった。
そういえば、彼はそこでその店の親父さんに何やら質問していた。
そういえば……、それから数日後の彼の食卓にその店とほぼ同じ具材のカレーがあり、台所に鍋があって、彼の脳裏に数日先までカレーだという計画があった。彼はその日だけ、私が彼の家へ行って、夕食を作るときに、敢えて拒んで一人でカレーを煮込んでいた。それもただ只管煮込んでいて、私が催促するまでそれは続いていた。つまり、彼はデートに行った先のカレーに何かを刺激されて、カレーを作ったように思える。昨日渡晴が作ったカレーも同じ具材で構成されていたはずだ。
朝食べたカレーの具を朧気に思い出してみると、確かに一致点がある。あの店で食べたカレーは若干の辛口で、肉はビーフで、普段俗に言われるカレーの具材──玉ねぎ、肉、じゃがいも、人参、等々──に追加されて、椎茸やら林檎やら、獅子唐やら海藻やら、何か少し風変わりというか、ルーの売りにされそうなものも入っていた。ルーの感じとしては、よく煮込んだ感じが大いに出ていて、渡晴が作ったものにも同じ特徴があった。やはり、彼はあのカレーを真似たのだろう。
渡晴は、あのカレーに何らかの憧れを抱いて、今まで大してこだわりのなかったカレーに対して情熱を注いでいるに違いない。時間が増えるという、彼が昨晩の食卓にカレーを出した理由も強ち間違いではないだろうが、恐らくは彼自身が作りたかったからなのだろう。それ以外の可能性とやらが特に思いつかないので、本日の朝食が何ゆえカレーとなったかについて、"渡晴が作りたくなったから"を理由に据えてみる。すると私との時間が生まれるというのは、渡晴がカレーを作りたかった本来の理由ではなく、ただの副産物に成り代わってしまう。
できた時間を、渡晴はそれなりに楽しんでいたけれど、本来の理由がそうでないとなるならば、少し気が引けてしまう。もちろん、楽しいことには変わりないが……。
加えて、あと一週間と差し迫った期日も目の前に迫っているので、まるで腰が引けたようだ。楽しかったのは事実だけれども、その反面、寂しくもあり悲しくもあり。何気なく見ていた窓の外も、昔日を思い出すかのようであり、秋の空もただ何かが去り行くだけのように見えて、冬に向かうのもまるで別れを誘うようだ。出会ったあの頃──渡晴とは単なる同じ一回生というだけであって、たまたま茉子が私の入った部にいたから、偶然にも出会うことになった頃から、また新たに始めてみたくもなって。渡晴を一介の茉子の友達だと思っていたことを、きちんと改めた状態でやり直したくもある。
私は突然渡晴から告白されたわけだから、渡晴に対してただ一途に片思いをしただとかそんなことはなかったし、付き合うことに対しても楽観的で、あくまで少し気乗りしたというだけでしかなかった。もし、その日の気分が好かなければ、渡晴もあの場で丁重にふってしまっているかもしれないかと思うと、自分はなんて情けないんだろうと思えてくる。結果オーライだとかそういうことではなくて、ただ好きなら好きできちんとOKしたかったし、そうでないなら、せめてもその時点で失礼だと思いたかった。変な話だけれども、予めそのことを断っておくだとか、せめても渡晴に対してはきちんとしておきたかった。
あの頃とは打って変わって、今ならこんなにも残り一週間という期間が惜しくてたまらない。あの頃から、そういう気持ちを持っておきたかった。気楽な、ただその時の気分でOKするのではなくて、真剣に考えて、その上で渡晴ならと、そうやって過程を踏んだ上で、渡晴に対する返事を返したかった。渡晴がどういう気持ちで私に告白したのかは分からないけれども、少なくとも私と比べて随分と真剣であったに違いない。それに対して自分の、なんと軽いこと。大いに憂うに値することだろう……。

夕日が照る歩道を、二人で足跡の二本線を描きながら、二つの長い影を携えながら、歩いてゆく。私が話し、渡晴がそれに対してサインを送るという作業を繰り返しながら、一歩一歩家へと、近づいてゆく。雲間に太陽があって、夕陽の赤い色を散らしながら、ゆっくりと、しかし目で感じることのできる速さで、沈んでゆく。それが二人にとって、少し幸せであって、少し悲しくもある。太陽があのようにして沈んでゆくということは、つまり、一日が終わることを告げているのであるのだから。こうして今日もまた陽が落ちて、少しずつ時間が削られてゆく。
時間というものは不思議な存在であって、時に早く、時に遅く感じるものだ。楽しいことは短く感じ、辛いことは長く感じる。人は寧ろ、その逆を望むというのに、世の時はその逆に動いてゆく。
今はどうであろうか。短く感じるのも事実だけれども、長く感じるのもまた一つの事実であるように思う。あと一週間というときは確かに短く感じるけれども、こうしてアクションを通してしか会話のできない状況はとても長く感じる。
その短い一週間の間に、一体どのようにして茉子に例の話を持ち出そうか。今日もいくらか試みては見たものの、どうもきっかけがつかめなかった。第一、なんと頼むべきであろうか。単刀直入に、"渡晴と付き合って"と頼んでみるのも方法としてはある。若しくは、"渡晴を頼む"とでもいうのであれば、それもOKだ。あの茉子なのだから、わざわざ私が神経質になる必要もないかもしれないけれど、なんせ頼みごととしてはまるで相応しくないことなのだ。いくらその人が好きでも、頼まれても嬉しいものではないはずだろう。逆に困惑するような気もするし、若しくは敬遠するかもしれない。それでは勿論逆効果にしかならない。だから、彼女に頼むのは、慎重に行わなければならないのだけれども、十分な時間もあるとも言い切れなかった。

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